Marry You

鳥尾巻

幼い日の約束

『まなちゃんとおひっこしではなれてしまうのさみしいです。おおきくなったらむかえにいく。やくそくです。おとなになったらぼくとけっこんしてください』


 幼くたどたどしい文字で書かれた手紙を読み返す。家族ぐるみで仲良くしてた近所の男の子が、引っ越しの日に泣きながら私にくれたものだ。


愛華まなか、またその手紙読んでるの?」


 母が呆れたように笑う。でもこれは私の宝物。

 今日、私は結婚する。私は花嫁の控室で、清楚な白に身を包み、窓から差し込む初夏の光に目を眇める。なんて美しい日だろう。ジューンブライドは日本の風土には合わないと言われているけれど、昨日までの長雨が嘘のように、今日はよく晴れて教会を囲む森の緑も目に鮮やかだ。

 あの日、私に手紙をくれた男の子は約束を守り、素敵な大人の男性に成長して大学生の私の前に現れた。引っ越しで離ればなれになってしまった後も私を想い続け、幼い日の恋を実らせたロマンチックな話に、友達も両親も感激し、私達を祝福してくれている。大学の時、事故で亡くなった妹の愛美まなみも喜んでくれていると思う。


 今日という日を迎えられて本当に嬉しい。私もずっと彼が好きだったから。あの日、彼は妹と間違えて、私に手紙を渡した。

 妹と私は双子だった。活発な妹と内向的な私は性格こそ真逆だけど、顔はそっくりだったから、子供の彼が間違えるのも無理のないことだ。毎年送られてくる2人分の誕生日プレゼントも嬉しかった。途中で電話やメールのやり取りになったけど、ずっと連絡は取り続けていた。再会した彼は妹のことも覚えていたが、記憶は私のものに塗り替えられているようだ。妹も私も「まなちゃん」であることには変わりない。

 この秘密は墓場まで持って行くつもり。


◇◆◇


 ずっと君が好きだった。うるさくて図々しい妹の方ではなくて、大人しくつつましい君が。あの日、君は僕が間違えて手紙を渡したと思っているだろうけど。

 どこで見たのか、妹の方からも何度か連絡が来た。連絡先は姉の方にしか教えていなかったのに、彼女に宛てた手紙を盗み見たのだろうか。なんでも姉の物を欲しがる彼女のやりそうなことだ。愛華とは筆跡が違うので区別はつく。

 何年か経った後、手紙に記した住所に押し掛けられた時はゾッとした。毎年贈っている2人の誕生日プレゼントに、姉の方にだけ携帯の番号やメールアドレスを記載した手紙を入れた。これで妹に纏わりつかれることはないと思ったが、彼女の僕に対する執着は、思ったよりも強かったようだ。人は手に入らないものほど欲しがる。

 僕だって、ずっと見守り続けていた愛華が他の男のものになるなんて我慢が出来ないからね。焦がれて焦がれて欲しくてたまらなくて、きっと奪ってしまうと思うんだ。そういう意味では愛美と僕は似た者同士だったのかもしれない。でも、どんな障害も愛華と僕の間には必要ない。

 

 彼女の妹が亡くなった日も、ちょうど雨が降り続く6月だった。雨の日は事故が起こりやすい。不幸な事故だったが、妹を失った悲しみも僕が癒してあげたい。

 昨日までの長雨が嘘のように、今日の太陽は僕達を祝福するように光り輝いている。


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