無職と剣聖 師弟

第43話 新たな旅へ

 ジョー大陸へ出立する日の朝。

 誰もいない学校で、皆が俺を送り出してくれた。


 「先生! 本当にいっちゃうんですか」

 「おう! ジャック、いってくる!! 俺のメモの通りに修行しろよ」

 「・・・は、はい。帰りを楽しみにしてます。絶対に帰ってきてくださいね」

 「ああ。そんなに心配すんなって!」

 

 ジャックが不安そうな顔で俺に挨拶をしてきた。

 隣にいるクルスも続く。

 

 「ぼ、僕・・・寂しいです。せっかく先生とお話しできるようになったのに・・・」

 「そうか。でもクルス、俺はすぐに帰って来るぞ。安心しな。あと、そうだ。クルスの神官術はホンナー先生と師匠が協力して助けてくれるからな。俺のメモは棒術だけだ!」

 「わ。わかりました。頑張ります」


 寂しそうな顔のクルスは静かに頑張る決心をしていた。

 覚悟が決まったいい顔をしている。


 「ルル先生……」

 「なんだ。フレデリカ?」

 「ありがとうございます。ワタクシは、あなたのおかげで・・大切な・・・」 

 「おいおい。また感謝かよ……フレデリカ、いいか! そんなに気にせんでもいいんだって、俺はお前たちの先生なんだ。だから当たり前のことをしたんだぞ。あ、あとさ。お前にはこれを! たぶん、これがフレデリカの成長のカギを握る修行だと思うんだ」

 「あ。ありがとうございますわ・・・感謝しますわ」 

 「ちょっと、感謝しまくりだな。お前。もう少し甘えていいんだぜ。子供なんだからな」


 俺は彼女にメモを渡す。

 中身は大王のスキルについての記述をまとめ上げたものと。

 俺の推測を入れての修行方法である。

 彼女の力は制御の段階に入った方がいい気がしていた。

 王魂。

 あのスキルのことを知る者がいれば、彼女が大王であると簡単に気づかれる可能性が出てくるからな。

 フレデリカは、大事そうに両手で抱きしめるようにメモを持った。



 彼女の隣にいる先生が声をかけてくれる。


 「ルル君。お元気で」

 「はい。先生・・・・先生もですよ!」

 「ええ。もちろん。私は元気であなたの帰りを待ってますよ」

 「はい!」

 

 先生の後は師匠がやってきた。


 「おい。ルル。こいつをルナに渡しおいてくれ」

 「ん?」

 「手紙よりかは、メモみたいなもんだ。一応俺からもあいつを励ましてやらんとな」

 「ハハハ。相変わらず師匠。お人好しですね。世話焼きですもん」

 「お前に言われたかぁねえわ」

 

 師匠は笑っていた。

 そして俺は大事な事を言い忘れていた。


 「ホッさん。頼みますよ」

 「うむ」

 「あなたが頼りですからね。王国だけじゃなく、ブルーコーストにも警戒してください。あと、お嬢様は駄目ですよ。この子は、ここではフレンですからね。フレンと呼んであげないと」

 

 俺がフレデリカの頭に手を置いた。

 そしたらフレデリカは手を払わずに受け入れてくれた。

 もしかして俺のことも受け入れてくれたのかと思って、俺は彼女に微笑んだ。

 ちょっと嬉しくなったのである。


 「わかってる。今後はフレン様と呼ぼう」

 「だ、駄目じゃん・・・あんた大人なんだよ。フレン様って言ってちゃ、お嬢様と意味合いが変わらないじゃん」

 「む・・・・むずかしい・・・・」

 「しっかりしなさいよ。ジャックとクルスだって慣れてくれたんだから。あなた大人でしょ。大人の意地見せなよ」

 「か、かたじけない・・・努力する」

 「うん、じゃあ任せましたよ。では俺はいってきます。みなさん、また会いましょうね。それじゃあ!」


 こうして俺は、恩人たちに大切な生徒を任せ、新たな旅に出た。



 ◇


 都市マーハバル。

 その西側の出口から歩いて一時間。

 飛空艇離着陸場に到着した俺は、目の前にドンと存在している飛空艇を見上げた。



 飛空艇は、四大陸を結ぶ重要な乗り物である。

 動力源は魔力だ。

 その魔力を供給するのはもちろん人である。

 莫大な魔力を運用して、空を飛ぶ飛空艇。

 そこに供給する仕事に就職できる人物は少ない。

 なぜなら、ここには決まった職業を持つ者だけが、魔力を供給することになるからだ。

 それが、『魔力動力士マジックタンク』と呼ばれるジョブになれた者だ。

 魔力動力士マジックタンクは、尋常ならざる魔力の量を保有できるジョブで、魔法を一切覚えることが出来ない不思議な内政系魔力放出ジョブである。

 なので、このジョブになった人は一人の例外も許さずに、飛空艇の運行職員に就職するのが常だ。

 大体、一つの飛空艇で10名ほどの『魔力動力士マジックタンク』がいて、彼らは交代制で各大陸を移動する飛空艇を運行する。


 ジーバード。ジャコウ。ジョー。ジョルバの順で運行して、世界を一年中飛び回るのだ。


 飛空艇は、大陸間をすぐに移動できる分。

 魔力消費も激しいので、一つ大陸を移動する度に職員の方の休憩が必要となり、大体一週間ほどはその大陸に滞在する。

 その間に飛空艇はホテルのようになり、その大陸の人が乗り込むための時間を生み出す。

 

 飛空艇の運行職員は、とても大変な職業だけど、とても人気なお仕事でもある。

 だから神からこの魔力動力士マジックタンクを提示された人は泣いて喜ぶのだそうだ。

 なんせこの仕事、話に聞くにめっちゃ給料がいいのだ。

 俺は、とある人と知り合って、いくら稼げるのかは詳しく教えてくれなかったが、数年働けばジジイになるまで遊んで暮らせるくらいに稼ぐことが出来るらしい。

 素晴らしい職業である。

 間違えた・・・羨ましい職業である。



 「でけえな。相変わらずさ・・・これは、シャルテ号か・・・」


 飛空艇は二隻ある。

 シャルテ号とヴィセンテ号である。

 由来はヴィセンテさんが飛空艇の発明者であることと、そのヴィセンテさんが飼っていたお気に入りの鳥の名前がシャルテであったからという、かなり単純な命名である。


 一隻の飛空艇がジャコウにある場合は、もう一隻は正反対の大陸のジョルバに置かれ、常に人が大移動できるようになっている。

 結構きめ細かい配慮がなされて飛空艇は運用されている。


 俺は入口で8万Gを支払い、飛空艇の中に入った。


 俺のチケットは、今日出立の即日チケットというものなので少々お安めで、お泊り付きのチケットだともっとする値段なのだ。

 大体二倍以上支払う人もいる。

 金持ちってすげえなと何度も思ってしまうのが、ここのチケット売り場だ。

 現に目の前の人のチケットは30万だった。

 ジョルバまで行くらしい。

 『たけええええええ』

 と思ったことは内緒にしよう。


 そして、俺がここで値段交渉しないのは、チケット売り場の人が大商人のジョブ持ちしかいないからだ。

 大商人のジョブを持っている人に、俺程度の取引は効かない。

 さすがは、格上の交渉術を持つ人たちだ。

 本当は安くしたいのにさ。


 「ああ。俺も大商人欲しいな・・・・チケット安くしてぇ」


 何て守銭奴みたいなことを言いながら、飛空艇の大ホールに向かった。

 全面ガラス張りの大ホールは、空を飛べば、自分が飛んでいるように感じる。

 一度その体験をしている俺は、それを楽しみに出発を待った。

 


 ◇


 飛空艇が浮き上がる時。

 独特な音が鳴る。

 風を切り裂くようなシューという高音が鳴るのだ。

 その音が地面とぶつかると、飛空艇離着陸場の上にある軽い砂のような土が吹き飛ぶ。

 薄茶の砂煙が巻き起こり、飛空艇は空を飛び出すのだ。


 「おお! 相変わらず、すげえ速度だ!!!」


 一度浮くとそこからは一瞬で、あっという間に空を飛ぶ。


 ◇

 

 飛空艇は、空を自由に飛び回る鳥のように風を切り裂いて前へ進む。

 俺の身体は今、自由になった。


 なんて、思いながら大ホールでは感じられない風を、俺は想像で感じた。

 しばらくして、それに飽きた俺はルナさん奪還計画を確認する。


 「えっと・・・まずは、ジョー大陸の中央。王都サーカンドに寄って、そこからルナさんの故郷はというと」

 

 ルナさんの故郷。

 侍の里『サクラノ』

 王都サーカンドの北の出入り口以外を囲うサーカンド山脈の奥地にある秘境で。

 そこは秘境らしく、よそ者立ち入り厳禁の里らしい。

 

 「ルナって名前を言えば、きっと入れるだろうって師匠は言っていたけど。ほんとか? 里は立ち入り厳禁って、昔ルナさんが言ってた気がするんだけど、本当に大丈夫なの??」


 と俺は先行き不安のままサーカンドの北西にある飛空艇離着陸場に到着した。


 ◇


 飛空艇から降りると空気感が少し違う。

 風は西から東へ、一定方向に吹いていて更に冷たい。

 さすがは風の大陸『ジョー大陸』である。

 この風が止むことがないのだ。


 「さむ! ヘックション!!!」


 実は四大陸は各々特徴がある。

 ジャコウ大陸―――水の大陸。

 ジョー大陸――――風の大陸。

 ジョルバ大陸―――火の大陸。

 ジーバード大陸――土の大陸。

 四つの大陸はそれぞれ別な特徴を持つからこそ、独自の発展をしているのである。

 それにこの四大陸の特徴を最も受けたのが、かの四大ダンジョンだ。


 俺たちジェンテミュールが制覇したのが。

 ジャコウ大陸の海底ダンジョン『マリンリアス』

 ジーバード大陸の迷宮ダンジョン『バイスピラミッド』である。


 水と土をクリアしたジェンテミュールは次にどこに挑戦するつもりだったんだろう。

 レオンたちは今はどこだろうか。

 もしかしたら、ジョー大陸の塔ダンジョン『ガルズタワー』かもしれない。

 地面から斜めに伸びた塔のテッペンを目指すダンジョンだ。

 あいつら、方向感覚を掴めるかな・・・。

 

 なんて、俺はレオンたちの事を久しぶりに考えながら、ひとまず王都サーカンドへと移動を開始したのだった。

  

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