働くも地獄、働かないも地獄

 学校という場所にはかなり真面目に通っていた。だが、自分に合っていたとは思わない。

 そもそもどこかに通うということが昔っから苦手なのである。幼稚園から行きたくないと思っていた。小学校は言わずもがな、習い事も嫌いだった。

 それに気づいたのは高校の頃である。これからの人生を考えるためこれまでを振り返る、みたいな授業の中で私はそう思った。

 ああ、私は通うことが嫌いだったのか。それに気づいたとき、大袈裟ではあるが自分の中で何かがストンと落ちたのである。自分の中の本質を見つけた、そんな気がした。だからこそあれから何年も経ったが、いまだにあの瞬間を忘れてはいない。その時の教室の雰囲気まで思い出せる。嫌いなクラスメイトの顔と共に。

 就職という道を素直に選べなかったのは、これも一つの原因である。どこかに通い続けることが苦手。朝起きると絶望を感じる。隕石が家か道中か目的地までの間に丁度よく落ちたりしないだろうか、人が傷つかない程度で、などと考える。文字にすると随分愉快なものに見えるが、唱えるテンションは丑の刻参りのそれである。もはや呪詛であった。

 だが、そんな呪いも一度として成し遂げることはできず、皆勤賞を取り続けた。残念ながら風邪も引かなかった。無駄に元気な体を呪ったものである。そうして体の好調とは裏腹に精神はどんどん擦り切れていった私は就職を選ばなかった。こうなるから、もし私と同じように学校を呪っている人がいるのなら、その人は適度に学校を休むといい。休み方を覚えるのだ。

 学校は通う年月が決まっている。だが、仕事となるとどうだ。仮に同じ場所に勤め続けたのなら、何十年も同じ場所に通い続けることになる。それを思うと私はさっさと世界なんて終わればいい、AIが全て仕事をするようになればいいと新たな呪いを生み出した。

 そもそも私は通うことは大変だということを皆に言いたい。満員電車に毎朝揺られ、高いビルに囲まれた場所で緑の無い場所に行って仕事をする。労働によって疲れきった体をまた人混みに紛れさせて帰宅する。へとへとの体で飯を食べる、眠る。そしてまた起きる。もちろんそうではない人もいるし、仕事にやりがいを持っている人もいるから一概にこの日常を否定することはできない。だが、私にこの枠は狭い。息苦しい。皆よくやっていると思う。

 皆それなりに働くということに疑問を抱いている。日曜には明日のことを考えて憂鬱になる。月曜の朝は絶望する。まだ火曜日かとため息をつき、やっと週の真ん中、あと二日も労働しなければならないと嘆き、木曜に疲れがピークを迎え、今日働けば明日は休みと奮起する金曜日。乗り越えた土曜日に無双する。そもそもなぜ週に二日しか休みがないのだ。

 辛いと思っているのに、しんどいと思っているのに、そう言ってもいられないのが現代日本という社会である。だから働き続ける。しんどいこともあるけれど、そうするのだ。

 就職するために就職はしたくないと思った。自分でも言っていてよくわからないが、ある日就活から目を逸らしていたとき、そう思った。学生たちは卒業したら働かなければならない、無職にはなりたくない(私のように)と思って就活をしていた。もちろんそうではない人もいるけれど、なんというか、社会人にならなければならないという強迫観念というか、社会の暗黙のルールみたいなものに則っているような気がしてならないのだ。目的を持って就職を選ぶ人は、全体の何割なのだろう。

 就職だけではない。進学だってそうだ。そりゃあ入試は学校に入るための試験ではあるのだけれど、私はそれが歪んでいるように見える。高校に入る、大学に入る、ことが目的で勉強を頑張っているように見える。中学の頃は勉強を頑張ったが、高校に入った途端に勉強をしなくなった、という人を私は幾人も見たことがある。

 先日ニュースで見かけた。新社会人たちの退社の報道であった。理由は個人それぞれにあるのだろうが、二週間程で彼らは社会人を辞める決意をした。

 私はよかった、と少しだけ思ってしまった。会社を辞めた彼らのことではない。自分自身と、もしかしたら自分に関わったかもしれない人間のことを思ったのだ。もし、私が就活をちゃんとして縁があり内定を貰えて入社を果たし、そして二週間で退社したら。

 私は自分自身を責めただろう。

 自分で選んだ場所なのに適応することができなかった。色々な人に支援してもらったのに、それに応えることができなかった。会社の人にも迷惑をかけた、など色々考えては自分を追い詰めただろう。

 だからといって今の自分が良い状況だとも思えない。ニートである。時に楽観で世界を見てしまうろくでなしニートも十分自分を責めている。だからもし、二週間で会社を辞めた彼らがこの文を読んでいるのならば、自分を責めないでほしい。責めてもそれは二分だけにしてほしい。君が就職を決めたことは間違っていないし、ニートの私よりは社会カーストが上だ。心配するな。就職してないやつも自分を責めている。全く開き直れてはいない。この状況がいいだなんて一ミリも思っていない。

 地獄だ。就職しても地獄、働かなくても地獄。この世はあの世よりもよっぽど地獄なのではないか。

 共に絶望しようではないか。人間一人ぽっちだが、一人ぽっちは一人だけではない。違う場所、違う時間で一緒に絶望してくれ。

 暗いんだか明るいんだかわからない話になってしまった。また次回。

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