第12話 ダブルデート

 ピピピピとアラームがけたたましく音を立てて鳴る。


 ああ、朝か。


 三連休の真ん中の日曜日。いつもなら外に出ることもなく家で時間を潰す。アラームをかけることもなく十時頃まで寝ているのだが、今日は違う。


 来瀬さんの提案で悟と佐藤さんのデートについて行くことになったのだ。目的の一つは二人の仲を進展させること。そしてもう一つのミッションは僕が悟と仲直りすることだ。


 寝転んだまま、スマホを手に取り先日来瀬さんから来た連絡を見返す。


『場所は無難に水族館ってことで』

『時間は十時半集合ね』

『遅れないように! あと、二人には私から伝えておくから心配しないでいいよ』


 それが事務的な内容であっても、来瀬さんとやり取りをしているという事実だけでつい口角が上がってしまう。


 僕はベッドから体を起こして、洗面台に向かった。


 僕は高校生としては珍しく一人暮らしをしている。実家が学校から離れており交通の便も悪い田舎にある。実家から高校に毎日通学するのは難しい。進学の際に親と話し合った結果、僕はアパートで一人暮らしをすることになったのだ。

 父親の仕事の関係で引っ越す訳にはいかないらしい。少しは心配しているかと思ったら両親二人とも高校生なんだからそれくらいは大丈夫でしょ、とそういう感じだった。


 着替えよう、とクローゼットを開いて適当な服に手を伸ばす。だが、途中で手が止まる。母親の送ってきたモノトーンの地味な服が数着。僕は服に無頓着な人間だった。そりゃそうだ。インドアで休日に人と会うこともほとんどない僕がおしゃれに気を遣う理由もない。


 だが、今回は休日に来瀬さんと水族館に出かけるんだ。確かに二人きりという訳ではない。でも、男女二人ずつで一組はカップル。もしかしてこれってダブルデートってやつなのでは? 


 いくつかの服の組み合わせをシュミレーションしてみる。


「…………」


 どれもパッとしない。服のせいか。それとも自分自身の冴えなさのせいか。


 と、そこまで考えて浮足立っている自分に愕然とした。


 違う違う違う。何を考えているんだ、僕は。


 頭を振る。


 悟と仲直りするために出かけるんだろう? 来瀬さんもそう言っていたじゃないか。これでは来瀬さんと会うことが主目的になってしまっている。そもそも来瀬さんクラスメイトとしてのよしみで善意で企画をしてくれただけだ。少し仲良くなったからといって僕は何を勘違いしているんだ。断じてこれはデートなどではない。


 結局僕は紺のカラーシャツと黒の長ズボンというあるものの中で最も無難そうな組み合わせを選んで着る。ストックして置いといた菓子パンを適当に取って頬張ると、冷蔵庫から取り出した野菜ジュースで流し込むと、すぐに出かけることにした。



「早く来すぎたかな」


 僕は待ち合わせ時刻の三十分前に到着していた。どう考えても早く来すぎだった。


「熱いな」


 もう七月だ。夏も本腰を入れて仕事をし出したというところか、朝から日差しが鋭い。 僕は木陰に避難してスマホをいじって時間を潰していた。  

 

「お〜い」

 

 トンと何かが背中にぶつかる。驚いて振り返るとそこには来瀬さんの姿が。長い髪をハーフアップにして、にチェック柄のトップスに白いパンツスタイル。制服姿しか見たことがなかった自分には刺激が強かった。その特別感が僕をドキドキとさせる。


「灰谷くん早いね。まさか私とのお出かけがそんなに楽しみだったのかな?」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「え~そりゃ残念」

 

 対して残念でもなさそうにわざとらしく口をとがらせる。出会い頭から僕をからかうことに余念のない来瀬さんだ。


「……でも、早いっていうならそっちこそじゃない?」


 意趣返しのつもりだった。実際僕が到着するのとほとんど時間差がなかった。まさかこんなに早く来瀬さんが来るなんて予想外だ。まだ予定まで二十分以上もあるというのに。


「私? いやまあ、言い出しっぺが一番最後になるのは流石にまずいと思ってね~」


 急いで準備して出て大変だったよ、と何とでもないように言う。まあ、そういうものか、ととりあえずは納得した。


「――そういう灰谷君が早く来たのは、もし水島君よりも後に来たら気まずいからってとこかな」

「…………」


 見透かすような目。強烈なカウンターパンチにたじろいでしまう。


「あっ、図星当てられたって顔してるね。言ったでしょ君は顔に出やすいんだから」

 

 彼女は僕を向くと片手を僕の顔の方に近づけて来て、髪をわしゃわしゃと乱し始めた。


「えっ、ちょっとちょっと、何するんだよ……」

「ふふっ、ごめんごめん。髪が跳ねてたから何かやってみたくなっちゃって」


 悪戯の成功した子供にような無邪気な表情。


「えっ、嘘、跳ねてたかな」

「うん、後ろの方が少しね」


 一応家で直したはずだったのだが、跳ねていたのか? 来瀬さんに指摘されてしまうなんて恥ずかしい。僕は慌てて自分の後頭部を撫でてみたが、よく分からない。


「直してあげよっか」

「え?」

「ほら、後ろの方だし自分じゃ分からないでしょ」

「いや、でも……」


 そんな女の子に髪を直してもらうなんて、さすがに恥ずかしすぎる。そんな状況で平然としていられるほど僕は肝が据わってる訳ではなかった。


「いいから黙って後ろ向く。ほら!」


 来瀬さんは有無をいわせない様子で僕に命令する。彼女の手櫛が僕の髪を梳いている感触が伝わってきて、心臓の高鳴りを押さえるので必死だった。もしかして世の中のカップルはこんなことを毎日しているのかななんて、妄想までして。

 

「はい、終わり!」


 彼女が僕から離れる。


「それにしても暑いね」


 彼女が手で目の上に庇をつくって空を仰ぐ。


「ね? 飲み物でも買わない? このままだと私達干からびちゃうでしょ」

「うん」


 僕らは近くのコンビニに飲み物を買いに向かった。


「あっ、来た来た」


 そして暫くの間二人して木陰のベンチに座って飲み物を飲みながら話し込んで待っていると、来瀬さんが突然立ち上がって手を振りだした。


「お~い、こっちこっち」


 その視線の先を追うと、人混みの中に佐藤さんと悟の姿が見えた。どうやら二人はここまで一緒にやって来たようだった。二人が付き合っているという事実を改めて突きつけられたようで少しモヤッとする。


「おはよう。佐藤さんに水島君」

「あの、今日は宜しくお願いします……」


 佐藤さんは少しの逡巡の後、ペコリと頭を下げる。


「あの、優。おはよう」

「うん。おはよう……」


 たわいもない話している二人をよそに悟の方から僕に声をかけてくれた。

 ずっと僕が悟を避けていたから、こうして悟と向き合うの久しぶりだった。とてつもなく気まずい。きっと悟もそうなのだろう。視線を左右させ、何をどう切り出すべきか、言葉を選んでいるように感じられた。


「えっと、元気にしてたか?」

「……うん、元気だよ」


 今までの僕らの仲からすると信じられないくらいにぎこちない会話。沈黙が僕らを包む。人通りの多く騒がしい中で僕達だけ隔絶されたようだった。

 その時悟が軽く呼吸するのが分かった。覚悟を決めるようなそんな様子。

 そして――

 

「佐藤さんのことなんだけどさ。ちゃんと話せなくてごめんな」

「…………」


 悟の方が謝ってきた。


「突然の事でお前、困ったよな。実はあの日の前日に突然告白されて、それで俺はその告白を受けることにしたんだ。言い訳に聞こえるかもしれないけど、ちゃんと話すつもりだったんだ。でも次の日学校に行ったら変な風に噂になってただろ? あれでずるずるタイミングを逃してこんなことに……。だからホントにごめん」


 悟が謝ってくれる度に息が詰まる気がした。ああ、僕は何をしているんだろう。避けていた僕のほうがずっと悪いのに悟にだけ謝らせている。今日は仲直りするって決めたじゃないか。来瀬さんも気を回して機会をくれただろ。ほら、勇気を出せ。ほら、早く。早く。


「えっと、僕もごめんな。悟を避けるようなことばっかりして……何かどう話していいのか分からなくてさ」

「…………」


 そして僕も謝った。今度は悟が黙る番だった。


「あと、彼女出来たんだな。おめでとう。一応言っとくよ友達として」

「うん……ありがとう」

「でもさ――」


 気がつけば縋るように言っていた。


「それでもたまには一緒に帰ったり出来るよな。休み時間とかもまたいつも通り話せる……よな」


 それは本心の発露だった。ずっと悟との関係性が変わることを僕は恐れていた。


「何言ってんだよ。当たり前だろ」


 悟は僕の言葉に薄く笑って言った。良かった。本当に良かった。これで僕らは親友でいられる。そう思った。


「お~い、二人とも。そろそろ行こう!」


 そこまで話した所で、佐藤さんと何かを話していた来瀬さんの声で呼び戻された。


「ほら、彼女も待ってるよ?」


 来瀬さんは微笑みながら横にいる佐藤さんをチラリと見る。ふと、僕が悟に彼女が出来たことを知った時の光景と重なった。


「……水島君ほら行こ?」


 横に佐藤さんが遠慮がちに悟を誘う。


「じゃあ、優、後で」


 悟は佐藤さんを一瞥して僕に軽く手を振ると、佐藤さんに連れられて水族館のエントランスの方へ歩いて行った。


「ちゃんと話せた?」


 二人を見送る僕に来瀬さんが優しく声をかけてくる。


「……うん。ありがとう。来瀬さんのおかげでちゃんと悟と仲直り出来たと思う」


 来瀬さんが佐藤さんを引き留めてくれたのも、二人きりにして仲直りする猶予を与えるためだったのだろう。

 悟と腹を割って話せた、その事実だけで肩の荷が下りるようだった。


 だが――


 僕は前を歩いて行く親友とその彼女の姿を見る。


 本当にこれでいいのだろうか。僕らはちゃんと親友に戻れるのだろうか。昔のように何も遠慮なく、くだらないことで笑い合っていた僕達に戻れるのだろうか。そんな言いしれない不安を僕は誤魔化し切れずにいた。


「じゃあ、私たちも行こっか」


 僕は来瀬さんと二人の後ろを追いかけた。


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