第8話 奇人の鞭撻


 儀式後、司教やらなにやらに、長々と聴取を受けた。

 「あなたは神の子ですか?」だの「どのような使命を受けたのか」だの、面倒な宗教勧誘でももうちょっと潔いと思うくらいには、執拗な質問の応酬だった。


 まぁ、なんら心当たりはないので、「なんのことですか」と突き通してやったが。

 実際、使命を賜っただなんて聞いてないし、あったとしても即刻棄却しているだろう。あんな駄神の言うことなど、誰が従うかという話だ。


 と、まぁ神の子疑惑については解決…とまではいかず、いったん保留となった。

 だが、あの後の問題はほんっとうに鬱陶しい、貴族たちのご機嫌取りであった。


 俺のとんでもない力に眼が眩んだか、あるいは政治的に価値を感じたのか、あの場にいるほとんどと言っていい者たちが、俺に言い寄ってきた。


 「うちの息子とお友達に!」

 「うちの娘はいかがですか!?」


 まったく何をぬかしているんだあいつらは。

 子供は道具などではない、自分がそうだというわけではないが、強者に対してのご機嫌取りの道具ではない。


 そんなことを言っても効かないだろう輩たちにほとほと困っていたが、そこに助け舟を出してくれたのはルーカスとリリアーノだった。


 いろいろ面倒くさそうな奴を門前払いで切り捨ててくれて、非常に助かった。


 まぁ彼らだって同じ貴族、俺という存在は大切にしたいものなはず。

 変な虫がつくのは避けたい事態だろうし、一概に息子がかわいくて取った行動ではないのだろうが。


 

 事実、こんなやつを俺に寄越している時点でな。



***

 

 

「【凍結の獄アイシクル・プリズン】」


 もちろん日本語でも、この世界の公用語でもない、でそう唱える。


 と、前方数m先にある簡易的な人型の人形が、まるでいきなり地から飛び出した氷によって閉じ込められた。


「うおおおおお、なんっという威力!!あの超魔法耐性ターゲットを、いとも容易く凍らせてしまうとは!!」


 途端、発狂する女性。

 恍惚とした表情を浮かべながら、今しがた人形を閉じ込めた氷塊にべったりとくっつく。


「さすが、流石です!!これなら『氷聖』も夢ではありませんっ!」


「…はぁ」


 冷たすぎて皮膚と氷がくっつきそうになっているのに、興奮冷めやらぬという様子の彼女に対して、俺は置いてけぼり感をぬぐえず返事をする。


 いったい何だって、こんな人に教えを請わねばならぬのだろう。


 

 彼女の名は、カロリーヌ・マジエド・アンセラー。

 俺の魔法の教師、厳密にいえば『水』『土』『冷気』系統のゴベンタツを賜っている相手だ。


 詳しいことはよくわからないけど、魔法の方面ではそれなりの権威のある人物らしく、実力も相当なのだとか。


 強大すぎる俺の力を一目見たい、なんなら指導したいということで、現在は俺の家庭教師となっている。


 まったく俺は遠慮願いたかったのだが、両親が二つ返事で承諾してしまった。

 彼ら曰く「教えを乞うのにこれ以上ない人物」らしいけど…、別に俺は教えてほしいなど一言も言ってないんだがな。


 それに更に問題なのは、彼女の変態性だ。


「なんですかその反応は!?もっと誇ってください!?魔法を学び始めてから一年足らずで『聖級』なんて、歴史上初めてなんですから!!

 …それに、視てくださいよこの氷、ものすごい魔力の凝縮……!見てるだけで絶頂してしまいそうですよ!!?」



 5歳児に何を言っているんだこの人は。


 完全にヒトに見せちゃいけないような表情をしている。

 なんていうかこれはもう、薬物でもキメているんじゃないかと疑うほどだ。

 この世界にドラッグがあるのかは知らないけど。



 これが彼女の変態性にして問題。


 とてつもないほどに魔法狂いなのだ。


 俺が魔法を披露するたびに、犬みたいに息を荒げるし、犬みたいに涎を口の端から垂らすし、犬みたいにきらっきらに眼を輝かせている。


 おそらくは、俺に宿ったこの魔力が気になって仕方がないのだろう。


「はぁ~、これでまだ才能の片鱗でしかないのね…。凄すぎる…、早く他の魔法を魅せていただきたいところですっ」


 ギラリとした視線がこちらに向かってきて、思わず目をそらした。

 怖いよ、獲物をロックオンしたみたいなその目。



 ちなみに、で言っていいことなのかはわからないけれど、俺の適正は、本当にあらゆる魔法を使うことができるらしい。


 現在は安全性の観点から、比較的危険度の低い『水』系統を主に学んでいるが、これからほかの魔法についても学ばされる予定なのだとか。


 まったく、勘弁してほしい。


 カロリーヌにも使えない魔法があるため、そこについては別の人が教師につくようだが、その人物も彼女の様な狂人だったら俺の頭がおかしくなりそうだ。


 ただでさえ今だってしんどいというのに。



「あ。もう時間なので、自室に戻らせていただきます」


「え゛、い、いやいや、もうちょっと、もうちょっとだけでいいので見せていただけませんか!?本当、先っぽだけでいいんで─────」


「帰ります」


 キャンキャンと子犬のように喚く彼女を尻目に、俺はその場を後にする。


 …いや、まったく。こんな人は身近に一人も居なくていいくらいだ…。

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