雨、不完全な海馬と傘

 雨の日、傘を持って外出する。

 途中で雨が止んだ。私は傘を左手に携えた。傘の持ち手ではなくその少し下を持ち、左手の小指に力を入れて携える。

 この持ち方は竹刀の持ち方だ。体育の授業で剣道を習った時、一番最初に覚えさせられたことだと記憶している。その持ち方が私に今尚残っている。まるで私の中のわずかな剣士の名残が表に出てしまったようだ。

 覚えておこうと思って覚えていたわけではない。体に染み付いていた。短い期間とはいえ体に残った記憶というのは脳みそよりも優秀に働く時がある。体が覚えていることに限らず、覚えておこうとした訳ではないものが多く私の中には残っている。

 幼い頃、小学校に入学する前にひらがなのほを書いて親に間違っていると言われたこと、夏休みに蝉の抜け殻を宿題に書いたこと、先生が即興で読んだ俳句。どれもなんの役にも立たないのに覚えている。テストや受験のために勉強したことはすっかり忘れてしまっているのに。

 未熟な脳みそ、不完全故に人は愛を知っているのかもしれない。雨に降られた体はそう思った。そして次に雨が降った日、全く役に立たないのにこの日を思い出すかもしれない。また次回。

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