第45話 ルル、大立ち回り
お屋敷内で一番広い部屋に通された俺は、部屋の上座の座布団にドカンと座るロング髭の爺さんを見た。
家の大きさからいって、この里一番そうだから、おそらく、この里で一番偉い人がいるのだろう。
この爺さんは、貫禄がある。
もしかしたら里長かもしれない。
迫力のある顔。左目に刀傷。
腕組みしているその腕にある無数の傷跡が、歴戦の侍の姿に見える。
「そ奴はなんじゃ・・・ブラン」
「侵入者だ。親父」
俺がこの中で一番強いと思った人は、この爺さんの息子らしい。
ブランさんと呼ばれた人から滲み出る雰囲気も歴戦の侍に感じる。
直接対峙せずに、肌で感じる強さだけでも、俺と同じ準特級クラスに感じる。
「なに!? ここを訪れるとは命知らずだな」
「そうだな」
迫力のある爺さんは、俺の顔を見た。
「・・・・誰だ」
『誰だ』って、あんたこそ誰だよって言おうとしたら。
「長! こいつを斬りましょう。こいつ、あの花嵐を持っていたんです!」
俺と最初に出会って戦った侍が急に話に入って来た。
「・・・花嵐だと!? シャニ。それは本当か。なぜ、よそ者がモントのものを」
「本当です。長。こいつが盗んだんだ」
話が嫌な方向にいきそうなので、俺は口を出すことに決めた。
「ちょいとお爺さん。そこは申し訳ない。俺も事情がよく分からないんですよ。その花嵐っていう脇差は、何か皆さんの強い思い入れがあるものなのでしょうかね。なんか話を聞く限り執着しているのでね。何かあるのかと・・・」
「き、貴様、この刀を、知らずに使っていたとは、許さん。斬る!」
シャニと呼ばれた侍が俺を斬ろうとして刀に手をかけると、ブランさんが諫める。
「黙れ。シャニ。話が進まん」
「ブランさん・・・しかし」
「怒りは分かるが、話が進まん。よそ者にも話をさせろ」
「・・・は、はい」
ブランさんの一喝でシャニは黙る。
お爺さんは、クイクイとそのシャニに花嵐を渡せと、合図を出した。
爺さんはシャニから花嵐を受け取ると、すぐに鞘から抜いて、刃をじっくりと見た。
「は・・・花嵐だ・・・間違いない」
驚いている爺さんは、少し悲しげな顔をしていた。
そこから爺さんは、しばらく目を瞑って黙る。
長い沈黙の間、俺はどうしたらいいのとずっと爺さんの顔を見ていたら、廊下を走る音が二つ聞こえた。
鳴っている音の重量からして子供で、そしてそれを追いかけるのは女性だと思う。
音が軽かった。
「嫌です。もう疲れましたぁ。叔母上」
「叔母上じゃない!!!」
「叔母上でしょ」
「拙者。おばさんなんて歳じゃありません!」
走ってくる足音がこの部屋の前で止まる。
ふすまが勢いよく開いた。
「爺様。叔母上が。叔母上が厳しい」
「おお。そうか、そうか。まったくあやつも、厳しくてかなわんな」
「はい! 助けてくださいますか」
「おお。任せておけ。かわいい孫よ」
クソイカツイ爺は、ただの孫を可愛がるクソジジイに変わった。
叔母上がふすまの先に登場すると俺は驚いた。
「こら、アマル。また父上にすがって、それではいつまでたっても強くなれませんよ。拙者はもうここから出たいのです。あなたが強くならねば出ていけないのです」
「べぇ~~~。叔母上は鬼だ!! 鬼!」
「なんですってぇ!!! ん!? ルル!?」
叔母上はルナさんだった。
俺はいつもの姿に一安心した。
凛とした姿に綺麗な所作はそのままである。
俺は、まだこの部屋に入っていないルナさんに懇願する。
「ルナさん! この状況、何とかしてくださいよ。俺、捕まってます!」
「おお。なんと無礼な事を。父上! 兄上! 今すぐ、ルルを解放してください。この子は拙者の仲間です。拙者の桜花流の弟子です!!!」
「なに。この男が!?」
爺さんは俺を指差して驚いた。
失礼である。
「爺さん、そういう事なのよ。ルナさん、何ならその刀についても教えてあげてください。俺はあなたから盗んでないですよね!」
「そうです! 花嵐は拙者が直接ルルに手渡したのです。彼が一人前の桜花流の使い手になり、それに冒険者となるからこそ託したのです。モントの思いを込めて渡したのです。彼は旅に出る。ならば、刀も一緒に世界を見て回るはずだと。拙者にはそれが出来ないので、彼に託したのです」
「な!?・・・そ、そういうことか。あい、わかった。これをお返しする。それとその人の拘束を解け」
「く。納得いかん! 俺はこいつを!!!」
解けと言われたのに、急にシャニが逆上して俺を斬り伏せようと刀を振り下ろした。
「納得しろよ…クソ、しょうがない。正当防衛だからな! いいな爺さん。俺を許せよ!」
「は?」
そもそもジジイが何を思おうが関係ない。
俺の命の危機である。
俺は一瞬だけ
後ろ手で縛られている状態だが、俺は思いっきり畳を蹴ってバク宙した。
体をクルクル縦に回転させた勢いで、俺はこの場の全員に足蹴りを披露。
シャニの刀よりも先に俺の足がシャニの顔面に刺さった。
「ぐべえあ」
「あ~あ。やりすぎたか」
俺が蹴り飛ばしたシャニは、部屋の障子をぶっ壊して、屋敷の庭の池にぶっ刺さった。
「な!? 何だ今のは」
「まあまあ。爺さん。そんなに慌てなくてもいいでしょ・・」
爺さんの驚きを宥めてから俺は気付く。
「ねえ、今のは正当防衛だよね?」
俺の蹴りの威力がありすぎて過剰防衛かと心配になった。
◇
現場は落ち着き、俺の拘束は解かれた。
話し合いはゆるりとした雰囲気で始まる。
俺と、里長である爺さん。
その息子であるブランさんとその娘であるルナさん。
そしてブランさんの子であるアマルが俺の前に並んだ。
「申し訳ない。お主がルナの弟子であったとは」
「いえ。いいんです。俺もここがよそ者を受け入れるとは思ってませんでしたしね。そもそも秘境であるとルナさんから教わってましたし」
俺がブランさんと話した後。
ルナさんが、ブランさんを睨んだ。
「んんん。にしてもなぜ、兄上がいながらこのような事に。あれらをしっかり指導してなかったのですか。それにルルは、拙者の名を言っていたではないですか。拘束などしなくてもよかったのです」
「すまん。こちらの御仁が我らを騙す目的があったのかと警戒をしておった」
ブランさんは素直にルナさんに謝った。
潔い性格の人みたいである。
「それで御仁。何の御用でこちらに?」
爺さんは俺に聞いてきた。
「俺はルナさんを迎えに来たんだ。師匠…じゃないや。グンナーさんの代わりにね。みんな、ルナさんが帰ってくるのを待ってますからね」
「ほ、本当ですか! みな、待ってくれていると!」
ルナさんの顔が一気に明るくなった。
「ええ。もちろん。それに俺もルナさんが帰って来るのを楽しみに待ってましたよ。実は俺も今はマーハバルにいるのでね」
「そうですか。皆、拙者を……。ん? ルルもマーハバルに?」
「ええ。ちょっと、帰郷してましてね。今は日曜学校で教師をやってます」
「ルルが教師?? 冒険者は?」
「そっちもやってますよ。教師はとある生徒の為にやってることで、俺の基本は冒険者ですよ」
「そうですか。そうですか。それは安心です」
ルナさんは俺がまだ冒険者を続けていると聞いて、嬉しそうに頷いた。
「それで、なぜ。ルナさんは帰ってこられないんだ。爺さん。そこを説明願いたい」
「・・・んんんん」
「爺さん、どうしたんだ?」
爺さんは難しい顔をして腕を組んだ。
よほどの理由があるのかと俺は話してくれるのを待つことにした。
「爺様に無礼な口の聞きよう。お前のような無礼者には。叔母上は、渡さないぞ」
「そいつは爺さんが俺に無礼だったからだ。ガキ! 俺は敬意ある人に丁寧な男なのよ。現に俺はブランさんには丁寧だろうが!」
俺と爺さんの会話の間に少年アマルが入ってきた。
「…叔母上は、拙者の指南役になったのだ。叔母上じゃなきゃいやだ」
「どういうこと???」
俺は爺さんとブランさんを交互に見る。
すると二人とも俺から目をそらした。
「お前みたいな奴に叔母上を渡すか。消えろ。よそ者。ここから立ち去れ」
「まあまあ。そんなに怒らんでも。クソガキ!」
「な!? なに!」
「いいか。初対面で、そんな口のきき方をしたらダメだぞ。お前も外に出てみたらわかる。この里で暮しているだけでは、きっとちやほやされているだろうからな。同年代の子でもおべっかを使われているだろう。長の孫だもんな」
「き。貴様・・・父上。こいつを斬って下され」
「・・・アマル」
この里で一番の侍ぽいブランさんでも息子には甘いらしい。
指導をせずに、名前を呼ぶだけに留まった。
「おいクソガキ。お前が来い。自分で喧嘩を吹っ掛けるんだったらな。自分が戦え。誰かに頼るんじゃない。お前はガキでも男だろ! 戦ってみろ!」
こいつは相当な坊ちゃんである。
フレデリカたちの爪の垢でも飲んでほしいくらいだ。
あいつらのために、自分の為に懸命に修行する姿を見てほしいぜ。
三人で協力して強くなろうとする心をさ。
「わ、ワシの孫を侮辱するとは、許さんぞ!!」
何故か今の問答でジジイが逆上してきた。
俺に斬りかかって来る。
「なんでだよ!? なんで爺さんが先にキレんだよ!!!」
ジジイに対抗して俺はすぐに立ち上がった。
「これも正当防衛に入るぞ・・・・ブランさん! ルナさん! 勝手に動くけど、先にお許しをもらうよ」
「・・・うむ」「え!?」
ブランさんは許可をしてくれて、ルナさんは驚いただけで終わる。
俺は爺さんの攻撃の速度を上回るために仙人の力を開放。
俺の想像以上に爺さんの動きが鋭かったので、対応するには仙人の力しかなかった。
「ほい!」
爺さんの一刀両断の攻撃を最小限の動きで躱し、爺さんの剣を持つ手を叩いた。
「な、なに!?」
爺さんは自分の攻撃が外れた上に剣が下に落ちて驚く。
「ふぅ~。冷静になってくれ。爺さん。頼むよ。あんたら、この子に甘いんじゃないか。もう少し、この子の心も鍛えろや」
「な、なにを。部外者がぁ」
「父上!!!」
ルナさんが声を張り上げた。
「ルルの言う通りです。この子をこうやって育てたから、今、困っておるのです。拙者を呼び出してまで協力させたでしょ」
「う・・・うう・・うむ」
爺さんは力尽きたように自分の座布団に座った。
こうして俺は騒動だらけの侍の里を訪問したのだった。
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