第18話 クエストは中断。シエナ家の事情

 ジュークウルフを討伐し、クエストを達成した俺は、その証拠の保全ために、廃棄用のアイテムボックスにこいつの死体を放り込んだ。

 本来、討伐クエストの証拠は首があればヨシだが。

 こんなところで、解体作業をすれば、シエナが目を回して卒倒すると思ったので、ここではやめて全部収納したのだった。


 俺は声をかけながら彼女を地面に降ろす。


 「シエナ。終わったぞ。倒したからもう安心だ。ほら、目を開けてもいいぞ」

 「・・・ほんと・・・もういないの・・・オオカミさん」


 怖がるシエナは片目ずつで眼を開けた。

 襲われる前と同じ。

 変化のない目の前の現場に驚く。

  

 「いない・・・いないよ・・・・」

 「おう。俺が倒しておいたぞ。もう安心よ」

 「すごい・・しろい・・・オオカミさん。つよいって・・あちし・・むらのひとからきいた」


 シエナは、ぼうっとした顔で俺を見つめている。


 「あ、まあ、そうだな。村人からしたら強いよな。でも冒険者にとっちゃ簡単よ! ちょちょいのチョイで倒せるんだぜ。はははは」

 「・・・おにいちゃん。すごい・・・すごい!! ありがと!」

 「ああ。どういたしまして」


 笑顔になった彼女に一安心して、俺はさっきシエナが見ていた花を確認した。

 花びらを一枚破って凝視する。


 「こいつは……。シエナ。本当にこの花が欲しいのか?」

 「うん。おかあさん、これがだいすき」

 「これはちょいとやめた方がいいな」


 俺はこの花に心当たりがある。

 事態は切迫しているかもしれなかった。


 「シエナ、ここは正直に言って欲しい。シエナのお母さん。この花を普段から扱ってるのか。具合が悪くないか?」

 「え? う、うん。いつも、このおはなのおせわしてた。でも、さいきんは、からだがだるいって・・・ベッドでねてる・・・だから、おはなをみたらげんきになるかもって・・・あちし。おもった」


 やはり、シエナのお母さんは寝込んでいるらしい。

 事態はかなり切迫していた。


 「なるほどな。だからシエナは、俺を家にあげなかったんだな。誰も家にあげないのはお母さんが具合悪いからか! なぁ、シエナ。ちょっとお母さんに会わせてくれないか」 

 「え・・おとうさんがいやがる・・・おいしゃさん、いがいはだめだって」

 「そうか。でもその医者が気付いてないようだ。このままではお母さんは治らんぞ。俺がいくわ」

 「…え!?」

 「この任務は中止だ。俺の背中に乗れ。急ぎたいから、俺が走る!」

 「・・・え・・・どうして・・・」


 戸惑う彼女を放って、俺はシエナを背負い、村に戻った。



 ◇


 オレンジの家に戻った俺は、彼女が駄目だと言っても、強引に家の中に入って、彼女の母の前に来た。


 彼女の母は、眠っていながら呼吸が浅く、苦しそうな顔をしていた。

 だから分かる。

 シエナがだるいと言ったその症状原因は、このオレンジの花なのだ。

 この症状は、マールベルの花の副作用である。


 この花の蜜を吸って、戦うキラービー。

 この花をよく知るモグラ型のモンスター、ドンキボーン。

 これらのモンスターのことを、俺はよく知っているので、彼女の状態がすぐに分かった。


 「こいつは早めに治療をせんと駄目だ。俺のアイテムボックスにある奴で。シエナ。手伝ってくれ。お母さんを治すぞ」

 「え。う、うん」

 

 シエナは戸惑った。  

 でも俺の真剣な顔を見たら、『お兄ちゃん、治してくれるの』と言って、笑顔になった。


 「おう、任せとけ!」


 俺が返事をすると、玄関のドアノブが回り、男性の声がした。


 「ただいま」


 おそらくシエナの父親が帰って来たみたいだ。

 タイミング悪し!

 家に誰かが入ってきたことに気づいた父親は真っ先にこの寝室に入ってきた。

 妻を心配しているから当たり前である。


 「だ、誰だ。あんたは。俺の家から出ていけ。不審者!」


 シエナからの話を聞く限りでも分かるが、この人は父親として旦那として当然の反応をしている。

 俺が不審者に見えるのは仕方なし!

 小さな子供と共に奥さんのそばにいるからな!!!


 「俺は、冒険者だ。時間が惜しい。後で説明してやるから、今は彼女の治療をさせてほしいんだ。本当に時間が惜しいんだよ」


 これは本音です。

 本当に時間が惜しいです。


 「治療だと。ふざけるな。その病はもうエミスの身体を蝕んでいて。離れろ不審者」

 「いいや、まだ間に合う! いいか。こいつは病じゃない。ある攻撃を受けた状態と同じ。冒険者で言う状態異常に近いんだ。だからそれを除去すれば簡単に治るものなんだよ。黙って見てろ。時間がねえ」

 「何を言ってんだ。医者が不治の病だと」

 「はぁ。その医者は、やぶだな! 花とかモンスターに詳しくねえ奴だ。どうだ?」

 「し、しらん。そんなこと。人のことなど誰が分かるか」

 「そうだろう。人は人のことをよく知らない。だから、肩書や役職、出自などの外観で決める。それで、あんたは俺が冒険者だから、この人を治せないと思ってるんだろ。でも俺はな。その医者よりも確実に知識がある。何て言ったって、俺は医者のスキル『医学』も持っている上にな、冒険者なんだぞ。でもまあ、医学は初期スキルだから風邪くらいしか治せないけど。でもこの病は治せるぞ。実際は病じゃないけど、この症状と同じ攻撃をするモンスターをよく知ってるからな」

 「は? モンスター?」


 時間がないが、俺は治療の時に邪魔されたら困ると思い、説明に入った。


 「いいか。シエナの親父さん。この病は、冒険者がいうところの『脱力』という状態異常だ。彼女のこの段階は末期手前。だけど、今ならまだ間に合うのよ。これが、最悪の段階になると、心臓を動かすのさえだるくなるんだよ。彼女はまだ重度の脱力であるから、これは今すぐ治療をすれば簡単に治る! 本当は、手足がだるいくらいであれば、速攻で治るんだけどさ。その時に適切な治療を受けていなかったんだろうさ。で! ここまで説明したが、あんたはどうすんの。俺が治療するのは駄目か?」

 「し・・・信用できるか。お前なんか!」


 シエナの父親は、猛反対を決め込む。

 そこにシエナが涙ながらに会話に入ってきた。


 「・・・あちし・・・おにいちゃん・・しんじる・・・おにいちゃんだけ・・あちしのおねがい。きいてくれたもん。おとうさん、おにいちゃん、しんじてよ。なおしてくれるよ・・おとうさん」

  

 シエナが父親の足に泣きついた。

 父親の難しい顔は次第に、シエナの言葉で解けていく。

 娘には弱い父親であった。


 「シ、シエナ・・・し、しかたない。しかし、妻を殺したら許さんぞ。貴様」

 「はいはい。それでいいわ。ほんじゃ。治療をする。シエナ、温かいタオルくれるか? お父さんとさ。用意してくれ」

 「うん。わかった」

 「シエナがお母さんを治すんだぞ。どうだ。凄いだろ!」

 「うん。あちし、がんばる!」

 「ああ。頑張れ」


 彼女の泣き顔が元気いっぱいの笑顔に変わった。

 女の子は笑っていた方が絶対にイイんだ。

 泣き顔にしたら罰が当たるんだぞ。親父さん!


 今の発言。 

 過去の俺にも言っていた。

 俺はもうエルミナとミヒャルを泣かせたんだ。

 俺はもう二度と女性は泣かせたくないんだよ。



 ◇


 「そんじゃ、このポーションを最初に」

 

 実は、脱力に効く薬やポーションはない。

 強壮薬という無理くり力をあげる薬とポーションを併用して回復させるのだ。


 だから俺は先にポーションを少しだけ飲ませてから、強壮薬を飲ませる。

 そしてまた少しずつポーションを飲ませていく。

 一時的に力をあげる強壮薬の副作用は体力を消費するから、失った体力をポーションでカバーするという仕組みだ。

 俺は、初期スキル『医学』の診察で彼女の体力を見ることが出来る。


 彼女はまだレッド反応だった。

 まだかすかに体力はある状態だった。


 このスキルを使用すると、俺の目にその人間の体力が映し出されることになっている。

 青は満タン。

 黄色は半分以下。

 赤は一割未満。

 黒は反応なしで、死亡である。

 結構便利なスキルだ。

 戦いではあまり使うタイミングがないけど、平常時であれば便利に使える。


 「大丈夫だ。まだ体力はある。あとは・・・」

 「・・もってきた。おにいちゃん」

 「おお! ありがとう。さすがだぞシエナ。偉いな」

 「・・えらい・・・へへへへ」

 

 シエナから貰った温かいタオルを、彼女の首。脇。もも。足に置いた。

 体温をあげて、薬の効果を上げるのだ。


 この脱力。 

 段階が存在する。

 初期は手足の脱力。

 中期は全身の脱力。

 後期は全ての機能停止である。

 彼女の段階は中期後半、だから意識不明に近く、呼吸が弱まっていた。

 

 「シエナの親父さん。タオルが冷えたら同じ場所に温かいタオルを頼みます」

 「え・・・わ、わかった」

 

 その後。

 黄色まで反応が上がると強壮薬を飲ませて、反応が赤になる度にポーションを飲ませる。

 シエナとシエナの父親が彼女のタオルを交換すること三時間。


 「う・・・うう。シ、シエナ? あ、あなた」


 母親は目覚めた。

 もう大丈夫だろうと俺は彼女のベッドから離れた。

 二人が彼女のそばに行った。


 「エミス!? お前・・話せるのか」

 「・・お、おかあさん・・・おかあさん。おきたよ・・・うわああああんん」

 「シエナ。お母さんは起きましたよ。あらあら、そんなに泣いてしまって」

 「お前、無事なのか。本当に無事なのか」

 「え。ええ。あなたまで泣いて、なにをそんなに・・・あらあら」


 良かったなと思い、俺はこの家を出ようと動いたが。


 「お、お待ちを。冒険者さん。先ほどは、大変失礼な事ばかりを言ってしまい、許してください」


 親父さんは一生懸命俺に謝って来た。

 誠意を感じる謝罪だった。


 「ああ。別にいいよ。親父さんも心配だったんだ。あれは大切な家族のために動いたこと。あんま気にしないでいいよ」

 「いいえ。私はあなたに償わないと・・」

 「いいって別に。それに俺は当たり前のことをしただけよ。お気になさんなって」

 

 トタトタと歩く音が聞こえてきた。


 「おにいちゃん! ありがと! おかあさん! げんきになった」

 「おう。よかったな。シエナ!」 

 「うん! たんじょうび。できる!」

 「あ! そうだったな。誕生日の祝いをやるんだったな。でもあの花はいかんぞ。あれは脱力の原因になる花だからな。お母さんのそばに置かない方がいい。たぶん、シエナのお母さんはあの花の花びらを良く触っていたんだろう。だから、誕生日は別なのを用意しておけ」

 「うん! わかった!」

 「そんじゃな!」

 

 俺がこの家から出たが、何故か二人が追いかけてきた。


 「すみません。あなた様はこの後の予定は、もしよかったうちに泊ってくれませんかね。シエナも喜びますし、私もあなたに恩を少しでも返したい」 

 「え!? いや、さすがに。それは悪いかと。ただの冒険者ですしね」

 「いえいえ。あなた様は私たちの恩人です。ぜひ」

 「おにいちゃん! あそぼ! うちにいてよ!」

 

 レオンとは違うと言っても、俺は女の子の願いに弱い。

 笑顔の彼女の顔を曇らせるわけにはいかなかった。

 

 「それじゃあ、お言葉に甘えます。お邪魔しますね」


 俺の様子を窺っていた二人の顔はぱあっと明るくなった。


 

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