第13話 デートの約束

  

 バイトが終わって、落ち着かない気持ちで先輩を待つ。1分1秒が長くて何度も時計をみて確認する。そうしてる内に先輩の姿がみえた。遠くでもわかるその存在に一気に嬉しいがこみ上げてくる。


「せんぱい! 迎えに来てくれてありがとうございます!」


「約束だったからね」


「はい!」


「それで今日はどこに行くの?」


「あれ? 言ってませんでした? ごめんなさいここです」


 私はスマホで撮影しておいたポスターを先輩に見せる。自然と先輩との距離が近くなってドキドキする。


「神社祭りか、こんな時期にも祭りがあったんだね」


「ここから近いですよ。隣の駅から徒歩15分ほどだそうです」


「友達と行かなくてよかったの?」


「せんぱいと遊びに行ってみたいとずっと思ってたんです」


「そうなんだ。とりあえず駅まで歩こうか」


「はい!」


 なんだか先輩もいつもと違ってソワソワして落ち着かない様子。もしかして私の事を意識してくれてるのかな。


 滅多にない先輩とのお喋りできる時間に色んなことを話したくて自然と口が動く。


「せんぱいぃ見てください。このキーホルダー可愛くないですか? 今アニメで流行ってて人気なんですよ」


「へぇ」


「あ、流行ってると言えば、せんぱいはゲームとか得意ですか? スマホのゲームで協力プレイができるやつがあってクラスの子とやってるんです。せんぱいもダウンロードしてくださいよー。私ゲーム下手なので教えて欲しいです」


「どんなやつ?」


「えっとですね......」


 歩いてる間も時間がもったいないと思って思いつくことは全部話す。


「せんぱい、今日のご飯は屋台のヤツで大丈夫でしたか?」


「時間が時間だけに、どこかで食べようと思ってたけど、屋台があるならそこで食べたいね」


「よかった楽しみです。私たこ焼きは絶対食べたいなぁって思うんですけどせんぱいは何か食べたいものとかありますか?」


「焼き鳥があったら食べたいかな」


「焼き鳥! 良いですね! 考えたらお腹が空いてきちゃいました。お腹が鳴りそうで恥ずかしいです。えへへ」


 駅について、電車に乗り込む。祭りと帰宅ラッシュが重なるせいかいつもより混んでいた。満員ってほどでもないけど人と人とがぶつかりそうなほどには混んでいて、先輩は私を入り口近くの壁際に誘導して体を使ってスペースを確保してくれた。こういう一つ一つの気遣いとか優しいところ好きです。


 電車から降りると、カップルや子供連れは皆が皆同じ方向へ進みだす。


「せんぱいこの人たちに続けばお祭りまで行けそうですね」


「そうだね」


 周りを見渡すとカップルと思われる人たちは皆手を繋いで歩いている。それをみて私の心中は手を繋ぐタイミングはいつだろうとソワソワしだした。


 先輩は私と歩幅を合わせて歩いてくれるけど、手を繋ぐ気配は全くない。私としては先輩からリードして手を繋いで欲しいのだけど、ネットで調べたらこういう恋人関係にない場合、男性から手を繋ぐのはセクハラとされるケースがあるため普通はしないらしい。相手が先輩なら、私はセクハラとか絶対に思わないから大丈夫なのに。


 そんなことを考えているとあっという間に会場についた。神社の境内には入り口から提灯が並べられていて、祭りという雰囲気が漂っていた。沢山の人が吸い込まれるように鳥居をくぐっていく。


「結構人が多いね」


「そうですね。意外に人気のあるお祭りだったんだ」


 ふたり鳥居の前で立ち止まってしばらく呆気に取られていた。先輩を見上げて今しかないと切り出す。


「せんぱい。手を繋いでください」


「え?」


「私がうっかりはぐれないように、ダメですか?」


「そうだね」


 先輩が伸ばしてきた手にそっと触れる。手に触れるとそれだけでむずかゆく手がゾクゾクして湿ってくる。ドキドキが加速してヤバい。手汗かいて変な子とか思われないかな。でも手は放したくない。


「行こうか」


「は、はい」


 緊張のせいか、祭りの賑やかさのせいか、会話が聞き取り難いのでさっきまでと違い短い感想をぽつりぽつりと話し一緒に風景を眺めて過ごす。


 先輩とのデートは一緒に歩くもうそれだけで幸せ過ぎた。とりあえず入り口近くに売っていたりんご飴を買ってゆっくり齧りつきながらグルっと一周するつもりだ。『今のところおいしそうだったよね』とか『祭りっぽいゲームがありますね』とか言い合いながら一緒に過ごすそれだけで私の幸せゲージは上限を突破してなお増え続ける。


 先輩と金魚すくいに挑戦して4匹捕まえて大喜び、でも家では飼えないからせっかく捕まえた金魚を水槽に戻してバイバイってする。くじ引きで良くわからないオモチャの景品が当たってそれがなんだか楽しくて笑った。


 一周回って、どこの屋台が良かったか一度話合ってもう一回周りながら今度は食べ物を買いためていく。


 歩き疲れて、座れるところを探して、今日の戦利品を取り出して、先輩と『美味しいです』って言いながら食べる。ドキドキしてもう胸はいっぱいなんだけど、先輩と一緒に食べる食事は私がずっと夢見ていたシチュエーションだった。


 ずっとこの時間が続けばいいのにと思う。それなのに楽しい時間はあっという間に過ぎて約束の時間まで残り少ない。次はいつデートできるかなって思って心臓が苦しくなる。次のデートがちゃんとあるのかどうか......。


 わかってる。ここで逃げたらダメ。私がちゃんと先輩の彼女になって、あの悪い女を追い出さないといけない。先輩を守るのは私なんだ。


 自分の気持ちを伝える不安とどんな反応をされるのわからない緊張で、心臓がバクバクと落ち着きを失い呼吸するのも忘れて息苦しくなる。心臓の鼓動のせいで体全体が震えてる。


 『別に今じゃなくてもいい』、『もうちょっと考えてからにしよう』時間が過ぎれば過ぎるほど、やらなくてもいい理由が頭に浮かんでくる。それでも頑張って最初の一言を絞り出し、想いを告げなけば絶対後悔する。逃げるなはるか、チャンスは今しかない。


「......せんぱい」


「ん?」


「夏はせんぱいとふたりでまた夏祭りを楽しんで花火がみたいです」


「花火かぁずいぶんと観てないな」


 不安と緊張が重なり合って抑えきれないほどに手が震え始める。このドキドキが先輩に伝わるように、先輩の腕にしがみついて胸に抱きしめた。


「せんぱい......あの......大好きです」


「はるかちゃん?」


「せんぱいが大好きです」


「え? っと......」


 先輩は焦ったようにあたりをキョロキョロ見渡す。


「私をせんぱいの彼女にしてください」


「はるかちゃん、急にそんな事言われても困るよ」


「そんな事言われても、あした先輩に告白しますって言えないじゃないですか」


「......そうだけど」


 先輩は私をどう扱っていいのかわからずに硬直していた。一度言葉にして出せば後は押し出すように気持ちが溢れてくる。


「せんぱいは、私が嫌いですか?」


 私は先輩に少なくても嫌われてはいないと確信をもって質問する。


「嫌いじゃないよ」


「どちらかと言ったら好きですか?」


「まぁそうなるのかな......」


「せんぱいが迷う理由は私が高校生だからですか?」


「......」


「せんぱいは高校生の私がイヤですか? 何もしなくてもあと1年したら高校生じゃなくなります。 高校生の時間は貴重だと思いませんか? 高校生の私とは今しかキスできないんですよ」


「いや、急にそんなこと言われても」


「急にじゃないです! 今日、昨日好きになったわけじゃないんです。初めてお客さんとして出会ったあの日からずっと好きです。ずっとずっと前からずーーーっと大好きなんです」


 更に力をこめて先輩の腕ににしがみつく。


「勘違いされるかもしれないですけど、私は年上だからとか、刺激的で派手な恋がしたいわけじゃありません。例えば、雨が上がって雲の隙間から青空がのぞいた時にせんぱいの手を繋いで隣にいるのが私でいたい。せんぱいの日常の中に自然と私がいるのが良いんです」


 まっすぐに先輩の目を見つめると、先輩のひとみは揺れていた。


「せんぱいと出会った時から私が欲しいのはせんぱいただ一人なんです。他に欲しいものはないです」


 お願い先輩に私の気持ちが伝わって。私を選んで。


「せんぱいの気を引くために、可愛くなる努力だってしたつもりです。こう見えて私、学校では結構モテたりするんですよ。でもせんぱいの事が好きだから他の人には興味持てないんです」


 先輩の眉が困ったように八の字に下がる。


 ......なんでそんな表情をするんですか......喜んでください......。私......可愛くないですか......。


「こんなに、こんなにですよ? 大好きにさせてしまったのはせんぱいが素敵過ぎるからです。だから私の頭をポンポンするのがせんぱいの義務だと思います」


 ただ先輩の恋人になりたいだけなんです。私、先輩の事が好き。大好きだから。


 先輩の表情は曇ったまま、言葉を一言だけ、かき消えるような声で言った。


「はるかちゃんごめん......」


 なんで......そんな言葉聞きたくない!


「謝らないでください!」


 つい感情的になって大きな声がでる。


「せんぱい、私だって女の子なんですよ。ロマンティックな事考えるんです。本当はせんぱいから告白してくれるのを夢見ていました。......それが叶ったらどんなに幸せか先輩にはわかりますかぁ? そういう夢を置き去りにしてでも私がせんぱいに告白する気持ち、せんぱいにはわかりますかぁ......?」


 先輩の胸に飛び込んで額をピタッとくっつけてしがみ付く。声が震えて、鼻の奥がジンと熱くなる。フラられてしまう予感に瞳から涙がとめどなく流れてくる。


「私、ここでせんぱいにフラれたら、泣きます。もっと泣きます。ずっとずっと大切にしてた気持ち、せんぱいに受け取ってもらえるだけで幸せです。何度だって言います。せんぱいが大好きです。一緒に居るだけで好きって気持ちが溢れてくるんです」


 先輩。こんなに近くではるかが泣いています。頭をポンポンしてください。


「私まだ誰とも付き合ったことがありません。男の人と手を繋いだのも先輩が初めてです。キスもしたことありません。私の体を見た人も触った人ももちろんいません。私なら初めてを全部せんぱいにプレゼントできます」


 先輩はやく優しく抱きしめてください。心がズキズキして痛いです。


「さっきも言いましたけど、高校生の私とキスできるのは今だけです」


 先輩の胸から顔をあげ、先輩の唇に近づく。


「してください。キス。それからゆっくり、ゆっくり私の初めてをせんぱいが全部もらってください。はるかはそれをずっと前から望んでいます」


 ギュッと目を瞑り、先輩の唇が近寄るのを待つ。


「......ごめん」


 羞恥心で心が搔き乱される。恥ずかしくても勇気を出してこんなに歩み寄ってるのに! 悔しくて、悲しくて、辛くて、ギュッと固く結んだ口が震える。いつもみたいに上手く声がでてこない。悲しい。悲しすぎるよ。勇気を出したのにこんなに惨めな気持ちになるなんて、ひどいよ。


「せんぱいの事が大好きで、大好きだから、大好きなのにッ......今日のせんぱいは大っ嫌い! 全然優しくない! バカ、せんぱいのバカ! もういい! あっちいけ!」


 私は先輩の胸をドンと叩き、後ろを向いて顔を手で隠した。


「うぅぅぅぅぅ」


「はるかちゃん」


 先輩......はるかが泣いてます。先輩の言葉で泣いていますよ。この前みたいに頭をポンポンしてくれてたら許してあげます。今から抱きしてめて『ごめん』って言ってくれたら許してあげます。私の彼氏になってくれてたら許してあげます。


「頭、ぽんぽんしてください」


「......」


「私が泣いてる時はしてくれるって言った!」


「......」


「本当に嫌いになりますよ」


「嫌われたくはないけど、はるかちゃんは妹みたいな存在だと思ってて......」


「私は妹じゃない! そんなの嫌です!」


「ごめん」


「もうせんぱいなんかッッっ大っ嫌い! あうぅぅぅ」


 こんな事言いたいわけでもないのに自分で嫌いと叫んでぎゅっと胸が締め付けられて苦しい。全部なくなっちゃう。あんなに大切だった想いが全部......。


「ばがぁぁせんぱいのばかぁぁぁぁこんなに大好きなのに、絶対はるかの方がせんぱいを幸せしてあげられるのに! どうして私じゃダメなの? 私のこと可愛いって言ったもん。うぅぅぅひっく。やだぁ、やだよ。嫌いになんてなれない。大好きなんだもん。やだぁ、うぅぅぅぅぅ」


「ありがとう。......でもごめんね。はるかちゃんごめん」


「ダメなところがあったら直します。先輩好みにしてください」


「......好きな人がいるんだ」


 なんで、私じゃダメで、あの人なら良いんですか。私に足りないのってなんだったんですか。


「あのピンクの髪の人ですよね」


「そう」


「一緒に暮らしてるんですよね」


「......どうしてそれを?」


「バイトの時、泣いたあの日、その人と偶然会って話をしました。それで泣きました」


「そうだったんだ」


「せんぱい。あの人のどこが良いんですか。あの人......」


 言うか言わないか迷ったけど言うべきだと思って言う。だって真実だもん。


「せんぱいのことゴールデンレトリーバーみたいって言ったんですよ。ひどくないですか?」


 私は先輩がムッとした顔をすると想像していた。でも先輩は急に笑い出した。


「ふふふ、そっか」


「なんで笑うんですか? 怒るところですよ! だってせんぱいのこと犬扱いしたんです......私は悔しかったのに」


「いやこれには事情があって、......はるかちゃんには悪い事をしちゃったね」


「よくわかんないですけど、もういいです」


 私の知らない先輩を見ているようで悲しくなってくる。


「どこが......良いんですか」


「サクラは、悪ぶって口は悪いんだけどいつも僕のことを心配してるんだ」


 あの態度の悪いバカそうな女が? 絶対先輩は騙されてる。


「......例えば?」


「そうだな、『私といると後悔するから一緒に居ない方がいい』とか、『嫌になったらすぐに言って出ていくから』とか、『ご飯はちゃんと食べないとだめ』だとか、『私の事は気にしないで自分の時間を大切にして』だとか、いつもね。僕の目線から話をするんだ」


 先輩が大切そうに話すのをみて頬を膨らませた。あの人が出ていこうとしてるのを先輩が引き止めてたみたいに聞こえる。


「わたしだって、先輩のこと沢山想ってるのに」


「そうだね、今のは僕の配慮が足りなかったよごめん」


「......あやまらないでください」


 先輩の目線で私も心配していたなんて嘘だ。私は自分の気持ちばかり大きくて先輩の目線から気持ちを考えたことなんて......。私が好きだから一緒に居たくて、彼女になりたくて、幸せにしてあげたい。私って先輩の気持ち確かめた事なかった。もしかして自己中だったのかな。


「せんぱい、意地悪な質問してもいいですか......」


「なに?」


「その人がいなかったら、私と付き合うのはありでしたか? ......なしでしたか?」


 先輩は一瞬言葉に詰まったけどすぐに答えを返した。


「......ありだと思う」


「せんぱいのばか、嘘だとしてもその責任は取ってください」


 私はおそるおそる先輩に近づき腰に腕を回し抱きつく。


「せんぱい、もしもの世界の私のために5分だけでいいです。彼氏のフリをしてください。5分経ったらもう帰りましょう」


「はるかちゃん」


「私にも好きな人との思い出をくださいお願いします。抱きしめて。頭をよしよしして慰めてください。じゃないと立ち直れないです」


 先輩は戸惑いながらも言うとおりにしてくれた。そんな中途半端な優しさが女の子を傷つけるんだよ。......ありがと先輩。


「ごめんね」


 優しい声の響きが私の悲しい想いを刺激する。


「う、うぅぅぅ。せんぱい。大好きです。世界で一番好きです。私が好きだったこともちゃんと受け取ってください」


「うん」


「私、せんぱいを好きになって良かったです。恋してるのが楽しくて幸せでした。フラれちゃったけどあの日せんぱいと出会えたのが私にとっての幸運だったと思います」


 正確に5分測ったわけじゃないでも、もう離れないと。


「今の時間すっごい幸せでした。ずっと続いたら良かったのに。......帰えろお兄ちゃん」


 ちょっとした意趣返しのつもりだった。妹扱いされたことへのささやかな反抗の一言。それに先輩はゴホゴホと咳きこんで涙目になる。


「はるかちゃん根に持ってるよね?」


「持ってません。妹みたいに思ってたのは、せん......お兄ちゃんです」


「はるかちゃんんn」


 先輩は顔を手で隠し天を仰いだ。


「せんぱいがそんな反応するのがいけないんですよ。恋心がなくなるまでせんぱいは、はるかのお兄ちゃんです」


 私は今できる精一杯の笑顔を先輩に向けた。涙はでるし、胸は苦しいままだけどきっとこれで良かった。


(バイバイ、昨日までの私)


 失恋しちゃったな、ちゃんと立ち直れるかな。今日の私は頑張ったよ。でもダメだったごめんね。辛いと思うけど明日の私がんばって。

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