第34話 目標は決まった

 「あんた、護衛だろ?」


 師匠はニヤリと笑いながら質問した。


 「な・・なに」

 「あんた、あの子の護衛だよな。王妃。あの子の母親は王妃じゃないな。えっと、側室の母の命令か何かでこっちに来てんだろ。あんたが、ずっと彼女を見てるだけってのもおかしかった。なんせ攫おうと動けばよ。あんた、空中にいるんだぞ。俺ら側の護衛なんか楽々突破できるわ」

 「・・・・・」


 師匠の予想は核心のような気がした。


 「んで、その命は、自分の正体を明かさずに、あの子らの成長を見守れ! そんな所か?」

 「・・・な、なぜ・・・なぜ・・・それを」

 「ふむふむ。そんじゃ、あの子を狙う奴は、まだいないとみていいな。狙ってくる奴らの目処があれば、団体で来て彼女を守るからな。俺だったら、その状況になれば、あんた一人で、あの子を守らせはしない」


 これも核心のような気がする。

 さすがは師匠だった。


 「今は、彼女が死んだという事実に疑問を持った者がいないんだろ。だから、あんた一人でも護衛は大丈夫だと騎士団が判断したんだ。あんたみたいな実力者であれば、ここらの人間くらいの襲撃で彼女を守るのは簡単だしな。それに、あんたは騎士団を辞めたなんかで、ずっとこっちで見守っていても他の騎士団の連中に怪しまれずに済んでいる。ってとこかな。結構ちゃんとしてるな王国も」

 「・・・な、なぜ・・そこまで」


 師匠の当てずっぽうは天才的である。

 何も知らないのに、予想だけでこの人から聞きたい事を聞きだしているのである。

 師匠が敵になったら嫌だなと思いながら、俺はこの人に聞いてみた。


 「じゃあ、師匠の言う通りなら・・・あんたは何者なんだ。俺たちと目的が一緒なら協力出来るじゃないか」


 俺は質問をシンプルにした。

 協力が出来る関係なら、ぜひ協力がしたい。

 彼女らの更なる安全を図れるなら、この人の力も借りたいのである。


 「・・・いや、任務は一人でと」

 「大丈夫だ! 俺もグンナーさんも。それにあの子らの先生のホンナーさんも彼女のことを守ってあげたいと思っている。あんたも一緒だろ?」

 「もちろんだ! フレデリカ様をお守りするためにここまで来ているのだからな」

 「よし、なら俺たちは協力しあえるので、事情プリーズ!」


 俺は両手でカモンとアピールした。

 

 「・・・た、他言無用で頼む」

 「おっけ」「分かった」


 俺と師匠が同時に言った。



 ◇

 

 このチョビ髭が生えているダンディな男性は、竜騎士のホイマンさん。

 俺は『ホッさん』と勝手に名付けた。

 

 ホッさんは、テレスシア王国の三騎士団の内の一つ。

 マールヴァー騎士団に所属している。

 マールヴァー騎士団の団長は、レックス・キーサ―。

 テレスシア王国の第三王妃リリス・キーサ―の兄である。

 つまり、フレデリカにとっては伯父である。

 とても優秀な騎士団長であるレックスは、自分の妹の願いを受け入れて、とある事件を装い、彼女を死んだことにして、国外に脱出させた。

 その裏でホッさんが護衛隊長に任命されて、彼女のことを見守っていたらしい。

 ホッさんの自体の事情は、地元の母が病気であるとして隊から除隊ではなく、長期のお休みをもらっていることになっていて、それを別の騎士団の人たちからは、不満にも思われていないらしい。

 彼らは巧みな戦略を築いたようだ。


 ホッさんの任務は師匠が言った通り、影ながら彼女を護衛すること。

 三人には面も割れていないけど、ホッさんの命令は、近づかずになぜか遠巻きで守らなくてはならないようだ。


 「そうか。ならホッさん」 

 「誰がホッさんだ!!!」


 ホッさんはちょっと怒った。

 いいネーミングだと思ったんだけどさ。


 「いや、ホッさんでいこう。ここではホイマンという名を知られない方がいいはずだ。それで、提案なんだけど、ホッさんはフレデリカのことを直で護衛しないか?」

 「なに!? 今、影ながらと言っただろ」

 「そうなんだけど、俺は一緒にいた方がいいと思うんだ。そうだな。ホンナー先生の昔の知り合いくらいにして……。ああ、でもそれじゃあ、警戒するか。いや、待てよ。師匠を迂回させれば」

 

 師匠が俺の考えを読んでくれた。


 「それはいいな。俺のちょっとした知り合いにしてしまえば、堂々と護衛できるかもな。この人は護衛として、素晴らしい実力者だ。俺やルル以外の目もあった方がいい。あいつら三人の背後に常につければいいんだぜ。軍からの護衛兵としての身分でよ」

 「おお、その案いいですね。この人に守ってもらえれば、あいつら、安全にここで暮せると思うんですよ。空から見守るよりも更に安全になるはず。それに、あの子らにも心にゆとりが必要ですよ。たぶんここに来て、休まる時が少なかったでしょうしね」

 「なるほど。小僧の言う通りだ。フレデリカ様も緊張と困惑のままこちらに来ただろうしな」

 「ホッさん。俺のことはルルでいいです。あなたの方が年上ですしね。小僧よりはルルがいいです」

 「そうか。ルルか。わかった」


 ホッさんは今の提案に納得してくれるようだ。

 だから俺もホッさんを認め、態度を丁寧にする。


 「それでは、私はフレデリカ様のことを直接護衛に切り替えて・・」

 「あ。でもホッさん。フレデリカ様はナシですよ。ここではフレンという事になってます」

 「フレン?」

 「はい。日曜学校の上層部の先生方は、彼女に名字を名乗らせずにフレンという名をフレデリカにだけ与えています。それと彼女のジョブは指導者にしてます」

 「指導者?」

 「はい。彼女に関することは、全て偽装しているので、後で彼女の偽の情報をお見せしますね。そこであなたを三人の前に連れて行って後ろを守ってもらいます。どうでしょう? こちらの方がより完璧にあなたが任務を達成することが出来るでしょう」

 「・・・そうだな。有難い申し出でだ。何から何までかたじけないな」

 「いえいえ。俺としても自分が警戒する場面を減らせるので、助かりますよ。彼女らの身の安全をあなたになら託せますしね」

 「そうか。本当にかたじけない」

 「ということで、ホッさんの名前を考えなきゃな」

 

 俺はそこに悩んでいた。


 「ど・・どうでもよいだろう。そんなことは」


 ホッさんはかなり迷惑そうな顔をして俺のことを見た。



 ◇


 こうしてホッさんは俺たちの『仲間?』になった。

 そっちよりは、同僚と言った方がいいかもしれない。

 ホッさんは、フレデリカを守るために俺たちと共に同じ護衛意識を持って、彼女らに接することになる。


 「今日から皆さんの護衛をしてもらうことになった。ホルトさんです。皆さん仲良くしてください」


 先生が、三人にホッさんを紹介してくれた。 


 「ホルトです。よろしくお願いします」

 「グンナーの知り合いらしく、あなたたちの身の安全を守るために、より強力な守り手として、私の助手として、君たちを守ってくれますよ。では、ホルトさん。挨拶をお願いします」

 

 ホッさんはホイマン改めホルトとなった。

 ちなみにこの名前は俺がつけました。

 そのままホッさんと呼ぶためである。


 「はい。皆さんよろしくお願いします。グンナーさんから護衛を任された者です。皆さんを守れるように精進します」

 「よろしくお願いしますわ」

 

 学校の先生というよりも、ホッさんの感じから滲み出る兵士としての風格が、護衛の人という認識になって、フレデリカは俺の時とは違い、何も警戒せずに受け入れた。


 彼女が挨拶を返してくれると、ホッさんは感涙した。


 あれ? ホッさん!? フレデリカには会ったことないんだよね?


 と思ったのは内緒にしよう。


 

 ◇


 学校で彼らへの指導をして、ホッさんとは警備での連携を磨き。

 俺は、それらに次第に慣れてきたので、先生のスキルを学ぼうと先生の観察に入った。

 先生を理解しようと、ホンナー先生の後をつけるように視線を送り続ける。

 


 朝。

 先生は登校してきたら必ずコーヒーを飲む。


 「あち!?」


 飲んだ後。

 必ず冷たい水で舌を冷やしている。

 猫舌だ。

 それで毎回水をかなり飲むんだけど、これってコーヒーを飲む意味あるのかな。

 コーヒーの方が飲んでいる量が少ない気がする。



 午前の授業。

 先生は授業が終わるたびに、必ず三人の方に行く。


 「では。質問ありますか。皆さん。授業じゃない質問でも、なんでもいいですよ!」


 優しく微笑んで、授業じゃない悩みすらも聞いてくれる。

 相変わらず優しい先生だ。



 昼。

 先生は、お弁当を広げる。

 お店から買ってきたお弁当だ。

 マイルズ弁当というお弁当屋さんがお気に入りらしい。

 毎日、あそこの日替わり弁当だ。

 飽きないのか?

 そして、先生は生のキャベツが嫌いなようで、食べた所を見たことがない。

 あそこのお店は必ずおかずの下にキャベツを敷いているんだけど、必ず先生は食べ残しているのである。

 苦手なものがあったのかと俺はクスっと笑った。



 放課後。

 職員室の先生の席の後ろに立って俺は先生のノートを見た。

 乱雑に書かれたメモみたいなノートだった。

 俺では解読不可。

 字も汚くてなんて書いてあるかわからない。

 まるでイージスの字みたいだった。

 いや、待てよ。

 もしかしたら、頭に入る授業の秘訣は企業秘密なのかもしれない。

 暗号化しているみたいだ・・・・って本当にそうか?

 ただ字が汚いんじゃ・・・。



 三週間。欠かさず毎日。

 俺は先生を観察して、分かったことがある。

 先生は・・・・・謎だ。

 ぼうっとしているようで、していない。

 考えていないようで、考えている。

 でも子供たちの事だけは真剣に愛している。

 それだけは絶対に分かる。

 微笑んでいる時の顔が慈愛に満ちているからだ。

 本当に謎多き人物である。


 「ただ一つ、分かった。教えるという事は、生涯をかけて、自分も勉強しなければならないのだとね」


 

 ◇


 「ほい! ジャック。それじゃ、駄目だぞ」

 「うう。ルル先生。もう一本」

 「いや、交代だ。クルス、その次がジャックの順だ。短い時間で体を休ませるのも訓練だ。兵士になるにも冒険者になるにも休息を上手く活用しないとな!」

 「・・・わ、わかりました」

 

 俺は二人と模擬訓練をした。

 次第に見えてくる二人の成長の具合と問題点。

 浮き彫りになってくるのは何故かと思っていると、これがもしやと俺は感じた。


 「まさか・・・これが先生の教えと指導か。どっちだ。俺は二個を同時に発動させたら体にダメージがくるぞ。どっちなんだ?」

 「む!! むむう!!!」

 

 体の動きが元々悪いクルス。

 彼の持つ棒の横を叩いて、さらにバランスを崩させる。


 「む~」

 「まだまだだぞ。今のでバランスを崩しちゃダメなんだ。もっと足に力を入れな」

 「む!」

 「よし、クルス。来い」

 

 クルスの動きが少しだけ良くなった。

 動き方に変化が生まれて、踏み込みと打ち込みに鋭さが出た。


 「もしやこいつが…『指導』か!」


 俺はスキル『指導』を発動させているらしい。

 あまり動きが良くないクルスの動きが前よりも良くなってきた。


 そして。


 「ほい。次。ジャック!」


 最期にクルスの棒を弾き飛ばして、俺はジャックを呼んだ。

 スキル『指導』をいったん外したら、一気に俺の方に力が湧くイメージが出た。

 さっきの戦いが頭に浮かんで良い点と悪い点が出てきた。


 「なんだこれ・・・まさか。こいつが『教え』か。しかも師匠が言っていた自分の力にもなるって奴か。なるほど。成長効率が良くなるのはこういうことか。人に物を教えた時に勝手にイメージが湧いて来るということか」


 俺は、俺自身とジャックとクルスが、一段と強くなっていくイメージが湧く。

 それは教えた相手と自分が成長するイメージだ。


 「よし、二人同時に来な。思いっきり教えるわ。指導と教えは交互に行く! こい!」

 「む!!!」「はい!!!」


 俺は二人同時に戦い方を教えた。

 人に教えて自分も教わる。

 理想のスタイルで俺もこいつらと一緒になって成長していく。

 それが今の俺の目標の一つとなり。

 俺は、最優先目標を、フレデリカとジャック、そしてクルスが自分のことを守れるように強くしてあげることに決めたのだ。

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