第36話 二つの事件の開始

 俺がジェンテミュールを辞めて、早一年。

 目標を失い、酒でも飲んで自暴自棄にでもなるかと思ったが、俺はそんな風にはならなかった。

 俺は今、充実の中で毎日を楽しく過ごしている。

 一年をフレデリカたちの指導に当てて、ほとんどの時間をそこに費やした。

 日々。成長していく彼らを見ていると。

 俺の心にできた喪失感を埋めてくれた気がするんだ。

 彼らのおかげで俺の心は、充実感で一杯だ。


 それに、どうやら俺は、新たなる英雄の誕生を手助けするのが、自分の歩むべき人生なのかもしれない。

 俺自身はただの無職なのにさ。

 英雄誕生のきっかけを作る男に俺はなるみたいです。

 


 大王。

 

 ジョブ『王』を超えし力を持つ者。

 王国のお姫様フレデリカは、いまだにその才覚の全てを発現させてはいない。

 しかし、力の片鱗はたまに出る。

 腹から声を出した時などに、王魂が現れる時があるんだ。

 今後は少しずつだけど制御した方がいいかもしれない。

 たぶんその制御方法を学ぶのはかなり難しいだろう。

 参考になるような技を俺も持っていないから、彼女自身がそれを見つけないといけない。 

 だからこそ、今すぐに矯正する必要もないと思う。

 ゆっくり少しずつ制御できるようになった方がいいと思うんだ。

 

 なんせ、彼女はやっと今の生活に慣れてきているみたいなんだ。

 俺と出会ったばかりの頃の寂しげな表情は、今はしていなくて、彼女は人に対する警戒心も薄れていっている。

 段々と俺にも少しずつ慣れてきているし、ここで無理をさせなくてもいいと思うんだ。

 今の俺は、この三人が笑顔でいればいいと思っているからさ。



 ◇


 俺は、師匠から呼び出しをくらった。

 彼女らの課外授業をホッさんに託して、俺は師匠の元へ。

 グンナーさんの指令室に入ると、すぐにいつもの紅茶を頂いて会話は始まる。


 「師匠、何の用でしょうか?」

 「ルル。今、暇か?」

 「暇ではないですね。毎日、あの子たちに指導してますよ。楽しんでます」

 「そうか。それはよかったな。そうか・・・手が空いたりはせんか。俺が出向くわけにも行かんし、困ったな」

 「ん? 師匠。何かお困りなんですか?」

 「まあな。少しな」


 師匠の顔色が少々悪い。

 普段は悠々とした顔つきなのに、何かを心配している様子だ。


 「なんでしょう? 俺が手伝えることなら何でもやりますよ」

 「いや、今は忙しいんだろ。お前に悪い。それはやめておこう。ルルには、ルルの人生があるんだ。俺の用事で旅してもらうわけには行かんからな」

 「旅!?・・・師匠、お話だけでも聞かせてくださいよ」

 「・・・お前なぁ。はぁ。お前はお人好しだから、これ見ちまったら、『行く』って、絶対に言うからな。しょうがねえ」


 師匠は胸ポケットからピンクの封筒を取り出した。


 「まさかぁ。そんな、馬鹿じゃありませんよ」

 「なら、絶対に第一声で言うなよ。これを見せるからな。言うなよ!」


 師匠に念を押されながら、俺がこの手紙を数秒で読み、第一声は。



 「いきます!」

 「ほらな。お人好しめ。だから念を押したのによ。まったく、アホ弟子。そいつは無視していいんだよ」

 「無理ですよ。この手紙を読んだらいかないと駄目じゃないですか」



 俺が読んだ手紙はルナさんからの手紙である。

 切実な文章から見える。

 切迫した状況に、俺は心配になったのだ。



―――――


 グンナーさんへ。

 

 グンナーさん。お体の調子はどうでしょうか。

 ご壮健であれば幸いであります。

 グンナーさんや軍の仲間たちと会えなくなって二年程。

 寂しさ募る毎日を過ごしていますが、私は元気であります。

 ご心配なさらずに。

 皆様の無事をここより願っておりますです。はい。

 それではまた会える日まで・・・・。



 PS

 グンナーさんんんんんんん。

 拙者、みんなの元に帰りたくとも帰れないんですよおおおおおお。

 パンケーキ食べたい。

 あ、でももう、この際、グンナーさんが奢ってくれるおにぎりでもいいや。

 帰りたいいいいいいいいいいいいいいいいいい。

 だずげで

 里から出られないいいいいいいいい。

 お願いします。拙者、一生のお願い。

 なんでも言う事聞きますから。

 おにぎりでもいいですから。

 グンナーさんの所に帰りたいいいいい。

 グンナーさんが来てくれれば、きっと帰れるんですよおおおおおおおお。

 たじゅげて~~~~~。

 何か策をくださいいいいい。軍師でしょおおおおおおお。



―――――


 と盛大にPSの方に本心が書かれていた。

 文字しかない手紙なのに、なぜか彼女の顔と声付きで再生ができる不思議な手紙であった。 

 


 「まあな。でもお前も忙しいだろ。で、俺も忙しい。なにせ俺は、軍の司令官なんだぞ。そんな俺がな。一個人を迎えに行けるわけないだろ? ルナも馬鹿だよな」

 「・・・まあ、そうでしょうけど。ルナさんも寂しいでしょ」

 「ああ。でもな。ここ最近、裏ギルドどもが動いていてな」

 「え? どこの団体ですか」


 俺は、裏ギルドの団体名が気になった。



 裏ギルド。通称闇の組織。

 それは冒険者ギルドのような組織を裏で結成し、秘密裏に各大陸で犯罪する厄介な連中。

 現在の裏ギルドの主なものは。

 赤の庭園レッドガーデン

 黄色の砂塵イエローダスト

 緑の竜巻グリーントルネード

 である。

 


 「青の海岸ブルーコーストだな」

 「それ、何の団体ですか?」

 「最近できた裏の連中らしい。俺たちの大陸を中心に活動する海賊らしいな。主に人攫いで金を稼いでる。人質にしたり、売ったりな」

 「そうですか。赤の庭園レッドガーデンじゃないんですね」

 「あ?・・・ああ。あれはこの大陸で稼ぐわけないだろ。それにそいつらは超有名な裏ギルドじゃないか」

 「まあ、そうですね。奴らじゃなきゃ、軍でも大丈夫でしょう」

 「ん? お前、赤の庭園レッドガーデンとなんかあったのか?」

 「少しありましたね」


 

 俺がジェンテミュールに所属していた時。

 二年前のジョルバ大陸の南西、ハイスロ山の戦いにて赤の庭園レッドガーデンと戦った。

 俺と英雄職の四人とその他のギルドから派遣された特級、準特級の冒険者連合軍で戦ったのだ。

 俺たちジェンテミュールの他の冒険者たちは、まだ一級止まりであったから、その時のメンバーには入れずにいた。


 赤の庭園レッドガーデンとの戦いは死闘であった。

 数十時間にわたる激闘の末に、相手のアジトを叩き潰すことには成功したが、残党はまだいる。

 だから、最近になってまた活動を再開したのかと思ったが、師匠が言うには別の団体のようで、まさかこの大陸でも裏ギルドの活動をする団体ができるとは、少々驚いた。

 貴族がいない大陸では稼ぎが少ないだろうに。

 

 

 「そうか。まあそれはいいとして。こっちの青の海岸ブルーコーストは、俺たちもニ、三回戦ったことがあるんだ。まあ、この軍の実力でも対抗出来たし、まだ実力的にはこちらが上だから、大丈夫だと思うけどな」

 「そうですか。というと冒険者でいう準一級程度の敵ですね」 

 「まあ、そうなるな。だから、ホイマンがいれば、余裕で守れるだろ?」

 「そうですね。ホッさんは俺と同じくらい。準特級くらいの実力者ですからね」

 「ああ。だから、あん時に仲間にしておいてよかったな。ルルも安心だろ?」

 「ええ、三人の安全に関しては安心ですね。安全に関しては・・・・ですね」


 俺はホッさんを思い出す。

 実はあの人は過剰にフレデリカを守ろうとするのである。

 子供たちの喧嘩にも介入しようとするし、彼女の買い物の時の店員の態度が悪いと文句を言いそうになる等で、いつも相手につっかかろうとしてとても大変である。

 もう少し、彼らを自由に成長させてあげたいのに、過保護な親みたいになってしまっているのだ。


 「はあ。ですね。そこのところは、ホンナー先生がいれば大丈夫か」

 「兄貴?」

 「ええ、そうだな。俺がちょっとルナさんの所に行ってみますよ。あいつらは、先生とホッさんに任せれば安全でしょうからね。迎えに行きます」

 「ん? いやいや、いくらなんでもルナの我儘に付き合わせるなんてな。お前に悪いわ」

 「いえいえ。俺もちょうどルナさんに会いたかったですし、そっちに行っても、そんなに長くはならないでしょうからね。俺が行ってきますよ。場所を教えてくれればすぐに行って・・・んん?」

 「お。なんだ。騒いでんな」


 俺と師匠が入る指令室の周りがやけに騒がしかった。

 二人で一緒に部屋を出ると、慌てているホッさんがいて、そこを数人が抑え込んでいた。


 「待ちなさい。今は司令はお話し中で」

 ホッさんの前で両手を出した女性が言った。

 「いいのだ。緊急である」

 「止まれよ。ここは軍だぞ」

 ホッさんを抑え込んでいる右の男性が言った。

 「大丈夫だ。私も特別な任務をここでもらっている」

 「知らねぇよ。あんたみたいなおっさんはさ」

 ホッさんを抑え込む左の男性がピシャリと言い切った。


 もつれるようにして前に進むホッさんを見て師匠が。


 「お前たち、いい。その人を俺の部屋に」

 

 と言って、事態を丸く収めた。


 

 部屋に入って早々にホッさんは土下座した。

 

 「す、すまぬ。お二人とも。き、緊急である。ふ、フレデリカ様が・・」


 呼吸が苦しくなりそうなくらいにホッさんは息を吸わずに吐き出し続けていた。


 「いなくなったのだ! 攫われてしまった!」

 「「は!?」」


 突如として、二つの事件は幕を開けた。

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