第2話 絶頂にいた男の幕切れ


「は?」


 一通り話を聞き終わって、そんな腑抜けた声を出すことしか俺はできなかった。


「いやぁ、本当悪いと思ってるよ。これまでもないことはなかったけど、いかんせん地球の歴史に置いては確認されてなかったからさ」


 俺の前に立つ、どこか少年のようなあどけなさを孕んだ姿と声を持つ者が軽薄に笑う。


「ま、神も木から落ちる、みたいな?神だって全知全能ってわけでもないのさ」


 まるで冗談のように戯けて見せる彼。なぜ、そんな振る舞いを取れるのかわからない。そもそも、実際何が起きてどうなったかすら詳しく飲み込み切れていない。


 だがしかし、本当にザックリ言ってしまうと、それは、つまりこう言うことなのだろう。…いや、でも。そんなことあって良いはずがない。だってそんなのあまりに…。


「あ、まぁ簡単に言ってしまえばそうだよ。飲み込めてないって言うけど、結構わかってんじゃん」


 側から見ればきっと脈絡のない発言。でも俺からしてみれば驚くべきことだった。まるで心の中を覗いているみたいに返事をして見せたのだから。


 そして続いたのは…実に残酷で、冷ややかな、宣告。



「うん。君は、死んだ。僕の手違いで」



──────!!!!!!




 その喉に飛びついて掻き切ってやろうと思ったが、俺の体はすぐさまガクリと地に押さえつけられる。


 気づけば顔のない光の擬人化みたいな奴が、俺を取り押さえていた。

 息苦しさはない。それは俺が生きていないということの証左でもあった。


「ふざけんなよ、なぁ、ふざけてるのか?どうして、なんで、なんでッ!?!?」


「あぁ、もう一回言おうか。えっと、██っていう…簡単に言うと死ぬ予定の魂を回収するようなモノがあるんだけど。それが誤作動を起こしちゃって、処理する予定じゃなかった君の魂まで回収しちゃったんだよね。それでまぁ、君の肉体は抜け殻になって死んじゃった、みたいな感じ」


 そういうことを言っているんじゃない。そんな言い様を聞きたいんじゃない。


 そもそもなんでそんな呆気らかんとしていられる?

 なんでそんなに大事だと思っていないんだ?


 お前のせいで、他人の人生が終わったというのに。


「悪いとは思ってるよ。態度についてもまぁ目を瞑ってくれ。君の嘆く想いはわかっているけど、神という立場じゃ共感もできないんだ」


 …神だから、なんだというのだ。


 神なら不手際で命を奪っても平然として良いのか?

 神なら幸せを破壊してもいいのか?


 クソッ。


 もう…何も考えたくもない。信じたくない。

 これは全部夢なんじゃないのか?


「ごめん。現実だ。悪い」


 俺の怒りの嘆きさえ、あいつはのらりくらりと返すのみ。


 本当に、こんな呆気なく…誰ともわからぬような胡散臭い奴のせいで俺は死んだのか?阿久津優馬という人間ではなくなったのか?


 もう、妻にも娘にも会えないのか?


「そうだね…、でもちゃんと補償もするよ」

 

 そういうとコイツは、ツカツカと俺の近づいてきたかと思えば、その手のひらを俺にかざした。


 刹那、ぐんにゃりと視界が、いや体が歪むような感覚に襲われる。そして内なる部分に、何か大きな存在が感じられるようになる。


「君には、もう一度輪廻に入ってもらう」


───…輪廻に、入る?


 そう鸚鵡返ししようとするが、言葉には発せられなかった。俺には口すら、声帯すら、身体すらない。


 およそ人とは捉えられない…小さな珠のような存在になっている、と俯瞰して認識できた。


「そこで、送るはずだった残りの人生を全うするといい。向こうに融通を利くよう僕の方から頼んでおくからさ」


 残りの人生を全うって。そんなのできるわけがない。彼女たちがいない世界になんて、俺が行けるはずが。


「残した人たちの方もまぁなんとかしておくよ。じゃ、そういうことで」


 ふんわりとした脱力感が身を包む。ただでさえ動けないのに、一切の抵抗力が剥奪され、どこか心地よさすら感じるものが俺を取り巻いた。


 終わってない。まだ話は終わってない、のに。


 ふざけるな……ふざけるなッッ!!!


 

 怒りの矛が、こいつを突き刺すことなどあるはずもなく。俺は───堕ちていく。


「じゃあ、また──」


あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ 

 あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ

あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ

 あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ


 荒波に飲まれているのかと錯覚するような感覚だ、絶え間ない情報の流入によって思考能力は完全なまでに奪われる。


 油断すれば自我すら崩壊してしまうだろうと、なんとなく察しがついた。自分が自分では無くなってしまうのだ。


 ひたすらに、俺は耐えた。決して自身を手放さないように。


 忘れちゃいけない。俺には忘れてはいけないものがある。神への怒りは忘れても、嫁と娘への想いだけは忘れては…ならない。



 それから、どれほどの月日が経ったのかはわからない。とてつもなく長かったような気もするし、まるで一瞬だったような気もする。


 だがいずれにせよ、かくして、俺は流れ着いた。



「───貴方の名前は、エリオス…、エリオス・デア・クルヴィートよ」


 慈愛的な声が心の中の浸透してくる。

 決して望んだことのない祝福が、俺の身を包んだ。

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