第11話

 目がさめると少年は、公園のなかをみまわりに出る。ここを住み処としている子供たちが、少年を見つけ、親しげに声をかける。

 ピーター、と。

 それは少年の、ほんとうの名前ではない。ここへ来たばかりのころ、少年に与えられたかりそめの名。リーダーと認められた、その証だ。

 お前が今日からピーターだ。

 あるときとつぜん、そう告げられ、壁画の前で仰々しく戴冠式が行われた。公園中の子供たちがあつまり、ひざを抱えてかつてのピーターから少年に、草で編んだ冠がさずけられるのをじっと見つめていた。かたい握手をかわしたとたん、わっと子供たちが押し寄せてきた。女の子たちがあつめてきてくれた「赤の実」を、みんなでむさぼるように食べた。

 あれからどれだけの時間が流れたのだろう。

 ギターを背にかつぎながら、少年は樹から樹へととびうつる。

「ねえピーター、おれ、もうすぐ消える気がする」

 そばにいた子供が宣言するようにいった。実をあつめていた少年はその手を止めて、子供をみる。

「たまに、自分のなまえ、思い出せなくなりそうなんだ」

「たのむから、かくれんぼしてるときに急にいなくなるのはやめてくれよ」

「それはわかんないなー」

 はははっ、と子供はわらった。

「そういえばあの新入りはどうした?」

 ピーターがきくと、子供は首をかしげた。

「さっき、そのへんで一人、ふらふらしてるの見たよ。まだ食べてないみたい。どうするつもりかな」

「じゃあ今日は、あいつらからかって遊ぼうか」

 山盛りの実を抱えて、少年は、にいっとわらう。

 ほんとうの名前を、彼はまだ、忘れられない。たまに頭のなかで反芻して、くすぐったいような、いとおしいような気持ちになる。

 だから少年はまだ、ここにいる。

 自分の名前をおぼえている限り、自分がだれかを知っている限り、少年はまだ、いつまでも、どこにも行けない。

 ここはネバーランド。

 すべてを忘れてしまうまで、みんなで遊びまわる場所。どこにも行けない子供たちの、ただ一つの楽園だから。

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