第95話 ルルロアの父 ルクス

 テレスシア王国はその後。

 魔王ヴィランの手によって直接統治されたわけではなく。

 魂を抜き取られて、もぬけの殻になってしまったディクソンを表に出して使い、それをヴィランが支えるという影の支配体制で間接的な統治がなされた。

 この流れを作った言い訳は。

 地下牢にいたレッドガーデンの脱走が原因で、城の兵と三騎士団が同時に賊により壊滅してしまった。

 そういう都合のいい作り話を民に流布したことで統治がスムーズにいった経緯がある。


 でもよく民には考えてほしい事であったのだ。

 レッドガーデン二千名程度に敗れるような、三騎士団が軟であるのかということをだ。 

 民は疑うべきだったのだ。

 これを発表した黒衣の騎士たちのことを……。


 この事から分かることがある。

 人とは情報を精査せず、何も考えずにいると、上から知らされる情報に踊らされやすいことだ。

 

 そして、次にヴィランたちは、新しい騎士団である『黒衣の騎士』がこの国を救ったのだと民に流布しはじめた。

 この話題はあっという間に王都中を駆け巡っていき、噂が真実となっていく。

 こうなってくると、詳しい事態を知らない民たちは、事の顛末の結果だけを信じることになり。あの事件の内容が不明確だとしても、最終的に結果のみを信じるという形になったのだ。

 だからこの強引な言い訳がまかり通るのである。


 国とディクソン。

 両方が黒衣の騎士により救われた。

 この結果だけで十分となった。

 民を騙すのに都合のいい事実である。


 テレスシア王国は、その英雄らしい行動を起こしたヴィランを新たな組織の宰相とした。

 彼が中心となった国は、三騎士団の壊滅という経験をしても安定感ある政治で乗り切ることになる。

 そして彼は、ますます名声を得る形となった。


 ここから王都はヴィランに支配されて安定していく。

 そして、次の計画が進んでいく。 

 世界をその手に掴むまでは、彼らは止まることを知らなかったのだ。



 ◇

 

 この事件の際、王都にいた冒険者がどうなっていたのかというと。


 冒険者の長ジョルバ大陸のギルドマスター『ケインズ』があの場面にいたのである。

 マスターという役職柄、式典に出席しなければならなかったからだ。

 この国の真相を知るものとなってしまった彼もまたヴィランらに命を狙われる存在となった。


 あの会場の隅で戦っていたケインズは、二か国の王らと同じように命を懸けて仲間に指示を出していた。

 そばにいた職員複数名と冒険者ファミリー『アルメシア』に他の大陸への移動を命じたのである。

 当時、冒険者ギルドの飛空艇は、ジョルバ大陸にあった。

 その理由は、ケインズがのちに他の大陸にこの式典が無事に終わったことを、知らせる為に置かれていたものだった。

 だから、運がよかったのか悪かったのかは分からないが、ギルドの飛空艇がこの大陸にあったために、ケインズがアルメシアに出した指令は、世界の他のギルドにもこの事態を知らせろであった。

 

 マスターから指令を受けた彼らは、自分たちだけで逃げるよりも、さらに逃走成功率を上げるために、強き者たちを確保しようと『ジェンテミュール』と協力して逃げ出そうとホームに立ち寄ったのだが、そこは地獄であった。

 あの強きファミリーの冒険者たちが、全滅していたのだ。

 この世界で一番強いと言っても過言ではないファミリーのジェンテミュール。

 その現状は悲惨であり、人々の希望が無残にも散っていることに呆然としてしまっていた。


 ただ、よくよく調べると、この中の人たちのタグは、ジェンテミュールの準一級以下の冒険者のみであった。

 ジェンテミュールの壊滅が免れている現状にギルド職員とアルメシアは、最悪の状況の中でも安堵していた。

 今後の世界は、真っ暗闇の絶望的な世界になるかもしれない。

 そんな世界で、夢や希望が一つもないなんて思いたくなかったのだ。

 ジェンテミュールの英雄がもうこの世にいないなんて。

 彼らは最後に絶望せずに済んだのだった・・・。


 

 そしてその肝心なジェンテミュールは・・・・。

 準特級。一級冒険者の奮闘によりエルダケーブの入り口でのモンスターらを蹴散らすことに成功していた。

 がしかし、その時に人員を複数名失った。

 それは、フールナとシャイン。それとボージャンとスコッチとモラーである。

 多くの人を失った悲しみの上に、ルルロアの消失が重なる。

 それが、ジェンテミュールの英雄たちの心に大きなダメージを与えてしまった。

 

 呆然と唖然と絶望をしている四人は、全ての機能が停止していた。

 目が開いていても、反応が無く、話しかけても、返事が返ってこない。

 その様子は、ルルロアがジェンテミュールからいなくなった日の比ではなかった。


 まさしく英雄のこの状態は、ナスルーラの思うつぼであった。

 無気力な英雄ほど、扱いに困ることはない。

 そのままであれば、死んでもらわずとも無視しても構わないのだ。

 それにもし勇者らが死んでしまえば、その英雄のジョブは誰かに渡ってしまうから、このままの状態の勇者たちであれば、彼女らの統治の邪魔になることはないのが好都合。

 

 そして、あの黒衣の騎士の戦力に対抗できるはずの英雄たちの心が死んでしまったこと。

 これが、黒衣の騎士たちのテレスシア王国の支配力を増長させる要因であった。

 実際、ここで、万全の状態で彼らが魔王たちとの戦いに入っていければ、少なくとも黒衣の騎士がこれほど大きな組織とはならなかったと思われる。

 これだけは確実な事であったのだ。

 世界が動く分かれ道だった。

 


 ◇


 そして情けない状態の英雄を支えていたのは、フィンたちである。

 彼らはルルロアに託された思いに応えていたのだ。

 不甲斐ない姿の英雄でも彼らは支え続けてくれた。 

 真の英雄は彼らの方であった。


 ジェンテミュールはダンジョン脱出後。

 フィンを中心に立て直しを図り、逃げ道をジーバード大陸へと決めた。

 ジョルバ大陸南の海岸に急ぎ移動して、敵が掌握していない港町から逃亡したのである。


 一行は、船の中で話し合いを重ねた。

 英雄の心を癒すにはどうすればいいかということが話し合いの基本路線。

 何度も重ねた話し合いの結果。

 出した答えは、彼らの故郷が良いのではないかということ。

 だからジェンテミュールはジーバードについて、そのまますぐにジャコウに移動する。

 そして彼らは、事件から一か月が経過して、ようやく英雄の故郷に到着した。 

 ここの村人たちは、心が死んでいる英雄らに対して、その様子に見向きもせずに、英雄の帰還だと勝手に喜んでいた。

 変な状況だなとフィンたちは戸惑うばかりであった。

 英雄様たちの体調を心配しないのかとマールダも疑問に思う。

 あの俺様気質のハイスマンや、鼻持ちならない性格だったキザールも、この村の者たちには心が無いのかと思った。

 ジェンテミュールのメンバーたちは、この故郷であれば何かしらの反応があるものだと思ったが、四人は何も反応を示さなかった。

 親らしき人が来ても、知り合いがきても、彼らに反応はなかった。

 だが、ただ一人。この村で、英雄が反応を示す者が現れたのである。

 それは・・・・。


 ◇


 ルルロアとそっくりなぼさぼさの黒の髪を持つ男性が仁王立ちで構えていた。


 「おお! レオン! ミヒャル! イージス! エルミナ! 帰って来たのか!!!」

 「お。おじさま」

 虚ろな目のエルミナが反応した。

 「あ・・・あ・・・」

 言葉を碌に話せないイージスも。

 「うちら・・・ルクスさん・・・ごめん」

 いつも元気な物言いのミヒャルも。

 「すみません。ルルの親父さん。すみません」

 大胆不敵なレオンさえもひたすら謝った。

 「みんあ、なぁに泣いてんだ! どうした。うちに来いよ! 元気出せ。ハハハハ」


 ルルロアの父ルクスは、ドンと胸を叩いてから、自分の家に英雄とフィンとマールダを呼んだ。

 本当は一団全部を中に入れたかったが、いかんせん小さな家なので中に入らなかったのである。


 事情を上手く説明できない四人に代わり、フィンとマールダが一部始終を説明した。

 全てを聞いたルクスは腕を組んだまま黙り、ルルロアの母ロアナは泣いていた。

 息子を失くしたという悲しみの重さは、他の者には分からない。

 だから、深い悲しみのせいでルクスが止まっていたかと誰もが思ったが、不動のルクスは急に話し出す。


 「わかった。フィン君。マールダ君! 話! ありがとう!」

 「「は、はい」」

 「息子は死ぬとは言わなかったんだな」

 「え。消えると言ってました。それとまた会おう。じゃあな。ばいばい。と・・・」

 「よし。わかった。それだけ分かれば十分だ。よし、ありがとう!!!」

 「「????」」

 

 ルクスは徐に立ち上がり、暗い顔をしたままのイージスとレオンの前に立った。

 足に力を込め、前傾姿勢になる。

 ルクスの拳が唸った。


 「男が暗い顔をするな。馬鹿者どもが!!」

 「えええええ?????」「な、なんで!?」


 フィンとマールダは驚く。

 ルクスの鉄拳が、イージスとレオンの顔面を捉え、めり込む。

 二人が壁までぶっ飛ぶと、ルクスは堂々と宣言する。


 「お前たち。俺の息子は死んでないぞ! そんなに暗い顔をするな。馬鹿者!」

 「え・・・え・・・」「・・・いや、親父さん・・・」

 「俺の息子はまた会おうとお前たちとこの子たちに宣言したんだぞ! ならばあいつは死んでも約束を守る男。俺はそういう風に息子を育てたからな。だから安心しろ。必ず生きている。いいか。お前たち。息子を信じろ。そしてこの俺を信じろ!!! あいつの親父である俺が言うのだ。間違いない。必ずどこかで生きているに決まっているのである!!!」

 「・・・お、親父さん・・・でも」

 「でもじゃない!!!」


 ルクスは得意のドロップキックをレオンに披露した。

 顎が跳ね上がるほどの威力に驚く。


 「ぐあっ。こ、これがルルが言っていたキックか」

 「レオン。俺はお前にも教えただろう。最後まで友達は大切にしろとな! 友達になったら最後まで信じろとな! それと、俺の息子はお前たちを裏切らないと言っただろ!」

 「・・・親父さん・・・だけど・・・」

 「息子が消える前に言った言葉が、また会おうならば、息子は必ずお前たちに会いに来るぞ。お前、ルルを信じてないのか! 俺は信じてるぞ。俺の息子だからな。お前たちは俺の息子の友達じゃないのか! 信じろよ!!」

 「・・・し、信じてますよ。もちろん。俺だって、でも目の前で」

 「でもじゃない!! 言い訳は聞かん!!!」


 フライングチョップが炸裂。

 レオンの喉に入る。


 「ぐえ。強え!?」

 「いいか。これからのお前らは元気でいくぞ! えいえいお~~だ!!! 捜索を始める。お前ら何か情報は無いのか! 何でもいいんだ。レオン、ミヒャル。イージス。エルミナ! 何か手掛かりは! なんでもいい。息子を探す手がかりだ」


 とにかく元気なルクスである。

 落ち込むという事を知らない。

 天井知らずの性格に、徐々に英雄は心を取り戻し始める。


 「わ、私は、たぶん・・・ねえ、ミー」

 「そ、そうだ。うちらはあの鳥の声が聞こえたんだ」

 「鳥???」


 ルクスは二人の声に耳を傾ける。


 「おじさま、信じてもらえないかもしれませんが・・・ルルは鳥と会話が出来ていたのです。その鳥がジークラッド大陸にルルが飛ばされると言ってました」

 「・・・鳥と話す。面白い! ルルの事だ。信じよう!!! んで? ジークラッド大陸ってなんだ???」


 息子が絡んだ話はすぐに信じるルクスである。


 「ルクスさん。ルルはジークラッドとは魔大陸のことだと前に教えてくれたよ!」

 「なにミヒャル!? ほんとか。魔大陸だと!? それは大変だな。どうやっていこうか!!! 困ったな。ただの釣り船如きじゃいけん!!!」


 行くことをすぐに考えるルクスである。

 全てを前向きに捉える無限の行動力。

 それは皆に波及していく。



 ルクスが騒いでいる最中。


 「隊長のお父様はこんなに明るい方なのですか。エルミナ様」

 手を口に当ててマールダが小声で聞いた。

 「…え、ええ。そうですよ。私たちの親よりも、私たちにとっておじさまは親なのです。ルルのご両親のおかげで私たちはこの村の出身であることを誇りに思っています」  

 「そうだぜ。マールダ。うちらにとって親も同然の人なんだ。だってうち。虫の取り方はルクスさんから教わったからな!!」

 「え、あの大量の・・・虫を・・・そうだったんですか!?」

 「ああ。元気一杯。朝から爆走する男であるのだぞ! サイコーの人だぜ!!!」

 「そうでしたか。たしかに。隊長とは違う雰囲気で、周りが元気になる人ですね」 

 

 二人はルクスの陽気さに当てられて、元気が戻ってきた。

 マールダと共に思い出話をしていた。


 

 ルクスが一通り騒いだ後。

 落ち着いたかと思われたが。

 

 「おい! イージス!!! いつまでも腑抜けている! 元気いっぱい寝ろ! 寝不足なお前など皆の役に立たんぞ。寝る子は育つのだ!」


 ルクスはイージスの目の下にクマがある事に気付いていた。

 眠りが浅いか。それとも眠っていないのか。

 無神経そうに見えるルクスでもそこが心配であった。


 「ね・・寝られないんだ・・ルルがいないんだもん」

 「イージス! 息子は生きているんだぞ。いいか、お前。ルルに会えた時に、お前の元気がなくなっていたらあいつは悲しむぞ」

 「だ・・・だって」

 「だってじゃない!!!」

 「ぐわ!」


 ルクスのアッパーカットが炸裂。

 イージスは宙を舞った。


 「寝てろ!」

 「・・・こ、これじゃあ。たおされた・・・だけ・・・じゃ」


 地面に落ちたイージスは気絶した。



 その光景を見たフィンはマールダに話しかける。


 「えええ。ちょ。ちょっと。なんで?? 仙人の防御力を上回る攻撃なの!? マールダ、ホーリーファイターなら何か分かるか?」

 「え? まあ、そうよね凄いアッパーよね」

 「なんでお前は冷静なんだよ」

 「隊長のお父様はそういう方らしいわよ。何でも愛の鉄拳は体の芯にまで効くのだそうよ」

 「は????」

 

 ルクスは拳一つで生きてきた男である。

 時間が経ち・・・。


 家から出たのは、英雄とフィンとマールダ。

 そしてルルロアの父と母。

 ルクスは家の前で待っていたジェンテミュールのメンバーの前に立った。


 「よし。君たちがジェンテミュールだな!」

 「あ・・・は・・はい」

 「こいつらを連れてきてくれて助かったぞ! もうこいつらには腑抜けた顔はさせないぞ。安心しろ!」


 ルクスは、ボコボコになっているレオンとイージスを持ち上げた。

 皆は、英雄たちが腑抜けた面ではないことに安心したが、ボロボロの顔になっているのが気になっていた。


 「え・・あ、はい!」

 「それじゃあ、君たちはこれからどうする。これから冒険をするか!!」

 「え?????」


 皆は、ルクスの話の展開についていけない。


 「君たちはね。ここからはこいつらについていかなくてもいいんだ。でもこいつらが好きで。これからも一緒に冒険したいなら、これから先の困難について来るか? ルルロアを探すための大冒険だ! 魔大陸に行く!!!」

 「えええええええ??????????」


 ジェンテミュールのメンバーは一人残らず驚きを隠せずにいた。

  

 「俺は今からこいつらと共にルルロアを探す。こいつらもそれを了承した。どうだ! 来るか! 前人未到の魔大陸踏破だ。冒険者三大クエストの一つだぞ。どうする。勇敢な冒険者たちよ! 俺と共に、ルルロアを探す旅のついでに踏破でもするか!!! ハハハハハ」

 「・・・・・」


 顔を見合わせ、冒険者たちは手を挙げた。


 「「「「 おおおおお!!!! 」」」」


 ルルロアとは違う求心力がルクスという男にあった。

 さすがは、あの変人を育てた男であるのだ。

 自分の最後の時まで息子は生きている。

 そう信じる親父の背中は誰よりも大きかった。

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