第94話 新時代を担う王ゲルグ

 「・・・人ですね・・・血が大量に服についてます・・・ここの首のあたりの傷が原因みたいですね」

 「お前はなぜそこまで冷静なんだ。ヨルガ!」

 「慌ててはいけませんよ。マスカラ殿、冷静に。慌てても事態が良くなるわけじゃない」

 「はぁ。いい。誰も診ることが出来ないなら私が診よう」


 血だらけの人物を観察しているヨルガを叱り、マスカラは倒れている人物を介抱した。

 傷は深くはないのに。

 なぜか、大量の血の痕が服に残っていた。


 「服についている血痕が凄まじい、なのにこの方の息があるのはなぜだ・・・」

 「マスカラ殿、少々お待ちを。忍び部隊に、応急手当が出来る者がいます。ハヤテ! 頼む」

 「わかりました。頭領」

 

 くのいちのハヤテは、持ち合わせのもので応急手当てをした。

 ルルロアの応急手当と似たものであるが、くのいちの応急手当は、傷の治療と毒などの状態異常からの回復が出来るのである。

 

 「お・・・血が・・・」


 マスカラは、今の治療で男性の首から出ていた血が止まったことに安堵。

 船内にある休憩室のベッドに、皆と協力して男性を運び、寝かせてあげた。


 「この人は何者だろうか? なぜ血を流して船内に??」


 ブランは疑問を口にした。


 「さあ。しかし。この中型船。この二十名ほどの人数が隠れるにはいいのですが。このサイズでは大陸間移動はできませんよね。それにこのくらいのサイズでも、船が移動してしまえばすぐに敵に見つかってしまいますよ。どうしますか。マスカラ殿」


 ヨルガはマスカラに聞く。


 「そうだな。どうするべきか。何か案はないのか。ヨルガ?」

 「そうですね……天運を見てみましょうか・・・・んんん。やはりアマル殿の運は、この船を指していますね。これが我々の生き残る道だと言ってます」

 「……そうか。しかしどうやって移動をすれば」

 

 二人が悩んでいる間。

 ブランは、ぐったりしているアマルと、疲れ果てているゲルグを、横にさせた。

 ゲルグの方は放心状態で、親や仲間たちの死を乗り越えるには時間が必要だった。


 「・・・う・・・ぐ・・・いてえ・・・いてえだと???? てことは成功したのか。俺の一か八かのスキルは! 死にかけの状態で出来るとはやはり俺は天才奇術師で決まりだよな!!!」


 急に目覚めた男性は起き上がってから傷を確認した。


 「おお。首から血が・・・出てないわ。よくやったぜ俺・・・ってあんたら誰だ!?」

 「それはこちらのセリフでして、大丈夫でしたか? あなたお名前は?」

 

 ヨルガは男性に聞いた。


 「…おお。俺は・・・・・・あんたらは大丈夫そうだな。エラルだ」


 名前を言うのを一瞬ためらったエラル。

 この場の人間たちが三騎士団でないがすぐに分かり、さらに人が悪そうに見えなかったので安心して名を名乗ったお調子者のエラルである。

 しかしこの判断は間違えていない。

 勘と運だけはいい男である。


 「ちょいとな。俺は、トラブルに見舞われちまってな。一か八かのスキルを発動させたら生きられてよ。命からがら逃げ伸びてここに隠れてたら気を失ったのさ」

 「なるほど。あなたはエラルさんという方で……」

 「あ! 俺ってさ。ここで、のんびりするわけにはいかないんだわ・・・今すぐにでも王都の宿か王都城にでも行ってあいつに知らせないと・・・これから何かが起こるかもしれん」

 「それはやめた方がいいぞ。今や、この王都は地獄だ。黒衣の騎士により、占拠されている」


 ヨルガに変わり、ブランが答えた。

 

 「占拠!? な、何が起こったんだ? あの女とその近くにいた男のせいか」

 「女? 男?」

 「・・・待てよ。あんたらどこの者だ? 騎士団じゃないよな。知らない顔だしよ」

 「我らはテレミア王国の一団だ」

 「テレミア・・・ってことはルル・・・ルルロアを知っているか」

 「「「え、ルルロア!?」」」

 

 ヨルガ、ブラン、マスカラは、見知らぬ者から彼の名を聞いて、同時に驚く。

 

 「あんたら、あいつを知ってるんだな。あいつ。今どこにいる。俺の得た情報を対価に、逃げ出す手伝いをしてほしいんだ」

 「逃げ出す?・・・・あなたはルルロアさんとはどういった関係で」


 ヨルガが聞いた。


 「あいつは俺の雇い主だな。騎士団の情報を横流しする役割をしていたんだ。そんである程度集めたら、トンずらこくはずだったんだよ……なのによ。俺、死にかけちまってさ・・・ひでえ目に遭ったわ」

 「どんな情報を掴んだのでしょうか。教えてもらえませんか。私、ルルさんとはお友達でして」

 「友達??? あんた誰よ」

 「私はヨルガ。占星術師のヨルガと申します。なんとなく思うのですが、もしかしてあなたもこれを持ってますか? 彼はあなたにもこれを渡している気がします。あなたは困ってそうな方に見えるのです!」


 ヨルガは胸にしまっていたペンダントを取り出した。


 「おお。持ってるぞ。あんたもこれを持ってるのか」

 「ええ。これはですね。ルルさんが、困った人か認めた者にしか渡さないとしている物みたいですよ。彼がそう言ってました」

 「へえ。そうか。なら俺もあいつに認められて・・・いや困った人でかか・・・そうか。俺、あいつの先生と師匠に会えるとしか言われなかったんだがな。そういう物だったのかこれは。あいつ。俺が困ってると思ってくれたのか・・・・・・黙ってこれをやるなんて、あの野郎カッコつけやがって!」


 悪態をついていながらも、エラルはルルロアに少しだけ感謝した。

 指の第一関節くらいまでの感謝である。


 「これを作ったのが元々ルルさんのお師匠さんらしいですよ。ルルさんが認めた者が困難になった時に、俺も救ってやるから目印にするために渡しとけ。ってルルさんはお師匠さんに言われたらしいです」

 「はははは。あいつだけじゃなく、あいつの師匠もお人好しなんだな」

 「そうみたいです・・・それで、何の情報を掴んだのでしょうか?」

 「ああ。そうだな」


 エラルの掴んだ情報。

 それはオリッサ騎士団の細かい部分と牢に来た女の情報である。

 オリッサの動きでおかしかった部分は、騎士団長バージス周辺の動きだった。

 貴族が基本であるオリッサ。

 なのに、ここ最近、団長の部屋に頻繁に出入りしていたのは平民出身の者たちが多かった。

 その者たちの特徴は、頭が良かったり武芸が出来たりと、優秀な者たちであったそう。

 このことはこの三週間。

 何も動きがないと言われていた騎士団で唯一の動きである。

  

 「なるほど……そうなると。その人の行動は・・・・ブランさんとマスカラ大臣が言っていたことと一致しますね。英雄たちが支配する世界。より優秀なものが世界を支配する。ならば、その英雄職を持つ者。オリッサ騎士団の団長閃光のバージスは。十中八九、敵方の人間でありましょう」


 ヨルガの推測は、皆にとっては突拍子もなかったが、エラルの掴んだ情報と照らし合わせるとと結論が合っているかもしれない。

 話を聞く皆はそんな気がしてきた。


 「いいですか。英雄職は現世で一人のみです・・・だからこの世界で英雄たちを一気に増やすことはできないのですよ。しかもその時の世界の人間に与える数は女神様が決める事。我々の方の意思では増えないのです……だからこそ、バージス殿は、より優秀なものを集めているのかもしれません。世襲やしがらみなどで、この国で出世するのを許さないのでしょう。平民も貴族も関係なく実力があるものを自分たちの仲間にしようとしたのでしょうね・・・バージス殿はある意味、身分に関係なく公平な人物なのかもしれませんよ。はい」


 ヨルガの感想は確かに、人の理想でありそうなものであった。

 身分で全てが決まるよりも、実力が全てになった方がまだ良い気がするのだ。

 しかし、ヴィランの考えは、英雄たちによってのみ世界を管理すると言った。

 このバージスの件は、そのヴィランの思想と相反しているような気がするのである。


 「俺はルルロアに会いたかったんだが・・・あんたらは知ってるのか。あいつの行き先」

 「いえ。先日、ダンジョンの方に向かったことまでは知ってますが……今はとなると王都にいないのだけは確実でしょう」

 「あいつ・・・俺に情報を探させておいて、自分はのんびりダンジョンてか・・・クソ。もうやってられるか。このペンダントを頼りに俺は逃げるぞ! 早く船を出そう」

 「ちょっと待ってください。エラルさん。それがですね。この船を動かしてしまえば、移動していることが他の者に知られてしまうのですよね。なのでね。ここで私たちずっと困ってるのですよ」

 「ああ。それなら俺に任せてほしい。騙すからよ!」

 「「「え?」」」


 エラルのそばにいる皆が驚いた。

 彼は自信満々に宣言する。

 

 「俺のスキル『屈折トリック』を使う。今、太陽出てるか?」

 「ないです。今の空はもう。曇天の空で・・・」

 「そうか、なら海の光を使うか。光りの数が少ないが……仕方ない。我慢するか」


 エラルは、指示を出した。

 

 「船を動かしてくれ。逃げよう」

 「もちろん。そうしたいが・・・いけるのか?」

 「ああ。任せてほしい。俺のスキルでこの船を隠す」



 ◇


 エラルがスキルを行使することで、船は東へと進んだ。

 『屈折トリック

 トリックは、光を利用して、使用者が触れている物を風景に馴染ませるという高難易度のスキル。

 使用者がスキルの使用をやめるか。

 トリックを見た者がその光を一つずつ紐解くかの。

 二択でしかスキル解除がされない。

 だからほぼ解除が不可能な人を騙すだけのスキルである。

 ただし、戦いには全く役に立たないスキルである。

 

 物が浴びる光が一つだけじゃないからこそ、敵はこの船の位置を紐解けないのだ。


 「これは、中は普通ですね。本当にこの船は外から見えないので???」


 ヨルガは気になって外に出ようとしたが、エラルが引っ張って船内に引きずり込んだ。


 「ちょっとこいつ、人の話聞いてる? 俺のスキルは実物を消すわけじゃないんだよ。中に入ってろって。顔がひょっこり外に出ちまうって。設定はこの船だけになってんだよ!」

 「なるほど。そうなんですか。でもこのまま逃げ出したいですね・・・」

 「こ。こいつ、俺の話聞いてねえ」


 ヨルガは外が見たかったなと思いながら答えていた。


 「そうだ。あんたらはこのままこの船で逃げるのか?」

 「違う。飛空艇離着陸場に・・・」

 

 ブランが答えた。


 「ああ、都市の南東にある場所だな。ならもう少し東だな」


 エラルはスキルを使用しながら少しだけ顔を外に出した。


 「でもよ。都市が襲われたならあそこだって・・・」

 「ああ。エラル殿の言う通り。飛空艇も危ういかもしれません」



 剣聖と王子一行は果たしてそこに飛空艇が無事にあるのだろうかと思いながらも、離着陸場に向かったのであった。

 

 

 ◇


 離着陸場の到着手前。


 「ん!? 戦っている?」


 ブランが遠くで戦っている仲間たちを見た。

 式典の為の滞在中、飛空艇を空にするわけにいかなかったテレミア国は、少数部隊を配置していた。

 マジックタンクと忍び。それと侍を少々置いてあったのだ。


 「我たちも戦うしかない。数が不利でも」


 ブランたちは黒衣の騎士と見られる黒いアクセサリーを持つ者たちと戦いに入った。

 乱戦となる間、ブランは飛空艇を守ってくれていた仲間に聞く。


 「これはいつからだ!」

 「今です。王都方面から襲ってきました。あちらの飛空艇もですが。頭領は???」


 ブランが隣を見ると、冒険者の飛空艇が襲われていた。

 こちらと同様。

 敵の圧力は強かった。


 「すまん。父上は亡くなった」

 「な!?」

 「我らを生かすためにな。我たちは恥ずかしいことだが、父上を置いて逃げてきたのだ」

 「そうですか…無念です」


 仲間が押し黙った後。忍びのハンズが聞く。


 「飛び立つ準備をした方がよいのですね」

 「そういう事だ。ハンズ! マジックタンクの準備と、アマルと王子を頼む。中に入れてくれ」

 「わかりました」


 侍二人がアマルと王子を担いで移動すると、運ばれている途中で眠っていたアマルが起きた。

 体がままならないのに無理やり動かす。


 「う・・・拙者。戦わなくては。降ろしてくだされ」

 「駄目です。若。あなたのお体は限界でありますよ」

 「いいのです。ここで戦わなければ・・・拙者は王子をお守り・・・」


 アマルは侍を振り切り、満身創痍の体で敵に向かおうとした。

 がそれを止めたのは、同じく侍を振り切って移動したゲルグだった。

 父を失い意気消沈していたはずのゲルグ。

 だが今までの皆の奮闘を見ていた。

 ずっと自分を守るために命を懸けてくれている家臣たち。

 父も皆も、そして満身創痍の親友も、自分を守るために頑張っている。 

 なのに自分だけがただ守られるだけの存在になっているのが許せなかった。


 ゲルグは優しくアマルに休みなさいと言った後。

 

 「僕は、これから・・・いえ、もう王となっているのです。皆に甘えてはいけません。支配者のスキルを持たずとも。ただの重戦士であろうとも。僕は王となるのです。だから、僕はこんなところで気持ちで負けてはいけない。僕の師匠だって、ただの無職。人からどれほど馬鹿にされようとも前だけを向いて戦った偉大な人なんだ。だからこそ! 僕も役職なんか関係なく戦うんだ」


 斧を二つ取り出し、ゲルグは構えた。

 そして敵に叫びながら突っ込む。


 「皆! 聞け! 僕が。これより、テレミア王国の王…ゲルグだ! 皆に命じる。この場の敵を殲滅せよ。僕に続け!!! 後ろはまかせるから、僕についてこい!!! 前を向け。侍よ、忍びよ。敵を倒すぞ」

 「・・・え」「・・・???」


 新たな王の急激な変化に戸惑った家臣たち。

 だが、ゲルグの勇猛果敢に敵に飛び掛かっていった姿に感化され、家臣たちは彼の背を追いかけた。


 「いくぞ。侍。忍び。兵士たち。ゲルグ様に続け!」

 

 ブランたちの士気は爆発した。

 テレミア王国は・・・ゲルグ王は戦う。

 今も、そしてこの先も・・・。


 黒衣の騎士たちはヴィランの魔了によって強くなっていたはずなのに、侍の底力はそれをも上回った。

 二刀の斧の次に、無数の花びらは舞い。

 桜花流の剣技が咲き乱れ、敵は散っていった。


 テレミアの一団は、このヴィランによる襲撃と、王都からの逃亡の関連する両方の事件によって、現王と侍の里の長タイルという巨大な損失を出してしまう。

 しかし、そのかわりに得るものがあった。

 それは密偵エラルと王子の覚醒である。

 それは後の世に大いに影響する出来事であった。


 重戦士の王『ゲルグ』

 

 たとえ、役職が英雄職じゃなくとも人は王となれる。

 王となろうと日々努力する者であれば、

 王として民のことを常に大切に思い続ければ。

 家臣と共に王道を進もうとすれば。

 人は皆、立派な王となれるのだ。

 役職が王に似つかわしくないと。

 誰かに馬鹿にされようとも、彼は前だけを見て進み続ける。

 それはこの泥臭い王を育てあげた。

 あの英雄の星の無職が歩んだ道のりと同じだったのだ。

 だから、ルルロアが切り開いてきた道のりが、このカイロバテスの歴史の一ページに刻まれることになるのである。


 新たなる未来を作り上げようと努力する者として・・・・。


 ゲルグは、この世界の王で初めて普通の職を持つ者が努力して皆を引っ張るという稀有な存在へと生まれかわろうとしていた。

 世界の普通の人々の象徴的な存在となっていくのだった。

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