第41話 ルルロアの親友の力
二人の敵を倒した直後。
「クルス! クルス!」
フレデリカの叫ぶ声が後ろで聞こえた。
その声は悲痛な叫びだった。
敵討伐の確認をしていた俺はすぐに振り返る。
「どうした。フレン」
「クルスの呼吸が・・・弱いのです。目も覚ましません」
「なに」
俺はクルスに駆け寄り、呼吸よりも先に心臓の音を聞く。
弱い。
トクンと一つの鼓動音が徐々に弱くなっている。
顔の原型が無くなってしまうほど殴られたクルス。
そのダメージは計り知れず、心臓が限界を迎えていた。
殴られ過ぎてしまったんだ。
クルスの頑丈さが逆に仇となったようだ。
今にも全てが止まりそうだった。
俺はすぐに『医学』を発動。
「ま、真っ赤だ。レッド反応・・・しかも黒い反応が徐々に出てきている・・・まずいぞ。このままでは死んじまう。この色ではポーションが効かん」
「え・・・そ、そんな。クルス、クルス。死なないで」
フレデリカの泣いている声で、ジャックが起きた。
「ん・・ルル先生」
「ジャック。起きたか」
「せ、先生……あ!・・・く、クルス・・・クルス!?」
眠るようにして意識がないクルスに、ジャックは気付いた。
彼が一生懸命クルスを揺らしている姿に、俺の胸に込み上げてくるものがある。
マルコさんを失った時の俺を見ているようだ。
あの時は遺体が無かったけど、それを思いださせる受け入れがたい現実だ。
「・・・じゃ、ジャック」
最後の奇跡なのか。
命尽きかけているクルスが目を覚ました。
「「クルス!?」」
やはり俺の読み通り、クルスは言葉が話せた。
クルスは誓約の力で言葉を封印してきたんだ。
自分の最期だから、その制約を外したのかもしれない。
「あと・・・あとをたのみます・・・ジャック、フレデリカ様を・・・」
「クルス!? クルス。死ぬのは許しません。ワタクシを置いて死ぬのは許しませんよ」
「私も嫌です。クルスが死ぬのは嫌です。生きてください」
「フレデリカ様・・・ぼ・・・僕は・・・あなたの従者になれて、おそばにいられて幸せでしたよ・・・十三年生きて一番幸せでした・・・あ、ありがとう・・・ござい・・ました」
「クルス!!」「クルス!!」
二人が、クルスの手を左右から握っても、反応が帰ってこなかった。
消えゆく命を二人はただ見守るしか出来ない。
俺も同じだ。無力だ。
だけど俺はそれを捻じ曲げてやる。
「駄目だ! お前は子供なんだぞ。死ぬのは絶対に許さん! 俺は最後の可能性に賭ける」
「せ、先生!?」
「どいてろ。二人とも。とっておきを出す。他言無用だ」
俺は一度も成功したことのないスキルを展開させた。
両手を胸の前において、祈るポーズをして呼び起こす。
「愛を。夢を。希望を。人々の願いを。『聖なる祈り』」
『聖なる祈り』
それは聖女の初期スキルだ。
内容は邪を払う。命を救う。
光魔法と回復魔法を扱えることだ。
――――
とあるモンスターの討伐クエストを達成した後のこと。
エルミナが俺に近づいてきた。
「ルル、怪我をしたのですか」
「ん? 大したことはないぞ。俺のスキルで回復させたし」
「でも、傷が残ってます。私が治しましょう」
「いや。別にいいんだ。こんなの唾つけておけば治るし。それにエルの魔力がもったいないだろ」
「駄目です。傷に唾なんて不衛生ですよ! そんなことでは治りませんよ」
「・・・いや、物の例えだし・・・」
エルミナは変なところで天然である。
意外に頑固なところもあるので、結局俺は彼女の言うとおりに治療を受けた。
俺が回復魔法を受けている時にもこんな会話をした。
「エルさ。聖女の魔法ってどんな感じなんだ? 凄く効くよな。ほれ、綺麗に治るわ」
「…んんん・・口でお伝えするのは難しいです」
「神官術とは違うのか?」
「同じだと思います。ただ・・・」
「ただ?」
「聖女は思いがないと駄目かもしれません」
「思い?」
「はい。この人を守りたい。この人を治したい。この人の役に立ちたい。その思いがあって初めて聖女は力を発揮すると思います。思いの力の違いで神官術の力が変わっていくのを感じますからね」
「そうなんだ・・・へぇ~・・・ん?」
回復魔法の行使を終えたエルミナは、俺の両手を包み込むようにして握っていた。
「ルル。私はあなたを守りますよ」
「お! そうか。じゃあ、俺もエルを守ってやるよ」
俺はその彼女の手を握り返して軽く答えた。
「本当ですか!」
彼女が顔を近づけてきたので、俺は少々どぎまぎした。
「お。おお。もちろんだ。俺たちはいつも一緒だからな。はははは」
「そ、そうですよね。私・・・たちはいつも一緒ですものね・・・」
なぜか、最後にエルミナは少しだけ悲しそうな顔をした。
――――
聖女の力は思いの力である。
今、その思いは俺にある。
ありまくりだ。
大切な生徒が倒れているんだぞ。
でも俺は今まで彼女のスキルを上手く発動させた試しがない。
もしかしたら、俺が男だからか。
それに、この力の反動は、他の三人のスキルを遥かに上回る。
体中が軋み始めた。
骨が折れそうになるくらいの圧が外からかかってくる。
筋肉が引き裂かれそうになるほどの圧だ。
「ぐふっ・・・ち、力をさらに使うぞ・・・俺にとっちゃ、禁じ手だけど。エルの初期スキルから発生する最高の魔法を・・・重ねてみせる『
俺はクルスの身体に聖女が持つ最高魔法の光を注いだ。
『
エルミナであれば、これを完璧にこなして、一日三回まで使用できる魔力を持つが。
俺は、そもそも聖女の力を完璧に扱えない。
男の俺では拒絶反応を起こしているのかもしれない。
「がはっ・・・血がこんなに・・・くそ。無理か・・・」
吐血量がかなりであった。
力の反動がデカイのが明確だった。
「せ、先生・・・な、治せるんですか!」
「ジャ、ジャック。すまんな。治してやりたいが・・・俺が男だからなのか。聖女の力を上手く扱えん。クルスの顔色だって変わらんだろ。それに心臓がもう弱って・・・無理かもしれん」
「そ、そんなぁ・・・」
弱音は吐いている俺だが、まだ諦めきれずに弱い光をクルスに向けていた。
それを見ていたフレデリカが。
「わ、ワタクシならば・・・ワタクシならば女であります。力が使えますか」
「む、無理だな・・俺の探究者を持ってないし。それにお前はあいつらに会ったことないしな。使えるわけがないんだ。すまん」
「そ・・そんな・・・嫌です。ワタクシは、クルスが死ぬのは嫌です。クルス・・・クルスーーーーー」
叫んだ彼女が俺の手の上から、クルスを抱きしめた。
すると、魔法の力が少しだけ変化した。
俺は魔力が増幅された感覚を得たのだ。
「なに!? も、もしや・・・これは」
王にはいくつかルートが存在する。
支配者。
覇道。
王道。
といったルートがあるのだが、大王にはそのルートが存在しない。
それは本人の意思により、勝手にスキルを取得できるのだ。
そして、この中で、味方を強烈に強化するスキルがある。
それは、王道スキルの『臣民と共に』である。
自分のそばにいる人の長所を強烈に強化するスキルだ。
「そうか。今の俺が聖女の力を出しているから、これが最大の長所だと、フレデリカのスキルが思ったのか・・・・それにだ。フレデリカが俺に触れて共鳴が激しくなったか・・・そうか!」
俺は一か八かの賭けに出ている状態で更に一か八かの賭けを重ねる。
「フレデリカ! 願え! 俺がクルスを回復させるとな! そしてフレデリカ、俺の手にお前の手を重ねろ! おそらくだが、俺とお前がより近くにいれば、俺とお前のスキルがさらに共鳴するかもしれん。お前の意思を俺の魔法とスキルに重ねるんだ」
「え!?」
「フレデリカ。絶対にクルスを助けるんだって。ジャックと共に願うんだ! いいか、人の願いを叶えるのが聖女。人の思いを果たそうとするのが大王だ。だから、俺たちでクルスを完全に回復させるんだ! いいか。信じろ。自分と、お前の隣にいるジャックとお前のそばにいる俺を。三人でクルスを治すんだって! 絶対治すんだって。さあ、俺の手を掴め。いいかフレデリカ、クルスの命を掴むぞ!」
「わ、わかりましたわ」
「はい!」
フレデリカは俺の手に重ね、ジャックはその隣でフレデリカを支えた。
二人の願いはクルスの笑顔。
俺の願いはクルスの笑顔とこいつらの笑顔。
その顔を曇らせるわけにはいかない。
だから、必ず治すんだ。
最後に四人で笑うんだ。
「もう一度やる。俺の身体なんて関係ないぜ。『
俺の叫びに。
「クルス。私も君の無事を願ってます! 神よ・・・先生・・・フレデリカ様・・・どうか、クルスに命を・・・」
ジャックは願い。
「お願いします。クルス。目を覚まして。ねぇ。あなたとジャックがいないとワタクシは・・・この先を生きられませんよ。ワタクシと緒に生きましょうよ。ねえ。クルス」
フレデリカは優しい思いを願いに込めた。
俺の軋む体は徐々に変化していく。
手の震えは止み、筋肉の激しい収縮が治まっていく。
どうやらフレデリカのスキルが俺を大幅に強化してくれているらしい。
スキルと魔法という少々無茶をしている状態でも、楽になってきた。
「き、来たか。ついに、完璧な聖女の力が・・・。ありがとよ、フレデリカ。これでいける。ここで、決める!!」
ここが踏ん張りどころだ。
俺の全魔力を注いだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
叫びと。
「クルス! こっちに戻って来い!!! 勝手に逝くな!」
願いを込めて。
俺の『
聖女の魔法の輝きが、クルスの全身を照らした。
◇
「む・・・い・・・生きてる」
全ての傷が癒えたクルスは何事も無かったのように起き上がった。
「く、クルス! よかった・・・本当によかった」
ジャックは泣きながらクルスに抱き着いて、フレデリカは。
「・・・く・・・・クルス・・・ワタクシの大切な・・・お友達・・・クルスとジャックが無事です・・・うわあああんんん」
その場で泣き崩れた。
フレデリカは、二人を友達と認めて、友達が無事で、友達が何よりも大切な事に気づいた。
その光景を見て俺は安心した。
「そ・・・そうか・・・よかったな・・ふ・・れ・・・で・・・」
薄れゆく意識の中、三人の声だけが聞こえる。
「せ。先生! ルル先生!!!」
ジャックの心配している声が聞こえる。
「ぼ。僕。無事?・・あ、ルル先生!!!」
初めて俺の名を呼んでくれたクルスの声が聞こえる。
「・え!?・・る、ルル先生!!!」
フレデリカも俺の事をルルと呼んだ。
それはとても嬉しい事だったが、残念な事にその声は遠ざかっていく。
俺の意識は次第に薄れていった。
でもこの最後の瞬間が最高に幸せな瞬間だった。
ああ、俺はこの時の為に、英雄の力を手に入れたんだ。
きっと、この子らの笑顔を守るために。
俺は、聖女の力すらも手に入れたんだ。
よかった。三人が一緒で。
よかった。フレデリカが二人を友達だと思ってくれて。
こいつらが無事で、本当によかった・・・。
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