第8話 マッチポンプヒーロー

 よし、そろそろ俺も動き出すか。


 俺がその場から立ち上がると、何かを察したのか機械音声が話しかけてきた。


 ――マスター。どこへ向かうおつもりで?


「なに、ちょっと様子を見てくるだけだ。準備・・は整ったからな」


 ――……まさか、自ら出向こうと言うのですか?


「まぁな」


 ――マスター、その考えは推奨できません。先にも述べましたが、マスターはこのダンジョンと一心同体なのです。マスターの身に万が一のことがあれば、このダンジョンも崩壊してしまうのですよ?


 ダンジョン・コアが破壊されれば俺は死ぬ。

 その逆もまた然り、ということか。


「それに俺のレベルは1しかない。どう足掻いても勝ち目はないと、お前はそう言いたいんだろ?」


 ――マスター。分かっているのなら、なぜ自ら出向こうなどと?


 そんなの決まってるじゃねえか。

 俺は、今となってはこんなんになっちまった。


 中学校のある時を境にクラスに馴染めなくなって、そこからは面白いくらいに坂道を転げ落ちて、気づいたらニートになっちまった。


 でも本当は、俺だってニートになんかなりたくなかった!


 ちゃんと学校に通って、高校にも進んで、そこそこの大学に通って……。そして彼女を作って、普通の会社に勤務して。


 毎日毎日サビ残つれーわwとか言いながらも休日には家族で過ごして、笑い合って。


 そんな普通の人生を、俺だって送りたかったんだ!!


「何度も思ったよ。人生をやり直せたらどれだけいいだろうかって。そして今、俺の目の前には絶好のチャンスが転がっている!!」


 ――マスター。何の話ですか?


「なんのもクソもねぇ、俺の未来の話だ! いいかよく聞けよ!」


 そして俺は、自分の身に降って湧いた天才的な計画を告げた。


「俺は、鷹野と高坂を助けるッ!!」


 ――…………はい?


「だぁー、もう! 分かるだろ、つまりはそういうことだよ!」


 ――そういうこと、と言いますと?


「これからアイツらの元にモンスターの全てを送り込む。いくらスライムとゴブリンしか出ないとはいえ、数百匹が束になって向かってくればあの4人も死を覚悟するだろうな」


 ――それは……っ、えぇ、そうでしょうね。


「そのタイミングでこの俺が颯爽と現れ、あの4人……主に鷹野と高坂を中心に助ける。計200匹にもなろうかという数のモンスターを、この俺が退ける! まぁ実際にはよさげなタイミングで撤退命令を出すだけなんだが、死に瀕したアイツらには俺がヒーローかなにかに見えるだろうよ」


 ――なる、ほど……?


「そしてモンスター全てを撤退させ、あの4人を罠から解放したあとでこう言ってやるのさ。「もう大丈夫、俺が来たッ!!」ってな。このセリフは俺の大好きなアニメのセリフだ。なぁ、もし命の恩人にこんなカッケーこと言われたらどうなると思う?」


 ――なるほど。あの4人に貸しを作れるというワケですね?


「それだと80点かな。実際にどーなるか、俺が再現してやるよ」


 俺は裏声と地声を使い分けて、これから起こるであろうバラ色の未来を演じた。


俺「もう大丈夫、俺が来たッ!!」


鷹野「キャーー、ステキーー!(高音) 危ないところを助けて頂きありがとうございます!(高音) アナタは私たちの命の恩人ですぅー(高音)」


盾「フン、まさかあの大軍を一人で退けちまうとはな(低音)お前には英雄の資質があるぜ!(低音)」


高坂「あ、あの。これ、私の連絡先です(高音) もしよかったらお食事でもどうですかぁ?(高音)」


剣「そんな、僕の愛しの鷹野と高坂が……。くそ、持ってけ泥棒! 僕の完敗だ……!!」


「とまぁ、こんな感じかな」


 ――つまり、探索者パーティの中から二人を引き抜くということですね? 【光の環】のメンバーから見ればマスターは命の恩人。事情を説明すれば、経験値稼ぎのために攻撃を受けてくれるようになるかもしれませんね。もちろん定期的に回復アイテムを使うことによってHPが0になることを回避できる……つまり、疑似的な永久機関が完成する! さすがマスター、御見それ致しました。


「うん。もうそーゆーことでいいよ」


#


 俺はバトルモードを開き、全てのスライムとゴブリン1Fに投入しようと試みた。しかし、どうにも30匹から先のモンスターが赤文字になって、『配置できません』と出てしまう。


「なあ、これはどういうことなんだ?」


 ――マスター。今のダンジョンレベルだと、1フロアに配置できるモンスターの上限が30匹なのです。配置上限を増やすためには、ダンジョンレベルを上げる必要があります。


「それを先に言ってくれよ」


 ――申し訳ありません。あまりの熱弁だったので、口を差し挟むのも野暮だと思いまして。


「まぁいいや。んじゃ、とりあえず30匹を送り込むか」


 そのあとで、マップに表示された【明智灯馬】の文字をタップした。


 俺の予想が当たれば、俺本人もゴブリンやスライムと同様、指先一つで好きな場所に配置できるはずだ。


 ――流石マスター。説明されるまでもなく気付いていましたか。


「ふん、ソシャゲ廃人ナメんなよ?」


 こうして俺は、ダンジョン罠に引っかかった【光の環】を救出すべく、第一層に馳せ参じたのだった!


「うぉぉおおおおおおおおっっ!! 悪しきモンスターどもよ、その人たちから離れろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」


 俺は次から次へとモンスターを薙ぎ倒し(実際には退避命令を出しているだけだが)、罠に捕らえられた4人の元へと駆け付けた。


 そして鷹野と高坂のほうに視線を向け、できる限りのイケボと笑顔で例の言葉を口にした。


「もう大丈夫、俺が来たッ!!」


 


 

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