第28話 星屑の勇者 前編

  昔ある所にジュピターと呼ばれた国があった。そこでは科学の代わりに魔法文明が栄え、人々は魔法による技術を享受し豊かに暮らしていた。


 だが、問題が起きた。活性化した魔物がしばしば人里を襲うようになったのだ。魔物は畑を荒らし、家を破壊する。人々は生活もままならなくなり、恐怖した。


 人々はその原因を、先代の勇者によって土地に封印されていた魔王の封印が解けたためだと噂するようになった。かつて世界を滅ぼしかけた魔王が復活しようとしているのだと。だから、みな再び救世主が現れることを願うようになった。


 そんな国に住むイオという少年がいた。少年は先代の勇者を輩出した家の娘と地方の有力者の跡継ぎの間に生まれ、両親の愛情を受けながら利発で聡明に育っていった。


「母さん!」

「どうしたの? イオ」


 まだ五歳のイオに母は優しく問いかける。


「母さん前に言ってたよね。母さんのおじいちゃんは悪者を倒した凄い人だったって」

「ええ、そうよ」


 母方の祖父は一度は魔王を封印した勇者の一人だった。母は以前その話をイオに語って聞かせたことがあったのだ。


「俺決めたよ」

「何を決めたのかしら。私にも教えて頂戴?」

「俺、強くなって、皆を助ける勇者になるんだ!」


 イオの腕の中には勇者の冒険譚を記した絵本が抱えてあった。


 彼はその日から稽古に励んだ。両親や使用人はすぐに飽きてやめてしまうだろう思っていたが、小さな彼の志は周りが考える以上に固かった。みるみるうちにその才覚を露わにして、剣術の大会で年上の相手を打ち負かして優勝するほどだった。


 それからしばらく時間が経った。屋敷の庭で稽古を続けるイオの元に、イオより少しだけ年上の少年が現れた。


「……君がイオ?」


 少年は緊張した様子でイオに尋ねる。


「誰……?」

「僕はカロン。えっと、ここで一緒にいてもいいかな?」

「いいよ!」


 カロンはイオの家で働く使用人の息子だった。人伝にお互い名前だけは知っていたが顔を合わせるのは今日が初めてだった。


「カロンはさ、竹刀は握ったことある?」

「……うん、多少なら」

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと試してみようよ!」


 そう言うとイオは竹刀を握ったばかりのカロンにいきなり攻めかかってくる。


「……!」


 カロンはそれを咄嗟にいなす。イオはにっと笑うと自分の持てる限りの攻撃をカロンにたたき込んでいくが、それでもカロンから一本を取ることが出来ない。最後には消耗したところを突かれ逆にカロンに負けてしまった。


「も~、多少なんて嘘! めっちゃ強いじゃんか!」


 イオは地団駄を踏む。


「まあ、一応僕年上だし」

「明日もここに来いよ! 次はぜってー勝つからっ!」


 それからカロンとイオは毎日朝から夕暮れまで共に稽古を始めるようになった。


 やがて十歳を過ぎると、イオとカロンは街の治安を守るため、自ら自警団を結成した。『今の自分達はまだ子供だし未熟だけど、それでも被害に苦しむ人達の為に出来ることはゼロじゃないはずだよ』イオがそう言ったのだ。


 巨大な角を頭にたたえたサイのような魔物が街のど真ん中で暴れている。街を往来していた人々は逃げまどい、路地で小さな女の子は母親の腕の中で恐怖に震えている。


「イオ、やれ!」

「おう!」


 咆哮して突進してくる魔物をカロンが受け止めると、すぐさまリオが切りかかる。それがとどめとなり獣はぐったりと倒れて粒子となって霧散していく。


「すげえ……」

「勇者の子孫だとは噂に聞いていたが、それも納得。ありゃ将来はとんでもない傑物になるぞ」


 まだ子供と言っていい年齢の二人だったが、この街で二人のことを子供だからと甘く見るような大人は一人もいない。始めは子供の遊びだと笑われたが、今では街を襲う魔物を倒して街の小さな英雄とさえ呼ばれるようになっていた。


 次第に名声は街の外にも広がっていき、やがてイオが十四歳になると、二人は国王に呼び出されることになった。


「お前たちの名声は、我が耳にも届いている。勇猛果敢なその力で、この国を救うため魔王討伐に向かってほしい。我が国は魔物の活性化と、それに伴う飢饉で半数の民が命を落とした。それもこれも全ては魔王の復活のせいだろう。」


 勇者になり多くの人を助けることを目標としていたイオにとって断る理由などなかった。


「身に余る光栄です」

「……謹んでお受け致します」

「ではお前たちに勇者そして戦士の称号をあたえよう」


 勇者イオ、戦士カロンの誕生だった。


「それと、だ」


 国王が目で合図を送ると後ろから可憐な少女が姿を現した。


「お前たちの仲間となるわが娘リシテアだ」

「……リシテアと申します」

「我が娘ながら魔法の実力で、この国で右に出る物はいないだろう。随行させるといい」

「待って下さい。それは……」


 横に控えていた臣下らしき男が口を挟む。


「よいと言っているだろう。もう決めたことだ。リシテアは次代の王を補佐する立場になる。そのためには経験を積ませねばならないのだ」


 これから長い旅路を共にする魔法使いリシテアとの出会いだった。


 それから三人は王の計らいによって王城の一室に集められた。顔合わせと親睦を深めろということらしい。だがイオとカロンは困惑したまま押し黙っている。リシテアは一向に対話する様子も見せず不服そうに爪を見つめているからだ。


「……俺はイオ。とにかくよろしく」


 イオは立ち上がり手を差し出す。だが、彼女はそれを無視する。


「……あなたたちがどれほど強いか存じ上げませんが、私には到底信じられません。お父様はああ言ってるけど……魔王くらい私一人で倒せます」

「…………」


 つんと冷たく言い放つリシテアに、イオとカロンは困ったように顔を見合わせる。すると踵を返し部屋を出て行ってしまった。


「はあ……どうする?」

「……先が思いやられるね」


 そんな会話をするのとほぼ同時に突然衛兵が慌てたように部屋に入って来た。

 

「はぁはぁ……失礼します!」

「そんなに慌てて……どうかしたんですか」

「勇者様達に申し上げます。上空に暗黒竜が現れました」

「え……」

「それで……リシテア様が……」

 

 二人は血相を変えて立ち上がり慌ててデッキから外に出る。王城の上空を覆うように竜が翼をはためかせ咆哮していた。


 血相を変えた王がやって来る。


「このままでは……危険です。私どもではとても近づくことが出来ません。どうか姫様を連れ戻してはくれませんか」


 王城の敷地にある高見台の上から必死に竜に向かって魔法を放っているリシテアが見える。


「行こう、リオ」

「ああ」 


 二人は急いでリシテアのもとまで向かった。


「おい! 危険だ!」

「離して!」

「今やつらに対抗できるのは私しかいないの。私が、私が国を守らないと!」

「来ないで!」


 声を張り拒絶するリシテアに、二人は思わず立ち止まる。


「聞いてくれ!」


 リオが声を張り上げる。リシテアは瞳に涙を溜めながら視線を向ける。


「君に全てを背負わせるつもりはない! 俺たちがここにいるのは、そのためだ!」

「……でも、私が……国を守らなくては……」

「いや、守るんだよ。俺たちと一緒に!」


 後ろに立っていたカロンも声をかける。


「王族だから一人で戦わなければいけないと思っているようだが、それは違う。王族なんだったら他の人間の力を利用するくらいの強かさが必要だと思う」

「そう、カロンの言う通りさ。俺達と一緒に戦えばいいんだよ」

「……でも素性も知れないあなたたちのことなんて信用できません」

「来たよ」


 リシテアの反駁を遮るようにして暗黒竜の咆哮が迫る。


 そして三人は初めての共闘により王都を守った。

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