第11話 ルルロア隊長の戦い

 俺とフィンがいないパーティーは、壁の中で苦戦を強いられていた。

 戦いは長らく続いている証がある。

 それは彼らの体中に傷があり、それに呼吸も荒くなっていたことでわかる。


 敵は三十体以上のチルチル。

 奴らはステップを踏みながら、逃げ道を塞ぐように皆を取り囲んでいた。

 知能がある戦闘スタイルはここに健在だった。

 

 彼らの現状。

 もはや絶望的な盤面だった。

 圧倒的不利な包囲防衛戦を受けて、希望の見えない戦いを強いられていた。



 魔法使いキザールと神官スカナは、この戦闘で魔法をかなり使ったのだろう。

 魔力切れを引き起こして頭痛がしているようだった。

 こめかみを押さえて、頭の痛みに耐えていた。

 

 騎士ジャスティンは、スキルを発動させているが、敵の数が多すぎて効果的にスキルを使用できずにいた。

 引き付ける敵の数がかなり少なく、仲間を守るのに苦労していた。

 これは最悪の戦況である。

 



 俺とフィンが動き出す前に、後ろの壁が閉じた。

 この部屋は、完全な密閉空間となった。


 「これは・・・まさか」


 ここまで来るのに疲れていた俺の足がふらつく。


 「・・隊長・・お体はご無事で?」

 

 フィンが心配してくれたが、正直それどころではない。


 「ああ。大丈夫だ。でもこれは。まさか……」

 

 悩む時間がもったいない俺は、正面の仲間たちを見てフィンに指示を出す。


 「くそ。崩壊寸前だ。フィン、敵一体に斉射してくれ、あいつらの目の前の一体がいい。一瞬、ビビらせて、相手を乱す! その後、俺たちがあの包囲戦の中に入る。ここから俺たち二枚の攻撃では、攪乱にならないから、あえて俺たちも籠城戦をするんだ。いいな。タイミングを合わせろ」

 「わかりました」

 「まず一射だ。やれ!」

 「はい」


 俺が前でフィンが後ろの前後の隊列を組んで同時に走る。



 この状況は、ダンジョン最悪の罠の一つ。

 モンスターハウスである。

 どちらかが全滅するまで。

 俺たちが入ってきた扉が開くことがない。

 最悪の罠の一つだ。

 人とモンスターが生死をかけて戦わないといけないバトルステージである。



 俺は、フィンが斉射したタイミングで叫ぶ。


 「お前ら、壁に引け! 後ろを気にしないで戦うしかないぞ。ジャスティン! マールダ! お前たちが先頭になって、みんなを守りながら後退しろ」

 「誰が貴様の言う事を・・」

 「雑魚が。好き勝手言うんじゃ・・」


 キザールとハイスマンが反論するが。


 「黙れ! 馬鹿共が! お前らが勝手に先走るから、こうなってんだろうが。いいから俺の言うとおりにしろ。俺は、お前らを死なせたくねぇんだよ。生きる道はそれしかない。引け! 馬鹿共が!」


 皆に余裕はないだろうが、俺にだって余裕はない。

 指示はズバッと短く言う。

 

 「くっ」「な!?」


 悔しそうな顔をするキザールとハイスマンは、俺を睨みながら後ろに後退。

 ジャスティンとマールダがチルチルの飛び跳ね攻撃をいなしながら味方を守った。


 「うまい! いいぞ。素晴らしいぜ。ジャスティン。マールダ。上出来だ!」


 俺の言葉に、返事を返す余裕のない二人は深く頷いた。


 「貴様に指示を貰いたくないわ」


 なぜかキザールが反論してくる。

 正直にいう。

 うざったい。


 「お前に言ってねぇ。キザール! 少し黙ってろ。ここから立て直すのに俺の思考の邪魔すんな。俺は今、考えを張り巡らせてんだ」

 

 俺は指揮と思考加速を交互に切り替えている。

 仲間を守るためにやれることを全力で取り組んでいるのだ。

 普段ならば、こんな口調で会話はしないが、皆の命の危機。

 気を配るというひと手間をしたくないんだ。


 「よし、フィン。これにて俺たちも中に入る。あいつらの右側面のチルチルに、当たらんでもいいから矢を乱射してくれ。そこからあいつらの中に入るわ」

 「わかりました。やってみます。「連連矢」」


 フィンがスキルを発動。

 一度に矢を八本斉射した。

 乱れ飛ぶ矢は当てるためのものじゃない。

 ただの威嚇。

 矢の多さにチルチルの隊列が崩れた。

 俺たちはその崩れた先から、皆の輪の中に入った。


 「よし。入った。俺が被害状況を調べる。ジャスティン。マールダ! お前らはいなし続けろ。防御のみだ。フィン。お前は二人を援護だ。相手を倒すよりも、速射で対抗して、二人の防御の手伝いをしろ」

 「「「 了解! 」」」


 三人は俺の指揮に答えた。

 ならば続けて。


 「お前らなら絶対出来るからな。ここが勝負どころだ! 頼んだ!」


 スキル『鼓舞』を発動。

 俺を信頼してくれているならば、指揮と共に、鼓舞でもパワーアップしてくれるはずだ。

 


 ◇


 「状況を・・・スカナ!」

 「わ・・私たちは・・」

 「お前。それはやっぱ、オーバー状態だな。魔力切れだな」

 「・・あ・・あ」


 顔色と会話の反応が悪いスカナは、神官術を連発したらしい。

 戦いの前の罠でも魔法を使ったっぽいんだ。

 このままでは、完全な魔力切れを起こして、気絶してもおかしくない。

 言葉が上手く紡げないのは、魔力切れオーバーヒートの症状の一つだ。


 「クソ。そんなに神官術を使ったのか・・・チッ。なら、キザールは」

 「貴様に報告することなど・・・」

 「うるさい。こんな場面で無駄な時間を作るな! 生きる! ただそれだけに集中しろ。人の好き嫌いで動くな。子供じゃねえんだ。冒険者だろうが!」


 俺はピシャリと言い切った。


 「そんなに悪態つけるならまだ動けそうだな。ハイスマンは!」

 「俺に構うな。お前なんかに」


 二度も同じことを言うのもめんどくさいので、俺はこいつを無視して身体の様子だけを窺う。

 ハイスマンの傷は浅い。

 しかし、傷が無数にありすぎて、重症に近い状態の怪我を負っていた。


 「傷が多いな・・・お前……こんなだと相手の速度に対応できんのに、一人で戦ったな。ジャスティンと連携して初めて重戦士はチルチルと戦えるってのによ。クソ。お前なぁ」


 俺は目の前のアホ男にイラついた。

 重戦士が一人でチルチルと戦うなどアホである。

 速度が数倍以上違うというのに、どうやって攻撃を当てるというのだ。

 ジャスティンのスキルに合わせて戦うしか、役に立つ機会がないというのにさ。

 冷静に戦闘判断が出来ない馬鹿者に付き合う義理はないと、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 こいつも俺たちの仲間なのだ。

 しょうがない。

 我慢するしかない。


 「いいか。俺が応急手当てをする。お前らを一時的に回復させるから、この場を乗り切んぞ」

 

 俺はアイテムボックスからポーションを三つ取り出す。

 この黄色のポーションは俺が作ったポーション。

 俺の今の実力では体力を半分までしか回復させられない。

 さらに量も大量には作れないのだ。

 こればかりは俺が本職の錬金術師ではないからと。

 やっぱり錬金術師の初期スキル『錬金術』しか取得できていないからだ。

 何回も作成練習したとしてもこれが限界であったのだ。

 『高度錬金術』を学べればと何度も思った。

 だが無理である。

 あれは錬金術師の初期スキルではないのだからね。


 「よし。これを飲め。三人とも。んで、ハイスマンは怪我の手当てをする。俺のスキルでな」


 俺は包帯も使い出し、ハイスマンをグルグル巻きにする。

 俺のスキル『応急手当』

 緊急で手当てをすることができ、若干の体力回復が出来るのと、浅い傷ならば多少塞ぐ効果がある。

 

 「そんで、ほれ。スカナ。お前はさらにこれを飲めば、魔法が三回は使えると思う。でもすぐに魔法を使うな。魔法は俺の指示で使え。いいな!」

 

 俺がスカナに渡したのはマジックポーション。

 超希少なポーションだ。

 俺も作成はできるが、これも高度錬金術ではないから、魔力を十分の一ほどしか回復させてあげられない。

 本来の錬金術師ならば、半分は回復させることが出来る。

 超有能な錬金術師だと、フル回復させることが出来るらしい。

 今まで冒険して、そんな錬金術師は、見たことがないが、その噂は町で聞いたことがある。

 いつか会ってみたいものだな。そんな錬金術師にさ。


 「す。すまない」

 「謝らなくていい。ただ、スカナ。ゆっくり飲め。早く飲むと効果が薄れる可能性がある」

 「わかった・・・ま・・・・まずい」

 「すまんな。味は保証できなくてな」


 嫌々な顔でスカナはチビチビと飲んでいった。


 「いいか。ハイスマン。無茶するな。俺の言う事を聞け。じゃないとここは駄目だ。みんなで生きて帰れなくなる。ここは、モンスターハウスなんだ。あのチルチルの群れを倒さん限り、ここから逃げ出せないからな」

 「う、うるさい。雑魚が」

 

 悪態の言葉しか出ないハイスマンを見ずに、俺は包帯を巻いて、視線は戦いに置いていた。


 

 ◇


 「はぁはぁ。数が多すぎる……た、隊長。どうすれば」

 「・・・む! く、苦しい」


 前線で戦うマールダとジャスティンは、敵の素早い攻撃をが苦しみながらいなし続けていた。

 2対31。

 十倍以上の数を相手するには、いくら一級上位の実力者の二人でも厳しいものだ。


 「ぐおおおおおおおおおお」

 「馬鹿、ハイスマン。頼むからお前は最後なんだ。切り札運用だ。少し我慢しろ」


 俺は傷が少し癒えたハイスマンが前に出ようとしたのを止めた。

 俺の指をハイスマンの肩に食い込ませるようにして握る。

  

 「ちっ。なんだよ。雑魚の癖に」


 俺の手を振り払えないのがよほど悔しいらしい。

 すんごい顔つきをしている。

 けどそれも無視しないといけない。

 こいつはこのままでは全滅だという事に気付いてないのか。


 俺は続けて指示を出す。


 「いいか。ここで立て直す! スカナ! ジャスティンにだけ。プロテクトを! あいつの防御力だけをガッチリあげてくれ。フルでだぞ」

 「わかりました。準備します」


 スカナは素直に準備を開始してくれた。

 少しは俺を認めてくれたのかもしれない。


 「ジャスティン! スカナの魔法が掛かってから、俺の行動の後で『かばう』を頼む。俺をかばってくれ。俺だけでいいからな!」

 「????」


 ジャスティンは話さずに首を傾げた。


 「疑問に思うな。俺の策に乗ってくれ」

 「…了解・・・隊長」

 

 彼の返事の後。

 俺は次に『指揮』を解除。


 「いきます。プロテクト」


 ジャスティンにプロテクトが掛かった瞬間、俺はスキルを発動。


 「チルチル。騙されろ! 雄叫びウォークライ


 雄叫びウォークライ

 この世界には、特殊職『獣戦士』というジョブがある。

 動物の力を借りることが出来る職業で、滅多にないジョブの一つである。

 カイロバテスの歴史にある今やいないとされる亜人種。

 それの名残の職業なんじゃないかと、俺は日曜学校の図書館で読んで思ったことだ。

 かつてはその亜人種が持っていたジョブで、この大陸のどこかにその亜人種がいたのかもしれないと思うと、冒険だけじゃなく、そんな歴史を調べるのもいいかなと、思ったりしたこともある。


 俺のウォークライは、相手を一瞬ひるませてから、標的を変更させる技。

 挑発などの技に近いが、こちらの技は自身の戦闘能力が上がる。


 「あああああああああああああああああああああああああああ」

 

 戦場にこだまする俺の雄叫び。

 チルチルの赤い目が一斉に俺を追いかけた。


 「きた! ここしかない。ジャスティン、スキルを頼んだ!」

 「…かばう!」


 俺に攻撃したいチルチルたちは、途中で方向転換をする。

 盾を構えて待ち受けているジャスティンに向かっていった。

 かばうは盾最強の仲間を守るためだけの技だ。

 防御が元々頑強なジャスティンに、プロテクトでさらに防御をあげながら、俺たちの攻撃を一手に引き受けてもらう。

 しかし、そこで終わらせない。


 「今だ! チルチルがジャスティンの前に集まる! 反撃を開始するぞ。先に範囲魔法だ。キザール。一発撃て。そんくらいは撃てんだろ」

 「わかってる。貴様に言われんでもすでに用意はある!・・・焼き払え『フレイムバード』」

 

 炎の鳥がチルチルを焼き尽くす。

 悪態をつく魔法使いキザールの腕前は一流である。

 さすがは一級冒険者だ。

 魔法使いのジョブで上級魔法を操ることが出来るのは、彼もまた努力型の人間である証拠だ。


 「よし、三分の一は倒した。でもまだいける。ここで行け、みんな! 前に出ろ。敵がまだジャスティンに縛られている内に行け! 防御を気にせず全力で行け!!!」

 「「「 了解! 」」」


 全員が俺の『指揮』に従う。

 皆は、ジャスティンの前にいるチルチルを、各々の得意攻撃で倒し始めた。


 自分には絶対に視線が集中しない環境は、防御を疎かにしてもいいという最高の攻撃態勢を整えられる。

 だから、皆は激しい攻撃を繰り出していき、次々とチルチルを撃破していった。

 最後に。


 「これでおわりだああああああああああああ」


 元気になったハイスマンが斧を振り抜いてこの戦いは終わった。

 

 ◇


 「疲れたぜ。こんなにスキルを回したことないからな。はぁ」

 「隊長、大丈夫ですか」

 「おう、フィン。サンキュ」


 座り込んだ俺に声をかけてきて、立ち上がらせてくれたのはフィンだった。

 俺を労ってくれた。

 そして、次に近づいてきたのは。


 「…隊長、申し訳ない。私がいて。このような事態に」


 眉が下がったマールダだ。

 申し訳なさが顔に出ていた。 


 「・・・ん? ああ、気にするな。マールダ。どうせ、ハイスマンかキザールが、ここの入り口のスイッチを押したんだろ。全くあいつらが不注意すぎんだよ。それにスカナ!」

 「なんでしょう」


 スカナはだいぶ素直に話を聞いてくれるようになった。


 「お前、罠を突破するために神官術を使ったな」

 「・・そうです。プロテクトウォールを・・・」

 「はぁ。あれは魔力消費がデカイんだよ。むやみやたらと使うな。あれはエルミナだから連発できる魔法なんだ。それと、お前はこのパーティーの要だぞ。戦闘時に回復魔法を使えんほどにダンジョン内で魔法を使うな! いいか。神官や僧侶は魔法を使わない。これがダンジョン攻略の鉄則だ。覚えておいてくれ」

 「・・・そうですね。今後はそうします…」

 「ああ。そうしてくれ」


 スカナは俺の忠告を聞いてくれた。


 ハイスマンとキザールは忠告してもきっと意味がないので、ここは無視して、ジャスティンの元へ行った。


 「ジャスティン。大丈夫か。かなり無茶をさせちまったけどさ。これ、ポーションな」

 「・・・どうも・・・隊長」

 「ああ。ゆっくり飲んでくれや」

 「はい」


 軽くうなずいたジャスティンは鼻をつまみながらポーションを飲んだ。

 ジャスティンが飲み干したのを見て、俺は皆に指示を出す。

 

 「そんじゃ、帰還するか。ここらで引き揚げよう。無理は禁物だ。鉱物は明日でもいいだろう」

 「「「 了解 」」」


 俺たちは、行きよりも帰りの方が、冒険者パーティーのようになった。

 

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