第4話 変わらぬ五人
どうやって俺は家に帰ったんだろう。
それを今でも思い出せない。
惨めで情けなくて、辛くて悲しくて。
自分だけが仲間外れになって。
自分だけが・・・・。
俺の中で色んな感情があふれていた。
家に帰った記憶すらないことが、その衝撃の大きさを表していた。
ついでに、その時の皆の顔がどんなだったかも覚えていない。
馬鹿にしてたのか、心配してたのか。
それすらも覚えていなかったんだ。
◇
帰宅してから俺は、一度も外に出ないで部屋に閉じこもっていた。
そんな時に、ドア越しからこんな会話が聞こえてきたような気がした。
記憶が曖昧だからはっきりとしていないんだ。
「ルル。ご飯くらい食べなさいよ。ちょっとルル・・・」
「いいんだ。今日くらい……一人にさせよう」
母さんと父さんは、俺を心配していた気がした。
◇
翌朝。
ここから少しずつ記憶がある。
爆音の足音が聞こえた後。
「どーーーーん。グッモーニン! ルル!」
鍵をしていたはずの俺の部屋のドアが開いた。
父さんがドロップキックでぶち破った。
「・・・・・」
目の前で凄いことが起きても、俺は無言を貫いた。
「……朝だぞ! メシだ!」
でも、父さんの顔面の圧が強すぎて答えるしかなかった。
「いらね」
「何言ってんだ息子よ! 何があってもメシは大切だ! ほれほれ」
父さんは、俺の襟を掴んだ。
「離せよ・・・父さん・・離せ・・」
「親父は離さんぞ。息子よ。観念しろい。はははは」
父さんは、ベッドの上で塞ぎ込んでいた俺を引きずって、食卓テーブルに連行していった。
最終地点は俺の食卓の椅子だ。
強引に席に座ることになった俺が、隣を見た。
すると、いつもガミガミうるさい母さんの目が腫れていた。
どうやら一晩中泣いていたらしい。
たぶん昨夜から俺が部屋に塞ぎ込んだのがよほどショックだったみたいだ。
「ほら、ご飯だよ・・・食べな」
いつものようにして母さんはご飯をよそってくれた。
「・・・いらね」
「いらねじゃな~~~~い。いる!」
父さんのドロップキックが俺の首に入った。
骨が折れるかと思うくらいぐにゃッと曲がる。
「どんな時でも。メシは食え! ここめっちゃ大切。メモしとけ」
「……紙がない」
「頭にメモせよ! 息子よ!」
もう一回ドロップキックが来た。
今度は俺の腹に入り、背中まで痛みが走る。
ご飯食べろって言ってるのにお腹を蹴るのはおかしくないか。
吐きそうになるわ。食べられんわ!
「いらね! いらね! 俺はいらね! 何にもいらねえんだよ。もう! 俺は・・・俺の人生は・・・もう終わったんだ!」
文句がつい愚痴になった。
人生が終わった。
この時の俺はそう思っていた。
「いる! いる! 俺はいる! めっちゃいる! 俺の人生にお前は凄くいる! いるしか考えられん」
父さんは駄々こねたみたいに言った。
「うっせえ。俺の人生は、終わりだって言ってんだよ!」
「ふざけんな。お前の人生なんか始まってもないわ」
「…天啓があったんだぞ。無職のさ! そんな職業の奴、この世にいるか! 聞いたことないわ!」
「超激レア職業だ! 誇れ息子よ!」
「誰が誇れるか! 馬鹿!」
「なぁに!? 親に向かって馬鹿とは。この馬鹿馬鹿!!」
俺の父さんは強引な人だった。
陽気で明るいレオンに似ているけど、レオンよりもわがままな人だった。
「いいか。息子よ。俺の人生にお前はいる。そしてお前の人生はまだこれから! 勝手に自分で人生を決めつけんな。天啓で得た
「父さんはね。戦士だろ。でも俺は無職なんだぞ。なんも出来ない奴じゃんか」
「何も出来ない? 別にいいだろ。お前はまだ子供だぞ。今は何も出来ないでもいいんだ。これから何かが出来る大人になる。そう信じろ。自分を信じろ! 息子よ!」
「・・・クソ、話が通じない。帰る!」
「どこにだ! ここがお前の家だ!」
「部屋に帰る!」
「帰さん! とお!」
父さんは俺にフライングチョップを仕掛けてきた。
首にぐっさり突き刺さる。息ができねえ!
「首の骨が折れるわ! 死ぬわ。何考えてんだよ」
「このくらいで骨なんて折れんわ。人間、そんな軟じゃない。だから頑張れる」
首の痛みのせいで、俺はこの人が何言ってんのか分からない。
・・・いや、痛みがなくても何言ってるのか分からない。
「今ので死んだらどうすんだよ」
「死なん! 生きる! 頑張れ! お前な・・・死んだらどうするって思っている時点でな。お前はまだ死にたいなんて思ってないんだ。だから前を見て生きろ!」
「・・・・・・・・・・」
「いいか。一つだけ言うぞ。人はジョブが全てじゃない。人は人だ! 自分を忘れんな。これを忘れんな!」
「・・・言いたい事、一つじゃねぇじゃん」
俺は悪態ついていたけど、父さんの言葉は俺の深層心理を突いていた。
俺は死にたいくらい恥ずかしい事を経験したけど、本当に死にたいとまでは思っていなかったんだ。
生きてもいいのかと思い始めた時に。
「ルル。誰かに何をされても、誰かに何かを言われてもね。私たち親はね、最後まであなたの味方よ。だからご飯、いっぱい食べて今日を生きましょう・・・ね!」
いつもガミガミうるさい母さんが優しく言ってくれた。
この出来事で俺は、少しだけ立ち直れた気がしたんだ。
だから、この後。
両親のおかげで、家の中では動くことが出来たんだ。
◇
だが。
俺はあの日から、家の外に出ることが出来なくなっていた。
恥ずかしくて、情けなくて、外の世界が怖いと思った。
この恥ずかしい職業の事で人になんて言われるのか。
人に自分の事情をなんて説明したらいいんだろうか。
嘘をつけばいいのかなとか、色々考えて。
それを悩むだけで一日が憂鬱になっていたんだ。
あれから、一カ月以上後。
俺が部屋にいた時。
「なあ! 外出ようぜ。おい。ルル!」
部屋の窓に、レオンが貼り付いていた。
べったりくっついているから、外の景色が見えない。
レオンしか見えない。
「出ない。ほっといてくれ」
「なんでよ。遊ぼうぜ。綺麗なお嬢さんを見つけた。ナンパしよう」
「勝手にしてこいよ。俺に言うな」
「なんだよ。遊ぼうぜ!」
「遊ばん!」
なかなか諦めないレオンは、次に綺麗な女性を見つけたらしく、また尻を追いかけてどこかへ行った。
すると次に。
「おい! これ見ろ! 凄くねえか」
「ん?」
ミヒャルが俺の部屋の窓に、デッカイクワガタを貼り付けていた。
「これ見ろって。スゲえんだから! なぁ」
「凄くねえ。うるさいからやめろ」
「んだと。そんなに家の中にいたら、具合が悪くなっちまうだろ。虫取り行こう!」
「いい。お前だけで行けよ。寝る」
ミヒャルがしつこくて俺は怒った。
カーテンを勢いよく閉めた。
けど、俺はその時のあいつの顔を一生忘れない。
泣きそうな顔をしているミヒャルなんて見たことがなかったんだ。
そして、少し時間が経つと。
カーテンを閉めていたはずの窓に何かがぶつかった。
『コン、コンコン』
「な、なんだ?」
ベッドの上で座っていた俺は、思わずびっくりして声がちょっとだけ出た。
「・・・ルル・・・美味しいオレンジですよ。食べてくださいね。元気出してくださいね」
エルミナが小さな声で俺の窓に話しかけていた。
声がほんとに囁き声で、聞き取りずらかったけど、彼女はたぶん俺が寝ていると思ったからこそ窓に話しかけたんだと思う。
「・・・エルか?」
俺が声をかけると。
「…い、いいえ。ちがいますよ。通りすがりの女の子です・・・じゃ、じゃあ」
エルミナは慌てた声で答えて、『トトト』と走り去る音を出した。
彼女の気配が消えた後。
俺はカーテンを少しだけ開けてみた。
すると窓の縁にオレンジが置いてあった。
ここ最近、毎日何か置いてあるなと思ってはいたが、エルミナがずっと俺の窓辺に食べ物とかお菓子を置いていたんだ。
これは、お供え物か。
なんて冗談を言って、彼女の顔を見ればよかったんだ。
それが俺のすべきことのような気がしたんだ。
って、悩んでいたら……。
「zzzzzzzzz」
「なんでだよ!!!!!」
俺が座っていたベッドの中で、イージスが寝ていた。
「おい。起きろよ。イー」
「zzzzzzzzzz」
「人の部屋で寝んじゃねぇ」
「・・・ルル。元気出せ・・・・」
「ん!?」
「・・・ルル。みんな心配してる」
「……そうか」
「・・・そうだ。心配・・・zzz」
「寝てんじゃん。ほんとに心配してんの? これ、どういうこと???」
深い眠り、浅い眠り。
どっちにしたってイージスは寝ながらでも俺のことを心配してくれていた。
こんなに皆に迷惑かけちまうなら、外に出て一緒に遊べばいいのか。
そんな風に思った俺は次の日。
今日もレオンが窓に貼り付いていた。
「なあ。遊ぼうぜ」
「そうするか!」
「ほんとか! ナンパか!」
「しねえよ。それはお前だけの遊びだろ。遊びって言ったら、それしかお前の頭にはないのかよ」
誘われたから、外に出ようと思った。
でも、俺は玄関先で止まった。
怖かったんだ。ずっと閉じこもっていたから。
怖かったんだ。誰かに何か聞かれるんじゃないかって。
怖かったんだ。誰かが俺を馬鹿にしてくるかもしれないって。
悩んでドアノブに手をかける。
そして離すを繰り返す。
そしたら、向こう側から勝手にドアが開いた。
「おう! 虫取り! 行こうぜ!」
「いいえ。皆で木の下でお話しましょうって。さっき言いましたよ」
「・・・眠い・・・・」
「何でもいいから、さっさと外行こうぜ。な!」
四人に導かれるように俺は外に出た。
俺の友達は何があっても友達だったんだ。
嬉しい時も辛い時も、楽しい時も悲しい時も。
俺はこいつらがいれば、それで十分幸せなんだ。
そんな気がしたんだ。
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