第20話 故郷へ

 ファールスに戻って来た俺は、冒険者ギルドの受付のお姉さんにジュークウルフを討伐した事を言いに来ていた。


 「お姉さん。すみません。ジュークウルフを倒したので、依頼料をもらえますか?」


 冒険者のクエストの中で。

 捜索クエストや採取クエストなどの依頼は、達成したら後払いがされるのに対して。

 討伐クエストなどの依頼は、あらかじめ依頼者がギルドに達成報酬を納付することが義務付けられている。

 なので、冒険者ギルドはその金額を金庫に預かっているのだ。

 ここらのギルドの依頼管理は、おそらく大都市のファルテの冒険者ギルドが管理してると思うので、こちらのファールスの町のギルドが、このジュークウルフの討伐クエストの代金を代わりに出せるのかは謎である。


 ジュークウルフの討伐代金。

 それは、20000G。


 『そんな金、ここにあんのか。貧乏なのに』


 と俺は思いながらも、受付のお嬢さんと話している。


 「え・・あのモンスターを。もうですか!?」

 「いやあ、もうって。すでに三日は経ってますよ。遅いくらいですって」


 俺にしては遅い。

 たぶんシエナの件がなければ一日で終えた仕事だ。


 「三日もかかったって・・・まだ三日ですよ。まだまだ三日ですよ」

 「信じてもらうには証拠を見せればいいんですかね。首、いや、解体してないや・・・そのままの死体でもいいですかね?」

 「し、死体!?」

 「ええ。持ってきますよ。ほら」


 俺はマジックボックスから、鎖でグルグル巻きになっている死体のジュークウルフを取り出した。

 ここでマジックボックスの便利点を言おう。

 これは、冷凍保存されたみたいに物が腐ることがないのである。

 だから死体も腐る心配がないのだ。

 腐った匂いもしない!


 「死にたてに見えるでしょ。マジックボックスって便利すよね」

 「・・え・・・・ふえええええええ」

 「あれ!? また止まっちゃったよ」


 とまあ。

 面白受付お嬢さんの意識が戻るのを俺は、目の前で待ったのだった。


 それにしてもこちらの女性はいつも目を回して混乱している気がする。

 うんうん。

 俺と会話するとなるのかな。失礼なのかな。この人。


 彼女の瞳に色が戻ってからは、すぐにクエストのお金をもらえたので、俺はこの町を後にした。

 お金をたんまりもらったので、これも貯金用のマジックボックスに入れておいた。


 


 「さてと・・・ジャコウに帰るか・・・・飛空艇は高いからな。船って個人だといくらかかるんだ?」


 ジーバード大陸は世界の南西。

 ジャコウ大陸は世界の南東。

 この二つの大陸は、海で隔てられているが隣同士。

 ちなみに、五つの大陸も海により隔てられているが、一番北にある魔大陸だけは空も隔てられている。

 霧にも見える薄い膜のような白のベールに包まれているのだ。

 魔大陸に行くには、そこを強引に突破して、向こう側に辿り着かなくてはならない。

 だけど、そこに至った者で、帰って来た者がいないので、そこの突破方法がよく分かっていないのだ。

 どうやって到達すればいいのか分からない大陸であるからこそ、三大クエストの中でそこの踏破で良いとされているのである。


 この難しそうなクエストが、三大クエストの一角にあるから、俺は、ジェンテミュールのメンバーには強くなってもらわないといけないと思っていたんだ。 

 あいつらだけが強いだけでは、あの大陸を踏破するのは不可能だろう。

 色々な職種の仲間が必要だ。

 それは戦闘職だけじゃなく、例えば、錬金術士とかの内政職もいないと、何が起こるか分からない魔大陸を生き延びるのも難しいだろう。

 俺がもしファミリーに残っているのなら、四大ダンジョン挑戦の四つ目あたりで、特殊な職種の人たちをスカウトするだろう。


 って俺がジェンテミュールに関わるのはもうないのに、そんな事ばかりを考えていた。


 

 ◇


 ジーバード大陸東の港町イエメテ。


 「ジャコウ行き。ジャコウ行き。あと十分で出るよ」


 威勢の良い船員さんが声をかけていた。

 乗客に空きがあるようだ。


 「すんません! 一席お願いします」

 「はいよ」


 オジサンはチケットを見せてくれた。


 「いくらすか?」

 「一人3000G」

 「お! いい値段すね」

 「そうだろ」

 「・・・安くなったりしますかね」

 「チケットがか? さすがにそれは・・・・」

 「そうですか・・なら別なところに頼むかな……」


 俺はこのオジサンと船から離れようとする。

 

 「まてまて。いくらがいいんだよ。あんちゃん!」

 

 オジサン。チケットを売りたくて必死だよ。

 とくに顔がね!

 俺はオジサンの雰囲気で、本当はいくらであってもチケットを捌きたい人だと感じていた。


 「すんません。俺、今手持ちが2000Gしかないんですよね」


 真顔でめっちゃ嘘ついた。

 俺は全身から貧乏そうな雰囲気を醸し出す。


 「そりゃ・・厳しいな・・乗らせてあげられそうにないなぁ」


 オジサンはその値段設定は厳しいと言い、苦い顔をした。


 「ああ、それじゃあ。座る席じゃ無くていいんで、立ったままでいいんで、2000でもいけますかね?」

 「立ったまま!? この海、途中で荒れるんだよ。大荒れだよ」 

 「大丈夫っす! 足腰強いんで!」

 「いやぁ、さすがに。船で吐かれても困るんでね」

 「大丈夫! 吐いたら身ぐるみ剥いでもらっても結構なんで」

 「いや。俺たちは船乗りだし・・海賊じゃないんだぞ・・・あんちゃん」

 「ははは。それくらい大丈夫ってことっすよ」

 「しゃあないな・・・立つなら2000Gでいいよ。あんちゃん」

 「ありがとうございます。じゃ! これで」


 俺はおじさんに2000Gを渡した。

 

 このやり取り。

 実は俺のスキル『取引』が発動している。

 このスキルは、上手い具合に会話を進めると最低でも一割引きに出来る商人必須のスキルだ。

 俺の場合。

 これを結構鍛えてあるので、大体半額まで交渉できる。

 ただし、今回のようなチケットの場合は難しいので、値引き率四割未満に設定した。

 当然商品の場合は五割を目指しますよ。

 旅は安くが基本だ。

 冒険者は常に金欠に気を付けないといけないのである。

 旅の最初から金欠の俺だったけどね・・・・。

 

 ◇


 船に乗って三十分。

 船乗りたちがいう激しい波がやって来た。

 船体が大きく上下に揺れる。

 座っている人たちですら、バランスを崩すような大波だ。

 だからこそ、大陸間移動をする場合は飛空艇を使う者が多いのである。

 でもあれは、お値段が超お高め設定なのだ。

 1フライトで大体10万は下らないだろう。

 『金持ちしか無理じゃん』と言いたい。

 せめて1万に値下げしてほしい。



 船の甲板に立つ俺は海をずっと見ていた。


 「あんちゃん! ビクともしないな。船乗りだったんか?」


 操舵している人の近くにいる船員さんが甲板にいる俺に聞く。

 

 「まあ、そんな感じっス。昔、船乗りさんに船の乗り方を教えてもらいましたから」

 「そうか・・・だからビクともしないんだな」

 「はははは。でも、ちょっとは揺れてますよぉ~」


 俺はその昔。

 船乗りダイゴさんという方にスキルを教えてもらったことがある。

 スキル『バランス感覚』

 船乗りの初期スキルだ。

 ちなみに、拳闘士などの肉弾戦をする戦闘職も覚えることがある。

 ただし、そっちはレベルが上がってからのスキルなので俺は覚えられない。

 だから直接船乗りさんから覚えたのである。


 両足に力を込めたり、込めなかったり、全身と足のバランスを保つのがこのスキルのコツである。

 船は大きく揺れているのに、俺はビクともせずに甲板に立って、遠くに見えてきたジャコウ大陸を見た。


 「久しぶりだな・・・まずは、親父の所に行くか。そんで次は先生かな。後は師匠と、ユナさんもだな」

 

 懐かしい顔ぶれに会い、元気をもらってから何をするのか決めようと思った。

 俺の目標は、元々あいつらを伝説のジョブにふさわしい人物にすることだったんだ。

 俺の自慢の友達は、世界最高の人だってさ。

 世界に知らしめたかったんだよな。

 三大クエストを制覇すれば、その夢が叶うかもって思ってたんだけど。

 追放されちゃその夢は俺の手では叶えられないからな。


 俺は、また別の夢を手に入れよう!

 前向きに。

 元気に。

 生きていれば、何かが起きるんだ。

 後ろを振り返るのは、あの辛かった時代だけ。

 今の俺は悲しくとも辛くはない。

 きっと無職が板についてきたんだろうな。

 なんてな。ははははは。


 

 「ぐえええええええええええええええええええ」

 「いや。あんたが、吐くんかい!!!」


 最後に、俺にチケットを売ってくれた人が、海に向かって吐いていた。



 ◇


 

 ジャコウ大陸。

 マジャバル村。

 相変わらずの小さき村に、俺は久方振りに帰郷した。

 学校を卒業した15の時にすぐに冒険者となり、旅に出る生活をしたので、俺は約6年ぶりに家に帰って来た。

 

 玄関の扉を開けると、お袋ではなく、親父がいた。


 「どちらさん・・・・おおお! ルルか!」


 6年ぶりでも親父はすぐに俺だと分かった。


 「ああ、帰って来たぞ。親父」 

 「そうか・・・・・・・・・・連絡しろ!」


 返事の後。

 しばらくしてから『連絡しろ』の言葉と共に親父がドロップキックしてきた。

 俺はそれを片手で受け止める。


 「む! 息子よ。なかなかやるな」

 「親父は相変わらずだな・・・・俺はもう、ガキじゃないぞ」

 「これはどうだ」


 フライングチョップをしてくる親父。

 この人のコミュニケーションは、何か技を繰り出さんとダメなのか。


 「おい。なんでそう来るんだよ。久しぶりに会ったんだぞ!」

 

 俺は、チョップの中心を片手で受け止めて、親父の身体を持ち上げて降ろした。


 「ぬお! 俺を受け止めるとは! ガハハハ」

 「そうだな。よいしょと。親父、お袋は?」

 「いるぞ。母さん! ルルが帰って来たぞ!」


 親父は二階にいるお袋を呼んだ。

 つうか、お袋がいるならまず最初にお袋を呼び出しますよね。

 技なんか繰り出す前にやることあるよね???

 この親父は、普通の親父じゃない。

 『なに考えてんだ、この人は?』と俺は思う。



 階段を駆け下りる音が大きい。

 慌てるようにお袋は二階から降りてきた。


 「…ルル! 本当にルルなのね」

 「ああ。俺だよ。お袋! ルルロアだ」

 「ええ、ええ。無事だったのね。嬉しいわ」

 「あれ? 無事って。俺結構、手紙とかお金は送ってたと思うんだけどな」

 「もらってるよ」


 泣いているお袋の代わりに親父が拍子抜けするくらいに簡単に言った。


 「じゃあ、何で家とか家具とかがそのまんまなんだ? 建て替えたり、新しいのを買ったりすればよかっただろ? 俺たちの報酬って結構あって、仕送りも出してたんだぜ」

 

 お袋が涙を溜めていた顔を親父に向けると親父がまた話し出す。


 「誰が、息子の金で家を建て替えるか! 意地でも金は貰わんぞ! あれはお前が一生懸命働いた金だ。だからお前が金で困ったり、必要になった時の為に貯めておくのだ! だから俺たちはお前の金に一切手をつけてない!」

 「は!? いいや、俺は二人に使ってもらいたくて送ったんだぞ!」

 「いいのよ。ルル。お母さんたちは、ルルが帰ってきてくれただけでも嬉しいわ。そうだ、お祝いしましょう。ルルの好物を買ってくるわ」

 「おう。それ、いいな! 俺が買ってくるぞ!」


 親父はダッシュで、買い物に行った。

 ワンパク坊主みたいな親父は、いつも通りで、昔のまま。

 まったく変わらないらしい。

 


 お袋と二人きりになったので俺は落ち着いて会話した。


 「じゃあ、一切お金を使ってなかったのかよ」

 「そうよ。でもあなたの気持ちは嬉しいわよ。本当に。でも私たちは親だもの。あなたのお金に手は付けられないわ」

 「そうか。じゃあ、もらってくれねえなら。何か。後で買い物に行く。そうだな。マーハバルでお土産買ってくるわ。あそこで恩師に会おうと思ってるしさ」

 「へえ。恩師ね。学校時代の先生かな。あなた、学校時代は手紙くれないからね。何が何だか分からないけどね」

 「ああ。あの時は悪かったよ。冒険者時代よりもあの時の方が忙しかったんだ。でも、俺にとって先生は恩人なんだ。でさ、実はさ・・・・」


 俺はお袋に帰って来た事情を説明した。

 すると、真顔のお袋は悲しむこともなく、喜ぶわけでもなく、淡々としていた。


 「…そうね。レオン君たちは、苦労してたものね」

 「ん?」

 「あの子らはね。親たちから過度な期待を受けてたわ。私たちの井戸端会議でもそんな話ばかりだったわ。あなたたちが10歳になるまでは、あの会議は本当に楽しかったのにね。ほんとにね。心配ね。あの子たち」


 お袋も何かを察したように黙った。

 もしかしたらレオンが言っていた期待ってのはかなり重苦しいものだったのかもしれない。

 

 「俺は平気だぞ」

 「あなたはね。私はあの子たちの方を心配するわ。あの子たちは本当にあなたのことが大好きだったからね。いなくなったら上手くいかないかもしれないわね。あなたたちのバランスを取ってたのは、あなたなのよ。知らなかった?」

 「俺が? まさかぁ」

 「はぁ。まあ、友達だものね。近しいから気付かないのね」


 お袋は俺ではなくレオンたちの方が気がかりだと答えた。

 確かに、俺もそこは心配している部分がある。

 イージスを誰が起こすのか。

 レオンのナンパを誰が止めるのか。

 エルミナの世話を受けられないのは寂しいし。

 ミヒャルとの口喧嘩が無くなるのは寂しい。

 と俺も思うのだ。

 向こうも思っているに違いない。

 

 やっぱり俺は寂しいんだ。

 お袋と話してそう感じた。


 「それじゃあ、今日は腕によりをかけて、目一杯ご馳走を作るわよ!!!!」


 お袋は意気込み、料理を大量に作り始めた。


 しかし、親父はまだ帰ってこない。

 一体どこまで買い物に行ったのだろうか。

 そんな感想を抱いたのは、お袋がほとんどの料理を完成させてからである。



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