第35話 大王の器と従者の誓約
クルスは一人、校舎を歩いていた。
音が鳴るならテトテト、そんな感じである。
彼は独特な歩行であった。
左足が前に出て、次に右足が前に出る。
それは普通のことだけど、その間が少し変わっている。
上半身が揺れ動くのだ。
それも出した足の逆に体が曲がる。
左足が出るなら上半身は右に傾き、右足が出るなら上半身は左に傾く。
その不思議な歩行は、俺にとっては、とても可愛らしいんだが、子供たちにとっては不気味であった。
◇
実習棟と校舎の間の廊下で、少年の大声が響く。
その声の方を見ると、クルスが廊下の中央にいて、他のクラスの生徒らと対面していた。
俺は実習棟側から見守ることにした。
「気持ち悪いんだよ」
「…む!?」
一生懸命廊下を歩いていたクルスが、他のクラスの生徒たちに突き飛ばされる。
不思議な歩行は真横からの攻撃に弱い。
クルスは派手に転んでいた。
「そうよ。歩き方もだけど、言葉だって……気味が悪いわ」
「むむ!!!」
すぐにクルスは立ち上がって、三人の生徒にガンを飛ばした。
なかなか気概があるなと俺は遠くで見守った。
「なんか喋ってみろよ」
「おい。おい。それは無理だろ。こいつ、「む」しか言えないんだぞ。ム坊主なんだぞ」
クルスには、変なあだ名がついていた。
ム坊主!
そのまんまじゃん。
なんかもうちょっと捻りないのかよ。
と俺は思いながら、まだ見守る。
この学校の方針。
それは、子供たちの事は子供たちが解決することである。
それが日曜学校の暗黙の掟なんだ。
俺もああやって馬鹿にされても、他のクラスの生徒に絡まれまくっても、先生たちは助けてくれなかった。
というよりも、俺は助けがいらないくらいに心が強かった。
マイハートは鋼鉄である。
『こいつらって馬鹿なガキだよな』
と、数段上の高みから見物を決め込んでいた当時の心境だった。
馬鹿にしてくる生徒を蔑んで見ていた若かりし頃の苦い思い出を俺は思い出した。
「む!!!」
俺が教えた棒術の防御の構えを無手で作ろうとしたクルス。
だが、相手は三人だ。
すぐに拘束された。
「ほらほら。何か喋って見ろよ。そうだな。犬の真似でも、してもらおうかな。ワンワンてさ」
クルスの背後から羽交い絞めにした少年が言う。
「話せないからね。動物の真似はいいかもね」
正面に立つ少女は口を尖らせ、犬の遠吠えの形を真似て、クルスを馬鹿にした。
「わおーんって言ってみろよ」
その隣の少年はクルスの口を指で摘まんだ。
「「「 はははは 」」」
三人に笑われて少し泣きそうな顔をしたクルス。
そろそろ限界か・・・。
俺がいくか。
っと思った瞬間。
校舎側からフレデリカが走って来た。
鬼の形相で現場に登場して。
「おやめなさい! あなたたち!」
通る声でいじめを止めようとした。
「なんだお前は」
「寄ってたかって、弱い者いじめなど恥ずかしくないのですか。しかも一対三ですわ。やるなら一対一ですわ。決闘をしなさい。今すぐ!」
フレデリカの正論である。
あなた、姫様だけどその意見。
正しく騎士のようだぞ。
「うるせえな。ブス」
「黙ってろよ。お前」
フレデリカは、こちら側に来る予定であったのだろう。
俺から見て反対側の廊下から走って来たので、念のために俺は向こうの奥を見た。
するとあっち側の廊下で気配を消して、後ろを守っていたホッさんがいた。
なんか嫌な予感がするので、俺は仙人のスキルを一瞬だけ解放してホッさんの後ろに爆速移動して立った。
「ホッさん。タンマ!!! ちょい待ち」
「ぬ。ルル! 何をする」
俺はスキル『束縛』の鎖でホッさんをグルグル巻きにした。
「あんたこそ、何する気だったんだよ。その槍に手をかけんなよ」
「あの無礼者を成敗しなければ・・・」
「やっぱそうなってんじゃんか。馬鹿か。あの子らは子供だぞ。大人が勝手にあそこに入るな。ややこしくなる」
「何を悠長な……二度と逆らえないようにしてやるわ」
「いいからいいから。ホッさんは冷静になってくれ」
俺とホッさんのやり取りの間に、あちらの話は数歩進んでいた。
「邪魔よ。離れなさいよ」
女の子がフレデリカを突き飛ばした。
フレデリカが転ぶ。
それを見たホッさんが鎖を引きちぎろうとして暴れる。
俺がそれを止める。
正直めんどくさい。
なんて思った瞬間。
クルスが拘束された状態から、自らの力だけで拘束を解き、倒れた彼女の前に立った。
仁王立ちになり、彼女を守ろうとする気概を見せた。
その時の動きがまるで別人のようだった。
「む!!! むむむ!!!!」
『この人に手を出すな。もし手を出すなら僕を倒してからだ』って言っていた。
なぜか、俺は何となくだが、クルスが言いたいことが分かるのである。
「なんだよ。こいつ。いっちょ前にナイトのつもりか。お姫様のナイト様ってか」
「ははは。こんな碌に喋ることも出来ない奴をお供にするわけないだろ。それにそこの女もお姫様じゃないしな」
「「「 ははははは 」」」
その人、お姫様です!
大国のお姫様であります。
それに、国を建国できるほどの大器の器を持つ大王様であられますよ。
無礼ですよ。そこの少年少女~~。
ここが彼女の国なら、首が飛びますよ。
「むむむ、む!!!! う!」
貴様ら、馬鹿にするな。
フレデリカ様は僕の主君だ!
と俺には聞こえた。
まさか、クルスが、こんなにも従者らしい行動をするのかと、俺はとても感動している。
でも今すぐに、大切な事を言ってあげたい。
おい。クルス。
フレデリカ様って言えてないけど、言っちゃってるよ!!!
彼女の本名だけは、事情を知らない人以外の時は伏せろって俺はクルスとジャックに教えたよね。
はぁ。でもよかったよ。『う』で終わってるからさ。
「なんだよこいつ。こいつからやっちまうぞ」
「おお」「ええ」
立ちはだかったクルスに向かって、少年少女三人組が襲い掛かる。
その時。
「おやめなさい! ワタクシの大切な・・おとも・・だちに何をしようというのですか」
お供というのをギリギリでキャンセルした。
彼女は、恥ずかしそうにお友達と言った。
「うるさい。この女。お前からにする」
一人の男の子が標的を変えて、フレデリカを殴りかかろうとした所。
すぐさまクルスが移動して、身を差し出した。
男の子の拳が、クルスの顔面に入るその時。
とんでもない力を感じた。
その力の波動は、遠目にいる俺の場所までやって来た。
「おやめなさいと、ワタクシはそう言いました。いいかげんになさい」
彼女の言葉と共に廊下中にとある力が伝わった。
それは語気から出る力の波動。
気迫のこもった声に力が伝わっていたのだ。
手を出そうとした男の子は止まり、恐怖に震える。
後ろで控える二人も足がすくんでいた。
俺はここで気付いた。
今のは、あの大王のスキル『大王の器』の
声に王の魂が入り、相手を威圧するスキルだ。
王魂は、王のスキルにもあるが、大王のスキルとなると威力は絶大。
相手を畏怖させる。
彼女の力はまだ大人をそこまでには至らせないが、相手が子供であったので十分に効いたようだ。
止まった三人の表情がその恐怖の中にいた。
「ここから去りなさい! あなたたちは・・・直ちに!」
「は・・・はひ」
「わあああああ」
「うわああああ」
三人を帰らせたフレデリカは、クルスと話す。
「クルス……怖かったでしょう。ワタクシがいながら、あなたを一人にしたのが間違いでしたわ。ほら、一緒に行きましょう」
「む・・・・・むむ」
申し訳ありません。フレデリカ様。
クルスはそう言って泣いた。
ポロポロと泣いて、悔しさをあらわにしていた。
自分が守るはずの大切な主君に、守るどころか守られたことによって、彼は自分が情けないとでも思ったのだろう。
「いいんですよ。あなたが無事であれば。ワタクシはそれで十分です。ほら、実習棟でホンナー先生の授業を受けましょう」
「・・・む・・・う・・・うう」
彼女に背を支えられて、クルスは授業に向かった。
◇
「今のは、大王のスキルだな・・・・」
「す、素晴らしい。あれがフレデリカ様。リリス様とレックス様にも似て、曲がったことがお嫌いなようだ。ああ、従者にまでお優しいなんて・・・」
ホッさんは感動して、また泣いていた。
ホッさんの中で泣くのが流行ってんの。
なんて野暮な事は言わない。
ひたすら目頭を押さえるホッさんであった。
「クルスの才能は確か、誓約。あれの効果は。誓いを立てることだったな。もしかして、あいつ。言葉を犠牲にして、フレデリカに全てを賭けているのか!?」
誓約。
誓いを守ろうとすると能力が向上する。
守る際に代償が発生していると、能力は大幅に上昇する。
クルスの歩行のおかしさ。
訓練時の不器用さ。
俺は思う。
もしかしたら、クルスは元々体を上手く動かせない人間なんじゃないか。
彼は、誓約の力で体を強引に動かしているかもしれない。
代償は、おそらく言葉。
言葉を話さない代わりに、身体が動かせるようになったんじゃないか。
それで彼女の為にひたすら特訓している。
だとしたら、とんでもない忠誠心だぞ。
「凄いな・・・あいつ。あの若さで・・・12だろ。覚悟が違うな」
フレデリカは10。クルスは12。ジャックは11。
それぞれ歳は違えど、何らかの繋がりで三人は強固に結びついているようだ。
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