第47話 ルナの託す思い
「おい・・・・」
十五の時。
拙者は、ジャコウ大陸の北西の港から、少し東に進んだマジャバル平原の沿岸でいき倒れた。
顔に砂がついていたけど、それを取り払う体力も残ってなかった。
拙者は、小型の船を使ってジョー大陸から一人で海を渡ったのだ。
「…おい。あんた。なんでこんなところに寝てんだ」
「・・・ん・・・あ・・・ご・・・は・・・ん・・・お」
「ご? は? なんだ???」
『ぐごおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
爆音でお腹の音が鳴った。
音の力は凄く、自分の耳が痛いほどに鳴ったのだ。
拙者は恥ずかしくて顔を赤くしていたと思う。
意識を失いかけていたけど、なんとなしで記憶にあるのです。
「おお。嬢ちゃん。腹減ったんだな。どれどれ、俺が運んでやろう」
目つきの鋭い男性は、拙者をおんぶしてくれた。
「あんた、港町シャバルに到達してないな。ったく、ジョー大陸から密入国みたいにこの大陸に来たんだな」
「・・・・あ・・・あ・・・」
「にしてもあんた、運が良いな。俺がたまたま、モンスターウエーブの後始末の確認をしていてよかったぜ。それにあんた、もう少し東で倒れてたらな。あのモンスターウエーブに巻き込まれてたぞ。それこそ死んでたぜ。はははは」
「・・・あ・・・は・・・い」
「いいって、いいって。無理に話さんでも。あんたは無理すんな。俺の独り言よ」
拙者はこの人のぶっきらぼうな優しさに感謝した。
もう口の中も乾いて、話すことさえ億劫だったのだ。
「よし。ついた。今は・・・・昼時じゃないか。お昼終わりかよ……おいおい。店、全部閉じてんじゃん」
男性は食堂を探し回ったが何処も開いておらず、仕方なくここでいいやと言った場所に連れて行ってくれた。
「…ここは喫茶店だな。マスター。なんか腹が膨れるもんないか。飲み物もいい感じの頼む!」
「わかりました」
男性は、拙者を立て掛けるようにソファーの椅子に座らせてくれた。
「まず水、飲め。これで反応を見る」
「おお。の・・・飲みます」
「気分は? 食えそうか?」
「は、はい。大丈夫です」
水が体に通って元気が出てきた。
「ほう。これなら食えるな! マスター。なに出してくれるの!」
「お腹が膨れるのはパンケーキしかないよ。ほとんどの商品は、さっきのお昼で出ちゃったからね」
「そうか。それはしゃあねぇな。そのパンケーキとかいうやつでもいいや、な。嬢ちゃん」
「あ、はい。お願いします」
マスターはすでにそのパンケーキなるものを作り始めていた。
「マスターどうよ。それ、どれくらいで出てくるの?」
「はいはい。あと一分でできるよ。待っててね」
一分後、とても良き香りのする食べ物が出てきた。
ジョー大陸では見たことがない。拙者の里でも見たことがない。
この食べ物は、拙者にとって光り輝いて見えた。
「ほれ、食ってみ。美味さは知らんがな」
「ちょっと。旦那。目の前にいる私に失礼でしょ」
「だって俺、それ食ったことないもん。それさ」
「旦那も食べるかい」
「俺はいい。こいつに食べさすだけでいいからさ」
店長さんに断りを入れた後、男性は目の前にある食べ物をまじまじと見た。
彼はマスターの方に振り向いた。
「マスター、飲み物は? 何かこの食べ物、喉に詰まりそうじゃん」
「はいはい。オレンジジュースを出してあげるよ。ここの近くの村の名産だからね」
「そうか。んじゃそいつを二つ頼む。俺も飲むわ」
「そうかい。毎度あり~」
気さくに二人が会話を交わしている間に拙者はナイフとフォークを使って、パンケーキなるものを一口サイズに切って食べた。
「・・・お・・・美味しい・・・」
「おお! そうか。よかったな」
男性は嬉しそうに笑った。
その顔を見てたら、拙者はいつの間にか涙をこぼしていた。
嬉しいとも悲しいとも思っていないのに、涙は勝手に流れていた。
「・・・え・・・え・・なんで・・・」
「おお。泣くほど美味いのか。よかったな。そりゃあな」
拙者にそう言った男性は後ろを振り返り、マスターの方に話しかけた。
「マスター! あんたの腕はなかなかいいんじゃないか」
「なかなかじゃないでしょ。かなりの腕前でしょ。旦那」
「そうなのか? ここの食ったことないし、知らんな」
「そういうなら・・食べなさいよ。今すぐにでも」
「んじゃ、今度な。お、サンキュー」
「はい。お嬢さんも。オレンジジュースだよ」
マスターさんは二つ。
オレンジジュースをテーブルに置いてくれた。
拙者は涙を流したまま、オレンジジュースを飲んだ。
そしたら、もっと涙が出た。
「うわあああああああんんんんんんんんん」
「え!? な、なに!? 泣くほど美味いオレンジジュースなの? どういうこと?」
目つきが鋭い男性は拙者の号泣に慌てふためいた。
「おい。泣くなよ。なんだなんだ?」
「お嬢さん、ほら、ハンカチだよ」
マスターさんも目つきが鋭い男性も優しかった。
「拙者・・・優しくされたの初めてです・・・里から出て初めて優しくされましたぁあああ」
「おお。そうか。なら、腹いっぱい飯食え。少し満たされるからな。心がよ」
「はいぃ。食べます」
拙者は泣きながら、この世で一番おいしいと思ったパンケーキを食べた。
それとオレンジジュースも・・・。
◇
少し落ち着いた拙者は、この男性と談笑することになった。
しばらくこの男性の話で笑っていたら、急に真顔になった彼にこう言われた。
「そんで、何で嬢ちゃんは一人なんだ? 家出か??」
「・・・え。いや、半分はそんな感じです」
「そうか。なにがあった。お兄さんに話してみなさいな。ほれほれ」
「お兄さんって・・・いくつなんですか?」
「俺は27!」
「老けてる」
「うっさい!」
「いた!」
男性は兄と同じ年齢だったけど、少しだけ老けている印象を受けた。
老けているというよりも落ち着いた雰囲気があった。
「そんで、どうなんよ」
「は、はい。拙者。世界を見たかったのです。拙者、ある秘境の里の出身で、あそこに生まれた者は一生あそこで暮さないといけないのです。そこで、拙者は」
「そうか。それが窮屈でな・・うんうん。年頃の子にはな。辛いよな。箱入りはさ」
「いいえ。違います」
「え、違うの?」
男性は拍子抜けだよという顔をした。
「実は、拙者は別に里にいてもよかったのです」
「へ? じゃあなんでその故郷から飛び出したのよ」
「拙者、弟がいたのです。この脇差を持った弟です。名刀『花嵐』です」
拙者は脇差をテーブルに置いた。
「へえ。そうか。これ、すげえいい刀だな」
「はい。特級の武器です。名刀であります」
「まじか。特級かよ。初めて見たわ・・・つうか、なんでそんなもんを持ち歩いてるんだよ」
「ですから、話の続きで。これを持っていたのは弟でして、二年前に死んだのです」
「死んだ?」
「ええ。病気で死にました。弟は死の間際に、世界に飛び出したかったと。この狭い里の中ではなく、もっと広い世界に行きたいと。だから、拙者はその思いを引き継ぎ、この刀と共に里を飛び出したのです。そのために修行もしましたから、自分で言うのも恥ずかしいですが、かなり強いはずです」
「へぇ。でも嬢ちゃん一人はあぶなっかしいな……ジョー大陸で冒険者とかにならなかったのかよ」
「はい。なろうかと思ったのですが、王都と里の距離が、拙者が思っていた以上に近い場所にあったので、それでは旅したことにはならぬだろうと思い、小型の船を漕いでですね。こちらにやって来ました!!!」
「はぁ。お前、馬鹿か。ボートでこっちに来たのかよ。お前、ジョーとジャコウの距離はな。ジーバードとジャコウの距離よりも長いんだぞ。さすがにジョーとジョルバよりは長くないがな!!! よく死ななかったな。ボートでよ」
「え? ボート? なにそれ?」
「お~。こいつはやばいぞ。常識がねぇ。一人にしちまうと、死んじまうぞ。なぁ。マスター」
男性は後ろで洗い物をしながら話を聞いてくれているマスターに聞いた。
「んん~~。そうだね。危ないね。そんなんだと冒険者になっても危ないんじゃない」
「それ、正しいわ。マスターの言う通りだぜ。嬢ちゃん。そんじゃあ。ひとまず俺の部下になるか?」
「え? あなたの? 部下?」
「ああ。俺が面倒見てやるよ。そんである程度常識が身に付けば、軍を出て行ってもいいからさ。知識のある冒険者になればいい」
「え?」
「俺の仕事は軍だ。モンスターをメインに狩る仕事をしてる。治安維持もたまにやるけど、ジャコウは比較的安定しているからさ。人と戦うのは滅多にない。俺の部下になればメシは食えるぞ。嬢ちゃん15なんだろ。成人年齢だから入隊しても平気よ」
「拙者が・・・軍人?」
「おう。俺が面倒見てやるからよ。とりあえず、入ってみるか」
「・・・・そうですね。一旦常識というものを手に入れてから、旅に出ます」
こうして拙者は、運よくグンナーさんという。
少しぶっきらぼうで優しい方に拾われたのでした。
そして、ここから9年後。
◇
「ルナ、今日さ。修行に来る子がいるんだ」
「へぇ・・・どんな子ですか」
「それが、兄貴の生徒だ」
「ホンナーさんのですか。ならよほどの強者になる子で」
「それがよ。そいつ、ジョブが無職なんだって」
「え!? 無職・・・いるんですかそんな人」
拙者は驚いた。
この数年、ここで身に着けた常識と照らし合わせても、ジョブが無職な人とは出会ったことがなかった。
「んで、そいつの中身を聞いたのよ」
「中身?」
「ああ、才能さ。ちょっと面白い奴でよ。それに兄貴が言うにはかなりぶっ飛んでいる奴だってさ。だからお前がちょうどいいと思ってよ。修行に付き合ってくれるか?」
「・・・んんん。いいでしょう。拙者も一度見てみたいですね」
拙者はこの時、ただの興味本位でその少年の修行に付き合った。
翌朝。
数度撃ち合っただけで分かる。
素直な性格。
それと、真っ直ぐな心持ち。
あと、新たな世界を、新しい景色を見ようとする目。
自分を成長させるためなら努力を怠らない意思が垣間見えた。
そんな姿が、拙者の弟に似ていた。
とても似ていたのだ。
「ルナさん。ありがとうございました」
「うむ。ルルはよくやってます。精進しなさい」
「はい!」
返事も心地よいくらいに気持ちの良い少年であった。
これから一年間、拙者はほぼ毎日、この子の修行に付き合った。
最初は侍のスキルだけ教えてあげるものだと自分でも思っていたのだが、次第に修行も熱を帯び、拙者は自分の里の技までこの子に伝授した。
メキメキと覚える彼の才は、無職とは呼べない。
本職がまるで侍であるかのようだった。
努力の末、彼は拙者からすべての技を得た。
だから拙者は。
「拙者、ルルに思いを託すとするです」
「????」
「ルル! ルルは、冒険者となるのでしょう?」
「はい。なります」
「ならば世界を旅するはずですね」
「はい。します!!!」
「では、これを・・・・拙者、これを託したい!」
「え??? これは・・・」
「拙者の脇差です。これを身に着けてほしい。これと共に世界を旅して欲しいのです」
「いやいや、これは・・・ルナさんの素晴らしく綺麗な刀ですよね? も、もらえませんよ」
「いいのです。思いを託すのです。ルル。拙者の思いです」
拙者は、この子の事を本当の弟だと思っている。
弟子でもあるけど、亡くなった弟と同じくらい弟だと思っているのです。
「ルルが、有名な冒険者となって世界を旅する時に。この脇差が、あなたの腰に納まっていてほしいと思っているのですよ」
「・・・そうですか・・・わかりました。ルナさん。その思いを持って、この脇差。必ず大切にしますね」
「ええ。そうしてください。そうすればきっと・・・」
きっと・・・天国の弟は笑顔になるでしょう。
弟はきっと彼を通じて共に旅することになるでしょう。
よかったですね。
モント!
あなたも世界に旅立てますよ。
この子の力を借りてね。
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