第19話 清々しい別れ

 次の日。

 シエナの母親の部屋。

 

 俺はシエナの母親と二人きりで話した。

 彼女にはあまり体を動かしてもらいたくないので、念のためにベッドに寝てもらい、俺がその脇の椅子に座っている。

 

 「いや、だいぶ回復しましたね。筋力はちょい落ちていそうですけど。倒れてからそんなに時間が経ってませんよね?」

 「ええ。そうです。大体、一週間くらい前らしいです」


 シエナの母親は、日めくりカレンダーを見て、自分が眠り続けた時間を確認した。


 「よかった。それだと間に合いますね。重症となり倒れてからでは、一か月くらいで心臓を動かせなくなりますからね。俺がここに来れてよかったですよ。いやぁ、気付いてよかった」

 「はい。あなた様と話すには、感謝以外の言葉が出てきません。シエナのあんな依頼書でこちらに来て頂けるなんて、本当に私は運が良かった。ありがとうございます」

 「いえいえ。あの子の字が、切実に訴えていたんですよね。だから感謝するならシエナにしてあげてください。あの子を大切にしてあげてくださいね」

 「は、はい。ありがとうございます」

 

 シエナの母親は、俺に何度も頭を下げてきた。

 もういいですよと言っても感謝しきれないのだろう。

 気の済むまで頭を下げさせてあげることにした。

 

 「それで、一つ重要なことを言うんですが」

 「なんでしょう?」

 「あの子。おそらくかなりの才能があると思います」

 「え? シエナがですか!?」

 「はい。あの子の職業はまだ天啓を得ていないので、分かりませんがね。おそらく、才能の方はかなり優れている可能性があります。なので、彼女のことを愛してあげてください。過度な期待でもない。見捨てるわけでもなく。ちょうどよいバランスで、あの子を愛してあげてください。お願いします」


 勇者たちは苦労したんだ。

 親からの期待に村からの期待にさ。

 彼らと似たような才があるかもしれないシエナもまた苦労をするかもしれない。

 だから、母親が普通に愛してあげてほしいんだ。


 俺が頭を下げると、シエナの母親は慌てた。


 「いえいえ。頭をお上げください。あの子に才能ですか・・・それはどんな? あの子は普通かと」

 「いいえ。普通ではないと思います。たぶん、シエナは異常に記憶力がいいです。あの幼さでハンター上位クラスのマッピング能力と方向感覚を持っていますしね。それに欲しい花の色と形状を覚えていた。それとたぶん。字や言葉もその記憶力で扱っています。だからきっと特別な才があると思いますよ。なので、周囲から浮く可能性もありますが、家族が十分に愛してあげれば、きっと困難も乗り越えていけますからね。お願いしますね」

 「そ、そうですね。そのようにします。私たちはあの子を愛します」

 「ええ。それはよかった」


 この俺のように。そしてレオンたちのように。

 家族として協力し合っていたから、俺たちは真っ当に生きていけたんだ。

 だからシエナも、家族に助けられればきっと大丈夫だろう。




 会話を終えると、二人が帰って来た。


 「おにいちゃん。かえってきた!」

 「おう! そうか」

 「ぐし」

  

 とシエナは言って、俺の足にタックルしてきた。

 これは懐かれているのか?

 それともぶつかり稽古か?

 どっちでもいいけど、シエナが笑顔だからいいでしょう。


 デカい荷物を持ったシエナの父親は、玄関で重そうにしていた。

 

 「う。うう。おもい・・・。ああ、ルルロアさん! パ、パーティーにしようと思いまして、妻はもう大丈夫ですよね」

 「ええ。大丈夫ですよ。激しい動きさえしなければ、もう動いてもいいですよ。あれは脱力さえ取れれば病ではないんで、大丈夫! でも花壇、すみませんね。オレンジの花がびっしりあって、あそこの花壇が大好きだったろうに、歯抜けみたいになっちゃって」

 「いえいえ。私共の為にルルロアさんがわざわざ忠告して、取ってくれたのですから。どうぞお気になさらないで」

 

 マリーゴールドで固められた花壇の中に、マールベルがあったため。

 俺はそれを全部引っこ抜いて俺のマジックボックスに収納した。


 捨てるのはもったいない。

 何かに有効活用しよう。

 あ、ちなみにだが。

 これらの行為は親父さんに許可を取ってますよ。

 そんなん勝手にやったら、泥棒だからね。

 やばいでしょ。勝手にやったら。

 頭のおかしい奴じゃん!



 なんて昨日のことを回想していると。


 「おにいちゃんも、おいわい! プレゼント! はい」

 

 タックル少女シエナが、俺に小さな箱をくれた。

 ピンクの外装に、オレンジのリボンがついている。

 シエナは、やっぱりオレンジが好きらしい。


 「ん? 俺にか?」

 「うん!」


 誕生日じゃないけど俺はプレゼントをもらった。


 「開けてもいいのか?」

 「うん! あちしから、おにいちゃんにプレゼント」

 「おお。そうか。ありがとな」

 「へへへへ」


 中身はリストバンドだった。

 色はここでもオレンジ。でも何故か一個である。

 リストバンドは基本が二個ではないのか。


 「…おお。リストバンドか・・・一個だな」

 「おにいちゃん!!! ほら」


 シエナは俺のズボンをクイクイと引っ張る。

 下を向いたら、シエナが満面の笑みで、自分の右腕に装着したオレンジ色のリストバンドを見せた。


 「おそろい! へへへへ」

 「ああ・・・・そうか。だから一個か。わかった。俺も着けるぞ。ほれ」

 

 俺は左腕に装着して、シエナの前に腕を出した。

 嬉しそうにした彼女は、何故かその場で両手を上げて踊った。

 

 「わーい。わーい。おそろい!!!」

 「そんなに嬉しいのか? いや、疑問に思うのも野暮か。嬉しいならそれで良しだ!」


 彼女の頭を撫でて、俺はこの家族と誕生会の準備に入ったのであった。



 ◇

 

 「おかあさん。げんき! うれしい。たんじょうび、どうぞ!」

 

 シエナは、おぼつかない手つきでケーキを持ってきた。

 あちしが切ると言って、ケーキを四等分。

 十字に切ればいいのに、何故か潰れた✕印に切った。

 おいおいと言いたかったけど、この子はまだ5歳。

 むしろ、包丁を扱えることが凄い!

 と思うことにしよう。


 「おにいちゃんこれ。でっかいの。おかあさんといっしょ!」

 「え? いや、これはシエナが食えよ。お母さんと一緒はシエナの方がいいんだぞ」

 「これ、おれい! おかあさんなおしてくれた。おれい」

 「・・ん? そ、そうか。わかった。もらうよ」

 「わーい」


 シエナは、俺がケーキを受け取ったのが、よほど嬉しかったのか両手を上げて喜んだ。

 


 「うまいな。シエナはおいしいか」


 俺は一口食べてシエナに聞いた。

 鼻の上にケーキを食べさせているシエナは


 「うん! おいしい」


 と言って、フォークを投げ飛ばす勢いで喜んだ。

 あぶねぇよ。


 「そうか。よかったな・・・そいつはな」


 その後。

 お腹がいっぱいになってきたシエナは、机におでこをつけてフォークを持ったまま眠った。


 「おいおい。まあいいか。シエナのお父さん。お母さん。この子を部屋に連れて行きますよ。いいですか」

 「いえいえ。そんなご面倒をおかけ・・・」

 「大丈夫です。俺はこういうのに慣れてるんで。寝かしてきますよ」


 俺はイージスで慣れている。

 この子はまだいい方だ。

 イージスはところ構わず眠るし、しかも俺のそばで眠るから、俺が必ず世話をしないといけない。

 にしても、あいつらの世話。

 誰かがやってくれているのだろうか。

 あいつらは意外とパーフェクト人間たちじゃないんだ。

 世話を焼いてやらんと、まともな生活は出来ないだろう。

 マールダ。

 やってくれているかな。

 大丈夫かな。


 と俺が思っている間に、シエナのベッドに到着した。

 

 彼女をベッドに置いて、掛け布団を被せてやる。

 すると、寝ながら俺の手を握って来た。


 「おにいちゃん・・・だいすき・・・へへへへへ・・・おにいちゃん・・・あそぼ・・・」


 夢の中で俺と遊んでいるらしい。

 何の遊びだ?

 この子、5歳の癖に腕力と握力が凄いんだが。

 まじで、シエナは何らかの特殊な才がある事は確定だな。


 この日の俺は、この子が真っ直ぐ育ってくれることを祈って眠りについた。




 ◇


 翌日。


 「そうっすね。そろそろお暇しようかなと。お邪魔しましたね。シエナ、お二人とも」

 「ありがとうございました。最初の無礼が今や、生涯の恥であります。本当に感謝してます」

 「いえいえ。そんなに恐縮しなくとも。俺はそういう扱いに慣れてるんで、全然大丈夫ですよ」

 「・・そ、そうですか。ありがとうございます」


 シエナの父親は、深いお辞儀をしてくれた。


 「私も感謝を、ありがとうございます。あなた様のおかげで、すっかり元気になりました」

 「ええ。よかったです。あとは、約束を。旦那さんと共にお願いしますね」

 「はい。もちろん。この子を愛し続けます」

 「それなら、俺も安心です。愛を受ければ、この子は立派な子になりますよ」


 シエナの母親は俺との約束を守ると固く誓ってくれた。

 

 「あちし・・・さびしい・・・おにいちゃん。ここにいてよ」

 「お! そうか。お兄ちゃんも寂しいぞ。でも、お仕事しなくちゃならんし、またいつか会おう!」


 俺はしゃがんで、目線を合わせた。


 「あえるの? おにいちゃんここにくる?」

 「・・・うううん。どうだろうな。ここに来るかはわからんな……ああ。でも、シエナが学校に入る頃には会えるかもな。都市の方に行きゃクエストを受けてるかもしれんしよ」

 「えええ・・・それじゃ・・・ずっとさきだ・・・」

 「ずっと先か…でもあと七年後だぞ。すぐだ、すぐ! ははは」

 「…あちし、すぐにぼうけんしゃになる・・・あちし、あいにきてもらうんじゃなくて、あいにいく・・・やくそく!」

 「お! そうか。約束か。それじゃあ、冒険者になったシエナに、俺は会うことを約束しよう! だから、頑張れ。冒険者は誰でもなれるけど、強くなるのはほんの一握りだからな。精進しろ! はははは」

 「しょうじんする。しきゅう!」

 「そうだな。至急精進か。はははは。ほんじゃ。じゃあなシエナ」

 「ばいばい! おにいちゃん・・・ばいばい・・・・だいすき!」

 「ああ、じゃあな。また会おうぜ」


 と俺は笑いながら泣いている彼女の声を聞いて、名残惜しい所もあるけど、晴れやかな気持ちで出立したのであった。


 そして・・・・。


 「あ! 100G もらうの忘れたって・・・・それは野暮だな。あの子の笑顔が100G以上の価値があったってことにしよう! だから、十分もらったわ! ははははは」


 こうして俺の個人で受けた初のクエストは失敗に終わった。

 二つ目は成功したけどね。

 俺は、彼女の花の依頼を達成できなかったんだ。

 でも俺の心はかなり満足してる。

 彼女の笑顔を見られただけで十分幸せだったんだ。

 一人になって、少し不安であったけど。

 その心の隙間を補ってくれるような、お母さん思いの心の優しい少女との出会いだった。

 

 と自分を勝手に納得させて、貧乏旅はもうちょっとだけ続くのであった。




 ◇

 

 こうして、ルルロアと出会った記録力抜群タックル少女シエナは、のちに天啓を得る。

 職業を英雄職『マスターハンター』

 才能を異端の能力『即時記憶』

 と判明するのである。

 

 彼女は、のちにとある師を得て冒険者となり。

 ハンター最強の職業を駆使し。

 即時記憶の才能でさらに能力が強化された無敵の狩人となるのであった。

 彼女は世界をまたにかける冒険者となる。

 それはまだ先の話である。


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