第121話 岩塩と三歩目
「あ。そうだった。塩がほしかったんだよ。ズン。ここらで塩がとれるところある?」
俺は大事な事を忘れていた。
ここまでの流れのせいですっかり忘れていたのである。
「塩か……えっと岩塩ならあるぞ。小さな頃に見たことがある」
ズンがアンナさんに怯えながら言った。
アンナさんはまだ無言で彼に圧力をかけていたのだ。
彼の言葉がフランクで俺に馴れ馴れしいからかもしれない。
「どこにあるのよ? あると助かるんだわ」
「フーガギード山脈にあるぞ。おいら昔、親父に連れて行ってもらったことがある」
「そうなんだ。じゃあ案内お願いするよ。俺、今すぐ塩をゲットしないといけなくてさ」
「いいよ。おいらが案内する」
「頼むわ。それじゃあ、俺、ズンと一緒に行ってくるわ。留守番頼むよ。アンナさん。ナディア」
「え? 私が留守番? 私もついていきますよ」
「駄目ですよ。こちらの人たちを案内してあげてください。俺たちの町の事を教える人がいないとここまで逃げてきた人たちが可哀そうだ。あ、それと寝床。あそこは満員だから、簡易で似たような施設を建ててあげましょう。モルゲンさんに頼んでおいてください」
「わ、わかりました。やっておきます」
アンナさんは大人しく引き下がってくれたが。
「あたしはついていくわ。あなたが行くところにあたしがいないと困るでしょ」
「え? いや別に」
「困るって言ってよ。お願い!」
「なんだよその願い。俺は別に困らんって」
「言ってよ。ケチ!」
「ああ、はいはい。ナディアさんがいないと大変です。俺は困ります~」
少々めんどくさいので、大人しくしてもらうために俺は仕方なく言った。
「そうでしょ! だからついていくね」
「ああ。わかったよ」
「最初から素直に言えばいいのよ。ルルは!」
「はぁ。まあいいや。ズン。その場所まで案内してくれ」
「おう。まかせてくれ。あ! そうだ。ルル様、これは急ぎか?」
「ん?」
「いや、ヒュームの走行レベルだと、たぶん一週間くらいはかかるぞ。行きだけで」
「と、遠いなぁ!? そんな遠い場所にあるのか」
さすがに二週間もここを空けるのはまずい。
諦めるしかないかもと思ったら、ズンの話には続きがあった。
「だから、おいらが乗せようか?」
「乗せる? どういうこと。おんぶってことか?」
「いんや。違うぞ。おいらが
「
「あれ? ルル様は知らんの?」
「すまん。俺、ジーバードの人間なんだ。だから、こっちの事情に詳しくなくてよ。その
「え? ジーバードだって・・・・」
このくだり。毎回しなければいけないんだな。
ズンは驚きすぎて止まった。
一分後。
「ヒュームにしてはやたら強いのはそういう事か」
「ん~ん。強いか分からないけどな。常識がないのは間違いない」
「がはははは。それはそうだ。ルルは常識ないくらいに強いってことも覚えておいた方がいいぞ。ズンよ」
失礼にも俺の隣でユーさんが笑っていた。
「どっちにしろ。強いは取れねえんだな。ところで
「うん。おいらたち獣人族はさ。極一部の人間が
「へぇ。それを使うと、どうなるの?」
「こんな感じだ!」
白い煙と共に白き狼が出現した。
「うお! カッコいいな! ズン」
「へへへ。どうよ。おいらの背中に乗ってくれれば一瞬で行けるぜ。たぶん半日くらいで目的地に着く!」
「じゃあ、乗せてもらおう。よいしょと」
俺はズンに跨った。
ふわふわな毛並みで乗り心地抜群である。
「ほれ。ナディア。俺の手を」
「う。うん。ありがと」
俺はナディアを引っ張り上げた。
「ああ。気をつけろよっと。俺の後ろの方がいいか?」
「うん。そうする」
彼女を後ろにしたが。
「ルル様。それはやばいかも」
「ん?」
ズンが反対してきた。
彼が首を回して俺の方を向く。
人間モードの彼の顔よりも、狼の顔の方が凛々しく見える。
「そのエルフの人。走っている間に飛んでいっちゃうかも」
「え?」
「おいらのダッシュ。むちゃんこ速いぞ。振り落とされちまうぞ」
「なるほど。俺の後ろだったら、ぶっ飛んじゃうんだな。それはやべえな。じゃあ、しょうがない。すまんナディア。俺の前だ」
「え。ええ・・・ええええええ」
俺はナディアの体を包み込むようにしてズンの鬣を掴んだ。
心なしかナディアの体が赤くなる。
普段は白い肌だから余計に目立っていた。
「おい。大丈夫か。ナディア」
「う。うん。だ、大丈夫」
ここでも心なしか声が上擦っているように思う。
「まあ大丈夫ならいいか。じゃあ、ズン。これでどうだ。鬣掴んでも大丈夫か」
「おう。大丈夫。ルル様たち、振り落とされるなよ」
「ああ。まかせろ。じゃあ。ナディア。俺のことも掴んでろ。お前、軽いからさ。俺がこうやって支えていても、吹き飛ぶ恐れがあるわ。しがみついてろ」
「え。うん。そうするね」
ナディアは俺の腕に自分の腕を絡ませて俺が掴んでいるズンの鬣付近を掴んだ。
二人で同じような前傾姿勢になって、出発の準備は完了した。
「よし。ズン。頼む! 目的地へ!!!」
「おう。おいらたち、出発!!!」
「おう!!!」
「きゃあ、は、速い!?」
こうして、爆速で走るズンに乗って、俺とナディアは塩取りに向かったのである。
◇
フーガギード山脈。
大陸で最も標高が高いバーランド山を中心に険しい山々がある山脈地帯である。
ここには何があるのか。
楽しみでワクワクが止まらない俺は、目を回しているナディアを支えていた。
どうやら、ズンの爆速移動で酔ったらしい。
「ナディア。大丈夫か?」
「……う、うん。酔った」
「乗り物酔いか・・・・ズンは乗り物じゃねえけど」
「そうみたい……」
「吐きそうか?」
「ギリギリ大丈夫・・・」
「吐きたくなったら言えよ。俺が手伝ってやるよ。背中擦ってやるから」
「え・・・やだよ。恥ずかしい」
「恥ずかしいも糞もあるか! 具合悪いのによ」
「…優しいね。ありがと・・・」
素直に頷いたナディアはぐったりしていた。
ズンの移動速度が異様に速い割には、僅かな揺れの走りであった。
だけど、ナディアにはその揺れが合わなかったようだ。
「ズン。どこらへんだ。その塩は?」
「向こうだ。この崖の先」
「マジか。こんな場所を歩くのかよ。あぶねえなわな。誰も来ないだろこんな場所」
ここは、人が一人だけしか歩けないスペースの崖の道だった。
「ズン。お前の今の形態だと、通れないだろ。横幅がデカすぎる」
「うん。そうだね。おいらも元に戻るわ」
「ああ。じゃあ降りるからな。それじゃあ。ナディア。おんぶするからよ。掴まってな」
「え。うん。お願い」
「ああ。落ちるなよ」
「ありがと。ルル」
獣モードのズンから降りた俺はナディアをおんぶした。
◇
崖の道を山に沿って進む。
ズンが示す道は非常に大変な道だった。
もし、俺たちが自分の足でここに来ていたら、この道を使う頃には、体力がない状態で歩くかもしれない。
そんな状態で、この道を歩くのは危険じゃないか。
ズンがいなければ、非常に難しいクエストだったと思う。
「あそこだ。あの洞窟。あの先にあるんだよ」
「へぇ~。じゃあいってみよう」
山の中腹辺りにある大きな洞窟に俺たちは入っていった。
至って普通の洞窟。
暗さも匂いも雰囲気も。
俺がいたジーバード大陸のどこにでもあるような洞窟だった。
「こんなところにあるのかよ。普通の洞窟だけど」
「ああ。そうだぞ。おいらはあの時たしか・・・」
一本道の洞窟。
迷うわけもないのに、途中でズンは止まった。
「どした?」
「たしかな。真っ直ぐ普通に進んでいては辿り着けなかったはず。えっと、ちょっと待ってくれ。おいら調べる」
「わかった。待ってるよ」
俺はそう言った後。
マジックボックスから、地面に敷くシートを出した。
「おいナディア。本当に大丈夫か。顔色悪いぞ」
「だ、大丈夫・・・ごめんね。ルル。足手まといになっちゃった。来ない方がよかったね」
「ん? あんまり気にすんな。まさか、お前が乗り物酔いするとは思わなかったからな。俺も。お前もさ。はははは」
「う・・・うん。ごめんね」
「いや、謝んなって。でも、もうちょい頑張ってくれ、あと少しだと思うからさ」
「ルル、ありがと……」
いまだにナディアの顔色は悪い。
彼女の顔が元々真っ白に近いから、青ざめるともの凄く青く見えてしまう。
具合の悪さがよく分かってしまうナディアだった。
「ルル様! 見つけた。ここの空洞だ。あそこの岩を外してこの先に行くんだけど。おいら一人じゃ無理だ。これ、大人数で動かしてたんだよね。二人でも無理かも」
「ん? そうか。なるほどね。じゃあ、ズン! ここは俺に任せてくれ」
「え!?」
スキルを発動【撤去】
土木屋さんで働いた時に見たことがあったスキルだ。
重い物を動かす際に一瞬だけ使用できるスキルで、初期スキルじゃないが今の俺は扱える。
一度見たスキルでも、今の俺は扱えることが出来る様だ。
覚醒した俺。
やっぱり便利だわ。
なんて思いながら、重い岩を横にずらした。
「おし。こんなもんだろ。いこうか。ズン!」
「はぁ? ルル様、あんた規格外なんだな。もうヒュームじゃねえ。バケモンだ」
「はははは。そうみたい。俺も最近思うわ」
◇
新たな道を進む前。
「ここで待つよりも、中に連れて行くことにするか。よし、歩けるか、ナディア?」
「……う。うん。大丈夫」
「駄目そうだな。よし、まだ俺が運んでやるよ。ごめんなと」
「おんぶ、ありがと」
具合が悪いからか、やけに素直だった。
「ああ。吐きたくなったら俺に言えよ。そこで吐かれたら俺にかかっちゃうからな。はははは」
「悪い冗談ね。あたしだってね。あなたにおんぶしてもらっておいて、あなたに向かって吐くことだけはしないわよ。降ろしてもらうわ。そして見えないところで・・・吐く!」
「そんな移動できそうにないぞ。この道結構狭いしよ。いいから、俺がそばにいてやるから遠慮すんな。具合悪い時は誰かを頼りな。吐いてるくらいで俺が幻滅でもすると思ったのか?」
「・・・どうだろ。男の人って、女の人が吐いたりしたら幻滅するでしょ」
「俺は別に気にしない。俺、医療のスキルを持ってるからな。そういうの気にしてたら診察できねえ」
「・・・そ、そういうものなの」
「ああ。だから気にすんな。女の子でも吐いてもいいんだぞ。人前でな」
「……はぁ。あなたって変わってるわね……」
ため息をついた彼女をおんぶして俺は中に入っていった。
「ルル様。こっちだ。あの奥の光。あそこにあるぞ」
「ほうほう。なんであそこだけ光ってんだ?」
「上に小さな穴があったような気がする」
「へぇ。なるほど。その光か。地上の光ってわけね」
奥に到着した俺たちの前には岩塩があった。
床。壁。どこを見渡しても岩塩だらけだ。
「こりゃ当分、塩には困らねえな」
「そうだけど、ここまで来るのは大変だよ。あの町の位置からだと、かなりの距離だ!」
「まあそうだな。でも、そこは困らないぞ。ズン!」
「なんで? 毎回おいらたちがここに来いってことか?」
「いや違う! 俺にはこいつがあるからさ。持ち運びも便利よ」
俺はマジックボックスを取り出した。
「この中に大量に保管してと」
町に塩がどれくらい必要になるか分からないがとにかく大量に俺はマジックボックス内に塩をいれた。
途中で、取りすぎも悪いかと思いたち、今の人数だったら30年程は余裕がある備蓄にしておいた。
「そんじゃ、帰るか!」
俺が収納し終えてズンを見ると。
「……は? こんなことで疲れちゃいけないんだ・・・ルル様は常識がないんだ。常識が。おいらが普通、ルル様が異常なんだ。大丈夫。大丈夫。おいらは大丈夫」
なぜか失礼な言葉を羅列していた。
◇
帰りの道中の洞窟内。
まだぐったりしているナディアを背負う俺と、ズンが楽しく会話をしていると。
「きゃああああああああああああ」
悲鳴が聞こえてきた。その後更に。
「逃げろ。とにかく逃げろ。中に入れ!」
「うわああああああ」
「俺が食い止めるから、時間を稼ぐから・・はやく!」
緊迫感ある声が聞こえてきたのだった。
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