第2話 縁

「あーん、私、四組。悲しいよー」

 今度は富井が真っ先に答えた。泣き真似のおまけ付き。

 続いて井口が口を開く。

「私も別のクラス。五組なの。で、純子は同じ三組よ」

「――へえ? 何だか、面白いな」

「何が面白いのよ」

 純子は、相羽の笑顔をきつくにらんでやった。

 相羽は身を引き加減に、ちょっとびっくりしたような表情を見せ、それからまた笑顔に戻って答える。

「卒業式の日、教室で涼原さん、僕に言ったじゃない。十ぐらいクラスあるから、きっと縁切りよって」

 相羽の口真似を耳にして、初めて思い出した純子。

(そういえば言った、そんなこと。私はでも、春休み、相羽君の家に遊びに行ったとき、最後に言ってくれた言葉の方が印象強くて……)

 同じクラスになれてよかったと感じている気持ちが、少ししぼんだような錯覚にとらわれる。

(これだと、本当に腐れ縁になりそうだわ)

「口に出したのと逆のことが実現するっていう、あれね。あのとき、言わなきゃよかった」

「それなら、私は言っとけばよかったあ!」

 気楽な調子の富井。

「他に誰か知っている奴、いるかな」

 右手を目の上にかざしながら、みたび、掲示板を見やる相羽。

「男子は見てないけど、女子なら前田さんや町田さんがいるの、確認したわ」

「ふうん。――あっ、勝馬がいた。また騒げる。清水も一緒だ」

「えっ?」

 知らなかった純子は、清水の名を聞いて、少し憂鬱になった。

「やだなあ」

「あいつ、もうちょっとだけ、悪ふざけを遠慮すればいいんだけど」

「うん、同感だわ」

 この点については、純子と相羽の意見は完全に一致を見た。

 やがて、放送があった。曇天のため、当初の予定を変更し、体育館で入学式を行うという案内だった。


 式後、生徒は各クラスに移動した。

 座席については何の指示もなかったので、めいめいが勝手な席に座って、仲のいい者同士でグループを作り、お喋りしていると、さして時間を置かずに担任の男性教師が現れた。

 教室の様子を見るなり、先生は開口一番。

「しまったな。今日のところは出席番号順に、廊下側の席から座ってくれと言うの、忘れていた」

 背が高く、鼻髭豊かな先生は、見た目ほど恐くはなさそうだ。もっとも、初日だけで判断するのは、早計に過ぎるかもしれない。

 とにもかくにも、先生の言葉に従い、席を移る。相羽は廊下側から見て一列目の先頭になり、純子達女子は、校庭に面した窓側寄りとなる。

「んー、何だな。やはり、挨拶から始めようか。誰か号令を」

 と、先生が教室を見回す。何とはなしに、みんな、伏し目がちになった。

「今日のところは、彼にやってもらおう。出席番号一番クン。えっと、相羽信一君か」

「は、はい」

 指名された相羽は、さすがに慌てたらしく、がたごとと音をさせて立ち上がった。襟元をまた気にしている。

「号令、分かるな? 起立、礼、着席、だから」

「分かりました」

 早くも落ち着きを取り戻した観のある相羽は、軽く深呼吸する仕種を見せた。

 そして、号令。六年生の二学期に委員長をやっただけあって、堂に入っている。

「ほう。いい声してるなあ」

 挨拶が終わって、感心したように言う先生。

(先生に気に入られたんじゃないかしら、相羽君?)

 おかしくて笑い出しそうになるのをこらえ、純子はそんなことを思う。

「声変わり、もう済んでるか?」

「いいえ、まだです」

「はあっ、変声期前でそれかあ。変わらない方がいいかもしれんな」

 言うだけ言って、先生はチョークを手に取り、黒板に字を書き始めた。さらさらっと名前を書き終え、手をはたく。やや、右肩上がりの文字だ。

「えーっと、体育館ですでに聞いただろうけど、もう一度、念押しだ。僕は牟田敬司郎むたけいしろう。担当は難しい算数、つまり数学だ。まあ、数学に関してはなるべく分かり易く教えていくが、理解できないところは聞いてくるように。おっと、今は数学の授業中じゃないから、こういう話をするときじゃないんだよな。さて。配る物、配ってしまおう」

 牟田先生の言葉の通り、山ほどプリントや冊子、それに教科書を配られた。教科書は全教科というわけではなく、現時点で配布できる物だけらしい。

「あとの教科書は、各授業の最初のとき、もらえるはずだ。ああ、それから、これは言っても聞かない奴ばかりで、毎年困ってるんだが……持ち物には名前を書け。ださいとか何とか言って、なくしたときに往生するのは自分達だからな。今日のところは、強制しない。が、なくしたときには遅いぞ」

 やたらと強調する牟田先生。案外、本人が物をなくすことが多いのではないかと、想像できた。

(それに、牟田先生って、『今日のところは』が口癖? さっきから何だか耳につく)

 純子は思った。

(『今日のところは』、素直に名前を書こうっと)

「さあて、それから……えー、自己紹介だな。僕は済んだから、君らの番だ。突然で悪いが、またもや相羽君から、行ってみよう」

 相羽はと言えば、すでに先生のペースを読み切ったのか、動揺した様子は微塵もなく、すっくと立った。

「前に出るんですか? それとも、ここでいいですか?」

「あっと、そうだな」

 相羽の質問に、牟田先生は片手を顎に当て、少しばかり考える仕種だ。

「顔が見えた方がいいだろ。前でやってもらおう」

 えー!と、ちょっとしたブーイング。が、それをまるで気にしない風に、先生は折り畳みのパイプ椅子を押し広げ、どっかと腰を下ろした。

「僕も覚えなきゃいかんからな。とりあえず、名前と……得意な科目、苦手な科目ぐらいは言ってもらおうか」

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