第37話 フレデリカ誘拐事件
この日のルルロアとホンナー。
そして、ホイマンとフレデリカたちに、失態があったと決めつけることは出来ない。
なぜなら、この事態は、ちょっとした間違いから始まっていたからだ。
それはコップに出来ていた小さなひび割れをそのまま放置して水を注ぎ、いつの間にか机の上にこぼしてしまったかのような些細な事と同じようなことであった。
その結果として、机の上に漏れた水で慌てる羽目になったという話だ。
第一のちょっとした間違いは。
ルルロアとホンナーが、ホイマンのみで三人の課外授業が出来ると判断してしまったことである。
王国騎士団の騎士という肩書に絶大な信頼があったのが仇となった。
第二のちょっとした間違いは。
ホイマンとジャックが、フレデリカの事を『お嬢様』と呼んでいたことである。
彼らが『フレン』と呼び捨てに出来なかったことがこの事件の呼び水となった。
だから、フレデリカを守るためには、二人に強制を働かせ、フレンと呼ばせるように訓練すべきであったのだ。
このようなちょっとした間違いが、このような出来事に繋がっていくのである。
◇
校舎を出た四人は、都市の中央の市場通りに出た。
通りを行き交う買い物客が多い中で、ホイマンがフレデリカに聞いた。
「お嬢様。どちらへ行きましょうか」
「ホルスさんは、見学する場所を知らないのですか? ワタクシたちはてっきり先生に目的の場所を聞いていたのかと思っておりましたわ」
「ルルロアとホンナー先生は、三人が行きたい場所に連れて行ってあげなさいと」
「そうですか。ジャック、クルス。行きたい場所はありますか?」
悩んだフレデリカはそばにいる従者の二人に聞いた。
「私はどこでも。お嬢様が行きたい場所に行きます」
「む!!! むんむん!!!」
ジャックと同じ意見であるとクルスは首が取れる勢いで頷いた。
「そうですか。行きたい場所・・・私にはありませんね。この都市の事を詳しく知りませんわ。ジャック、クルス、どうしたらよいでしょうか?」
「では、前にルル先生に連れて行ってもらった屋台通りはどうでしょう?」
「・・・そうね。そうしましょうか。そこがいいかもしれませんわね」
ジャックの提案に乗ったフレデリカは、行き先を屋台通りとして、ホルスに護衛を頼んだのである。
◇
何でもない普通の会話。
それをここで、聞いていた人物たちがいた。
海のように透き通った青のペンダントを胸に装着する影の軍団。
お嬢様というワードが耳に入った賊共は、彼女らの近くで足を止めて、一般の買い物客に混じり、会話を聞き入っていた。
フレデリカたちが移動を開始すると、二人がその場で軽く話す。
「ジャキロさん」
「ああ。今の・・・聞いたか? お嬢様だとよ」
「聞きましたよ」
「貴族か大商人の子だよな。あれは金になるな・・・やるか!」
「分かりました。仕掛けます」
◇
「安いよ。串焼き。一本! 30Gだよ」
前に来たことがある露店通りに三人は、ホイマンと共にやって来た。
ホイマンは、お店の店主に挨拶をしないところがルルロアとは違うが、それはルルロアよりもより人を警戒していたためだ。
護衛としてはこちらが正解である。
「あの方は・・・」
フレデリカが、串焼きの店主を見つけた。
店主の楽しそうに声をかける姿は前と同じである。
「おお。嬢ちゃんらは。あ、そうだ。値切りの兄ちゃんの時の!」
苦い思いをした店主は、苦笑いで答えた。
「あの時はどうもですわ。美味しかったですわ」
「おお。そうかい。嬉しいね! 今度も買っていくかい?」
「え・・・そ、それは・・・」
フレデリカはホイマンを見る。
彼女の欲しそうな目に気づいたホイマンは『お任せを』と言って、財布を取り出した。
ホイマンは日曜学校の警備員の仕事にも就いたので、給料をちょっとだけ貰えているのである。
「ではこちらを三本もらえますか。いくらで?」
「90Gだよ」
「そうですか…お金を用意します・・」
ホイマンは言われたとおりの値段を出そうとすると。
「あの! ホルスさんは、値切らないんですね。交渉しないんですか?」
ジャックが澄んだ瞳でホイマンを見つめた。
純粋な疑問にホイマンは焦る。
「値切る? ど、どうやって?」
「ルル先生は、そのおじさんと交渉しましたよ。子供価格って言ってました!!!」
「こ、子供価格!?」
子供価格に困ったホイマンは、三人の顔を見た。
『値切らないの。安くしないの。ルルロアは出来たのに』
三人は、そんな目をしていた。
だからホイマンは、やったことのない価格交渉をするのである。
「そ、それでは子供価格というのはいくらで」
「え。そんなものはないぞ。30Gだ」
「で、ですよねぇ・・・・でも20Gくらいには出来るという話で・・で・・・」
「無理無理。旦那は甘いよ。商売ってさ。甘くないんだよね」
「そ、そうですよね。ですが、あの・・・・」
しどろもどろになっていくホイマン。
価格交渉の技術など、竜騎士のホイマンが持っているわけがない。
そもそも堅物で口下手なので、ホイマンのジョブが商人でも難しい。
それに何でもこなすことが出来るルルロアが特別であるのだ。
「いや、そこを何とか、子供たちの前ですし・・・・ってあれ!?」
ホイマンが店主と話していた隙に三人が消えた。
この間、一分も満たない出来事だった。
「お嬢様!? ど、どこに!? 店主殿、三人を見ましたか」
「え・・い、いや。い、いつのまに!?」
ホイマンよりも店主の方が、三人のことが見えていたはずなのに、いなくなったことに気づいていなかった。
店主が三人の移動を見てないことで、ホイマンは誘拐であると断定。
なぜなら、迷子であれば、必ず店主が気付く。
いなくなる方角だって分かるし、そもそも声をかけてくれるのである。
だから、ホイマンは三人を探すために追跡を開始する。
ホイマンは腐っても騎士団の一員であるので、追跡技術は一応勉強していた。
「足跡がない。ここからすでにないぞ!? 他の痕跡も。どういうことだ。まずい。お嬢様が・・・」
落ち度があったとも思えない。
僅かな油断が誘拐事件へと繋がっていったのであった。
◇
目が覚めたフレデリカは、椅子に縛られていることに気づく。
「え!? な・・・え?」
辺りの様子を窺うと、地下牢のような暗い部屋だった。
じめじめとした空気が地面の底から出てくる。
「ここは・・・どこですか・・・え!?」
フレデリカが前を向くと、ジャックとクルスは天井に吊るされていた。
両手を紐で縛られていて、体勢が辛そうだった。
「ジャック!? クルス!?」
「・・・お嬢様・・・・」
「む! むむ!!」
二人の体の傷は浅い。
まだ返事をする元気が残っていた。
「お! お目覚めかな。お嬢様とやら」
ニヤリと笑う男性がフレデリカの前にやってきた。
果物ナイフのようなサイズの刃を右手に持っている。
「な、なんですの・・・あなたは!?」
「俺か……まあ、俺は、あんたを使って、ちょ~~~と、お金が欲しいんだよな」
「・・・私が人質ですの」
「あ? いや、待てよ。簡単にいやぁ。そうかぁ。まあそれはいい。お嬢ちゃんのお家はどこだい?」
「あ、ありません」
「お父さんとお母さんは?」
「い。いませんわ・・・・し、死にました」
フレデリカは、母親に言われていたことがある。
それは、父と母は死んだことにしなさいと。
それが生きるための唯一の方法であると。
幼いながらに彼女はこの意味を理解していた。
自分の命を守るために親の名を伏せることが生きる道なのだと。
「嘘言っちゃダメだよ。ほらぁ」
男はジャックの首元にナイフを突きつけた。
「おやめなさい。その子たちに手を出したら許しません」
「ほらほら。このナイフは特別に切れにくいんだぞ。一瞬で死ねないんだ。苦しいぞぉ」
「やめなさい! ワタクシを殺せばよいでしょう」
「それじゃあ、意味がない。お前を殺しちまえば、金をもらえないからな。でもこの男どもは違うだろ。お前の従者だろ? お嬢様とか言ってたしな」
「違います。彼らは従者ではありませんわ」
「嘘つけ。お嬢様って言ってたぞ」
「そ、それは・・・あ・・・あだ名ですわ!」
「くくく。お嬢様なんてあだ名の奴がいるか。嘘が下手だな」
「・・・・」
フレデリカは窮地に追い込まれていた。
「仕方ない。話してくれないなら、こいつをまず」
男は、切れにくいナイフでジャックの背中を斬った。
傷は浅くとも痛みはくる。
「ぐっ」
ジャックは、フレデリカに心配をかけまいとして、声を出さずに傷みを我慢した。
それに、フレデリカの怒りが湧く。
「おやめなさい!!! その二人は、ワタクシの大切な人たちであります!!!」
ビリビリと部屋中に響く王魂。
気迫ある声と共に力が解放された。
今度の力は以前よりも少し強く、大人にも若干響いた。
男は少しだけ後ろに下がった。
「く・・こいつ・・・これは・・スキルか・・・なんのスキルだ。言葉だけで」
男は言葉で相手を制するスキルを知らなかった。
大王の器の王魂。
王の器の王魂。
獣戦士の
英雄職『剣聖』『閃光』の威風。等々。
これらのスキルは、相手を威圧できる滅多にお目にかかれない特殊なものであるために、裏の人間でもこの存在を知る者は少ない。
「クソ、この女・・・・ならこっちを先に痛めつける。クソガキ共をな」
男はナイフを投げ捨てて、自分の指を鳴らして拳を準備した。
厄介なフレデリカを揺さぶるため、二人に対して、拷問は開始された。
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