異世界・ホームシック~地位も名声もどうでもいいから、俺はとにかく帰りたい~

オーミヤビ

第1話 幸せの1ページ

 人生山あり谷ありとは言うけど、それで言うなら今の俺は山のてっぺんに立っているに違いない。


 まぁそもそも俺の場合は、これまでが谷過ぎたのだろう。こんなことを言うのもアレだけど、俺の親はいわゆる親ガチャ外れ枠に該当するものだった。共働きで家にいる方が珍しく、ときたま帰ってきたと思えば、電話先とパソコンに向ってしかめっ面を浮かべるのみ。


 夜ご飯に温かいものを食べたことなんて一度もない。レンジでチンしたって、それはどこか冷たいままだった。


 最終的に俺の教育に対する意見の食い違いで両親は離婚、俺は母方についたけど、祖父母はもういなかったし、別に何かが変わるわけでもなかった。


 そんなこともあったから、いつしか俺の夢…というか目標は“暖かい家庭を築く”になっていた。


 壮大ではないかもしれないけど、でも結局これが人生において一番なのだ。少なくとも俺にとっては。


 そして今、その夢は叶っているといっても良いかもしれない。


「優馬、おかえり。ほらパパにおかえりって」

「パッ…、パッ!!おかえりぃ!」


 リビングの扉を開けば、くたびれた俺を迎え入れる愛する者たちの声。肩に乗っていた重荷のような物がシュワシュワと溶けていく感じがする。彼女たちは天使か何かなのではないか。


「ふふっ…、ただいま」


 わちゃわちゃと突撃してくる娘を受け止めようとすると、そのまま彼女はおもちゃの方へ飛んでいってしまった。フラれた。気まぐれなレディだ、本当に…。



 食卓に並ぶは、豪勢な料理の数々。彼女の料理はどんな三つ星シェフよりも美味いのだ。


「それにしても、すっごい豪華だな…」

「当たり前じゃないっ、だって今日は、二つの意味で新課長サマ誕生の日なんだから」

「まぁ、それは…嬉しいけど?」

 

 祝われるというのに未だ慣れず、少し照れ臭い。でも確かに今日は祝福すべき日なのだろう。


 なんてたってしがない男の34回目の誕生日、にして、そこそこでかめの企業で新課長が就任した日なのだ。もうすぐアラフォーになるという恐ろしい事実は置いておくとして、この歳で昇進というのはなかなかではないだろうか。


「ふふっ、もっと堂々としてなよ。リーダーとしても大黒柱としても、ナヨナヨしてちゃ務まんないよ?」

「うぐっ、まぁそうだな。シャキッとしないと」

「そうそう、ピシャッとね」


 快活な笑みを浮かべる彼女に、俺も口が綻ぶ。子供の頃は、決して向けられたことのないような笑みだ。


「これ温めたら食べれるから、手とか洗っといてね」

「あぁ、助かるよ」


 無精して電灯を取り替えておらず、明かりの切れかかった洗面台へ向かう。


 よく磨かれた窓に、なんとも平凡でくたびれた男の顔が映る。その口角は実にだらしなく上がっている。


「幸せな人間の顔って、案外面白い物なんだな」


 ぽろりとそんなことが口に出る。

 口元に手を添えると、連動して目の前の自分も口角を隠した。

 

 こんな変なことをしているのを見られたら、彼女の揶揄われてしまうな、なんて思いながら、今日を乗り切った疲れを汚れと共に洗い流す。


 

「じゃあ、食べよっか」

「いやいや、その前に前に」


 今にも食指を伸ばしたくなる料理を前に、お預けを食らう。彼女の手がグラスをゆらゆらと揺らしている。


「そうだな、まぁ。やっておくか。さ、コップを持って」

「ぱーい?ぱーいでしょ?」

「あぁ、じゃあ、元気に言ってくれるかい?」


 全員がそれぞれのグラスを持って。


────カツン


 快い音を立てて、小さな祝福が行われる。

 しかし、それで俺は十分であり、それでこそ俺は幸せであった。



 このひとときもきっと、俺の記憶の中に刻まれるだろう。そしてこれからもそれを積み重ねていくのだ。この温かい家庭で。


 なんて、くさいことを思いながら、俺は幸せを噛み締めていたのだった。

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