第46話 クソガキへの指導

 ルナさんが帰って来られない事情。

 それはこのアマルという少年の指南役になったことから始まったらしい。

 二年前。

 呼び出しをもらった文章はこのようなものであったらしい。



 大至急帰還せよ。

 お前の甥っ子の天啓が・・大変な事になってしまった。

 お前が頼りだ。お前しかいない。

 頼む。

 帰ってきてくれ。


 

 とのこと。

 急な連絡に、文章の意味もよく分からない。

 この故郷の慌てようにルナさんは、帰ることを仕方なく決断した。

 ルナさんの方向音痴を心配した里の者たちは、王都に許可を得て、立札を設置。

 道に迷わないようにしたらしい。

 俺の予想は合っていた。



 「そうですか・・・それで、その子の天啓の何が大変なんですか」

 「…息子のアマルは『剣聖』なんだ」

 「・・・え、剣聖!? あの英雄職のですか!」

 「ああ。拙者の侍大将すらも超える役職に混乱するばかりだ」

 「ワシの忍びよりもな」

 「おお。爺さんは忍びなのか。カッケえな! んでブランさんは侍大将。凄い家族だな。それに加えて剣聖かよ。すげえな」


 俺はこの家族に感心した。


 侍――――上級職

 侍大将――特殊職

 忍び―――応用職


 である。

 ルナさんは別として二人はなかなかのジョブをお持ちだ。


 「それで、何故剣聖であることが良くないみたいな事になっているんだ?」

 「それが、剣聖、または閃光が。この里に生まれるとだな」

 「生まれると?」

 「・・・こうなるのだ・・・・」


 少しの沈黙の後、ブランさんは丁寧に説明してくれた。


 「な。馬鹿な。ガルズタワーに十二歳で挑戦する。しかも塔の十五階まで登るだって!? 自殺行為じゃないか」

 「そうなのだが……」

 

 顔色が悪いブランさんは、自分の息子が死に行くのが納得いかない。

 そんな様子を見せていた。


 「ワシらもそう思っている。だが、これは掟なのだ。これを破ればワシらは里の長の家族として失格じゃ」

 「・・・な、なんでそんなことするんだ?」

 「それは、剣聖や閃光を持つ者が弱いでは済まされない。だから、せめて弱いのなら死んで役職を他の者に渡せという考えなんだ。十で天啓を受けても、その時点で強さは相当なはず。ならば、十二で、ガルズタワーに登れるくらいの実力が無いといけないという考えだ。二年でそこまで強くなってないといけない」

 「二年・・・待てよ。ルナさんがここに来たのは。二年くらい前。ということは、あと猶予は」

 「八カ月だ。十三になるまでに達成すればよいからな」


 マジかよ。

 どう見てもこいつは弱いぞ。

 このアマルがあと八カ月でガルズタワーの十五階に行かないといけない。

 絶対に死ぬしかない。

 今のこいつの実力では、二階のモンスターにも満たないだろう。

 俺は、さっきの言い合いだけで、疲れが出て寝てるアマルを見てそう思った。


 「はぁ。爺さん。四大ダンジョンを甘く見過ぎだな。この里で、行ったことある奴いるの?」

 「ここ六十年で剣聖と閃光はいないから、いないぞ」


 爺さんが即答してくれた。


 「そうか。だから分からんのだな。四大ダンジョンは甘くないぞ。俺は二つ。達成しているからわかる。あそこは生死をかけて戦う場所だ」

 「・・・二つだと!! ではお主は・・・ジェンテミュール!?」

 「そうだ。元な。訳あって今は辞めちまったけどな。だからあのダンジョンの事は知っている。あれは一級冒険者でもきついダンジョンだ。最低でもルナさんくらいの実力が無ければ、死ぬぞ」


 ルナさんの実力は一級冒険者と変わらない。

 下手をすれば準特級ほどの実力者。

 俺が見るに、目の前の二人も準特級に感じる。

 それくらいの実力にならねば、この子は死ぬと言う事だ。

 俺が換算するにこの子は三級程度。

 一級になるには、階級を三つも、たったの八カ月で上げないといけないなんて、ありえん所業である。


 「こいつ、事情を知っているのか」


 俺は疲れて寝ているアマルを指さして、爺さんに聞いた。

 あの程度の怒りで疲れるほど体力がないらしい。


 「知っている」

 

 答えてくれたのはブランさんだった。


 「そうか。ルナさん、修行は順調?」

 「・・・いいえ。ルルに教えるのとは訳が違います。アマルは、基本やる気がないのです。ルルは常にやる気満々でしたからね。楽でした。アマルは修行の入りから、指導しないと始めない子です。だから厳しい。修行の開始が難しいのが大変なんです」

 「そうですか・・・でも死なせたくないんですよね。三人ともどう思ってます?」


 ルナさんは俺を見つめて答えてくれた。


 「拙者は無論。指南役としてもこの子の親族としても死なせたくありません」

 「そうですか」


 次に爺さん。

 

 「当り前じゃ。ワシの、たった一人の孫だぞ。こんなところで」


 泣きそうになりながら答えてくれた。

 次にブランさん。


 「ああ。我も死なせたくない。一人息子だ。誰が死んでもいいと・・・」

 「そうでしょう」


 俺は三人の本音を聞いたので、提案する。


 「その試練は、里の者が参加してはならないということですよね」

 ブランさんに丁寧に聞くと。

 「そうだ」 

 答えてくれた。

 「なら、俺とルナさんはどうです? 参加してもいいんですか?」

 「ん? お主とルナが?」

 爺さんが疑問に思った。

 「爺さん、ルナさんの今の立場はただの里帰りでしょ? では現在の立場は、里の者ではないと。こういう解釈をしてもいいのかってことよ」

 「んんん」

 爺さんは悩んだ。

 「ありだ・・・その考えは思いつかなかった」

 ブランさんが答えてくれたので俺は彼と会話に入る。

 「では、ブランさん、了承してくれます? 俺とルナさんでパーティーを組んで、この子を十五階まで連れていきます。このパーティーでいけば、この子はおそらく最低でも二級くらいの実力者になればギリギリでいけると思うんだ・・・ブランさん、どうでしょう?」

 「ああ。我にとっては願ってもない申し出だ」

 「そうですか。ではルナさんは、どうします。手伝ってくれますか」

 「はい。ですが、ルル。あなたはどうなんですか。あなたに迷惑がかかります」


 ルナさんは、申し訳なさそうに眉を下げた。


 「まったく大丈夫ですよ。それにこの子の試練が終われば、グンナーさんの元にルナさんは帰ってくるのでしょう。そのためなら俺は手伝いますよ。俺は誰の弟子だと思ってるんですか。ルナさん」

 「・・・グンナーさんです・・・」

 「ええ。グンナーさんの弟子ですよ。こういうのはほっとけないでしょ。あの人も」

 「・・・そうですね。グンナーさんは優しいから・・・」

 

 ルナさんの目には涙が溜まっていた。

 二年も皆に会えなかったんだ。

 寂しいに決まっている。


 「それじゃあ、爺さんもいいかい?」

 「・・・いいだろう。その案に乗ろう」

 「よし。きた。それじゃあ、一つ。三人には。俺と約束をしてほしいことがある」

 

 三人は黙って頷いてくれた。


 「俺がこいつに戦い方を教える時、口出しをしない。これを頼みます」

 「・・・どういうことだ。お主」

 「かなりハードに鍛える。この子には時間がないだろ爺さん。あんたさ、こいつに甘え。だから、俺の指導を見たらキレるだろう。絶対!」

 「なに!?・・どんな修行をつける気なんだ」

 「荒療治だ。命懸けの特訓をする。生死ギリギリの特訓をするんだ。なんせ、このままじゃ、こいつはガルズタワーで死ぬからな。どうせ死ぬなら特訓で死ぬ気でいけという事だわ」

 「・・・・・・」

 

 爺さんは黙った。


 「それもそうだ。お願いする立場・・・我は了承する」

 「ありがとうございます。ブランさん。必ずこの子を生き延びさせます」

 「…かたじけない・・・まこと、ふがいない父である。自分の子を自分で育てられないとは・・・」

 「いえいえ。あなたは愛情を注げばいいんですよ。厳しく指導するのは俺がやりますから。そこのところはお願いしますね」

 「・・・すまない。ありがたい」


 ブランさんは丁寧に頭を下げた。

 胡坐を掻いて座っているがそれはまるで土下座のようである。

 額を畳につける勢いだった。


 「いいんですよ。そこまでしなくても。俺もね。師匠の為にやってるんです。師匠ってば、口では言わないんですが、ルナさんがいなくて寂しがってるのがもろに分かりますからね。あの人、ご飯を奢る人がいないと寂しいんですよ。まあ、その時もおにぎりでしょうけどね。はははは」

 「ルル・・・拙者も感謝します。拙者、グンナーさんの所に帰る!」

 「ええ。そうしましょう。ルナさん」


 こうして俺は、クソガキアマルの指導をすることになった。



 ◇


 翌日。

 クソガキの首根っこを掴んで、俺は里の外に出た。


 「よし。クソガキ。ここから、修業だ」

 「いやだ。貴様に教えられたくない」

 「お前さ……死ぬってわかってんのか?」

 「・・・・死なない・・拙者は強いんだ。他の子らよりも強いのだ。拙者は剣聖だからな」

 「ああ。ジョブはな。でも今の実力はゴミだ。お前は侍でもない。ただのガキだ。他のガキよりも強くても、ただのクソガキだ」

 「貴様・・・拙者を愚弄するな!」


 クソガキは刀を抜いて斬りかかって来た。

 気概は少しだけ進歩したと思った。


 「ほれ」


 斬りかかって来た刀の刃を、俺は右手の人差し指と中指で挟む。

 

 「な!? し、白羽取り」

 「お前はまだこんなもんだぞ。いいか、本物の剣聖の太刀筋ならこうはいかん。教えてやる、お前の太刀筋が良くない。あと速度も、それにそこに至る動作もだ。全部悪い上に基礎がない」

 「貴様ぁ。また愚弄を」

 「愚弄じゃない。正直な話だ。これは真実、目を背けるな。それに俺は、お前を馬鹿にしてるわけでもない。これから鍛えろってことだ。んで、お前は本当に十五階までいけると思ってるのか」

 「・・・いける。簡単だ」

 「馬鹿だな・・・ちょっと話してやる。ダンジョンの恐ろしさをよ」


 俺はこのクソガキにダンジョンの恐ろしさを紹介した。

 それはあのバイスピラミッドのクリアの時と、あのジャスティンの時の事件の事だ。

 最初のクソガキは楽しそうに聞いていたが、段々顔色が悪くなり、最後は恐怖していた。

 あの激闘は、生死の境目にいたのだ。

 俺はギリギリで生にしがみつけただけ。

 ダンジョンとは一歩でも間違えればそちらの世界に逝く場所なんだ。


 「どうだ。きついだろ?」

 「・・・せ、拙者は、冒険者で言うと、どこの位置だ」

 「お前は三級だ。だからガルズタワーの一階でも正直きついと思う。あそこは、最低でも一級でないといけないと言われている場所なんだ。」

 「・・・・う・・・し、しぬのか・・・せっしゃ」

 「ああ。死ぬ! このまま行けば確実に死ぬ! 確定だ」


 顔色が悪くなっている所悪いが、俺は畳みかけるように現実を突き付けた。


 「だから俺が来た。お前の実力を引き上げて、俺とルナさんがフォローする。お前は剣聖なんだ。頑張ればできる」

 「・・・ほ、ほんとうか。貴様」

 「ああ。ただし、幾度か死を経験してもらうぞ」

 「は?」

 「死にたくなかったら死ぬ気で頑張れということだ」

 「・・・わ、わかった。拙者もやろう」

 「よし。じゃあ、お前の訓練はこの一週間。山脈走りだ。一日三往復する」

 「ど・・どこを?」

 「王都だ! 里と王都を往復するぞ。それじゃ、走れ」

 「え・・・」

 「いいから走れ! 生きたかったら、死ぬ気で走れ。体力が無ければ戦うことなど出来んのだ!」

 「・・は・・・はい」


 クソガキは俺の指示に従い、走った。

 数百メートル走っただけで息切れを起こすようなガキだが、俺は厳しくいく。


 「走れ! まだまだへばるな。王都なんてずっと先だぞ」

 「・・ぜぇ・・ぜぇ・・・し、しぬ・・・もう死ぬ」

 「人はこれくらいじゃ死なん。そんで、死ぬとか言える奴はまだ余力がある証拠だ。余力がない奴は話すことも出来んからな。まだまだいけ。頑張れ!!!」

 「・・お・・鬼だ・・・本物の・・・鬼だ・・・」


 こうして、クソガキは俺の事を鬼だと思ったのだった。



 

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