そばにいるだけで(中学生編)

小石原淳

そばにいるだけで エピソード8

第1話 春! 中学生!

 入学式当日は、快晴とはいかなかった。昨晩から降ったりやんだりしていた雨は、どうにか上がったものの、空にはどんより、黒い雲が立ちこめており、いつまた降り始めてもおかしくない。

「あ、来た来た。純ちゃーん」

 幾分緊張して校門をくぐるなり、聞き覚えのある甘えた声に呼ばれ、ほっとする。純子は方向を見定め、富井の姿を確認した。井口もすぐ隣にいる。

「ひっさしぶりー。と言っても、春休み中、しょっちゅう会ってたっけ」

「それより、クラス分け、見に行こうよ」

「まだ見てないんだ?」

「さっき行ったけど、張り出してなかったのよ」

 井口が答えるのに合わせるかのように、校舎近くがざわついた。振り返ると、職員らしき男の人が二人がかりで、大きな紙を掲示板に張り出そうとしている。

「やっと出るみたい」

 小さく声を上げ、そのまま揃って駆け出す。

 当然、他の新一年生も集まる。あっという間に、掲示板の前は大混雑となった。

 紙にはまず、上の方に一から十までの漢数字が大書されていた。これがクラスを表すらしく、その下には比較的小さな字で、名前をずらりと列挙してある。一クラス四十名ほどだろうか。

「あった。私、五組だ」

 三人の中で、井口がいち早く自分の名前を見つけた。名前は男女別で五十音順に並んでいるから、井口のような最初の名前の者にとって、見つけやすいのだろう。

 続いて、富井が声を上げる。

「あー、離れちゃった。四組だよぅ」

「残念。純ちゃんは?」

「ちょっと待って……あ、あったわ。三組。ばらばらになっちゃったね」

 少しがっかり。それでも、他に友達の名前はないかどうかを見たくて、掲示板の前を離れられない。

「わ。前田さんと町田さん、同じクラス」

 立て続けに知っている名前を見つけ、純子は手を叩いた。

 そんな彼女の肩を、富井が突っつく。

「何? 誰かいた?」

「相羽君の名前、探してよ。見つかんないー」

 泣きそうな顔をしている。やれやれと呆れて、苦笑いを返す純子。

「四組でもないわね」

 井口も残念そうに言う。

(『あいば』だから、一番か二番目ぐらいのはず)

 純子は各クラスの最初の方をざっと見てみた。

 簡単に見つかった。

「え……。あらら、三組だわ。腐れ縁」

 また苦笑いしながら、二人の方を向く純子。本心では、うれしくないことはない。少なくとも、中学一年目が楽しくなると保証された、そんな予感を抱く。

「……ほんとだ。何が腐れ縁よー、贅沢な」

「そうよ。何で純ちゃんとばかり。代われっ」

 抗議されても、責任が純子にあるわけでなし。弱ってしまう。腰に手を当て、言ってやった。

「代われるものなら、代わってあげるわよ」

「無理だって、分かってるくせしてえ」

 富井と井口、二人揃ってぶうぶう言ってる。

「第一小の方から、もっと格好いい子が来てるかもよ」

「そうかもしれないけど、それとこれとは話が別」

 富井の返事に、純子は肩をすくめたくなった。どうして、ここまで相羽に執着するのか分からない。

(友達としてならともかく、好きとかどうとか、そういう対象からは外れている気がするな、相羽君って)

 一人、首を捻ると、ふと、当人の姿が視界の中に入ってきた。

「噂をすれば」

 つぶやいてから、富井達にも教えてやった。

 学生服姿の相羽が、一人で校庭をうろついているのが捉えられた。詰め襟に慣れないのか、しきりと喉元を気にしている風だ。そのため、顔が若干、上向きになっており、周りへの注意が払われていないらしい。

「相羽くーん!」

 富井が大声で呼びながら、手を振った。気付いてもらえないので、業を煮やした末の行動。そんなところかもしれない。

 相羽は襟に手をやったまま、ぼんやりと視線を泳がせ、やがて純子達に気が付いたらしく、瞬きを何度かする。

「や」

 挨拶が極端に短くなったのは、やはり詰め襟が気になるせいに違いない。

「どうかしたのぉ?」

 早速、富井が聞いた。

「襟が喉に当たる感じで、嫌なんだ。春休みの間、何度か袖を通してみたんだけど、まだ慣れない」

「似合ってるのに」

「校則で、きちんと留めてなきゃいけないんだっけ。大変ねえ」

 井口も同情の言葉を口にした。

(男子は全員、同じ条件なんだから……)

 言葉にはしなかったものの、純子は井口のひいきぶりに呆れながら、みんなのやり取りをそのまま聞き流す。

「女子は服装の校則、あんまり厳しくないみたいで、うらやましい限り。――あ、こういうときは、制服、似合ってるねと言うべきなのかな?」

 とぼけた口振りで、相羽は純子達を見渡してきた。

 ちなみに校則によると、入学式など行事のある日や、授業の一環で学校の外に出るときは、制服の着用が義務付けられていたが、それ以外の場では私服でもかまわないと定められている。無論、中学生らしい、華美でない物に限るとの注意書き付きではあるが。

「ばか言ってないで、早くクラスを確認したらどう? そのためにここに来たんでしょ」

 やっと口を利いた純子は、いつものように反発した口調で始めてしまった。

「っと、そうだった」

 掲示板を見上げる相羽。

「純ちゃん、何で教えてあげないのよ」

 富井が腕を突っついてきた。その声を聞きつけた様子の相羽が、頭だけ振り返る。

「ということは、もう見つけてくれてるわけ?」

「そうよ。相羽君、三組よ」

 にこにこして答え、掲示板の方を指差したのは井口。些細なことでも役に立ててうれしい、といった感情が露。

「そうなの?」

 再び掲示板を見上げる相羽は、すぐに自分の名前を見つけたらしく、

「あ、ほんとだ」

 とうなずいた。うなずくと、喉に襟が当たるのか、また気にし始める。

「……それで、涼原さん達のクラスは?」

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