第48話 剣聖のイメージは仙人に近い

 クソガキの王都往復走を終わらせて、俺とクソガキは里には帰らず山籠もりしてから、早二週間。

 基礎体力を最低限まで鍛えあげることには成功した。

 だから、ここからは基本の戦闘力をあげないといけない。

 俺は、クソガキに木刀を持たせて訓練に付き合った。


 「ほれほれ。握りも甘いな。剣筋もブレてる。死にたくなかったら、命懸けで俺に攻撃しな」 

 「何故だ。何故当たらない。武器も持ってないのに!」

 「右足をここにだぞ。踏み込みを深くしろ」


 俺は軽くアマルの足を蹴飛ばす。


 「くっ、うるさい」


 俺の話を聞き流すクソガキは、俺が指導や教えを発動させても無駄である。

 ここで俺は、自分のスキルを理解した。


 指導と教えの両方は、根本的な事だが、俺の事を信頼してくれないと相手の成長が上手くいかない。

 ジャックとクルスがよく成長していたのは俺の事を信頼してくれていたからだ。

 それとフレデリカの力が最近になって急激に伸びたので、今となってはあいつも俺のことを信頼してくれたのだと確信した。

 

 こいつを見て俺は思う。

 こいつは俺を信用していない。

 一ミリでもいいから俺の事を信じてくれれば。

 これじゃあ、いつまで経っても、成長せんのである。


 「駄目だな・・・お前、俺を信用できんか」

 「・・あ、当たり前だ。鬼だ。貴様は鬼だ」

 「はぁ。そんな態度じゃ、俺のスキルの効果を得られない。このままじゃ、お前が二級に行くのも怪しいわ」

 「なに!? 一つくらいすぐにでも上がるわ」

 「無理だな。お前、Cランクのモンスターを倒せんもん」

 「なんだと。倒せるわ」

 「そうか。そんなん言うなら、やってみるか。この山脈にいるぞ。Cランクくらいならな」

 「・・・え」

 「そうだな。それがいいか。やるか。命懸けの修行だもんな」

 

 俺は思いついた限りのCランクモンスターで一番厄介な奴を選んだ。

 そいつの足跡を探るために山脈を歩く。


 「ど、どこまで行くのだ」

 「んんん。待ってろ。今探してる・・・・あった。こいつだな」


 俺は目的のモンスターの足跡を発見。

 洞窟に続くだろう足跡を追った。


 「よし、予想通り。ここに洞窟がある。アマル、ここにいろ。俺が連れてくるからな」

 「は?」


 アマルを洞窟の前に置いて、俺は洞窟に侵入。

 必要のない邪魔なモンスターを斬りつつ、奴を呼んだ。

 名前を呼んだんじゃないぞ。

 ウォークライで引き付けたのだ。


 洞窟の入り口に戻って、俺はアマルの前にこいつを連れてきた。



 ◇


 アマルは例外もなくビビる。

 背丈も一緒なのに、相手の方が身長が大きいかのように見上げていた。


 「アマル。こいつがCランクのゴブリンジェネラルだ。オーク系統はキングだけど、ゴブリンは将軍だぞ。こいつがゴブリンの最高ランク帯だ。ちょうどCランク。倒せ!」


 俺は、ウォークライの影響をまだ受けているゴブリンジェネラルの攻撃を躱しながら会話する。


 「・・・は、はぁ」

 「いいから倒せよ。倒せるんだろ。C如きはよ。これを倒せないんじゃ、二級にもなれんわ」


 ちょうどウォークライの効果が切れた。


 「・・・や、やってやる」


 アマルは俺の挑発に乗り戦いに入った。

 ゴブリンジェネラルは司令官として戦うことが多いから肉弾戦が得意じゃないと勘違いされるかもしれないが、そうではない。

 しっかりこいつ自身に戦闘能力があり、ちゃんとCランク相当の実力を持つ。

 まあ、当然であるがオークキングの方が素の実力は高いけどな。


 「ほれほれ。それじゃあ、奴の攻撃を躱せんぞ。体の動きが固い」

 「・・・」

 「駄目だ。お前、踏み込みが緩いんだよ。ビビりだ。ビビり」

 「・・・う、うるさい」

 「下がるな! 立ち位置も。腰の位置もだ。腰が引けてるのが威力に繋がらん。戦いから逃げようと思うから腰が引けてる。勇気を出せ。剣聖だろお前」

 「やかましい・・・戦っているだろ」


 アマルはゴブリンジェネラルの攻撃を捌くのに精いっぱいであった。

 反撃が出来そうなところで一歩前に踏み込めない。

 どこか心に焦りといら立ちがあった。

 俺のアドバイスのせいもあるかもしれないが。

 俺の話さえ聞いてくれれば、指導や指揮、教えの効果をそれぞれ発動させているから、非常にもったいないのだ。

 まあ、こいつは俺を毛嫌いしているから無理な話である。


 「も・・・もう無理だ・・・・助けてくれ・・・・」


 根性なしは十分も持たずに戦いを止めようとする。


 「駄目だ。剣を置くな。死ぬぞ」

 「うわあ。も、もう無理だ」

 「そんな根性じゃガルズタワーは登れんぞ。ダンジョンってのはな。一度入ってしまえば、誰も助けてくれないんだぞ。自分の事は自分でになる。だから、今のお前は、それをモットーにしろ。自分の事を精一杯やるんだ」 

 「で・できない」


 ため息が出るほどに、こいつは意思が弱かった。

 こいつはあの剣聖であるのだぞ。

 あの剣聖なんだ。


 英雄職『剣聖』

 剣の達人となる器の職業

 閃光と同列の才覚を持つ最強クラスの戦闘職の英雄。


 ちなみに『閃光』は赤と青と黄色がいて。

 赤は弓。

 青は槍。

 黄色が剣である。

 なので、剣聖は黄色の閃光と同種の武器を扱うのだが。


 剣聖の力はどちらかというと勇者レオンじゃなくて、仙人イージスに近い。

 心を鎮め、冷静沈着に戦い、戦闘を有利に進める。

 無駄に動かずに、必要な時に動く。

 それに戦いをじっくり観察するスキルが並ぶのだ。


 これに対して、黄色の閃光は激しく動く。

 相手のバランスを崩すほどの連撃で、手数で相手を圧倒するスキルが並ぶ。

 なのでどちらかという勇者と閃光が近い。


 なのに、こいつはビビりすぎて、相手の動きを隅々まで見ていない。

 それに、あのスキルを持っていない気がする。

 初期スキル『泰然自若』の反応がない気がする。

 剣聖が持つ心の強さもない気がする。

 何か変だ・・・もしかして、才能が邪魔をしてる?

 まさかな。

 英雄職の人間のほとんどが、その職業になれるという才能なはずだ。

 変だ。


 なんて考えていると。

 ゴブリンジェネラルがとどめを刺す動作を仕掛けていた。

 アマルの首に向けて、自分の小斧を伸ばす準備をしていたのである。

 

 「うわあああああああ。し・・しぬ」

 「ちっ。弱いな。ふん!」


 俺は奴の斧を脇差で簡単に受け止めた。

 そして、この対面したゴブリンジェネラルは俺の顔を見て、戸惑った顔から恐怖した顔に変わったのだ。

 俺との実力差を認識したか。 

 そんな風に俺が思った瞬間。


 「ごおおおおおおおおおおおおおおおおお。がごらあああ」

 

 山の中で咆哮が反響して聞こえた。

 声の強度が高い。

 威圧も入ったような声に、ゴブリンジェネラルの体がガタガタと震えた。


 「ほう。Cランクがビビるなら。Aランクがいるのか。ここはダンジョンクラスの山脈だな。あの里。すげえところに家があんだな」


 俺が余裕で立っていると、後ろで腰を抜かしているアマルが情けない声で言う。


 「・・・に、逃げよう。は、早く」

 「いや、ここにいろ。逃げるとめんどくさい。あいつは今のにビビって洞窟に戻ったがな。後で仕切り直しだな」


 俺はゴブリンジェネラルが逃げ出した洞窟の方を指さす。


 「それにだな。俺たちがここで逃げると厄介だぞ。もし里まで逃げた場合、Aランクならすぐに追いかけて来るだろうからな。里まで来て迷惑をかけちまうから、俺がここで消すわ。お前はそこにいろ。心配すんな。Aくらいは余裕だ。今度の相手は、海にいるわけじゃない。同じ土の上。同じ土俵であるのだ。ははは」


 俺は警戒の構えを解かずにスキルを展開。

 相手を見ずに匂いで場所を確認し、出てくる方向を向いてから視野を発動。


 「あれは・・・」

 「ひ・・ひぃ。無理だ無理だ無理だ。あいつは・・・あの姿は」

 「ミノタウロスか…しかも亜種。だからAか。普通のなら、Bだしな。そうだよな。普通のだったら、さっきのゴブリンジェネラルがビビるわけないもんな」

 「は、早く逃げよう。あれは里では青鬼と呼ばれる凶悪な怪物・・・父上たちくらいの強い侍が大人数で撃退する怪物だ」

 「ああ、そうか。なるほどね。青い体をしてるから青鬼ね……ん? 鬼?? 牛じゃないの」


 俺は正面に来た青いミノタウロスを観察する。

 青の鈍い光沢の全身に、首筋に刀傷がある。

 たぶん、侍たちと戦った痕が残ったのだろう。

 深手を追わせた侍があの里の中にいたのだ。

 おそらく、ブランさんだろうな。

 彼の強さはたぶん準特級はあるからな。

 

 ビビり散らかしているアマルは腰が抜けたまま、俺のズボンの裾を引っ張っている。

 なんともまあ、剣聖とは思えん情けない姿だ。


 「よし。アマル。俺を見てろ。こいつを見なくてもいいから。俺の動きを参考にしろ」

 「は?」

 「戦いに入るぜ!」


 

 ◇


 俺はミノタウロスの正面に堂々と入った。

 懐に入ったと言ってもいいほど近い距離である。

 ほぼゼロ距離で、俺は平然としているけど、逆にミノタウロスの方が戸惑っていた。

 今までの人間とは一味違う。

 ミノタウロスは、そう感じているのかもしれない。


 「おし。素手型だな。お前」

 「ぐおおおお」

 「そうかそうか。何て言ってるか分からん!!!」


 さすがに会話は無理である。

 クルスならこんな感じで言葉なくとも分かり合えたのに、モンスターの言葉はやはり分からない。

 それは当然であるか!


 「ごおおおおおおおお」


 太く大きな腕から繰り出されるただのパンチ。

 それでも周りの風を巻き込みながら轟音を鳴らして俺に迫る。


 「ほい。見切り! アマル。これが見切りだ。いいな、侍だけじゃなく、剣聖にもあるからな」


 俺は見切りを発動。

 鼻先に太い青の腕が通り過ぎる。


 「お、おぬし。話していたら死んでしまうぞ」

 「大丈夫大丈夫。よく見とけって。お前の参考になるように動いてやるから」

 「な、なぜ。そんなに余裕で・・・」

 

 俺は次に間合いを発動。

 脇差でミノタウロスの拳をいなす。

 わざと武器を使用し、相手との距離感を掴んだ。


 「これが間合いだ。いいか。お前は剣聖。ならば相手との距離感は大事だ。必ず目でも相手との距離を見るんだ。敵の攻撃感覚を探るのも大切なんだけど、何よりも目が一番よ。脳内にメモしとけ」

 「だ、だから、なぜそんな余裕で・・・」

 「そんで、ある程度敵との距離感を把握したら、いったん下がる。こんな風に」


 俺はバックステップをして、距離を取った。

 ミノタウロスは俺を追いかける。


 「いいか。次に見せるのが、お前の参考になる動きだ。この力がおそらく剣聖に近い。いいか、一瞬で決めるから。よく見とけ」

 「ぬ。おぬしよ。あ、危ない」

 「目は瞑んなよ! 開いてろよ。花は咲けども実りはしない。桜花流 枝垂桜」


 俺はイージスの力を開放。

 仙人の動きと、桜花流枝垂桜を合わせた。

 ミノタウロスの拳をギリギリで躱した直後に無数の剣戟を花開かせる。

 ミノタウロスの四肢を切断した。


 「な!? なに!?!?」

 「よし、まあまあだな。別に英雄のスキルを解放せんでも倒せたんだけど、お前には参考になる動きだからな。お前はこれに近い力をだな。つけないと駄目なんだぜ! な!」

 「へ・・・な!? 拙者には・・・無理じゃ・・・・」


 ポカーンとした顔のアマルは座ったままであった。

 どうやらまだこの力のイメージは持てないようだ。

 

 

 

 

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