第42話 俺の大切な生徒たち

 「ぐお! ぶ、無事か! みんな!!!」


 三人を思って気絶していた俺は、目覚めたと同時に叫んだ。

 起きたばかりで見た天井は見慣れた景色だった。

 ここはグンナーさんの部屋である。


 「・・・ん? ここは師匠の部屋か」


 全身の痛みを我慢して起き上がると、俺の周りには師匠じゃなくて三人がいた。

 俺が眠るベットの脇で仲良く三人が並んでうたた寝していた。

 この光景はお昼寝している可愛らしい子供のようだった。


 「俺を心配してたのかよ。こいつら」


 可愛い寝顔を俺に見せてくれて、俺の心は元気になった。


 「お! 起きたか。ルル」


 部屋の入り口付近のソファーから声が聞こえた。


 「師匠。すみません。師匠のベッド、俺が占領しましたね」

 「気にすんな。お前は、昔はこっちに寝てたろ。立場、交換だぜ! あははは」


 ソファーに寝ていた師匠は、俺が恐縮しないように冗談を言った。

 ぶっきらぼうな優しさである。


 「にしてもお前、一週間もぶっ続けで寝てたぞ。大賢者の時よりも寝たな……お前、何をしたんだ? 俺らが下に降りた時。先生がクルスを回復させたんだってガキどもが騒いでいてよ。マジで何をしたんだ?」

 「え。い、一週間も!?」

 「ああ。まったく起きなかったわ。ははは。あんな弱ってたのにお前ってよく生きてんな。丈夫に生まれてよかったな。ご両親に感謝しないとな」

 「そうですね・・・親父の頑丈さを受け継ぎましたかね」


 親父で思い出すとなると、すぐに思いつくことは、風邪一つ引かない丈夫な体である事だ。

 なにかで寝込んだところを見たことがない。

 俺のドアを蹴破るくらいにいつも元気満々だ。

 

 正直、あれはやめてほしい。

 俺の部屋のドア。

 あれで立て付けが悪くなったんだよ。

 

 「そうか・・・で? 今回は何したんだ?」

 「あ。まあ。聖女の力をですね。ちょっと使っちゃいましてね。はははは」

 「はぁ!? 聖女!?」

 「はい。普段なら使えなかったでしょうけど、この子らの事を思っていたらですね。スキルが発動できましてね。ついでに魔法も最高クラスのものを使用したので死にかけましたよねぇ。あはははは」

 「わ。笑い事じゃねえ。心臓に悪い弟子を持ったものだ。疲れるぜぇ。やめてくれよ~。俺より先に死ぬんじゃねえぞ。ったく」


 そう言って師匠はソファーに深く腰掛けた。

 天井を見て、「阿保が」を何回も繰り返していた。

 その後、気を取り直した師匠が話す。


 「お前、聖女の最高クラスの魔法ってなんだ?」

 「ああ。それは初期の聖光ヒールから派生する完全聖光フルオーバーヒールですね。レッドラインよりもブラックに近い。瀕死状態からでも完全に回復させてあげることが出来る究極の回復魔法です。これはエルだったら、一日三回まで、使いこなせるんですが、俺は一回で限界でしたね。てか、使えたのが奇跡でした」

 「マジかお前、常識を超えたバケモノにドンドン近づいてんじゃねぇかよ」

 「またまた、俺は化け物じゃないですって」

 「いや。もう十分バケモノだな・・・だってお前、四人の英雄職のスキルを使えるって事だろ。無敵じゃないか」

 「でも制限が掛かってるんですよ。無敵じゃないですって」

 「制限あっても無敵だわ。常識外れの馬鹿弟子!」

 「なにも、そんな言い方しなくても・・・」


 と会話をしていると、フレデリカが起きた。

 寝ぼけた様子は最初だけで、すぐにいつもの彼女に戻った。


 「る、ルル先生・・・お、起きたのですわ。無事なのですか」

 「お! フレデリカ。ああ、大丈夫だぞ。お前も元気になってよかったな。怪我もなさそうだし。ポーションでも飲んだか?」

 「・・は、はい。マインさんから軍の支給品の高級なポーションをもらいましたわ」

 「そうか。それはよかった。三人。無事でよかったな」

 「はい。ルル先生。クルスの足まで治していただいて、ありがとうございましたわ」

 「ん? 足が治った? え?」


 俺が戸惑っていると、フレデリカは満面の笑みで答えた。


 「はい。クルスの悪かった足も治ったのです。ですから、ワタクシはあなた様に、クルスの主として、お礼を致します。今のワタクシはあなた様に何も返せるものがありませんが、ただ気持ちだけを・・・」


 フレデリカは俺のベッドの脇に立ち、深く感謝を示した。


 「テレスシア王国のフレデリカ・キーサ―は、あなた様のその慈悲と慈愛に満ちた行動に感謝いたしますわ。この度の件は、ありがとうございました。いつか、この御恩を必ずお返しします。ワタクシの大切な友人二人を守って下さり、ワタクシは・・・感謝の言葉しか出て来ません。本当にありがとうございました」


 とフレデリカは、頭を下げて、身体を深く沈めて貴族流の最大の敬意を示してくれた。

 

 「いいんだ。別に気にすんな。俺は大したことをしたわけじゃないし、お前らの為にやったんじゃない。俺の為にやったんだ」

 「え? どういう意味でしょうか?」

 「いいか。俺の今の目標は、『お前らがこれからも一緒に生きていけるようにする!』なんだ。だから今回の件は、俺が勝手にやったことなんだぞ。お前がそんなに感謝を示さんでも、俺はこれからも勝手に守ってやるんだ。な! だから、いちいち俺に感謝してたら、お前の感謝の言葉が足りなくなっちまうぞ。ほれ。笑え。俺は感謝よりもお前たちが笑ってくれる方が幸せになる。ほれほれ」


 俺がフレデリカの両方のほっぺたを摘まんでグリグリした。

 お前たちの笑顔が、今の俺の一番の薬なんだ。

 感謝も嬉しいけど、俺はそっちの方が嬉しいんだ。 


 「は、離してくださりますか!!! もう・・・せっかくワタクシが・・・もう!」


 と、ちょっとプリプリ怒ったフレデリカであった。


 「む・・・むむ! ルル先生」

 「おお。クルス。起きたか」

 「は、はい。起きました。あ、あの・・・ぼぼぼ僕、足が治ったんですよ。先生のおかげなんです」

 「よかったな。なんか、たまたまだけど。よかったな!!」


 そこまでの効果があると俺は思っていなかった。

 奇跡って凄いね。

 と思ったのは内緒にしておこう。


 「はい。一生治らないものだと思っていたので、嬉しいです」

 「そうか。それじゃ、今度からはビシバシ鍛えてやるぞ。加減しないぞ」

 「は、はい。お願いします」

 

 クルスの誓約の代償の効果は切れただろう。

 だから新たなものが必要であると俺は思った。

 そこで。


 「クルス!」

 「はい。先生」

 「以前のお前の代償は言葉だったな」

 「はい。そうです。なぜそれを・・・」

 「まあ、俺ならば、そんなことは容易に推測できるのよ! まあ、そこは話の本流じゃないんで、置いてと。で、今のお前は代償が切れた。そこで新たなものを決めよう」

 「新たな代償ですか・・・また言葉でしょうか」

 「いや。俺はお前の代償を、戦う時の不殺にするべきだと思う」

 「不殺?」

 「ああ。お前の代償は敵を殺さない。だから、棒術を極めることで。敵との戦闘は叩きのめすか、捕縛することをメインにしよう。これを守れば上手く自分を成長させることが出来ると思う。お前のジョブは幸いにも祝詞神官だ。これも不殺と相性がいいと思う」

 「…わ、わかりました。それを心に誓います!」

 「おう。頑張れ。俺は応援してるぞ! な!」


 クルスの頭に手を置くと、彼は嬉しそうにして笑った。

 俺が見たかったものをすぐに提示してくれるとは、良き生徒である。


 「よし。二人とも寝ろ。俺のことを心配せんでもほれ。動けるようになったからな。安心して寝るんだ。ジャックのようにな」

 「zzzzzzzzzzz」


 すやすやと眠るジャックは、起きてこなかった。

 彼は幸せそうな顔をしているので、俺も幸せな気分になっていた。


 「そ、そうですわね。眠ります」

 「・・・僕もそうします」


 少々戸惑った二人は大人しく眠りについたのであった。



 ◇


 二人が眠ってから少し時間が経ち。

 師匠と俺の二人きりになった。


 「お前、まだ体が上手く動かないだろ。俺には分かるぞ」

 「ははは。バレましたか。さすがに立ったり座ったりの動きは、無理がありますね」

 「そうだろ。ガキどもに心配させまいと無理しやがって。アホ弟子」

 「師匠だって、同じ立場ならばああいう風にしますでしょ。だから俺は、師匠が俺にやってくれたことをこいつらにやってあげているだけですよ」

 「ふん! そう思ってろ。俺は、お前みたいな甘々な師匠じゃないわ」

 「ははは。照れてる!」

 「うっさい!」 


 俺がからかったら、師匠は俺の頭にチョップしてきた。


 「いで! さっき、俺の体の心配したじゃないですか。叩くことないでしょ!」

 「いいんだよ。俺は師匠だからな」

 

 師匠は照れると少し暴力的である。


 「お前、その体を癒したら・・・」

 「はい。ルナさんのところに行こうかと思います」

 「やっぱな・・・そうするよな・・・お前なら・・・・」


 師匠はしばらく沈黙した。だから俺は少し違う話題を振った。


 「そうだ。あいつら、ブルーコーストでしたか?」 

 「おう。そうだったぞ」

 「やはり。そういえば、ホッさんはどうなりましたか?」

 「そうだな。説明してなかったな。お前が下に行く前に、最初に突撃したホイマンはアジトで暴れ回ってくれてな。敵をほぼ全滅させたんで、出口から出てきた敵は、たったの五人だったわ。俺たちはその敵を楽勝で拘束して、この施設の特別牢で、きつい尋問にかけたわ。んで、経緯を簡単に説明すると、奴らがフレデリカたちを襲った理由は単純な身代金の要求だったらしい。あいつらの事情を知らずにたまたま攫ったらしいぞ。その話は、フレデリカたちと一致しててな。親の居場所を吐けと歯が抜けてる男に言われていたみたいだ」

 「そうですか。知らずにあの子を誘拐ですか。そいつら、運が良いのか、悪いのか」

 「良くはないだろ。こっちにはルルがいたからな。いない時だったら効果的だったろうけどな。でもなぁ。まあ、奴らもこっちに最高クラスの追跡術を持つ男がいると思わんだろうな」

 「ははは。まあ、俺の追跡は頭が痛くなるからここぞという時にしか使わないですけどね」

 「ふん。それでもお前とリョージがいれば、どこに誰がいようとも見つけることは簡単だろうな」

 「まあ、リョージさん、特殊ですからね」

 「ああ。あいつ、変わってるもんな」

 「ええ・・・し・・・ええ」


 『師匠も』と言いそうになったので、ええっと二回言ってごまかした。

 冷や汗を隠しながら会話を続ける。


 「そんで、お前、回復次第で行くんだったな。どんくらいで回復するんだ?」

 「そうですね。この感じだと、あと一週間くらいですかね」

 「そうか。すぐ行くか?」

 「いいえ。一か月後に行きます。少し体がなまってるだろうから、冒険者ギルドで討伐クエストを受けて、リハビリしてからですね。ついでにお金も貯めて、失礼のないような形でルナさんを迎えに行きますよ」

 「そうか・・・悪いな。ルナを頼むわ」

 「ええ。任せてください。パンケーキも食べさせてあげたいんで、修行します」

 「????」


 と師匠が疑問に思ってこの会話は終了した。

 翌日からの俺は、スキル『応急手当』を使用して、徐々に体を回復させていった。 

 子供らは俺の事をよほど心配しているのか。

 授業が終わる度に俺の所に来る。

 というかホンナー先生も心配しているのか。

 俺が休息している軍の施設で授業をしていた。


 皆、俺の事を何だと思っているのだろうか。

 そんなに心配かけるような頼りない男であるのでしょうか?

 そこんところ、教えて頂けると嬉しいです!!!

 無職だから、そこんところ、不安に思いやすいです!!!



 とまあ、盛大に愚痴を言っても仕方ないので、この後の俺を少々ご紹介しよう。


 

 ◇


 体が回復した俺は、フレデリカたちの実践訓練を手伝い。

 空き時間には冒険者のクエストをやり、あと一つ大事な事を修行した。

 それは。


 「すみません。こんな感じですか?」

 「お! ルルロア君。君は筋がいいね」

 「ほんとですか。嬉しいですね」


 頭三個分の長いコックの帽子を被っている料理人のギンドールさんに修行をつけてもらった。

 実は俺はすでにスキル『料理』を持っている。

 料理人の初期スキルである。

 これもだが、アルバイト生活で培ったスキルである。

 

 そして、ここで作る料理はもちろん、あれである!


 「ん! 焼き目に。フワフワの食感も。バッチリだ! これならお店に出してもいいくらいだよ」

 「本当ですか」

 「うんうん・・・それにしてもルル君。なんで作り方を勉強してるの?」

 「いや、食べさせてあげたい人がいるんですよ」

 「お! 恋人かな」

 「いえいえ。恩人です。師匠と言ってもいいです」

 「ほほう。師匠・・・女性なの?」

 「ええ。いつもパンケーキを食べたいって、上司に言ってる人なんですけど、その上司は必ずおにぎりをその人に奢るんですよね。だから俺が直接食べさせてあげようかと」

 「え? パンケーキとおにぎりって・・・・全然違う食べ物じゃない?」

 「そうですよね。酷い上司ですよね。ははは」

 「そうだね。はははは」


 と、店長さんと共に師匠の酷さを笑った。

 俺はこの一か月でパンケーキ修行をしたかったのだ。

 どうせ、ルナさんの里には、パンケーキがないだろうから、俺が直接作ってあげることにしたのである。

 俺はこうして、着々と迎えに行く準備を進めていったのである。

 次の俺の目標は、ジョー大陸でルナさんを迎えに行くことである!!!

 

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