第38話 従者の心
ドルーリー家とホワイト家。
この二つの家は領土が隣接している。
通常、隣同士の貴族と言えば、仲が良いなどありえない。
領土についてとなれば、なおさらである。
貴族の領土は生命線。
いざこざなど日常茶飯事である。
争いが絶えないのが世の常だ。
なのにこの両家は、隣同士であるというのにとても仲が良かった。
その仲の良さの象徴が、三年前に現れた。
それは・・・・。
ジャック・ドルーリーの10歳離れた兄 バロン・ドルーリー。
クルス・ホワイトの8歳離れた姉 キャシー・ホワイト。
この二人が婚約するくらいに、両家は仲が良かったのだ。
両家の両親は二人が恋仲となり婚約まで発展したことに、とても喜んだそう。
その二人の弟であるジャックとクルスも仲が良く、この四人は共に仲が良かった。
両家は一つとなりて、繁栄の道を辿ることとなる。
ここまで順調な家は、テレスシア王国の貴族では珍しいであろう。
だが、一つだけ順調じゃないことがあったのだ。
それは・・・
◇
ジャックが9歳。クルスが10歳の時の話である。
足の悪いクルスは自分の部屋で横になっていることが多かった。
何も出来ないと悲観することが多い彼は、日々をそうやって過ごすことが多かった。
「クルス! 見ましたか! これを見てください」
「え。なにを?」
クルスは、いつも元気に話しかけてくれるジャックが大好きだった。
「ほら! この記事です!」
ジャックはクルスの前に新聞紙を広げた。
一面に書かれているのは。
四大ダンジョンの一つを達成。
海底ダンジョン『マリンリアス』をクリア!
前人未到の海底ダンジョン制覇を成し遂げた記事であった。
「おお! 凄いですね」
「そうでしょ。クルス。冒険者って凄いですね」
「僕も・・なってみたかったな・・・冒険者・・・」
「お! なりましょうよ! 私と一緒になりましょう」
「えええ。僕はこの足だよ。普通に歩くのも難しいんだよ」
「歩けるようになりますよ。どこかいいお医者様に見せれば」
「無理だよ。僕は。それに僕はもうお役目もないでしょうしね。歩けても意味がない。バロン様がこのホワイト家も継いでくれますし。本当に僕は生きている意味がない」
「・・・・・」
二つの家は一つとなることが決めていた。
クルスの足を考慮した両家の親たちは、クルスを隠居させて面倒を見ようと思っていたのだ。
それを快く了承したのは優しい姉とジャックの兄のバロンで、彼もまたクルスの事も自分の弟のように思っているので、最後まで面倒を見ようと思っていた。
だが、それがクルスにとっては重荷であった。
役に立たないお荷物を新婚さんに押し付けるような形にクルスには感じ、それにクルスは大好きな二人である分、迷惑をかけ続ける人生を歩まねばならぬのかと、それだけが辛かったのだ。
優しくて悲しいすれ違いであった。
◇
この年。
天啓を得たクルス。
彼のジョブは祝詞神官。才能は誓約であった。
祝詞神官は、言霊を魔法にして、自分の思いを魔法に乗せて味方を守るという神聖な神官である。
誓約は、約束を守ろうとすると力を発揮する。
そして誓約をした場合に、代償があるとより力を発揮できるといったものだった。
ジョブとタレント。その両方が強力なものであった。
だが。
意味のない。
僕には本当に意味のないものだ。
この時のクルスには、この才能はいらないものだと思っていた。
◇
8歳となったフレデリカ。
王国の8歳は、区切りの歳として扱われており、誕生会という名の祝賀会が開かれる。
そして、そこから自分の従者を決めるのだ。
祝賀会で自分と近しい年齢の貴族たちと出会うことで、一か月後に開かれる従者選定の儀を執り行うのが王国の習わしであった。
だからこの行事は重要な位置づけのものであった。
クルスは当初。
親にこの誕生会の参加を断ったのだが、これは強制参加行事であったがために、頼むから参加してくれないかと、強く両親からお願いされたことで、渋々行くことを決心した。
クルスの親は、車イスで王女様の前に立つのは失礼だとして、クルスには悪い事をしていると分かった上で泣く泣く杖での参加を義務付けたのである。
◇
クルスはパーティーが始まる前に、会場の建物の脇にある庭園で花を見ていた。
すでに会場入りする者が多くいる中で、彼は出来るだけ他の貴族の目に付かないようにしていたのだ。
杖を使ってゆっくりと歩くクルスは、ジャックと共にいた。
ジャックはクルスの腰を支えて、歩きやすいようにしてあげていた。
「ジャック。花・・・綺麗だね」
「うん。王宮の花は綺麗ですね。私たちの家にも植えましょうか。参考にしましょう」
ジャックは、いつもクルスに明るい言葉をかける。
それがクルスには心地よかった。
「あ、踏みつぶされてる。僕、直すよ」
「なら枝を取ってきます」
クルスは庭にあった大きな花壇の花じゃなく、小さな花壇にあった少しだけ潰れた花を直してあげた。
隅にある花壇は手入れが届いてなかったのかもしれない。
丁寧な修復作業は、元通りとまではいかずとも、何とか花としての装いは保てたようだ。
「よかった・・・これで君もまだ生きていけるでしょう。僕と一緒だ。支えてもらわないと生きていけないのはね」
クルスは最後にバランスを整えるために、ジャックから貰った枝を使い、添え木をつけてあげた。
「おお。クルス。上手くいきましたね」
「うん。ジャックのおかげだよ。はははは」
「ん? 私はこの枝を持ってきただけですよ。直したのはクルスですよ」
二人は協力し合って、今まで生きてきたのである。
そして。
そんな仲睦まじい二人の様子をフレデリカは会場の脇にある別室の窓から見ていた。
「あ、あの方たちは・・・」
二人の心優しい行動を終始見ていたのである。
◇
パーティーでの挨拶を終えるとすぐにフレデリカの元には下衆な貴族共とその子供たちがやって来る。
「フレデリカ様。私は・・・」
「フレデリカ様・・・」「フレデリカ様・・・」
貴族たちが自分の名を呼ぶ。
それが無性に嫌だった。
気持ちが悪い。
嫌悪感で吐き気を催す。
それは、自分に近寄る子供たちが、小さいながらも貴族であったからだ。
自己中心的な物言いで、自分があなたの従者に選ばれるはずだと思う自尊心が。
フレデリカの気分を悪くさせていた。
「・・・はい。ワタクシ、少し疲れたので、休ませていただきますわ。あそこに座りますわ」
フレデリカは全てに断りを入れて、会場の隅にある長椅子に座った。
そこは、この会場にいる人ならば、誰もが座れる椅子。
でも、彼女が座ればそこは聖地となる。
話しかけるなという空気を出している彼女の周りには、人が消えていた。
だが、ここにはもとより座っている少年がいたのである。
ぼうっとした顔をしているクルスである。
「・・え、あなたは・・・」
「あ! 僕はクルスです。あなたは辛そうですね。色んな人に声をかけられて。僕なんか誰も声をかけてくれませんからね。その苦しみは、分かりませんね。はははは」
「あ、あなた、ワタクシを知らないのですか?」
「え? すみません。僕……さっきまで外にいたので、お名前知らなくて、申し訳ありません。パーティーの最初の方に間に合わなくて、この足じゃ移動が遅くてですね。だから僕は皆さんが誰だか知らなくて、すみません」
「謝らなくてもいいですわ。あなたは何も悪い事をしてませんわよ」
「いえ、お姫様のお祝いの席に遅れる貴族など・・・・はぁ、後でお父様に怒られそうです。どうしよう」
「ふふふ。あなたは面白い人ですわね」
二人はそんな会話をしていた。
フレデリカは不思議とこの少年と会話しても気持ち悪くならなかったのだ。
彼の誠実な人柄を気に入ったのかもしれない。
「クルス~~。美味しい料理を持ってきましたよ。一緒に食べましょ~~~う・・・・・っておおお、お、お姫様!?」
先に会場入りしていたジャックは、クルスのために料理を運ぼうとしていた。
だが、ここでクルスの隣にいるフレデリカに驚いてしまい、落としそうになる料理を震える手で支えた。
「あら、お友達ですか?」
「はい。僕の大切な友人のジャックです・・・・・・え・・・お姫様・・・おひめ・・・さま?!??!?!?!!」
クルスはここでようやく隣にいる少女がお姫様であることに気付いた。
「ご、ご無礼を。姫君。姫君の隣に座るなど。私の友人が知らずしたことなので。どうかお許しを」
止まってしまったクルスの代わりにジャックは、跪いてまで無礼を取り消してもらおうと嘆願したのである。
「そんなにかしこまらなくていいですわ。あなたがジャック。あなたがクルスですわね」
「…え、あ。はい。僕がクルスです」
「そ。そうでございます。ジャックでございます。姫様」
「覚えましたわ。それでは。またお会いしましょう」
そう言って笑顔のフレデリカは、去っていった。
二人は命が助かったとホッとしてから、しばらくその場で呆然とした。
◇
運命の従者選択の日。
候補者の8名は、彼女の部屋に通された。
一言メイド長と会話をした後に、一列に並ぶ。
皆は、彼女が自分の前に立つ時を待つ。
「それでは、姫様が従者を選びます。姫様が立ち止まると、目の前にいる者が従者となります」
メイド長がそう宣言したことで、8人の緊張が増した。
8人の震える手は歓喜に包まれるか、絶望に落とされるか。
運命の選択をフレデリカがした。
左の端からゆっくり歩いた彼女は、大貴族の子らを飛ばし、真ん中にいた少年の前に立った。
「あなたにします」
「・・・わ、私ですか・・・え」
自分が選ばれると微塵も思っていないジャックは驚きで聞き返してしまった。
その無礼さに気づいたジャックはすぐに謝る。
「も。申し訳ありません。失礼しました。あ、ありがたく……あなた様の従者となります」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
微笑んだフレデリカにジャックは女神のような優しさを見た。
そして彼女は、再び歩き出した。
まだ人を選ぶようである。
ジャックの次、その次と移動していき、右の端にいる遠慮がちに杖を使って立つ少年の元に。
「ワタクシは、この方も従者にしますわ」
「…ぼ、僕も・・・ですか」
この決定にはさすがのメイドや執事たちも驚いた。
足の悪い従者など、見たことがない。
なのに、フレデリカは自信満々にこの人がいいと言ったのである。
「さ、さすがに僕では・・・」
「そうです。私を選んだ方がいいに決まってる。そんな出来損ないみたいな奴に私が負けるはずがない」
大貴族の息子は怒りに身を任せて大声を出した。
自分がそいつよりも劣っているわけがない。
どうしても言いたくて仕方なかった。
「これは勝ち負けじゃありませんわ。この方の優しい心を、ワタクシは気に入ったのですわ。あと、出来損ないとは何ですか!!! この方はもう、ワタクシの従者です。無礼ですよ!!」
フレデリカの言葉の力が、子供たちを少しだけ恐縮させた。
実はフレデリカはこの頃から力の片鱗を出していた。
相手を恐怖に陥れるまではいかないが、その力は確実に同年代には効いていたのである。
「う・・」
大貴族の息子は引くしかことしかできない。
悔しいがここは大人しくと、歯がゆい思いのまま一歩後ろに下がった。
「以上の二名が、ワタクシの従者です。二人はワタクシに忠誠を誓ってくれますか」
「はい。フレデリカ様」
ジャックがすぐに返答。
だが。
「し、しかし・・・僕は・・・この足では・・・あなた様をお守りすることはできないかと」
クルスは悩む。
やはりネックは足の悪さ。
いざという時にお荷物になるかもしれない自分が、お姫様のそばにいても何の役に立つのであろうか。
クルスの思いは当然のことだった。
「いいのです。ええ、もちろん承知の上なのですわ。でもワタクシはあなたがいいのですわ。いいえ。間違いました。ワタクシは、あなたがいいのではない。ワタクシの従者となるのは、あなたしかいないのです!」
優しくクルスの頭を撫でた彼女。
その慈愛に満ちた彼女の声とその表情にクルスは涙して、忠誠を誓う。
「…わ、わかりました。この身。全てを捧げて、僕はあなた様を生涯お守りします」
「はい。よろしくお願いしますわ」
こうして、二人の従者は、自分の生涯を捧げて、フレデリカを守ることを決めたのだ。
のちに訪れる王国の一大事件『第五王女フレデリカ暗殺事件』
それにジャックとクルスも巻き込まれる形となり、二人も表向き命を落とすこととなる。
その時にクルスは、言葉を代償にして、身体を動かすこととしたのだ。
動けない体では、フレデリカを守ることはおろか、その長き逃亡の旅についていくことさえできない。
だから、彼は言葉を犠牲にしてでも、彼女についてきたのである。
フレデリカを守る。
ただそれだけの為に声を犠牲にした。
彼の誓約は彼女を守ることである。
たとえ彼女とまともに話せずとも、彼女を守る事だけが彼の生きがいなのだ。
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