第93話 黒衣の騎士の計画
突如として現れた敵の攻撃を逃れるためにイェスティとゴルディは一緒になって秘密の地下に逃げていた。
数名の兵士と貴族を連れて秘密の道を一目散に走る。
現王も見捨てるその精神には、騎士道の欠片もない。
暗闇で陰気な場所の地下道。
それを嫌う二人の我儘を聞きながら、ここに兵士たちも自分が生き残るために必死で移動していた。
出口の光を浴びた一行は、目の前の光景のせいで立ち止まる。
黒いアクセサリーが輝くずらりと並んだ黒衣の騎士たち。
その中で、ただ一人顔見知りがいた。
彼だけが前に出てきた。
「よお。本家の姉弟。生きてたな。やっぱりお前らなら、この道を使って、自分たちだけで王都を脱出しようとするよな!」
「バージス兄様!?」
「バージス兄様がいるなら安心ですね。僕たち、助かりましたね」
二人は敵だらけの光景の中に自分の従弟がいるという異常事態を気にしていなかった。
だが、二人の周りにいる兵士たちは気付いている。
これが異常事態であると。
なぜなら黒衣の騎士たちは王族がいた先程の場面で、重要人物を一人残らず襲っていたのだ。
なのに、今一人になっている騎士団のバージスを誰も襲わずに、直立で後ろに立っているだけ。
違和感以外の感想は思い浮かばない。
そして、この異常さに気付いていない愚かな兄弟と、気づいている後ろの兵士たち。
その対照的な者たちを見つめているバージスは額に手を置いて、無念そうに二人に話しかけた。
「はぁ、どうしようもない姉弟だよな。お前らはさ。今の俺が、お前らの味方なわけないだろ。この状況だぞ」
「「え?」」
「俺は、
「ノワ・・・・クルー・・・ラ?」
バージスは、思考能力の足りない姉弟に話しかける。
「お前らは、この計画が、どういう計画だったか、覚えているか?」
「そ。それは・・・末端の貴族から指示をだしてもらい、レッドガーデンに闘技場で暴れろと依頼をして・・・そこからは兄様がレッドガーデンを一網打尽にして捕まえると」
「ああ、そうだぞ。ゴルディ。この計画の始まりは、王襲撃事件を仕立てあげる事だったよな。両国の王が集まるタイミングで、お前たち姉弟が政変を起こすかもしれないと、騎士団中に知らせておいて。俺たちに対しての敵意を盛り上げていったんだ。この事件の中心にいるレッドガーデンの存在を隠すためにな」
バージスは頭の足りない姉弟のために、丁寧に最初から説明しだした。
「そして、俺たちの考え通りに、マールヴァーとヴィジャルは、俺たちオリッサ騎士団だけに集中していた。これが作戦の始まりだよな・・・・そして武闘大会の時。レッドガーデンにわざと闘技場を襲わせて、それで俺たちオリッサが奴らを大量に捕まえた。これで、お前たちの名声をあげていって、王の地位を盤石にしようとしたんだよな。なあ。これがお前たちの考えた浅い作戦だよな。悪知恵程度のよ。まんまと引っかかる他の騎士団も馬鹿だけどさ。お前らも相当馬鹿だぜ…」
バージスは二人に呆れている。
「そして、そこでお前たちは満足した。王位継承権第一位と第二位は揺るぎないものだとな。だが、お前たちの計画はそこまでだった。だが、俺たちの計画はここからだった」
「お、俺たち??・・・」
「
二人は何も知らないでレッドガーデンを利用したことにまだ理解を示していない。
口が開いたままだった。
「だから俺たちは、このままレッドガーデンをうまく利用させてもらおうと思ったのだ。お前たちのおかげで賊であるあいつらの通行許可証が大量に偽造できて、この都市に入れこむことが出来たからな。これで半分以上も楽な仕事になっちまったよな。わざわざ城壁の外から戦わなくてもいいんだからな。しかもだ。あのレッドガーデンの事件で地下牢にまで、大量に賊を収容できたからな。身の安全を保障して匿えたのだ。これは計画を隠すにもちょうどいい。ここからなら、王都中どんな場所にでもアクセス可能だ。暴れるには最適ってもんよな」
バージスは二人に近寄っていく。
青い槍を取り出した。
「な。本家の姉弟。お前たちは悲しくもただの職種の人間。王族であるというステータスしか持たない無能な奴らだ。英雄職を持つわけではない悲しい王族だよな。なのにな。継承権も持ってない俺の方が英雄職を持っているとは・・・。でもよ、俺とお前らは身分が違うし、立場も違うから、俺はいつまで経ってもお前らみたいな無能な下につかなきゃならん。まあ、でもさ。俺は、お前らが英雄職じゃなくても、優秀であれば、俺はその下についてもいいかなくらいには思ってたんだけどな・・・お前らは最後まで馬鹿だったからな・・・・仕方ない。それじゃあ本家の姉弟。ここでさよならだ。来世は上手い具合にいい感じに生きろ。俺は別に嫌いじゃなかったぜ」
青の一閃で、メーラ姉弟と、周りにいた兵士たちの心臓は貫かれた。
「バー・・・ジス兄様・・・」
「…そ、そんな兄様…」
「ま、可哀そうではあるな。無能なのに王族に生まれちまったのがな・・・・一般人にでもなってればな」
バージスは軽く頭を下げて追悼した。
◇
城壁でモンスターと死闘を繰り広げていたシャオラとディクソン。
共に戦ってからは一時間以上が経過していた。
モンスターによる襲撃は空から来ていたのだ。
城壁の高い門は意味が無かった。
死闘が続く南門の城壁に彼女は現れた。
妖艶な女性は粘り気のある声で話し出した。
「あなたが市民の星。シャオラね。う~んどうしましょうか・・・使えるかな」
「な!? 誰ですかあなたは!? こんな所に危ないですよ。一般人は」
「あらま。察しの悪い団長ですこと。私は
「
気品ある姿ではなくどこか娼婦のように誘惑をしているような恰好の女性は、戦闘員には見えない雰囲気を出しながら、城壁の上にいる大量のモンスターの中を悠々と歩いて、シャオラの前に立ってきた。
「敵。まあ、あなたたちからしたら私は敵ね。私はあなたの事を敵とは思ってないけどね…それに私の敵はあの男だけよ・・・あなたは雑魚。私と戦うには、実力が見合わない人よ」
「…て、敵じゃないなら・・・」
「敵じゃないけどね。あなたたちの心が消えてもらわないといけないからね」
「え・・・たち・・・」
「そう。たちよ。ほらね」
女性が指さした方向を向くためにシャオラが後ろを振り向く。
拳にナックルを装着している男性が、ぐったりしているディクソンを、ゴミのように扱っていた。
ディクソンの服の襟の部分を手荒く掴んで引きずっていた。
「ああ。めんどくせえ・・・・弱いくせに粘ってきやがった・・・ナスルーラ。どうしたらいいのよ。こいつ」
「ええ。捕獲がいいでしょ。そちらの男性は使い道がある・・・けど、こちらのお嬢さんはどうしましょうか」
「ん! その女は強そうだな。俺が戦ってもいいか」
「…加減しなさいよ。マルス」
「この女が強かったら、無理だな」
「あなた……別に相手が弱くても、手加減なんて無理でしょ」
「ふん。わかってんじゃないか。俺の事よ! ナスルーラ、受け取れ!」
マルスは、ナスルーラに向かってディクソンを放り投げた。
宙を舞う彼に手を伸ばそうとしたシャオラ。
だが、その行動の全てが余計であった。
「な!? 速い」
マルスが距離を詰めてきた。
「油断すんなよ。俺の前に立ってんだぞ。女」
「
「お! 女! 聖騎士か!」
「この剣はなんでも切れます。鋼鉄でも何でもです。武器を持たないあなたには止める術はありません」
「そうか。ならよ。ほれ
シャオラの光る剣に対して、マルスは光る拳を繰り出してきた。
互いの攻撃が衝突すると辺りに眩い光をまき散らした。
「‥あ、あなたはホーリーファイター!?」
「あ? 特殊職のか? 違う違う。俺は英雄職『拳聖』だ」
「け、拳聖!?」
「ああ。だから聖騎士では勝てんぞ。聖騎士を超える『白騎士』を用意しないとな! まあ、お前らじゃ、そいつを用意できないけどな! それとだな。俺に勝つには、仙人を用意しな! 同系統じゃそいつだけが唯一俺に勝つチャンスがあるわ。よし、これで終わりにするわ。女。生きてたらいいな」
マルスは腕を引き、力を溜める。
「大光拳 風神」
光を纏った拳を前に突き出す。
たったのそれだけで、前方に爆風が吹いた。
塊のような突風がシャオラの腹にめり込む。
シャオラは、ただの拳から繰り出される風のみで、体が浮くことに衝撃を隠せずにいる。
「ぐはっ・・・な。ただの風が・・こ、この威力!?」
シャオラは吹き飛ばされながら態勢を整えようとするも、飛ばされた先で声が聞こえた。
「まあ・・・使い道はあるわよね? しばらくあなたは眠りなさい『誘惑』」
ナスルーラがシャオラのおでこに指を置いた。
目の挙動がおかしくなったシャオラは、上下左右に震えながら目を閉じた。
「おしまいね」
「おい。ナスルーラ。俺の獲物を横取りすんなよ。もしかしたら受け身を取れたかもしれないだろ」
「はぁ。戦闘狂ね。この女は使い道があるかもしれないのよ。ヴィジャル騎士団の二人は捕らえろって。話を聞いていましたの。ヴィとリリアの話よ」
「あ? あったっけ? そんな話?」
「あらま。嫌だわ。この子。私、誰か別な子と組みたかったわ。大きな大人のお守りは嫌だわ」
「うるせえ! ナスルーラ!!!」
二人は口喧嘩して、ヴィジャル騎士団を壊滅させた。
◇
王都城の王の間。
玉座に座るヴィランは肩肘をついて独り言を言っていた。
「このまま、意味のない王がいた玉座にいてもしょうがないな・・・・さて、此処からどうやって支配を高めるか・・・」
ヴィランの隣に黒衣のマントを羽織る女性が現れた。
深々と目深にフードを被る女性は不敵に笑う。
「ふふふ。あなたにはお似合いじゃなくて、その椅子は・・・魔王にピッタリでしょ」
「ああ。リリアか。どこにいた」
「最初からここにいたわよ。ここで一部始終を見てたの。空にある目から、あなたの姿をね。あの魔法。声が聞こえないのは残念ね。あなたが雄弁に語る姿を見られなかったわ」
「俺が。雄弁? そんなに話してないぞ」
「いえいえ。あなたの顔が恍惚としているから、ぺらぺらとお喋りしてるなぁって思ってたわよ」
「はぁ・・・お前とは言い争いはせん。お前はうるさいからな」
「ええ~~。もう少し、うちとお話の掛け合いしましょうよ。こうやって会うのも久しぶりなんだからぁ」
「いい。お前には口で敵わんのだ。口が回る五月蠅い『賢聖』だからな」
「ええええええええ。うちってあんまり賢くないのよ。賢聖て役職。嫌よね。本当に。賢いって名前がついているから。うちは賢い役回りをしないといけないのよね。賢くないのに・・・あなたよりも!!」
「ああ。五月蠅い。五月蠅い。お前は黙っていろ。おしゃべりな女は好かん」
「あ、ムカつく~~~~~。ああ。でも・・・こうでも・・・・・ねええ・・・・・あなたね・・・・もう・・・・・・・」
まくしたてるようにして話すリリア。
ヴィランは耳を塞いでいてもそのやかましい話が聞こえていた。
隣に立つリリアは、延々と彼に向かって話し続けている。
そのせいでヴィランは、自分がこれからどう世界を動かすかを考えられなくなったのだった。
◇
「これはもう・・・」
テレスシア王国バルマも当然戦場の厳しい場面に出くわしていた。
それは、多くの敵兵を引き寄せて、皆を逃がすようにして戦ってくれたテレミア王ゲインの漢気ある行動のおかげで、自分らが逃げ切れるかもしれないという場面が訪れたのに、そこから、一転して一挙に敵がなだれ込んできたためである。
そう厳しい場面とは、困難を乗り越えたとしても、また困難。
希望を許してくれない戦場のことをいうようだ。
「レックス!」
「はい!」
「この敵の様子からしてこれは人を強化して戦わせることが出来る……あの魔了であるな……だが、これほどの規模で人を操るなど当時の魔王にもできたことなのか。やはり奴が言ったことは本当だな」
「ええ。奴は自分を魔王と名乗りましたね。かつての歴史にいますから・・・本物かと」
「ああ。そうだな。魔王。それはかつて、我らと彼らの先祖にいたテレミア王アーゲントが倒してくれた敵ジャイズが持っていた職だな」
「ええ。ですからこの国は・・・もう・・・」
「そうだな。あの時はアーゲント王がジョー大陸まで追い込んでくれたことで・・・この国は救われたのだが……」
「そうですね。大王たるアーゲント王の力。奴の魔了と戦える人物は大王しかいませんから」
「そうだな・・・対抗できるのは大王・・・または勇者だけか」
二人は過去にいた人物から、この国が辿る道を予測した。
壊滅。破滅。消滅。
どれだとしてもこの国は無くなるのである。
予想なのに、これは確実な未来だった。
「レックス。余はここで死のうと思う。無駄に生き延びても意味がない」
「お、王????」
「余も囮になることに決めた。お前を生かすためのな」
「・・・え?」
「お前には悪いが、お前の妹も諦めてくれ。おそらく奴らはもう王宮の人間を生かす気はないだろう」
「・・・あ・・・・はい」
受け入れがたいものであるが、これはおそらく確実な事だった。
妹の死を見ることも出来ない。
とにかくレックスには悲しむ暇がなかった。
事態を好転させるためには、王の望みを叶えるしかないのである。
「すまんな。ふがいない王だ。だが余は一人だけ諦められない人間がいるのだ。お前に託したい。頼む」
「・・・フレデリカですね」
「ああ。お前は竜騎士だ。空を跳ばずとも地を這ってでも高速で移動が可能。ならば、自分の身一つなら、きっとここから逃げきれる。お前は生きてくれ。そしてフレデリカへ。伝えてほしい。どうか生きてくれと・・・大切なものを守るために強く生きよと。そして、こちらの大陸には帰って来るなとも伝えよ。ここは・・・もう」
「わかりました。王! フレデリカを守ります」
レックスは、唯一残された希望を守ろうと動き出す。
「うむ。そしてあわよくば、フレデリカが奴の天敵となることを願う・・・」
「・・・・そうですね。王・・・」
「よし。部隊を編成して、余は敵を引き付ける。お前はなんとかして王都を脱出し、ジャコウ大陸まで移動しろ」
「わかりました!」
「では、行け! 余は次の者へ未来を託すことと決めた。後を頼んだレックス。全てを託すこと。本当にすまない。お前にしか頼れない」
「いいえ。王。お任せください。私は必ずや成し遂げてみせます!」
レックスは一人だけ生き残り、そして姪っ子の元へ。
ここから苦難な道のりを歩むこととなったのだ。
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