第14話 不穏なファミリー
ジェンテミュールは緊急会合を開いた。
たった一人を除いて、ファミリーの全員がホームの広場に集まる。
議題は『ジャスティンの死についてとその問題の処遇』である。
「大失態ではないか。我々が死者を出すなんて」
一級冒険者『
プライドの高い男は怒りに満ちていた。
ジェンテミュールが活動を開始して早三年。
この冒険者ファミリーが、一度も死者を出さなかったこと自体が、むしろ偉業であるのだ。
なにせ、通常のファミリーであれば、死者が出るなど当たり前。
死と隣り合わせにあるのが冒険者の常なのだが、とかくこのファミリーは死者を出さなかった。
それは英雄の四人がいたからである。
と、ファミリーの者たちは思っていた。
だけど、本当の所は違う。
ルルロアがいたから、このファミリーは死者を出さなかったのだ。
四人の英雄と、一人の無職。
この組み合わせがなければ、成しえない偉業なのだ。
「すべては小隊の責任者の責任ではないですか・・・そうでしょう。みなさん!」
一級冒険者『異端神官』シャインが偉そうに講釈を垂れた。
現場の状況を知りもしないのに、ルルロアが悪いと安易に言い切ったのである。
「ほほほほ。まあ、そうなるかいな。我らに失態は許されないのだ。英雄のファミリーであるのじゃからな」
一級冒険者『聖騎士』アルトも同じような意見だった。
「どう落とし前をつけるつもりなのですか。あなたたちは・・・ねぇ。我らの英雄の顔に泥を塗っておいて、責任も取らないおつもりですか」
一級冒険者『踊り子』ナスルーラは、ルルロアと共にバイスピラミッドに行ったパーティーを責めた。
皆の不満は、ファミリーから死者を出したこと。
ルルロアたちが、残りのクエストを達成できずに金を稼げなかったことは、もはや、どうでもよかったのだ。
「私たちは、隊長がいなければ死ぬところでした。それに、あのモンスターと戦って、一人の死者で済んでいるのが奇跡です。だから誰も悪くありません。いい加減なことを言わないで頂きたい」
マールダが懸命に反論した。
「そうだ。あの時、隊長が戦ってくれなければ、俺たちは全滅。これだけは言えます。一級冒険者が束になっても、あのブラッドレインには絶対に勝てない・・・運が悪かったのです」
フィンが自分の実力不足を無念そうに言う。
「そ、そうだ。俺様が。あの時。不用意に前に出なければ・・・ジャスティンが・・・俺様を庇わなくても済んだかも・・死ななくて済んだかもしれない・・・・・俺様が死なせたんだ」
体の大きなハイスマンが小さくなって席に座る。
弱々しい言葉の中に、後悔が滲む。
彼は、それ以上話すことが出来なかった。
「まあ、しかし・・・死者は出たのだ・・・ならば責任者に責任を取ってもらいたい。勇者様、そうでしょう」
一級冒険者筆頭フールナの意見に、勇者レオンは目を瞑って黙る。
そこから皆が静かになったので、レオンは重い口を開いた。
「……死者が出た。これは最悪だ。でも、相手はあのブラッドレインだったんだぞ。俺たちがそこにいたとしても、死者は出たかもしれんのだぞ。それを責めるのはどうかと思う」
「そんなことはあり得ませんことよ。あなた様がいれば誰も死なずに済む。あなた様は勇者様ですのよ」
ナスルーラはレオンの意見を真っ向から否定した。
彼女はほぼ、勇者一行の狂信者といってもいい程心酔している。
「お前ら・・・いい加減にしろ。レオンの言う通りなんだよ。うちらがそこに居たって、あのブラッドレインだ・・・なぁ。エルミナ」
「はい……そうです。私たちがその場に居ようとも、死者は出るかもしれません。ブラッドレイン、あれは魂を刈り取る者なのです。力を奪う者。魔を封じる者と同等クラスの最強のダンジョンモンスター。それは、私たちでも勝てるかどうか。それをルルは、自らの命を懸けて、無理をして、皆を守るために倒してくれたのですよ。それを断罪するのは非情です」
「それは本当なのでしょうかね。にわかに信じられんのですがな」
聖騎士アルトが無職ルルロアが、ブラッドレインを撃破したことを疑う。
それは確かに信じられないと、後ろに控えている準一級以下の仲間たちも頷いた。
「まあ、それが本当かどうかはどうでもよく。私としては、あなた様のプロテクトがあれば、大怪我はあっても、仲間の死はないでしょう。だから、準特級と一級冒険者のみであのダンジョンに行ったのが間違いなんですよ。せめて、エルミナ様が居れば」
異端神官シャインが聖女エルミナの意見を全否定する。
エルミナは絶対の守護者であると、神よりも信じているのだ。
「……貴様ら・・・もしや・・・ルルを断罪する気か・・・」
寝なずに珍しく話を聞いていたイージス。
今までの時間で、ひと眠りもしていないことなんて、本当に滅多にないことだった。
激しい怒りで、仙人のオーラが思わず出ていた。
光り輝く彼は、今までの否定意見を出した仲間の顔を一人一人見ていく。
「・・・しょうがないでしょう。イージス様。怒りを堪えてください。失態には変わりないのですから」
フールナの意見で更に、怒りが増すイージスは、前に出ようとした。
一歩踏み込んだ瞬間。
「待て! イー! やめろ」
「レオ?」
「はぁ。ひとまずだ。皆の不満は分かるが、ここは一旦、落ち着いてくれ、ジャスティンを弔ってやろう。な! 冒険者の慰霊碑に送ってやろう。冒険者の死に、死体があるだけでも珍しいことなんだ。俺は、早くあいつを手厚く弔ってやりたい。だからここで解散して、ジャスティンの為にも静かに見送ってやりたいんだ。どうだ。みんな」
勇者レオンの意見に皆が頷き、この場は収まったのである。
勇者レオン。大賢者ミヒャル。聖女エルミナ。仙人イージスは。
この事態がとんでもない事態になることをこの時は深く考えていなかったのだった。
▢
「いっつ・・・」
粉々になったんじゃないかと思うくらいに俺の全身が痛かった。
指すら動かせない状況で目が覚めると、そばに居たのはエルミナであった。
「お! エルか」
「・・・ルル! ルル! 起きたのですね。よかった・・・本当によかった。このまま目覚めないのかと心配しましたよ・・・よかったです」
「ああ、いてえ。ちょい、触れないでくれ。まだ、いてえから」
エルミナは俺が起きたのと同時に手を握ってきた。
でもその手の優しい温もりでさえ、今の俺には痛かった。
「ご、ごめんなさい……あなたの今の状況、私の魔法を受け付けなくて、傷を癒してあげられなかったのです」
「ふぅ・・・そうか・・・エル、ジャスティンはどうした」
会話の第一声。
俺はジャスティンが気がかりだった。
あいつこそがこの戦いの真の英雄だ。
「はい。レオンが弔ってあげました。冒険者の慰霊碑にです」
「そうか。俺、あいつの所に行けんかったな・・・俺は弱いな・・・・」
「・・え・・それは。どういうこと・・・」
「…いや、俺も逝くってあいつに言って、戦ったんだけどな。まさか俺が、あのブラッドレインを退けちまったからな。俺は、生きられた。運が良いのさ」
俺がそう言った後、エルミナは顔を伏せた。
膝の上で握りこんだ拳が僅かに震えている。
「……い、嫌です……ルルが死ぬのは嫌です。二度とそんなことは言わないで」
「エル???」
「嫌です! 言わないで! 二度と!!!」
「は、はい」
涙を溜めたエルミナに、それ以上俺は話しかけることが出来なかった。
俺が死んだら嫌か。
まあ、俺も逆の立場で、お前らが死んだら嫌だから。
やっぱり軽々しく死ぬなんて言わないようにしないとな。
気を付けよう。
二人の時間が少しだけ過ぎ、レオンたちが俺の部屋に入ってきた。
「よお。生きてたな。くたばらなかったな。ルル!」
「お前なぁ・・・まあいいや。ミーは、いつも元気だな」
「あたぼうよ」
ミヒャルはいつも通りである。
やや暗い顔のレオンが俺の前に来た。
「大丈夫か。ルル」
「お。うん。まあな。ちょっと、とっておきを使っちまってな。体を酷使しすぎたんだ」
「そうか……生きててよかったぜ」
「ああ」
レオンが優しくそう言ってくれた後。
俺の隣に気配が・・・。
「zzzz・・・そうか。生きててよかった・・・・」
「おいおい。なんで俺の隣で眠るんだよ。お前はさ。ちょ、いってえ。体が動かせんのだから。勝手に俺のベッドに潜り込むな」
「むむむ・・そうか・・・起きる」
珍しく起きてイージスは俺のベッドの下側に立った。
「そんじゃ、生存確認しただろ。お前たちも眠れよ。俺の心配してただろ。目にクマが出来てんぞ。お前ら」
「ん?! ああ、まあな。そうだな。眠ることにしようか」
「ああ、そうだな。うちも」
「私も眠りますね」
「おらも・・・ちゃんと部屋で寝る」
「おう。そうしてくれ。俺は生きてっからさ」
安心させるために俺は無理くり笑顔でみんなを見送った。
その後、俺は激痛が残る体を横にする。
自分のスキルの中で、この痛みに多少効果のある応急手当を発動。
指一本くらいは動かせるくらいに回復した。
痛みの波が弱い時に俺は、このスキルを使用しようと思う。
そして。
俺がずっとここで眠り続けると、たまに声が聞こえる。
「…早く、奴の処遇を」
「あいつのせいです・・・あいつが・・・」
「・・・・死者を出すなんて」
俺の部屋まで聞こえる怒号が飛び交っているのだ。
それを何とか四人が宥め、たまにフィンやマールダ。
それにスカナもかばってくれているみたいだが。
俺が驚いたのは、ハイスマンとキザールも俺をかばっていた。
あの時の戦いが身に染みて、たぶんあいつらだって悔しいんだ。
ジャスティンを死なせたこと。
俺も同じ気持ちだからその悔しさが分かる。
だが、この言い合いは、平行線を延々と辿るだけだった。
俺を処断したくない勇者たちとあの時のパーティーメンバー。
俺を処断したい仲間たち。
これでは、このファミリーが二分されるのは、時間の問題だった。
これは、今後のファミリーの運営にとって良くない。
俺たちのような三大クエストに挑戦するファミリーが、このような事態に陥ってはいけないんだ。
俺は部屋の天井を見上げながらそう考えていた。
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