第9話 天才の耳に魔法講義


 儀式の最中でもなんとなく察しがついていたが、魔法には系統と属性というものがある。


 系統は大きく3つに分かれ、

 火や電気などといった、実体を持たぬものを生み出すエレメント系統。

 石や水等々、物質を生み出すマテリアル系統。

 そして温度や形状などモノの状態なんかに作用するステイト系統。


 属性はそれぞれに存在し、それらを組み合わせることで様々な現象を起こすのが魔法というものだ。


 この世界に生まれ落ちた時、あまり文明レベルは高くないのかと思っていたが、この魔法という存在のおかげで見た目よりずっと高度な文明を築いているようである。


 建築物は前世の中世のようなものだが、耐久性能はおそらく重機を使ってもビクともしないのではというくらいに高い。

 まぁもちろん検証なんてされてないし、そもそもこの世界に重機はないのだが…。

 その代わりにあるのはやはり魔法で、どんな鋼鉄をも軽々と破壊できる代物だって存在する。


 医療技術に関しては前世を超えているのではないだろうか。


 病気や怪我なんかは、いわゆる名医と呼ばれる者にかかれば本当にあらゆる症状でも治すことができるらしい。


 さすがに死者蘇生はできないらしいけど、足がジグザグに曲がっていたり、猛毒の蛇に噛まれてしまったり、狂犬病のような致死率が高い病気になったりしたとて、呪文を唱えれば一発で解決するというのだ。

 

 …そこまでの回復の魔法を持つ者がどれくらいいるのか…というのは別にして、とにかくこの魔法というもののおかげでなんでもできるような世界に仕上がっているのである。



 …しかし、今の俺にとってはそれがなんなのだろうという話だ。


 どんな優れた魔法があったところで、俺にはそれを生かそうという場面がない。

 そのようなものは、前世に置いてきてしまったのだから。

 どうやらあの駄神のおかげで突出した才能をもっているようだが、愛する家族も励むべき仕事もない俺に、どうやって活用すればいいのか。



 有識者からすれば宝の持ち腐れもいいところだろうけど、申し訳ないが俺にはそうやって腐らせることしか今のところできないよ。


 そんなことを考えながら、俺はまたため息を吐いた。



「────であるからして、この魔法は………エリオスくん、聞いてますかっ?!」


 すると、隣に座っているカロリーヌがクワっと表情をしかめて声を張った。


 …現在は、彼女による魔法の講義中。

 魔法の理論や学問についてゴキョージいただいているのだが、興味のない俺からすれば全くもってどうでもいいような内容でしかなかった。

 

「…はい、聞いてますよ?口頭魔術は、空気が術式を刻むための媒体…つまり魔媒で、声がその術式を刻む素材、魔質になっているんですよね?」


「お…、おぉ。ちゃんと理解してらっしゃるゥ…」


 先ほどカロリーヌが言っていたことをかみ砕いて説明してみせると、彼女は怒りの矛先を失ったように妙な声色で納得した。


 さっきどうでもいいって言ってたのにちゃんと聞いてんのかよ、って?


 もちろんそれは俺の心から言えることなのだが、しかし…この体は全部スルーしているわけではないようで。


 耳の中に入ってきたカロリーヌの言葉をなんと記憶してしまっているようなのだ。


 無意識下で魔法についての説明を聞いており、そんでもって咀嚼して説明できるくらいには理解を深められているのだから、この体は本当によくわからない。


 これも、あの邪神によってもたらされたスペックなのだろうか…。


 前世でこの妙な才能を適用させてくれれば…なんてつい益体もないことがよぎってしまう。

 そしたらあんな場面やこんな場面、どれだけ楽に解決できたことか。



「しかし…エリオスくんほど、魔法に興味を示さない子は珍しいですねぇ」


 依然とボーっとしてカロリーヌの話を聞いていると、ふいに彼女はそんなことを言った。


「…そうですか?」


「それはもう。5歳の子供なら、魔法というものを見るだけでテンションぶち上がってくれるので、扱いがラク……こほん。まぁ興味を示してくれるのですが」


 咳払いしながら言う彼女だが、まぁそこは追及しないでおこう。

 確かに今の俺くらいの年齢の子ならば、手から炎を出したり、瞬時に物を変形させてみたりしたらキラキラ目を光らせてくれるだろうことは、予想がつくからな。


 …もちろん俺とて、最初から魔法に興味がなかったわけではなかった。

 当初はもっと食い入るように魔法の本を読みこんでいたと思う。


 ではなぜ今は精も根も尽き果てているのかというと……答えは簡単だ───。



「……魔法を使えばなんでもできるって、よく言いますよね」


「え?あぁ、そうですよっ!!魔法は非ッ常に奥が深くてですねぇ?そりゃもうつきつめれば空を飛ぶことだって人心を掌握することだって……」


「でも、それは嘘ですよ」


 スイッチが入って多弁(もともとうるさいがそれ以上)になるが、俺は彼女の言葉を無理やり打ち切った。


 カロリーヌは一瞬目を丸めるが、俺の言葉の意味を理解すると少しだけムッとしたような表情になる。

 まぁそりゃそうだろうな。

 魅力を語りつくそうとしたら否定で断じられたわけなのだから。


「エリオスくん、それはどういう意味ですか?」

「そのまんまの意味ですよ、魔法にはできないこともある」

「……良いですか、魔法は一概に言える分野ではありません。あらゆる系統、属性の魔法を組み合わせることで無数の選択を───」


「…ならッ!」


 彼女が説明しようとしたところで、俺は強く言い放った。

 何度も、何度も、見たし…聞いたようなことを再放送されるだけだから。


 俺はもう十分理解している、そのうえで魔法はなんでもできないと言うのだ。

 だって、



「別の世界に、行くことはできるんですか?」


 奥歯を噛みしめながら、俺はその事実を声に出す。


「死後の世界にいくことは?死んだ人を復活させることは?」


「…」


「先生、できないことが…あるんですよ。人は生き返らない、別の世界に行くこともできない。所詮はこの世界の範疇でしかないんです」


 俺はカロリーヌに……いや、おそらく自分に、言い聞かせるように言った。


 この5年間で理解したことを確かめるように、あるいは自分は間違っていないのだと確認するように、あるいは前世への未練を少しでも断ち切って楽になってしまおうとするように。


「理論上、できないことはありません」


「理論上?どこにそんな理論があるというのですか?これでも、それなりに魔法に関する論文は読み込んだつもりです」


 それでも頑なに頷かない彼女に俺はそう言う。


 この世界に生きた年数でも、魔法について学んだ年数でも彼女の方が上ではあるのは確実だ。

 …しかし俺だってこの5年間、伊達に魔法を突き詰めてはいないという自負がある。


 不服ではあるが、この体は前世よりもはるかに賢い。

 精神は同じでも脳のつくりがたぶん違うのだろう。

 解せないけれど【神の子】なのではないかというお墨付きまで貰っている。


 だから、俺は理解してしまったのだ。

 俺は前の世界に戻ることはできないと。


「……そうですね、少しだけ訂正しましょうか。エリオスくんの言うようなことを実現する魔法の理論はありません」


「…ほら、やはり───」


 勝ったと思った。

 いや、こんなところで、こんな議論に勝ったところでなんだという話だが。


 まぁなんというか…安堵という感情になった。

 その感情の理由は、いろいろあるのだけど…。


 しかしそれが確信として残る前に、カロリーヌは口を開いた。

 

ありません……しかし、それを実現し得るというようなものは存在します」


 彼女はかつて見ないような真剣な表情で、そう言った。

 「奇跡」などという聞きなじみのない言葉に、俺の頭の上には疑問符が浮かぶ。

 いったい何を言うのかと。


「……これについては、秘匿するように強く言われる分野なのですが…、しかしエリオスくんのようなトンデモナイ才能を燻ぶらせないためならやぶさかではありません」


 カロリーヌはそう前おいて、視線を伏せる。

 話が読めず、俺は少し押し黙ってしまう。


 秘匿するように言われている情報…?

 なんだそれは、全くわからない。


「ふっふっふっ。少しだけ触れてみましょうか、に」


 冗談めかしたように彼女は笑うが…表情はそうではない。


 どこか含みのある、口角だけを上げたニヒルな笑みで、カロリーヌは俺を見つめていた。

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