第21話 俺の大恩人
「グッモーニン! 息子!」
「普通に起こせよ! いや、無理か。親父にゃ無理か!!!」
帰郷してからの翌朝。
親父は俺の部屋のドアをドロップキックで開けた。
「ドアノブぅううう。親父の目にはドアが見えないんか!! どんな開け方すんじゃい!!!」
普通、扉は横に開くのに、縦に開くというありえない現象で地面に落ちる。
ドアノブが回らない虚しさに、俺のドアも悲しんでいると思う。
「そんな些細な事は気にすんな。小さな事を気にしていたら、大きくなれないぞ。ガハハハ」
「些細じゃないわ!! 俺はもう親父より体は大きいし、このベッドだってもう小さいわ! 子供用なんだわ!!!」
「おお。確かに、ルル! 大きくなったな。親父、嬉しいぞ!」
親父は立ち上がった俺のことを見上げた。
つうか、会った時に気づけよ!
超天然親父は、朝からハイテンションである。
「そんで、どうするつもりだ。息子よ! なぜ帰って来た?」
「なんだよ。お袋から事情を聞いてないのかよ」
「聞いた!」
親父はあの話は聞いていたらしい。
それでこの会話だ。
意味がわからん!
「じゃあなんで第一声が帰って来たに繋がるんだよ」
「俺は何をしたいのかを聞きたいのだ。息子よ! お前は何をしたいんだ」
父親らしい部分とハチャメチャな部分があって、親父と付き合うのは苦労する。
「・・・ああ、俺はさ。それを探すため。ルーツから辿ることにしたんだ」
「…ほう」
親父は顎に手をかけ悩んだ顔をした。
それは大変に珍しい。
親父が悩むなど一年に一回あるかないかの出来事だ。
「よし。お前はやりたいことをここで見つけろ! 親父はそれまでずっと応援しとるわ。金はあるんだ。お前の金で何かすればヨシ! 気にすんな、お前の金だ。遠慮せずに使え、こういう時の為の金だ!」
「ああ。でも、あれは親父たちにあげた金だ。俺のじゃないから、お土産代だけもらうわ」
「ん。土産? どっか行くのか?」
「おう。もうちょっとここにいたら、先生と師匠の所に行こうかと思ってるんだ」
「ほうほう。それは良い案だな。恩師に会うのは良い事だぞ! 親父は応援するぞ!」
とにかく親父は俺を応援したいらしい。
今気付いたけど、頭に鉢巻をつけていた。
応援団長か!!!
「はいはい。親父の応援。嬉しく思ってるので。声のボリュームを下げてもらえるかな。声がでかいんだよね」
「なに! 応援を小声でする馬鹿がどこにいるんだ! 応援とは腹から声が出ないといけないのだ。堂々と応援するのだ。コソコソしてはいけない! お前も誰かを応援する時は声に出せ!!!」
「・・・な、なるほど。たしかに・・・俺もそうすればよかったのかな。あいつらにさ。でもそれは過度な期待かな。あいつらには重荷になってしまうのかもな」
影ながらじゃなく、堂々と声に出して応援すればよかったのかな。
いやそれだと、周りの奴らと同じになっちまうのかな。
っと俺は思った。
「息子よ! それは違うぞ! いいか! 応援とは思いっきりするものなのだ!!!」
親父は仁王立ちで話し出した。
「それは過度な期待とは意味が全く違う。いいか、応援とは寄り添う事だ! その人が、何かで成功しようが、何かで失敗しようが、とにかく全てを包み込んで応援することなのだ。それは無償の愛に近い!」
静かにしろって言ったのに親父はまだ大声でいる。
「そして、過度な期待とは、本人が応援を求めてないのに個人が勝手にやってしまうことをいうのだ! その人物のいい面のみを見て、その人が成功することだけを期待して、勝手に応援することだ。だからそいつらはその人が失敗した時に寝返ったりすんだ! そんなもん応援じゃねぇ。勘違いすんな。息子よ! 俺はお前が、何かで成功しようが失敗しようが、そんなもんどっちでもいいし、どうでもいい。俺は、とにかく何をしてもお前を応援しているのだぞ。安心しろ期待じゃない。無事を祈ってるってことだ!」
親父の渾身の大声は俺の心に響いた。
「なるほどな。本人が求めていないのに。勝手にやってしまうことが、過度な期待か。ああ、そうか。あいつらの芯の部分を見ないで、周りで応援していたやつらは、自己満足で終わっていたんだな。そういう事か。親父!」
「そうだ! だから、お前は俺を求めて帰って来たのだ。この応援を受けよ。息子よ!!! 俺は全身全霊で息子を応援するのだぞ! 頑張れ! 息子!」
親父渾身の大声は俺の耳を破壊した。
キーンとなっている。
「ああ。はいはい。耳が壊れます・・・親父。でもありがと」
「よし。頑張れ。じゃあ、親父、畑の仕事、行ってくるわ!」
「ああ。ってか、その仕事の為にこんなに朝早いんかい!!!! 今の応援! 昼とかでもよくないか!」
俺は時計を見る。
朝の四時である。
親父は、朝の四時に俺を起こしやがったのだ。
それに…四時であのテンション!
「化け物じゃねか」
と俺は呟いて、ベッドに縮こまってまた眠りについた。
◇
スーパーハイテンション親父と、いつもよりも優しいお袋は、俺が家の中にいても文句ひとつ言わないで生活をさせてくれた。
息子が新たな道を歩むのを無理くり決めさせるのではなく、ゆっくり決めていいんだと言わないけど、そう態度で示してくれたんだと思う。
まあ、毎朝、親父は応援をくれるのだが、頼むから昼か夜に頼みます。
「そんじゃ。七日もいたし、そろそろ先生の所に行くわ」
「そう。じゃあ、お金は?」
「そうだな。どんくらいあんの?」
「はい」
お袋がドンッと見せたのは、預金通帳。
二人は、俺の金を銀行に預けていた。
「ば!? 馬鹿な!? まるっきり手をつけてないじゃないか」
俺は、パラパラと通帳をめくる。
「ええ。それと手持ちはこれ」
「ま、まだあんの!」
通帳には100万Gがあった。
手持ちは10万Gである。
ジェンテミュールのクエスト達成報酬は、分配形式である。
内訳は、ファミリーに50%。クエストメンバーに50%である。
なので、50%をクエストに参加した人数で割る形を取っていた。
俺たちは四大ダンジョン制覇の内の二つをクリアしている上に、その他の難関クエストもいくつか達成しているので、個人収入も馬鹿にならない。
だから、俺はそのお金を仕送り出来たのだが、通帳の中身を見て俺は驚いた。
マジでお袋たちは一度も俺の金に手をつけていなかったのだ。
「そうだな。それじゃあさ。この通帳は置いておくわ。んで、今ある現金の5万くれ! そんでこっちの5万はお袋がもらってくれないか?」
「え?」
「親父はつっぱねるから、お袋が黙って受け取って欲しい。俺の気持ちをさ」
「・・・え。いやよ。私もあなたの世話になるのは」
「これは生活費に入れるんじゃなくてさ。お袋の好きなものを買ってくれよ。食べ物でもいいしアクセサリ―でもいいからさ。とりあえずもらってくれたっていう建前でもいいんだ。俺の心が晴れるからさ!」
お袋は、難しい顔をしていたが、しぶしぶ承諾してくれた。
「そう。じゃあ、そうするわ。でも一度きりよ」
「ああ。でも俺も諦めないで仕送るけどな。んじゃ! 俺、マーハバルに行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
とにかく俺の母も親父と一緒で意地っ張りだ。
是が非でも俺の金を受け取らんという意思を感じる。
でもとりあえず受け取ってもらえてよかった。
俺はちょっとだけ喜んでマーハバルへと出立したのだった。
◇
マーハバルの東。
そこにあるのが日曜学校である。
内政職の為の研究棟。戦闘職の為の訓練棟。授業を行うための校舎。
様々な施設が生徒たちの才能を伸ばそうとしている。
素晴らしい教育機関、それが日曜学校なのだ。
三年ぶりの登校だけど。
ついこの間まで通っていたかのように感じるくらいにここは変わりが映えしなかった。
俺は、校舎にある職員室の中に入り、先生を探す。
すると窓辺に立って、下を覗いている先生がいた。
校庭で走り回る生徒たちを笑顔で見ていた。
相変わらずのほほんとしている先生だった。
「ホンナー先生!」
「ん?・・・どなたでしょう?」
「え、俺ですよ!」
先生は俺のことを分からなかった。
少し心が傷ついた。
「……黒い髪・・・黒い眼。キリリとした眉。いい耳をお持ち・・・おお! もしや、ルル君では!」
「そういう認識なんすね。先生の中の俺は」
「いえいえ。あまりに立派になっていたので、誰だかわからなかったのですよ。成長しましたね。身長も伸びてますし、ガタイも良いですね。はははは」
「そうですかね。自分ではよくわかってないですね」
「いやいや、とても凛々しくなられて。あれ・・・お一人ですか? 皆さんは?」
「それが・・・」
話しにくそうな俺に対して、先生は場所を変えてくれた。
職員室から生活指導の部屋に移動し、誰もいない場所で俺と先生は会話した。
俺が全ての事情を説明すると、先生もまたお袋と似たようなことを言った。
「そうですか。心配ですね。彼らが・・・」
「え? あいつらがですか。俺に比べればあいつらは大丈夫でしょう。俺は仲間にあいつらを託しましたし」
「いいえ。逆ですね。むしろ君こそが大丈夫な人です! 君は、一人でも自分の道を決められるはずです。でも彼らは君を失えば・・・おそらく、大変な事になるでしょう。彼らは君に依存していましたからね。入学して卒業するまでの間に、君たちをバラバラに成長させたのは、君への依存度を下げる事でしたからね。だから、彼らは……んん、完全に君を失えば、どうなる事やら・・・」
先生は今後のあいつらを憂い、紅茶を飲んだ。
「え。バラバラに? それってあれですか。二年目の時に俺と先生だけになったのは・・・」
「そうですよ。君と私のマンツー授業は、彼らと君を引き離すための事。彼らはあの時、君がいないと精神が絶えられない。そんな感じが出ていたのでね。大人になっても君に依存しては、ダメでしょう。だから、私は彼らを一人一人にして、他の授業に組み込んだのですよ。卒業までは、それで成功しましたが、果たして、今の彼らは、自分たちの力で英雄の役職を乗り越えることが出来るでしょうかね。君の支えなしで、あの重荷を背負っていけるか。そこが心配です」
「俺の支え? 冒険者になってから、別に大したことはしてないような」
先生は真剣な顔で俺の顔を見た。
先生の重そうな目が少しだけ見開いているような気がする。
「いいえ。君という稀有な親友は、彼らの生きる糧であります。なんでもない事で笑い合える普通のお友達がそばにいること。それが彼らにとって、どんなに幸せであるか。彼らの人生は君にかかっていましたからね。でも、君は違いますよ。なぜなら、グンナーやルナ。あそこにいた兵士たち。それに別な職場の方々とすぐに仲良くなりましたからね。君は自分の道を自分で歩めますよ。だから今目標を決められないことを焦る必要はありません。君は必ず自分を成長させますからね」
「…は、はい。ありがとうございます。先生の言葉は嬉しいですね」
先生は欲しい言葉だけをくれる。
だから俺はこの人を心底信用してるんだ。
「そうですか。私も久しぶりに君に会えて嬉しいですね」
「・・・そうだ先生! グンナーさんは? 師匠にも会いたいんですけど、軍にいますかね?」
「いますよ。ですが今は」
「今は???」
急に先生は話しにくそうにした。
「モンスターウエーブが来ているのです」
「え・・・あれが・・・まずいじゃないですか・・・でも、またか。いや、周期がおかしい。三年? あれは五年から十年の間のはず?」
「ええ。そうなんですが、すでに波が発生しているかもと、ジャコウの東。マルサンガリの港に薄い赤い波が来たとの報告を受けて三日ほど前に行きました」
「それはまずいです。俺。いってきます! 急いで手伝ってきます! 今度こそ、絶対に皆を守ってみせます」
「い、いえ。ルル君。君はもうあれはいいでしょう。辛い思いはあの時で・・・」
「いいえ。大丈夫です。俺は乗り越えています。だからこそ、今度も参加させてください」
「・・・わ、わかりました。では、終わったら私の元に帰ってきてくださいね。少しやってもらいたいことがあります。だから生きて帰ってきてください」
「ん??? はい。先生がそう言うならお手伝いします。では、俺はいってきます!」
「よかった。では帰りを待っていますからね。絶対に無事でいてくださいね」
「はい!」
こうして俺は、モンスターウエーブに参加することになったのだ。
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