第33話 静かな力
軍施設の屋上は、戦場訓練をするために設置された。
砂のようなサラサラの土がばら撒かれている。
この土はジーバード大陸の土で、手で触れてみれば分かることだが、握っていられないくらいに土のきめが細かい。
だけど、この土は水分を含むと、やたらと重くなる不思議な土で、雨が降ると泥沼のように重たい土に変わってしまう。
だから、軍はこの土の性質を利用して、変化する天候や地形での模擬戦闘をするのである。
◇
「どうやって、あそこまでいけば」
軍施設の屋上で俺は、空にある人影を見た。
影は左右にステップをしている。
もはやその姿は、本当に反復横跳びをしているようなんだ。
なぜ、足場もないのに、そんなことが出来るのだろうか。
何かのスキルかも知れない。
「いや、あそこに行くことを考えちゃいけない。俺は飛べないんだ……叩き落とせない。なら、あれを打ち落とすしかないか。いや、待てよ。引きずり落とすか」
俺は、とんでもない長さの糸をマジックボックスから取り出した。
屋上で一番高い場所から、その糸を放り投げる。
スキル『束縛』を糸で応用して、空中にいる人の足に絡ませた。
「引っ掛けた! 釣るぞ! 魚釣りならぬ、人釣りだ!」
相手の足に糸が絡みきった感触を得たので、思いっきり下に引っ張った。
「おりゃああああああああ」
「ぬおおおおおおおおおおお」
俺の釣り糸を引っ張り上げる声に対して、相手は声を被せてきた。
上から絶叫が聞こえてくる。
空にいた人を屋上に落とすと、衝撃でサラサラの土煙が出た。
今の衝撃で俺はこの人が死んでないかを心配したが、人影は土煙の中で仁王立ちで立っていた。
思いっきり引っ張って叩き落としたのに、着地の衝撃を受け流す余裕があったようだ。
何の事情で彼女を見ていた。
敵だとしたら、ぜひ情報を引き出したい。
彼女を守るには、敵からでもいいから情報が欲しいのである。
「あの子からしたら、敵陣営の人だろうけど。あの子を守るには・・・そうだ。彼女に関する情報を出来るだけ知りたいな……それに今の王国の内情が知りたい」
俺は相手の背後を取る動きをした。
◇
マインの案内を受けていた三人も、当然突如として出てきた屋上の煙を確認していた。
フレデリカが屋上を指さす。
「あれはなにかしら・・・煙?」
「ああ、フレンちゃん。あれはね。たぶん訓練よ。誰か、屋上で戦場訓練でもしてるんじゃないかな」
「訓練?」
「ええ。土煙が出るくらい激しく戦闘訓練を毎回しているのよ……まあ、いつもそうだし。気にしないで」
「は、はぁ」
普段通りの戦闘訓練だと、マインは勘違いをしていた。
「今日は土訓練みたいね。屋上にはね。土と、沼と、草の訓練場があるわ。戦場での戦いの違いのサバイバルも兼ねてるわ」
「へぇ・・・そうなんですの」
フレデリカはマインの話を信じて、素直に頷いた。
だが、隣のクルスは。
「む! むむむ! む~~~~」
気付いていた。
屋上にいるルルロアを・・・。
「どうしたんですか? クルス??」
「む! むむうううう。う!」
「んん、どういうこと????」
クルスが一生懸命ジェスチャーでアピールするがジャックに意思が通じていない。
ジャックはパタパタと動くクルスを見て微笑むに終わった。
◇
「イテテテテテ。な、なんだ!?」
「あんた。どこの手の者だ。彼女に何の用だ」
「後ろ!? は、速い!?」
俺は敵の背後に回り、アイテムボックスから取り出したダガーを首筋に突き付けた。
「質問に答えろ。さもなくば消すぞ」
「お、脅しは効かんぞ・・・・甘い!」
「なぬ! 槍を!?」
俺の足元から槍が伸びてきた。
敵は足の操作のみで槍を扱い、俺の喉元に攻撃してきた。
槍の勢いは、足で操作したとは思えないほどの速度であったが、俺はギリギリのところで躱せた。
「強いな、あんた!?」
「私の邪魔をするな! 小僧」
「誰が小僧だ。俺はルルロアだ! あんたは何者なんだっつう話よ」
「私は・・・言えん! これには事情がある」
「聞かせろ!」
「言えん!」
「なんでだ!」
「秘密だからだ」
「ならしょうがない」
「分かってくれるか!」
「あんたを拘束する」
「分かってないじゃないか」
「こっちにも事情はある」
「…小僧!」
交渉決裂。
俺と謎の人物との戦闘が始まった。
◇
彼の戦闘スタイルは槍。
一突きの速さが、ここの軍の兵士よりも鋭い。
明らかに強者だった。
これは一級冒険者以上の力を感じる。
準特級までいくかもしれない。
標準モードの俺と互角な感じがしたのだ。
「強い!? な、なんだこいつ」
「小僧の癖に…なぜ私が力負けを・・・」
男の雰囲気と動きが変わった。
本気の表情になり、移動方法が変わる。
なんらかのスキルを使用して、男は空中を蹴って加速してきた。
「なぜ、足場もないのに・・どういうこった」
「小僧は、知らんのだな。初めて会ったか! 竜騎士に」
「竜騎士だと!?」
目の前の男は竜騎士だそう。
特殊職『竜騎士』
空中戦を最も得意とする騎士系最強クラスのジョブだ。
そんな奴がなぜここに。
そんな奴がなぜ彼女を見ている。
「これで終わりだ。竜旋風」
「ごあは」
槍のぶん回し攻撃を腹にもらった。
脇差で防いで、威力を減衰しても、衝撃が背中にまで響く。
脇差が押された直後に、体を捻ってもダメージを軽減するには至らなかった。
「この人、強いぞ・・・特殊職でも竜騎士は相当な実力者。そんなのが、彼女を狙うってのか。やはり、彼女の命を守るのには、一筋縄じゃいかないってわけか」
俺は起き上がって、とっておきを出すしかなかった。
「殺さないで、拘束する。この条件が戦闘をやや難しくしてるな。剣を使えば殺してしまうし、使わなければ倒せないし、最悪だ。なら、やっぱりあれか」
「どうした小僧。怖気づいたか」
「いいや、ちょっと悩んだだけだ。とっておきをすると体が危ないからな……でもまあ、三十秒ならば大丈夫だろう」
「三十秒? そんな短い時間で、私は倒せんよ」
「いんや。あんたが見たことないスキルを出してやるよ。いくぞ」
俺はとっておきを披露することになる。
◇
「人を越え、人と離れて人に寄り添う。スキル『明鏡止水』」
「な、なんだ? そのスキルは!?」
俺の身体が白く発光する。
イージスと同じ輝きを得て、肉体が一気に活性化した。
仙人のジョブスキル『明鏡止水』
人の身で、人を超えし力を手に入れる仙人は、心穏やかにしていなければ力を発揮できない。
仙人イージスがよく眠るのは、おそらくこの段階の作業になれるためである。
無に近い状態に持っていくには眠りに近い状態が一番良いのだ。
・・・・たぶん本人はただ寝たいだけかもしれないが。
「いくぞ。明鏡止水の効果は、仙人の力の再現と、こいつが出来るようになる」
「な、なに!?」
俺と男の間にはかなりの距離があった。
だが、一瞬で俺が距離を詰めてきたことに男は驚いた。
槍の反応が遅れていることで分かる。
そう。イージスの爆速移動。
仙人の力は、瞬間的高速移動が使用可能となるのだ。
「懐に一気に入られては、竜騎士の動きも出来んだろう。いくぜ。連打! ただの連打!」
「ぐお・あ・・があ」
数打、拳を当てて、最後の一撃に力を込めて腹を殴る。
男が水平にぶっ飛び、それに合わせて俺も移動を開始。
敵はこの爆速移動になす術もない。
しかし、俺の目的はこの人を殺すことじゃない。
だから、俺は空中で敵の背後に回り首を絞めた。
「こ・・・・こぞ・・・うが・・・ぐっ」
男は気絶した。
「ふぅ~。こいつを使う羽目になるとは。この人の力は相当なものだな」
英雄のスキル、使用時間二十五秒。
「いて・・・少し痛みが走るか…」
腰と足辺りに痛みが走った。
さすがは英雄のスキルだ。
身体の負荷は相当なものである。
「にしても、人相手に英雄のスキルを使う羽目になるとは、やっぱこのおっさんめっちゃ強いな……そうだ。束縛しておくか」
俺はおっさんをしっかり鎖で固定して、師匠がいる指令室に戻ったのだった。
◇
「あんた。なにもんだ?」
「・・・・・・・・・・」
俺は目が覚めた男に聞いた。
鎖で縛られている現状では何もできないと男は、ただ黙り静かにしていた。
「竜騎士か。珍しい。ということは俺の予想だが。テレスシア王国のどこかの騎士団か?」
隣にいる師匠が机に腰かけて男に聞いた。
「・・・・・・・」
無表情の眉が少しだけ動く。
「ほう。その線だな」
師匠は顎に手をかけてニヤリと笑った。
「なら話は早い。あの子を殺す目的か。それとも見守る目的か。どっちだ」
師匠の尋問に男の感情は揺れ動いた。
「…貴様。なぜそれを」
「どうだろうな。どこまで俺は知ってるんだろうな。あんたらのこと・・・」
不敵に笑う師匠。
絶っっっ対に師匠は、何も事情を知らないのである。
なのに、なぜこんなにも堂々としているのであろうか。
どんな度胸で会話しているんだと俺は横目で見て思った。
「そうだな。俺の調べた結果では・・・あんたは・・・・」
師匠の
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