第27話 英雄と無職の始まり 3
一歩。
地面を踏み込んだ時の音と感触がおかしかった。
さっきまでは、『ザッザッザッ』と、靴と土が擦れる音が鳴っていたのに、今は、ぐにょんという土の感触を得て、その上で靴から音が出ない。
地面は、雨も降っていないのに、泥になる一歩手前のような土となっていた。
「イー。これは・・・おかしいぞ…」
「ん?」
「今が気配だ。足元を重点的に頼む!」
「…わかった」
イージスは俺の指示を得て、スキルを発動。
気配はしているらしく、下をじっと見つめたまま動かない。
どこにも敵がいないことに焦っていた。
「ふ、深い。ルル……下になんかいる。数も・・・20くらい? いやもっとかな。たくさんいるぞ!」
「なに!? だから、匂いがしなかったのか。俺たちを下から追いかけてたのか」
「んんん。でもさっきのおらの気配の時にはいなかったぞ。今よりもさらに深くにいたのかもしれない」
「そうか。それなら、今がチャンスだと思ったのか? ・・・ということはこいつは、あのモンスターだな……なら、ここでそんな話をしている時間がもったいない。すげえ強いモンスターが来るぞ……イーはそのまま背後と下の警戒を頼む。俺は前に行く」
「え? うん。わかった」
俺はイージスを最後方に置いて前に行く。
集団の真ん中にいるエルミナに会い。
「エル! 俺と一緒に先頭に来てくれ。ミーはここで警戒をしてくれ」
「はい」
「え。なんで? うちは?」
「ああ。ミーは、ここにいてくれ。たのむ」
焦っていたので、一言でしか言えなかった。
理解を得られるとは思わないけど、ミーは俺の慌てている様子を見て引き下がる。
「ちぇ、わかったよ」
拗ねたミヒャルを置いて、俺はエルミナを先頭集団に連れて行った。
◇
「レオ! アルマさん! 敵が来ている」
「なに。どこにだ!?」
「ええええ。ど、どこにでしょう」
二人のいた地面の変化は、後方と同じ。
先頭の方がむしろ重たい土かもしれない。
「地面にいる。たぶん俺たちと一緒になって移動している」
「なんだと!?」
「ああ、そして、この土が泥や沼に変化するのであれば、このモンスターは・・・」
俺がモンスターの名を告げようとしたら、上から咆哮が聞こえた。
「ごばあああああああああああああ」
そいつは、大きな頭のくせに、やけに小さな王冠を被せている。
緑の身体に、鋼のような分厚い筋肉の鎧を纏ったモンスター。
鉄の塊の強度を誇る棍棒を持つ奴は・・・。
「オークキングだ………ちと、まずいな。レオ、エル」
俺たちが登ろうとしている先から、わざわざ出迎えに来ているみたいに、ゆっくりと歩いてこちらに向かってくる。
Cランク相当のモンスター『オークキング』である。
二級冒険者が複数いて初めて倒せる難易度だ。
という事は下手すれば、この依頼はBランク相当の護衛任務である。
俺たちは四級。
準一級の依頼を四級五人でこなすという離れ業をしないといけなくなった。
そう。
いけなくなったとは、逃げることが出来ないクエストとなったのだ。
「引くのはできない!」
「ルル?」
エルミナが首を傾げる。
「ここの下にいる奴らのせいだ。今、俺たちが逃げる選択肢を取ると、観光客の人たちを犠牲にしてしまう。足元にいるモンスターは、逃げ足を遅くしたうえで、この人たちを襲うからな。だからここであいつと下から出てくる奴らと戦うぞ。時間がないから、俺の指示の通りに頼む。いいか! 二人とも! 絶対に守るぞ」
「おう」「はい」
レオンとエルミナが返事をした。
だが、まず最初に指示を出すのは、二人じゃない。
「アルマさん。お客さんを出来るだけ一塊にしてください。おしくらまんじゅうのように真ん中にギュウギュウとです」
「…え?」
「お願いします。今すぐです。あいつが降りてくる前にです」
「わ、わかりました」
アルマさんは、俺の指示通りにお客さんを集め始めた。
「よし、いいか。レオンはオークキングとマンツーで戦ってくれ。ただし、無茶すんなよ」
「いいぜ。あんなのたいしたことはない。まかせろや。ルル!」
「さすがだ。強い心で助かるぜ。でも、あいつ一体だけとは思わないでくれ。周りも警戒してくれよ」
「わかった」
レオンはモンスター戦闘の場数をあまり踏んでいないが、この現状で恐怖するような軟な心ではない。
勇者がもつ勇気は、精神系の状態異常にかからないのである。
「エル! プロテクトウォールを地面に頼む」
「・・・え? 地面? 地面でいいんでしょうか?」
「そうだ。今から集まってもらったお客さんの地面にずっと貼り続けてくれ」
「わかりました。やります」
「頼む」
俺は指示を出した後、エルミナを連れてお客さんの元に行った。
エルミナは発動させる魔法の規模を測り、魔力を微調整してると、ミヒャルとイージスが俺の所に来た。
「いいか。ミー。イー。俺たちはこの人たちを守るぞ。今から、レオンが戦闘を開始すると、地面から敵が出てくるはずだ。こいつらはな、どさくさに紛れて襲ってくる奴らなんだよ。そこで、エルのプロテクトウォールによって、彼らの足下を守る。だから絶対に彼らの下からは、敵が出て来ない。二人は、プロテクトウォールの周りから出てくるモンスターを倒してくれ」
「わかった」
「・・・うし」
「下から出てくるモンスターは、
二人は黙って俺の指示に頷いた。
◇
三十秒後。
「ルル! 俺は戦うぞ」
「わかった。勝てよ」
「ふふふ。誰にモノ言ってんだ。俺は勇者レオンだぜ」
「わかってるよ。村人レオン。勝つと信じてるわ」
「おう! んじゃ。いくぜ!」
レオンは一人でオークキングと戦闘になる。
その瞬間。
「エル! 展開だ! 出せ!」
「わかりました。プロテクトウォール!」
アルマさんのおかげで観光客の皆さんはおしくらまんじゅう真っただ中。
ギュウギュウになった彼らの下に、プロテクトウォールがかかった。
「エル。そのまま維持だ! 次、敵が下から出てくるぞ。いいな。イー、ミー」
「・・・うし!」
「おうよ。うちの魔法で斬り刻む」
『ゴン、ガン。ゴン。ガン』
エルミナが出したプロテクトウォールのおかげで、下から出てきている手が、観光客の皆さんの足を守る。
ガラスに手をつける子供みたいにベタベタとプロテクトウォールに手がつく。
その光景はお化け屋敷である。
「ひええ」
「おわあああ」
慌てる観光客たち。これも当然の反応だ。
一瞬チラッと見ただけでは、人の手のようにも見えちゃうからさ。
ある意味、ホラーですね。
「慌てないで、皆さんのことは俺たちが守りますから。この光から、絶対に逃げださないでください」
俺が声をかけて、皆を若干だけ落ち着かせる。
すると敵の手が鳴り止んだ。
俺は続けて指示を出す。
「ミー! 周りに来るぞ。範囲魔法だ! お前の正面から数体出てくる」
「わかった。風、風、風ええええ」
ミヒャルはハイテンションで、魔力を練り始めた。
正面に五体出現。
その瞬間、魔力を練り上げたミヒャルが即座に魔法を発動させる。
「ウインドラッシュ!!!」
風魔法ウインドラッシュを発動。
魔法レベルにしてすでにBランクの魔法。
四級が繰り出すようなレベルの魔法ではない攻撃によって、相手の五体はやっと地上に出てきたのに、虚しくも斬り刻まれた。
ウインドラッシュは、ウインドを幾重にも重ねて発動させることで、相手を斬り刻んでいく。
乱風の風魔法である。
最初の地上に出た偵察部隊が一瞬で消えたことを知らない
先遣隊が俺たちを捕らえたつもりでいるらしい。
首を振って先遣隊を探していた。
「ミー、固まってる奴に範囲で行け!」
「おうよ。ウインドラッシュ!」
「イー。こっちに来る奴だけ、反応して戦え」
「・・うし」
観光客の後方の
上から垂らした糸に引っ張られているような体の動きは気味が悪い。
お客さんの悲鳴が聞こえたら、イージスが動く。
瞬間移動かのような爆裂な移動方法で、一気に敵の前に出た。
「消す!
手の指の全てを折り曲げて、手の平全体で敵を捉える仙人の技。
その攻撃の振りの速さは、手が消えたように感じる。
人とは隔絶した能力の掌底攻撃で、
木っ端みじんになるほどの破壊ではなく、この世から消滅する圧倒的な攻撃力である。
戦況は数の違いがあってもこちらが優勢。
二人の力は、すでにDランクのモンスターを遥かに上回っていた。
「きゃあああああああああああああああああああ」
観光客の悲鳴が聞こえた。
俺が振り向くと、女性に手を伸ばしている敵がいたのだ。
それは
「な、なぜ!?」
俺が疑問に思う時間はもったいなかった。
反応が遅れた俺よりも先に勇気のあるアルマさんが観光客の女性をかばい、ゴブリンに捕まった。
引きずられるようにしてプロテクトウォールから出て行き、山の斜面の方に連れていかれた。
「アルマさん!? クソ! イー! ミー! 全力で戦え。俺はこのままアルマさんを助けに行く。指揮は届かないから、自分の力で頼む」
「おっしゃ、必ず救えよ。ルル!」
「わかってる!」
「まかされた! ルル!」
イージスが珍しく大声で返答した。
「信じてるぞ。イー!」
イージスに返答した後、エルにも声をかけた。
「エル。まだ魔法は展開していてくれ。きついだろうがな」
「大丈夫です。まだいけます」
エルミナは強く頷いた。
「おし、そいつらを全て片付けたと思ったら、レオの加勢をしてくれ」
「「わかった」」
戦場の全てを仲間に任せた俺は、アルマさんを救出しにゴブリンを追いかけた。
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