第120話 白狼族と二歩目

 「スージャさん! 何か見えました?」

 

 俺は高台で見張りをしているエルフの女性スージャさんに呼び掛けた。


 「はい。見えます。北西方面から砂煙があり、人が走って来てます。あれは・・・」


 彼女は魔力操作で視力を引き上げている。

 五感操作と呼ばれる。エルフのレンジャースタイルの人の技らしい。


 「白狼族かと思います。全身が白いです」

 「白狼?」

 「はい。狼系統の珍しい人たちです。14名ほどが逃げています」

 「逃げている???」

 「はい。彼らの後ろにモンスターがいますから」

 「おいおい。それを早く言いなさないな」


 何でそっちの報告が先じゃないんだよ。

 モンスターがきてます! 誰かが追われています! どうしますか!

 この報告の順番でしょ。

 君、その報告の仕方はヤバいですよ!

 それでは町を守れませんよ!


 「どんなモンスター?」

 「そうですね。あれは、ベックドベアーですね」

 「なんだそれ??? 俺も高台に行きます」


 俺も上に登った。

 鷹の目を使用して砂煙がある奥を見る。


 「あれは・・熊? でも、かなりでけえ。熊のサイズじゃねえわ。それでいて足が速いな。彼らの速度もかなりあるのに、突かず離れずで追いかけることが出来てる。なんだあれは」

 「ルルロア様、あれはジークラッドでも最強クラスのパワーを誇るモンスターですよ」


 いつの間にか、アンナさんが後ろにいた。


 「そうなんだ。さて、どうしようかな。よし、ナディア!」

 「なぁに!」


 俺は下にいるナディアを呼んだ。


 「ナディアが倒すか。固定砲台でここから魔法を撃てるか」

 「いいわよ。そこから撃つわよ」

 「おう。じゃあ。こっち来てくれ」

 「うん。いく」


 ナディアが登って来る最中にアンナさんが俺の肩をちょんちょんと人差し指で突いた。


 「ルルロア様」

 「ん? なんですか?」

 「ここは、あなた様がお救いになられた方が都合が良いかと思います」

 「俺が?」

 「はい。領主ルルロアが、あなた方を救いましたとするのです。しかもヒュームが救ったのですとなれば。否が応でもヒュームを認めざるを得ませんよ。してやったりです」

 「・・・な、なるほど」


 俺を超えるあくどい策だ。その作戦!

 この人、中々の策士だぞ。

 マジで・・・アンナさん怖え!!!

 逆らわないようにしよう……。


 「じゃあ、倒しますか。ナディア。すまん。俺がやるわ」

 

 上まで登ってきたナディアに言った。


 「…え? どうして? あたしじゃないの?」

 「予定変更です。ナディア様。ルルロア様の力を見せつけます。あの狼共に」

 「はい?」


 一生懸命梯子を登ってきたナディアは混乱していた。


 ◇

 

 土煙が肉眼でも見えるようになった。

 懸命に走る白狼族の人たちは、必死の走りになっていた。

 無我夢中の姿は、生にしがみつく人の走りに思う。


 俺は二つを視界にいれた。

 白狼族とその後ろのベックドベアー。

 そろそろ倒してあげようかと魔力を練り始めると、アンナさんが俺のそばに寄る。


 「まだです。ルルロア様。こちらに白狼族が来てから、魔法を発射してください。狼共がルルロア様の姿を見てからが本番です」

 「え。だって、え!? 早く倒した方がいいんじゃ」

 「それは人助けの為にはいいでしょう。ですが今回は印象操作をしなくてはいけません」

 「へ?」

 「あなたがここから倒してしまえば、私か、ナディア様が倒したと勘違いするかもしれません。あそこの狼共は。頭が足りないかもしれませんよ。思慮深いものがいない場合、エルフ族の魔法だと勘違いするかもしれないのです」

 「ん?」


 どういうことだ。

 なんかすげえことを言ってるぞこの人。


 「要は、ただ助けるではいけません。あなた様の力を見せなくてはいけません。直接ですよ」

 「わ、わかりました」


 ◇


 彼らは必死だった。

 やっぱり、生死がかかった命懸けの逃亡だったのだ。

 俺の肉眼でも表情が見えるくらいに近づくと、わかることだった。

 すまん。

 君たち、これはアンナさんの作戦なんだ。

 苦労をかけたわ。


 「やばいな。もういいだろう。俺があいつを消すよ。いいね。アンナさん」

 「はい。では少し待ってもらって。ゴホン」


 アンナさんは咳払いをした。


 「こちらに逃げなさい。白狼族。我らの領主ルルロア様が、アレを倒すので。こちらまで来なさい」


 良く通る声で白狼族を誘導した。

 

 「は!? あいつは化け物だぞ。出来るわけが」

 「俺たちにもこいつは倒せねえんだ。無理だ。あんたらも逃げろ」

 「お、おいら限界・・・」


 白狼族の子らは限界を迎えていた。

 どれほどの距離を走ったのかはわからないが、よだれや何やらで一杯一杯になってる様子から相当長い距離を移動したのだろう。


 「いいからつべこべ言わずにこちらに来なさい!」


 通る声で叱責した。


 「まあいいから、俺の後ろに入りな。いくぞ。魔法の心髄」

 

 覚醒した日からの成長。

 俺は、自身の魔力を感じるレベルが変わっている。

 本当の魔法の心髄を勝ち得た気がする。

 奥底に眠っていた力が湧き出る感覚だ。

 丁寧に練りあがる魔力が、俺の右手に集約される。

 黄色の雷が紫に変わるのに、その力の変化の際に起きる反動が来ない。

 血も吐かない。

 俺は完璧に力を操れている。


 「よし。いくか! ほいさ。無音無職の稲妻リラサンダー!!!」


 音のない紫の雷が、ベックドベアーの眉間を貫く。

 奴は貫かれた瞬間も走っていた。

 痛みを感じていなかった。

 そうこの攻撃はあの時と一緒だ。

 痛みに遅延が起きるのだ。


 「ぎゃああああああああああ。ごおおおおおおおおおおお」


 穴から紫の炎が出てきた。

 

 「ということは成功だな。俺の雷は敵の芯を焼く。根元から来る炎を消す術はないぞ。デカい熊さん!」

 「ばあああああああああおおおおおおおおおんんんんんん」


 俺が焼いたベックドベアーは睨みながら消えていった。



 ◇


 「ば!? 馬鹿な。すげえ威力だ」

 「し、信じられねえ・・・」

 「神の鉄槌?」


 息絶え絶えになっている白狼族は俺の後ろで驚いていた。


 「ちょっと。何これ? 古代魔法?」


 俺の魔法を見て驚いているナディアがそばに来た。


 「ん? いや、違うよ。サンダーだ。初期魔法のサンダーを俺が改良した」

 「はぁ!? ルル。今の威力、あたしの魔法とそんなに変わらないじゃない」 

 「そうか? ナディアよりは強くないと思うけどな」

 「いやいや、今のあたしは、あんなに精密に魔法を扱えないわよ。あの威力を小規模にまとめられるのが凄すぎよ。あたしだったら広範囲になっちゃうわ」

 「そうか。でもそれもすげえよな。ナディアの魔法もよ! ははは」

 

 ナディアは呆れた顔をしていた。


 「はぁ。もうあなたで疲れるのはやめようかしら。何が起きてもびっくりしないようにしよう。疲れるから!!」


 なんか失礼なことを言っていた。


 ◇


 「それで、あなたたちはなぜこちらに逃げてきたのでしょう。どこから逃げてきましたか」

 「おいらたちは・・・」


 アンナさんは、なぜか相手に詰め寄るような形で、話を聞きだした。


 白狼族のはぐれ者たち。

 白狼族が珍しいからと、解放軍は、彼らを氷の大地の都市マイラで生活をさせていたらしい。

 だがこの生活は、保護というよりもほぼ奴隷のような形であったみたいだ。

 白狼族は脚力が他よりも抜群によい。

 おそらく、狼系で一番の強さを持っている。

 持久力、単純な速度に加速能力。

 どれも最高到達点であるらしいのだ。


 「だから、おいらたちは、解放軍の連絡係みたいなことをさせられてさ。寝る間もなく、氷の大地を走らされたんだよ。手紙とかの運送だよね」

 「手紙? 鳥じゃ駄目なのか?」

 「無理だね。鳥が飛ばねえのよ。氷の大地ではさ」

 「そうなんだ。知らんかったわ」


 俺はまた知識を得た。


 「あんたらは、ここで何してたの?」

 「俺たちはここに街を作ろうかとさ、努力してるところ」

 「ここに!? ここ、中央地帯だぞ。戦争になると一番の危ない場所だ」

 「そうだよな。でもまだ停戦してんだろ」

 「そりゃ、停戦中だが・・・いつ戦争は再開するか」

 「まあまあ。俺たちは気ままにここで生きたいのよ。ここの人たちは元奴隷の人たちだからさ」

 「奴隷!?・・・そうなのか・・・おいらたちと変わらねえじゃん」

 「そうだ。あんたら戻るの? そのマイラって都市にさ」

 「戻れねえ。たぶん。戻ったら死ぬな。なあ皆」


 リーダー格のような男が後ろにいる仲間たちに聞く。


 「ぜえ・・・はあ」

 「おええええ。きつい」

 「あんなに長い距離は走ったことがねえ」


 皆疲れ果てていて会話どころじゃなかった。


 「皆無理だなこれ。えっとあんた誰だっけ」

 「俺はルルロアだ。ルルでいいぞ」

 「そうか。ルル!」

 「駄目です。こちらの方は、ルルロア様。我らの領主ルルロア様です」


 ぬっと俺たちの間に現れたアンナさんが顔で威圧していた。

 目がガンギマリで、血走っている。

 それ以外の言い方は許しませんといった顔だ。


 「は、はい。ルルロア様ね・・・領主様ね」

 「そうみたいよ。悪いね」

 「いや、こっちこそ悪かったよ。おいらたち、助けてもらったし」

 「君の名前は?」

 「フーリーズンだ」

 「フーリーズンね。じゃあ、ズンね」

 「まあそれでいいよ。じゃあ、ルル・・・じゃなかった」


 ズンは目の前のアンナさんの顔で訂正を余儀なくされる。

 無言の圧力は相当なものだった。


 「ルル様ね。そ、それでいい」

 「仕方ありません。百歩譲りましょう」

 

 そんなに譲ってるんかい。名前くらいでさ!!!

 と思う俺はアンナさんの恐ろしさを知った。


 「ルル様。おいらたちも仲間に入れてくれねえかな。あんたらも奴隷なら、おいらたちも似たようなもんだしさ」

 「そうか。たしかに話を聞けばそんな感じだな。いいよ」

 「ほんとか! ありがてえ」

 「ただ、働いてはもらうよ」

 「おう任せとけ。足を使った仕事だといいな」


 こうして、俺たちは白狼族を仲間にした。

 新たに住民が十四名追加となった。

 街になろうと町を作り始めて10日ほどの出来事である。



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