第26話 英雄と無職の始まり 2

 「はい。それでは、ミルフィー山に登りますよ。皆さん、登山靴に履き替えましたか?」


 ガイドさんの一声から、俺たちの護衛任務は始まった。

 俺たちはミルフィー山の麓で観光客30名と共にガイドさんの話を静かに聞く。


 「標高は850メートルの小さな山でありますが、準備はしっかりして登りましょうね! 靴は大丈夫ですかぁ」


 油断をしないでいきましょうと念を押すガイドさんは、浅黒い焼けた肌に白い歯が輝いていた。

 はきはきと話すその様子で分かる。

 陽気で万人に好かれそうな感じの元気いっぱいの人だ。

 それに、めっちゃ美人な人である。


 だからこそ、俺は、こいつの様子を見なくても分かる。


 このクエスト・・・・この人が目的だな!

 

 横を向いた俺は、ハートの目になっているレオンの視線を追った。

 こいつの目は彼女の姿だけを映していた。

 だから、俺はこいつに軽蔑の視線を送ってやる。


 「ああ、麗しい人だ。どうやったら口説けるかな」

 「知らんわ。そんなこと!」

 「ルル、そんなに怒んなよ。眉間にしわが寄るぞ」

 「この依頼さ。ギルド会館の窓からあの人を見てたからだろ? あの人。美人だもんな」

 「ギクッ」


 レオンの肩が微妙に上に上がった。


 「何がギクだ! このスケベ勇者!」

 「なに!? ルル! 俺はスケベじゃないぞ!」

 「なんだと!?」

 「俺は、伝説のドスケベ勇者だ!!!!!」

 「んなことで自慢すんな。阿保が!!!!」


 ドスケベ勇者レオンは俺に恥ずかしげもなく堂々と宣言した。


 「おお。神よ、なぜこいつを勇者にしたんですか。ちょっとお間違いになられたのではないですか。この人、屑ですよ!! 変態ですよ!! もしかして勘違いなされたんじゃ。今取り消せば間に合いますよ。神の手違いですから。じゃないや、言い間違いですからね」


 俺は天に向かってお祈りしながら言った。


 「何言ってんだルル。コノヤロー」


 とまあ、盛大に喧嘩した俺たちは、登山の護衛に入ったのである。

 



 ◇


 俺が何も指示を出さないのであれば、レオンらは、観光客の人と好き勝手に移動すると思ったので、俺はレオンたちに先に指示を出した。


 「いいか。みんな、護衛の任務ってことはな。俺たちの命よりも彼らの命を優先することが第一だ! それを頭に入れてくれ。いいな!」

 「「「 おう 」」」「はい」


 四人が返事をくれたので、俺は隊列を発表する。


 「よし。じゃあ、先頭はレオン。ガイドさんの脇に立って、先頭集団を守れ。モンスターが出たら真っ先に対処しろ。お前は前衛で、突撃隊長でもある。前線にモンスターが出たら、俺の許可なく戦えよ」

 「おうよ。まかせろ」


 レオンは胸を叩いて、任せろと言った。


 「次に、エルミナとミヒャル。二人は、お客さんの真ん中で、二人一緒に並んで登山してくれ」

 「え? 普通に登山ですか?」

 「なんでだよ。うちも前を」

 

 二人はそれぞれ別の反応を示した。


 「エルは、もしもに備えて、お客さんの為にプロテクトウォールの準備をして欲しいんだ。だから中間距離にいてほしい。そんで、ミーは、前にいたら駄目だろ。後ろに敵が現れた時に、魔法が遠くなっちまう。だから中間距離にいてくれ。全方向への攻撃。いわば、最強の砲台をそこに置いておきたい」

 「はい。いつでもできるように準備します」

 「なるほどな・・・それもそうだな。うちはエルと一緒にいるわ」

 「ああ。そうしてくれ」


 二人は納得した。


 「・・・ルル、おらは・・・」

 「イーは、俺と一緒に最後尾だ。気配と索敵を同時に展開する。イーの気配と俺の索敵スキルがあれば、不意打ちはもらわないはずだ。だから二人で後方。いいな!」

 「・・・おう!・・・まかせて・・・zzz」

 「おいおい! 寝るなよ。今から山に登るんだからな」

 「・・・努力する・・・」


 若干不安が残るがイージスは努力してくれるらしい。

 俺は信じることにした。


 

 ◇


 山に登り始めると感じる。

 この登山は、ウォーキングとして考えると、少し重めの運動量くらいだ。

 緩い坂道を歩き続ける感じの山道であった。

 一般人の人たちでも簡単に登れそうな山道。

 観光客の人たちも笑顔で会話しながら登っていた。

 呼吸も整っているし、全員が順調である。

 俺はつぶさにお客さんの様子も見ていた。


 「イー。気配は」

 「んんん、動物くらいかな。今はまだ」

 「そうだよな。俺の鼻もそんな感じがしてるわ」

 「・・・ルル、気配。広げてみる?」

 「ん?」

 「・・・感知、自分を中心に円で400m先までできる!」

 「範囲デカ!? でも、イー。それって大変じゃないか?」

 「たいへん・・・めっちゃ疲れる」

 「そうか。じゃあ、それはなしだ。いざ戦う時にお前という貴重な戦力が抜けるのは、こっちとしては大損失だ。お前の索敵の基本は小範囲で、俺が広範囲にする。俺が指示した時だけ、スキルを開放しよう。無駄にスキルを使うな」

 「そうか・・・わかった。言われたらやる」

 「ああ、頼んだ」


 イージスは、意外と俺の指示を忠実に守ろうとしてくれる。

 それに、寝ないでいてくれるだけ立派でもある。


 

 ◇


 俺たちは、山の中腹まで進んだ。



 しかし、ここまで何も起きなかった。

 これは護衛任務である。

 だとしたら非常におかしい。

 任務が『護衛』という名目であるのにも関わらず、一体も出て来ないのだ。

 

 ここに多少のモンスターが出るからこそ、護衛の人が必要であるとガイドさんの会社は考えていたのであろう。

 それにDランクの護衛任務だから、最低ランクのEランクのモンスターが出てくるはずである。 

 スライムやウルフ、アルミラージなどの初級のモンスターたちだ。

 なのに、何も起きやしない……おかしい。


 

 「イー。嫌な予感がする」

 「・・・ぬ!? ルル、どした?」

 「俺、先頭にいるアルマさんの所に行ってくる。イー、背後の警戒を頼む」

 「・・・任された」


 嫌な予感がする俺は先頭に出た。



 ◇


 「いやぁ。どれくらいの頻度でガイドしてるんですか」 

 「私は、週5ですね。多い方です」

 「そうですか……アルマさん、体力が着きますね」

 「ええ。おかげさまで足が、太くなっちゃって」

 「いえいえ。細いですよ。アルマさんのような、健康的で美しい足は見たことがない・・・ええ、美しいです」


 ナンパ屑男は先頭にいるガイドさんと会話していた。

 相変わらず女性であればところ構わず褒めまくるのである。

 

 照れているアルマさんの後ろから、俺は声をかけた。


 「アルマさん!」

 「あ・・・はい。どうされましたか?」

 「…現在の位置。中腹まで来ましたよね?」

 「ええ~、そうですね。大体今は、三分の二くらいですかね」


 アルマさんは周りの景色を確認して言った。

 俺たちはすでに半分以上も登っていたらしい。


 「な!? そんなに登ったのか・・・あの、一つ聞きたいんですが、ここまで来てモンスターが出ないってありえますか?」

 「・・・そういえば、変ですね。ここまでくれば、一つや二つのモンスターは出ますね」

 「やはり……」


 彼女の答えが予想通りで、俺はスキルを展開して思考加速させた。


 「なんだよ、ルル。どうした」

 「ちょいまち、レオ。俺は考えをまとめる。スキルで思考加速させてるから話しかけないでくれ」

 「ん・・わかった!」


 俺が真剣な顔をしたので、レオンは一歩引いてくれた。

 レオンは、こういう時は、黙って見守ってくれる性質を持つ。

 ナンパ屑男だけじゃないのが、レオンという不思議な魅力を持つ男だ。

 だからこそ憎めない男でもある。基本が屑だが・・・・。



 数十秒後。


 「レオ! やばい気がする。俺は引くことを提案する」

 「なに!? 何も起きていないのにか」

 「ああ。こいつはおかしい。何もないのがおかしいんだ。まさかと思うが、Eランククラスが委縮している可能性がある」

 「…委縮だと」


 俺たちがこんな会話をしていても、観光客たちは頂上へと進みたがっていた。

 山登りが止まっている現状にやや不満を抱いていたのだ。

 でも俺はそんな不満な状態でも、退却の指示を出したいと思っている。


 「俺の鼻に匂いがこない…そして、イーの気配にも敵が引っ掛からない。ということは辺りにモンスターがいない。でもアルマさんがいうには、普段であれば、一つや二つのモンスターが出るって言っているなら」

 「なら・・・?」

 「Cランク以上のモンスターがここにいる可能性が出てきた。Dランク程度であればEは委縮しないけど、Cランク以上であればEは委縮するはずなんだ。これがモンスターの格の違いによる委縮だ。俺は軍で経験したことがある。モンスターには序列があるんだよ」

 「なに! Cっていやぁ。二級冒険者が必要じゃんかよ」

 「ああ。それで護衛任務なんだ。この三十名を守りながらは、もはやBランクのクエストだ。俺たちのような四級がやっていい任務じゃない。準一級か一級がやらねばならん」

 「マジかよ。でもなぁ」


 レオンは困った顔で、隣にいるアルマさんを見た。

 アルマさんもまた困った顔をした。

 俺の意見は突拍子もないからだ。

 それに俺自体もこれは憶測にすぎないと思っている。

 だけど俺は、こういう事態をいくつか経験したことがある。

 それはグンナーさんの合宿で起きた事件で何回かそういう事態に遭遇したことがあった。

 モンスターは二つ上のクラスが近くに存在する場合、基本身を隠す傾向があるのだ。

 だから、もしかしたらその可能性があるのかもしれないと思ったのだ。


 「ほ、本当でしょうか。Cランクのモンスターってここでは見たことがないです。ミルフィー山は他の山に比べても安全な山で、だからこそ人気の観光スポットですし……」

 「そうですよね。ですが、俺のは、あくまでも予想です。進むのを決めるのはガイドのアルマさんと、俺たちのリーダーのレオンなんで。俺はどっちでもいいです」

 

 俺は進言はしたが、レオンの意向に沿おうと思うのである。


 「アルマさんが決めていいです。俺はどっちにしても全力であなたをお守りしますよ」

 「…そ、そうですか。でも私よりもお客さんを」

 「それは当然、ですがあなたは全力で」

 「ま、まぁ・・・そんなぁ」


 とまあ、俺をいいダシに使って、ナンパを始めたので、レオンに蹴りを入れて俺はイーの元に戻った。


 ◇


 後方に戻った俺はイージスとの会話に入った。


 「ルル、どうだった」

 「ああ。進むって」

 「・・・そうか。なら、気配をあげるか? ・・・おら、範囲を上げてもいいぞ」

 「いや、もしかしたらCランクのモンスターが出てきた場合。お前たちが戦わないといけないから、待機で頼む。索敵は俺だけがやる。イーは休憩で頼む」

 「・・・うむ・・・そうする」


 と俺が警戒だけは怠らないでいた所。

 山の頂上が見えてきた時に異変が起こったのであった。

 

  

  

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