第17話 一人で完遂

 少女シエナは、顔にあるそばかすが、まるで星のように輝いて見える少女だ。

 笑顔がとても素敵で、可愛らしい女の子である。


 いくつくらいだろうか。

 五、六歳か?


 と俺が戸惑ったまま玄関先にいるのはよくない。

 外から見たら、俺が少女を誘拐しそうな怪しい人物に見えてしまうだろう。

 なので依頼の話を進めようとすると、彼女の方から話しかけてきた。


 「おうち・・・だめだから・・・おそとでもいい?」

 「お! いいよ。偉いね。知らない人をあげちゃダメなんだね」

 「・・・へへへへ」


 俺が褒めるとシエナは嬉しそうに笑った。

 にしても、家の前にベンチもあって、庭もあるなんて、お金持ちの家だな。

 ここでも村の規模感じゃないわ。


 俺とシエナが、家の前にあるオレンジのベンチに座る。

 この家は、どこを切り取ってもオレンジに囲まれている。

 目立つ外壁。

 庭の綺麗な花々。

 それに、ベンチにじょうろにホースにと。

 小物類すらもオレンジだ。


 だから、この子の両親が親馬鹿なんじゃないかと、俺はなんとなく思う。

 だって、この子の髪もオレンジだし。

 この子に合わせて作ったのかもしれない。


 「おにいちゃん・・・ぼうけんしゃ・・・おねがい・・・みた?」

 「ああ。見たぞ。あの依頼書はシエナが書いた物なのか?」

 「・・・うん・・・」

 「そうか。君、歳いくつだ?」

 「…5」


 小さな手の平を俺に向けて、シエナは5とポーズをした。


 「そうか。そうか。5歳で字が書けるなんて凄いな。シエナは頭がいいんだな」

 「・・・あちし・・・あたまいい・・・へへへ」


 シエナは、また嬉しそうに笑った。


 「そうだな。子供の依頼だったのに、よく『しきゅう』なんて、言葉を知っていたな。んで、何で花が欲しいんだ?」


 俺は直接依頼内容を聞いてみた。


 「・・・おかあさん・・・・たんじょうび・・・・あした」


 めでたい誕生日の割には、やけに暗い顔をした。

 さっきまでの表情とは違うことに違和感を感じるけど、話を続ける。


 「はぁ~。なるほど。それでか。わかった。それなら急いで依頼をやろう。どこの花を取ってくればいいんだ? 冒険者に頼むくらいなんだ。どこか特別な花なんだろ?」

 「・・エジュのもりのはな」

 「そうか。森の中のか……だから冒険者が必要だったか」

 「・・・うん。ずっとおねがいしてた・・・でもだれもこない・・・」

 「まあ、そうだろうな」


 俺は彼女の暗い顔を見て思う。

 この依頼は、結構前から出していたと思うんだ。

 でも100Gで依頼を引き受ける奴なんて、荒くれ者が多い冒険者の中にはいないだろう。

 だいたいEランクのスライム討伐でさえ、300Gはあるからな。

 よほどのモノ好きじゃないと、このクエストは引き受けないはずだ。

 って俺は受けてんじゃん! はははははは。

 ちょっと虚しいから笑うのはやめよう。


 「よし。何の花が欲しいんだ。俺が取って来てやるよ」

 「・・・え・・・うん・・・・」


 彼女はなぜか黙った。

 依頼したはずなのに花の名を言わないのは変だ。


 「・・・あちし・・・・も・・・いきたい」

 「へ?」

 「あちしも、エジュのもりにいきたい」


 一緒にいきたくて黙っていたらしい。

 なかなか意思がはっきりしている女の子である。


 「・・・え? いや、危険だろう。いや。待てよ。たしか、あそこのモンスターは・・・まあそんなにたいしたのは出て来ないか。この子一人くらいなら、余裕で守り切れるか」


 俺は、モンスター図鑑のエジュの森の一覧を思い出す。

 ジュークウルフくらいだろうな。

 この子を連れて行くにしても、危険なモンスターはな。

 っと俺は直感で判断した。


 「そうだな。シエナも行きたいか……んじゃ、俺の言う事をしっかり聞いてくれるなら、連れて行ってやるよ。どうだ。俺と約束してくれるか」

 「・・・うん! いっしょにいく・・・やくそく・・まもる」

 「よし。じゃあ、森に行くか」

 「うん!」


 ニカっと少女は笑って、俺の心は癒された。

 大好きなお母さんのプレゼントを準備したい女の子。

 そんな可愛らしい子には、もっと笑顔になってもらいたいと俺は思ったんだ。


 

 ◇


 歩いて三十分。

 エジュの村からエジュの森までの時間である。


 「結構、近いな。子供連れでも、ふらッと立ち寄れる場所だな。ここは・・」

 

 入口に差し掛かってもモンスターの気配はなし。

 なかなか平和な森である。


 「よし、俺から離れるなよ。シエナ」

 「うん、わかった」

 「そんで、どこら辺に行きたいんだ? シエナ。場所がわかってるのか?」

 「えっと・・・こっち!」


 彼女が指さす方向へ進む。

 しばらく進むと、「こっち」と言って彼女は指さす。

 またまた迷いなく進むと「こっち」と言って指さす。

 これはまさか適当に言ってんのか。

 と俺が思い始めた瞬間に、俺のスキルが感知した。


 「花の匂いだ……この子、まさか」

 

 この子は普通の子じゃないと思った。

 似たような木や草がある中で、迷いなく森の中を進むなんて、ベテランレンジャーくらいに凄まじい才能を持っている。

 しかも五歳でだ。

 もしかして、天啓を受けたらとんでもないジョブを持っているのかもしれない。

 いやそれは分からんな。

 あの女好きのアホが勇者なんだ。

 人の優秀さと職業の優秀さは比例しないのが、確定しているからな。

 うんうん。

 あいつらよりもしっかりしてる俺が無職なんだしな。


 

 「よし。そろそろ花があるな」

 「うん」

 

 二人で並んで歩いていると、木々が減っていき周りが明るくなっていく。

 開けた場所には、少し大きな花畑があった。

 この花畑の中央には、小さな池がある。

 この水源があるからこそ、周りよりも多くの花が咲いているようだ。


 七色の花々が、それぞれいい匂いを出し続けて、ここはとても過ごしやすそうな空間となっていた。


 「・・わーい・・・おはなだ・・・おはな・・・」

 「そうだな。よかったな。んで。何の花を取るんだ?」

 「んんんっと。さがす」


 シエナは俺の言う事を守って、俺のそばを離れずに花を探し始めた。

 これでもない。あれでもない。

 と、色々目移りしているようにも見えるが、確実に目的の花を選んでいるようだ。

 彼女はやっぱり頭がいいと思う。それも相当だ。 

 特に記憶力が抜群にイイらしい。

 特殊な才をお持ちのようだ。


 「どれだい? 結構探しているけどさ」

 「・・・ない・・オレンジのおはな」

 「オレンジの花か……あそこの花壇にもあった奴だな。マリーゴールドか?」

 「??? わからない。なまえ」


 名前までは分からないようだ。

 見た目で覚えているのかもしれない。

 やっぱり彼女は頭がいいらしいぞ。

 形状で覚えているなんてさ。


 彼女がしばらく花を探す。

 池の周りから始まった捜索は徐々に外に向かい、最終的には、この場の外れの方にある一輪の花に近づいた。

 彼女はこの花だ! 

 と言う顔をして、俺の顔を見た。

 

 「これ! これが、おかあさん・・・すき」


 オレンジの花びらが六枚重なった花。

 花びら一枚の面積の内の半分が次の花びらに重なった特徴的な花だ。


 「ほう。こいつは……これはマリーゴールドじゃないな。ん!? 待てよ。こいつは、たしか・・・」


 俺がこのオレンジの花に疑問を持った瞬間。


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオン」

 「雄叫び!? シエナ。俺のそばにいろ」

 「う・・うん」


 シエナは、今の雄叫びに恐怖を抱き、必死に俺の足にしがみついた。

 小さな手が震えていて、シエナの恐怖が俺の足に伝わる。


 「心配すんな。俺が守ってやるからな」

 「・・・うん」


 俺はシエナの頭に手を置いて笑った。

 安心するかと思ってやったが、やっぱり小さな女の子にはあまり効果はない。

 モンスターと出会うのは怖かろう。



 俺は、お得意のスキルを回す。

 感知(臭)で方角。視野(狩人)で位置を把握。

 自分たちよりも北側からモンスターが来ることを察知した。

 俺がそちらを向いた瞬間、木々の隙間から飛び出してきた。


 白き見た目のホワイトウルフを彷彿とさせるその姿。

 ウルフ系モンスターの中で牙攻撃が最も得意なモンスターなのがジュークウルフ。

 見た目穏やかな丸い瞳なのに、獰猛で機敏な動きを持っているので、二級冒険者が初めて挑戦するには難しいモンスターと言われている。

 

 二級でもなんとかして倒せるほどのモンスターであるのだが、いかんせん今の俺は、幼子を脇に抱えている。

 難易度で言えば、相当難しい現状で、おそらく依頼ランクは、Bランクまで上がるだろう。

 それをたったの100Gでやろうなんて、自分でも思うけど、正気じゃない。

 俺はかなりお人好しみたいです!

 

 

 ジュークウルフは飛び出した勢いとは違い、距離を保ったまま俺を睨んでいた。

 おそらく本能で強さの違いを感じているのかもしれない。

 俺は確実にこいつよりも強いからな。


 「やっぱりジュークウルフだったな・・・にしてもこれは、割に合わん仕事を引き受けたな。でも、この子の笑顔を守るためだ。依頼料なんてどうでもいいや。それについでのクエストとして、ここで消化しよう!」

 

 ここで俺はスキル展開を変える。

 アイテムボックスから鎖を取り出してから、シエナを左腕で抱きかかえた。 

 左肩に彼女の顔を持っていき、俺の左手は彼女のお尻を支えた。


 「シエナ。お前の手で、俺の肩を掴んでろ。それと目を伏せてくれるか」

 「・・・う・・うん」


 シエナは言われたとおりに俺の胸で丸くなった。

 後頭部を俺の左肩につけて、俺の肩付近の服をギュッと引っ張って必死にしがみついた。


 「よし。いい子だな・・・さて、かかってこないのか。こちらから行くと、お前は瞬殺だぞ」

 

 俺の言葉が聞こえているのか分からないが、ジュークウルフは走り出した。

 俺は鎖の先をグルグルと回しながら、敵が俺の領域に入って来るのを待つ。


 「きた! お前は、短絡的だな。動きが直線で分かりやすい。くらえ「束縛チェーンバインド」」


 この技スキルは、特殊ジョブ『トラップハンター』の初期スキル『罠業トラップアタック』である。

 罠で魔物や野生の獣を狩るトラップハンターが、あえて攻撃に出る技。

 相手をギリギリまで引き付けて相手を拘束する技だ。

 落とし穴よりも確実性はあるけど、鎖の扱いを失敗すると一気に形勢が悪くなる諸刃の技。

 トラップハンターにとっての一か八かの技となる。

 

 これを初期技で会得しないといけない職業ってかなり厳しいですよね。


 って俺はあのグンナーさんの修行の時に思ったのであった。

 意外と器用な俺はこれをマスターするのには時間がかからなかった。


 「よし。こいつをだな。シエナ。目を伏せていろよ」

 「・・・うん」


 両手に両足。口に腹にと、鎖でグルグル巻きになったジュークウルフ。

 全てを拘束して身動きを出来ない状態にした後。

 俺はそいつの首に脇差を刺して終わりにしてやった。

 ジュークウルフは、口も拘束されているから声も漏らさずに死んでいった。


 こんな風にあっさりと敵を倒しているのだけれども、これはかなり難しい事をしてるよね。

 一人でこの子の護衛をしながら、二級冒険者が挑戦するモンスターを倒す。

 しかもこの子に、その戦いの衝撃が来ないように、動かずその場で戦う。

 自分でも思うわ。

 俺、異常に強くねえか!


 俺の基準がレオンたちだったから気付かなかったけど。

 準特級冒険者って、やっぱり強いんだな。

 はははは!!!!


 って暢気に笑ってる場合じゃないか!


 俺が一人で受けた初めてのクエストはこうして終わった。 

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