第12話 VS魂を刈り取る者
モンスターハウスでの乱戦が行われた場所は、いつ扉が閉まるかが分からないので、俺たちはすぐにそこから出て、目の前の通路の安全を確保してから、近くの場所を休憩エリアに設定した。
俺は、パーティー全体の体力が半分以上回復した頃合いを見て、指示を出した。
「これが、俺がさっき書いた地図だ。帰りの間、地図のスキルを使うのもきついから。ここからの帰り道の地図だけを作成した。先頭で警戒するジャスティンが持つのは良くないから、マールダ。お前が持っていろ。帰り道の指示はお前がやれ」
「…隊長。私でいいんですか。隊長がやった方が」
「いい。俺もジャスティンと同じようにダンジョンの警戒をしなければならないからな」
「分かりました。私がやります」
俺は地図をマールダに託し、いつもの警戒する時のスキルを回し始めた。
疲れもあってできるだけスキル展開を少なめに設定したかったのだ。
「隊長。進みます!」
「頼んだ」
意気込んだマールダの指示の元、俺たちは迷宮を迷うことなく帰っていく。
◇
その帰り道の道中。
ダンジョンにいるのに静けさが生まれる。
辺りの雰囲気が変わり始めていた。
「変だ・・・モンスターの気配がないぞ」
「何を言ってるんだ貴様は、私には何も・・・」
とキザールがまた俺に突っかかるように言い。
「どういうことでしょう。隊長?」
フィンがその意見を黙らせるかのように被せて言ってきてくれた。
俺の直感もこれはおかしいと囁いているが、それよりも、俺のスキルたちもおかしいと騒いでいる。
これが胸騒ぎって奴か。
って冗談を思っている場合ではない。
俺のスキルの中で、『感知(臭)』のスキルに反応がない。
これが一番おかしい。
ダンジョン内にいるならば、少なくとも、なんらかのモンスターの匂いがいつもしてくる。
なのに、ここに来て何も感じない。
後ろや横を向いて、視野でも確認するが、モンスターの一体も出てくる様子が見受けられない。
「・・・いや、おかしい。この・・・雰囲気は」
『カシャン・・・シャ――・・・・カシャン・・・・シャ―――』
金属が地面とぶつかる音と、金属が地面と擦れる音が交互に聞こえる。
まるで足枷をつけた罪人が歩いているような音だ。
「・・・・この音は、鎖?」
「どうした雑魚」
その俺の呼び方さ。
いい加減に変えないかい。ハイスマンさ!
なんてことを考える暇は無くなった。
俺たちの背後からその異様なものは出てきたからだ。
俺がまず先に異変に気付き、振り向く。
「が!? 奴は・・・・馬鹿な」
俺が驚くと皆が振り向く。
「まずい。逃げろ。緊急の命令だ。退却しろ。急いで入り口まで行け」
「何を慌てている貴様。私らで戦えばいいだろう。敵は一体だぞ」
そんな場合ではないのに、暢気にもキザールはこう言いやがった。
「お前は冒険者か!? 奴を知らんのか!? とにかく走れ! マールダ。お前の指揮で退却するんだ。全力で逃げろ!」
「た・・・隊長?」
俺の慌てようにマールダは戸惑う。
でも俺はそれすら無視して、戦闘態勢を取った。
奴と戦えるかどうかは俺には分からないが、おそらくここで奴と戦えるのは俺だけだから、皆の退却の援護をしなければならない。
なのに、ハイスマンは背中から斧を取り出した。
「お前に守ってもらわんでも、俺がいって決着をつける。臆病者はそこにいろ!」
「ば、馬鹿。ハイスマン。出るな。お前じゃ、絶対に奴には勝てん」
「うるさい。雑魚が! 俺に指図するな」
ハイスマンが勝手に敵に向かって走り出した。
◇
その力。肌で感じるほどの威圧感を解き放ち。
その姿。一目見ただけで異様な圧を感じる。
俺たちが今対峙しているのは、ダンジョンで極稀にしか出現しない敵。
モンスターといっていいのかわからない容姿を持つ。
ダンジョン三大モンスターの一体。
大鎌を持つ幽霊骸骨のような見た目のモンスターで、手にある鎖は錆びているのに頑強。
両手を緩く縛って、足の鎖は後ろに鉄の玉がついている。
奴の持つ大鎌は、一突きで冒険者たちを死に至らしめる威力だ。
そして骸骨の見た目であるのに、少しだけ微笑んでいるかのような不気味な顔。
黒いフードを被り、黒いマントも着ている。
防御力皆無であるその防具なのに、冒険者の攻撃を寄せ付けない鉄壁の防御力を持っている。
出会ってしまったが最後。
パーティー全滅を覚悟せよとまで言われている伝説のモンスターだ。
今は、あいつらがいないんだ。
こいつはもう。
あのデスジャイアンの時の絶望感の比じゃない。
・・・俺たちはここで死ぬかもしれない。
「下がれ! ハイスマン。奴は一瞬で移動する。お前じゃ、速度も勝て・・・ん。逃げろ」
俺の叫び声の間に、ブラッドレインは消えた。
◇
奴が次に現れたのは、走るハイスマンの前である。
瞬間移動に驚くハイスマンはいつも以上に反応が遅れる。
奴の鎌はハイスマンの首を刈り取る寸前まで行く。
「・・・引き寄せ。引き付け。かばう!」
俺たちの背後のジャスティンがスキルを三つ同時に展開。
一つであれば、奴に効果はなかったかもしれないが、三つ重ねたことで効果があった。
ブラッドレインはハイスマンの首元の大鎌を振り抜かず、再び瞬間移動をした。
敵は動作途中の鎌をジャスティンに向けたのだ。
「ジャスティン! やめろ。馬鹿。お前!」
俺の読みは当たってしまっていた。
恐る恐る横を向くと、ジャスティンの防御の盾は意味をなしていなかった。
鎌が彼の心臓を一突きしていた。
「ごふ・・・にげろ・・・みんな・・・はやく」
ジャスティンは最後の力を振り絞って、自分を貫いている奴の鎌を握りしめた。
仲間を守るために、自分に刺さった鎌を抜かせない動きを見せた。
その騎士道溢れる精神に俺たちは感謝しなければならない。
このジャスティンから貰ったほんの僅かな時間を、俺は無駄にしない。
絶対にジャスティンの死を、無駄死であるとは言わせねえ。
わなわなと震えるハイスマンは自分のせいでジャスティンが死んだと思い、地面にへたり込む。
他の皆は。
「「「ジャスティン!」」」
彼の名を叫び続けた。
仲間の皆は、仲間の死に動揺を隠せずにいる。
無理もない。
ジェンテミュールが結成されて、初の仲間の死。
経験者の俺以外は、突然の事に耐えられないだろう。
俺はここであらゆる状況を想定して、思考を加速させた。
取りうる手段の最善手は、やはり俺が戦うことしかない。
俺だけが奴に対抗する力があると思うんだ。
他の者には任せられない。
「皆! 入口を目指せ。生きるんだ。いけ! 俺が戦う。お前らが逃げる時間は作ってみせる」
「き、貴様なんぞに誰が守ってくれと・・・・」
キザールの怒りに満ちた声。
焦りと悲しみから怒り出していたんだ。
「いいからいけ。ジャスティンの意思を無駄にすんじゃねえ。いいか。ここでお前らが逃げなかったら、ジャスティンは無駄死になるんだよ。いいな! マールダ。フィン。お前らで皆を引っ張っていけ。必ず入口まで皆を連れていけ」
「・・・は、はい」
「分かりました。隊長」
物わかりの良い二人は即座にパーティーを退却させる。
逃げる方を追おうとするのがブラッドレイン。
だが、それを許さないのはジャスティンだ。
絶命するのは分かっているのに、鎌から手を離さないでくれた。
その十秒ほどの時間が、俺たちを逃がすことになるのだ。
「感謝するぞ。ジャスティン。またな」
「・・・ああ・・・・・先に・・・いく」
「そうだな。お前が先だ。でも安心しろ、俺も逝くぜ」
「・・・まだ・・・・くるな・・・・たい・・・ちょ・・う」
微笑んだジャスティンと俺は、最期にこんな会話をした。
今生の別れだけでも言い合えてよかった。
その時間だけはこの敵に感謝する。
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