第13話 俺が誰の親友だと思ってんだ

 表情のないブラッドレインは、近くにいた俺に標的を変えた。

 力尽きたジャスティンには興味がないと、態度ではっきり示す。

 もう握る力も残っていない完全に生気の抜けたジャスティンを壁に無造作に投げつけた。


 「許せねぇよなぁ。俺はよぉ・・・・許す訳がねぇ。俺の大切な仲間を雑に扱いやがって・・・・てめえはぶっ殺す!」


 俺の怒りは頂点に達した。


 ここからブラッドレインとの激闘が始まる。

 攻撃と回避。

 持ちうる全てのスキルを駆使して俺はこの伝説級のモンスター。

 ブラッドレインと戦った。

 がしかし、奴の反応は異常で、何の攻撃を繰り出しても躱され続け、次第に俺は後手に回った。


 「クソ、強すぎるわ・・・この野郎・・・ならとっておきでやるしかないか」


 膝を突いた俺がブラッドレインを見上げたその時。


 「があああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 ブラッドレインは、ダンジョン中に響き渡る声で咆哮。

 するとダンジョンがまた一変する。

 

 空気に冷気が混じり、死の匂いが漂い始める。

 ひりついた空気感は、俺の身体を硬直させ始めた。

 これは人に死を予感させる咆哮。

 おそらく何らかのスキルだ。

 体に震えが走る。

 これが魂を刈り取る者の真の力かもしれない。

 

 「この恐怖……この圧力。伝説の名に恥じないぜ。でも俺はやるんだ! ここでお前を倒す。絶対だ!」

 「おおおおおおおおおおおおおお」


 奴の咆哮は続いているが。

 俺は、この恐怖を逆手に取り、とっておきの隠し玉を出す。

 それは、勇者の初期スキル『勇者の心』だ。


 俺が持つ最強スキルの一つ。

 このスキルは、一時的に勇者の力を借りることが出来る。


 今まで俺が、誰のそばにいたと思ってるんだこいつは。

 お前なんかの咆哮で俺の心が恐怖に縛られることはない。

 なぜなら、この勇者の心はそんなもんすら跳ね返す。


 揺るがぬ信念のブレイブハートだぞ!


 俺のそばにはずっとあいつらがいて、俺はずっとあいつらを見ていたんだ。

 それも天啓をもらう前から、俺たちは苦楽を共にしていたんだ。


 だから、俺はレオンをよく理解している。

 動きも性格も何もかもだ。

 だからこそ、俺がこれをスキルとして自分の中で消化することができたんだ。

 だからたぶん、探究者初の伝説級のジョブスキルを発動させることができるんだぜ。

 これは、俺とあいつが親友である証なんだ。

 

 「ごほっ。ごほっ・・・もう血か。発動したばかりなのに……血が出るのが早いな。元々の体力が少ないからか。なら俺は三分も持たんかもしれん」


 正常時であれば、俺の勇者のスキルは三分間のみ発動可能だ。

 でも今の諸々の事情により、もっと短い発動時間かもしれない。

 でもそんなのは関係ない。

 ここでこいつを倒さなければ、皆も殺されるんだ。

 こいつは、マーキングという能力があって、ダンジョン内にいる限り、一度見た冒険者を、殺害しきるまでずっと追いかけてくる習性のある最悪の敵なのだ。

 

 「ここで倒す。いくぜ」


 イメージは、レオンの黄色い稲妻。

 閃光のような動きを再現する。

 俺はジグザグに移動して、ブラッドレインに近づいた。


 予備動作のないブラッドレインは、俺の動きに合わせて一気に鎌を横に薙ぎ払う。

 奴の狙いは俺の首だった。

 だから、そこに来る前に俺は身を翻し、腰に差している脇差を抜く。

 そこから俺のありったけの技を出す。


 「くらえ!」


 強引に体を捻った。


 「花は散り、花は舞う 桜花流 桜吹雪!!! その腕をもらうぞ、ブラッドレイン!!!」


 この技はスキルじゃあない。

 これは、ルナさんの故郷の剣技だ。

 侍のルナさんが、おにぎりで我慢して教えてくれた技だ。


 これでこいつを倒せたら。

 絶対に。

 パンケーキ食べさせてあげますよ!

 ルナさん!


 「な! マジかよ。今のでも無理か」


 俺の会心の回転斬りが当たる直前に、ブラッドレインは瞬間移動で俺から距離を取った。

 俺は空振った剣でバランスを崩す。


 ごめんなさい。

 ルナさん、パンケーキ無理そうです!

 おにぎりで我慢してください!


 

 ◇


 激闘はおそらく1分が経過。

 自分の中ではもうすでに一時間くらい戦ったような疲労を感じる。


 俺の剣が奴に届かない。

 でも奴の鎌も俺を捉えていない。

 互いが高速で技を繰り出して、互いが高速で回避し続けた。


 「・・・がはっ・・・やば・・・俺の限界が先みたいだぞ」

 

 霞んできた目を治すために、腕で擦ってみたけど、霞む景色が元に戻らない。

 勇者の力で身体能力は飛躍的に向上しているはずなのに、俺の身体が限界を迎えているみたいだ。

 

 『ガシャン・・・ガシャン』


 ブラッドレインは、俺の動きの悪さを理解しているみたいで、ゆっくりと近づいてくる。

 その遅さがやけに俺の恐怖心を煽ってきた。

 恐怖するはずのない、勇者の心のはずなのに、戦いの最中で恐怖してきた。

 もしかしたら、今の俺の勇者の心が弱まっているかもしれない。

 俺の手足が震えだし、言葉を出す前から唇も震えている。


 「・・・こ。ここまでか・・・・ジャスティン。お前の覚悟・・・すげえな・・・立派な奴だわ。俺よりもさ」

 

 ジャスティンの決死の覚悟。

 死が直前にまで迫って、あれがいかに凄い事かを俺は今思い知った。



 ◇


 「隊長! 逃げて・・・豪矢ジョットショット


 この戦場に戻って来たフィンが、スキルで矢を放ち、ブラッドレインの頬に攻撃を当てた。

 凄まじい轟音の矢であったのに、軽いコツンっと音を立てて、矢は地面に落ちた。

 フィンの攻撃が悪いんじゃない。

 こいつの防御力がそもそも違うんだ。 

 一級レベルの冒険者じゃ、傷一つもつけられないんだよ。 

 フィン、何故ここに来たんだ!?


 「馬鹿! なんで戻って来た。逃げろって言っただろ。早く。振り返って走れ!」


 倒れている俺は体を少しだけ後ろに傾け、フィンに向けて叫んだ。

 フィンは心配そうな顔で、俺を見ていた。


 「嫌です。隊長だけが犠牲になろうなんて……それに英雄様たちには隊長が必要です。俺が援護しますから逃げてください」

 「な!?・・・ん!?」


 ここで嫌な予感がしたので、ブラッドレインの方を向く。

 すると、ブラッドレインの視線が俺に来ていない。

 フィンを見ていた。

 奴の基本行動は弱い者から狩り取る。

 確実に人の命を奪う際の鉄則。

 弱肉強食がよく身についている凶悪なモンスターだ。

 手負いの俺でもあっても、まだフィンよりも強いから、奴はフィンを狙い出した。


 「クソ! フィン、後ろにバックステップしろ。今すぐだ!」

 「は、はい」


 俺は指示を出した直後にもう一度振り向いて、フィンの方に走り出した。

 フィンは俺の指示を信じてくれて、後ろに飛ぶ。

 するとそこにブラッドレインが瞬間移動。

 鎌が左から薙ぎ払われた。

 がしかし、そこの位置にはフィンはいない。

 空振りに終わった鎌は、大きく右にそれていく。

 ということは、それは大きな隙となった。


 「間に合え!!!!! これで、全部を終わりにする・・全力だああああああああああああああ」


 俺の咆哮に合わせ、俺の脇差が七色に変化する。

 その技は、レオンの必殺技。

 『勇者のレオンハート』だ。

 こいつは、勇者の心から連動しているあいつのオリジナルスキル。

 だから、俺のありったけの力を込めれば発動するんだ。


 俺とあいつは無二の親友だぞ!

 だから、俺に出来ない技はねえんだよ。

 なめんなよ。この野郎!


 「俺の親友の技だ。てめえの装甲だって、絶対にぶち破る!」


 最短の動きで、俺はブラッドレインの背後に入った。


 「『勇者のレオンハート』 力を貸してくれ。レオン!」 

 

 七色の脇差がブラッドレインの左の肋骨に入る。

 俺はそこから一気に、脇差を振り切った。 

 上半身と下半身が真っ二つになる敵。

 下半身はその場に崩れるように下に落ちていき、上半身は最後に俺の方を振り向いた。


 俺の目がおかしくなったのか。

 奴の顔が怒りに満ちているように感じる。

 さっきまでずっと微笑んたような余裕のある顔をしていたのに、今は怒りに満ちて俺に標的を決めたような顔をした。

 

 死んでない。

 まさか、そんなはずは。


 と思った瞬間、泡のような黒い光を出して、ブラッドレインは消滅していった


 「か・・・・勝ったのか??? でもいねえな・・・勝ったか」


 俺の勇者のスキルが解除されて、うつ伏せに倒れた。

 限界ギリギリの身体で、周りの雰囲気を確認すると、あの冷気が漲るような場の空気が無くなった。

 勝てたどうかは分からないが、このダンジョンにブラッドレインがいないのは明らかとなった。


 「た、隊長! す、凄い」

 「・・あ、フィンか。すまん。目も耳も使えん。力を使い果たしたみたいだ。そ、そうだ。このアイテムボックスに、ジャスティンを入れてくれ。持って帰ってやりたい。こんな所にジャスティンを放置したくないんだ。すまんがお前に託す。スキルを開放するから、ここにジャスティンを頼む・・・俺たちの恩人だ、弔いたい・・・」

 「わ、わかりました」


 俺の指示の元。

 フィンが俺の廃棄用アイテムボックスにジャスティンを収納した。 

 人は収納できないアイテムボックス。

 ただ、死体は違う。

 廃棄物としての取り扱いとなる。 

 だから、彼の死は確定である事が決まった。

 悲しいけど彼は物になってしまったんだ。

 俺がもっと強ければ守ってやれたのにと。

 後悔を抱きながら俺はフィンにおぶってもらってこのダンジョンを後にした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る