第9話 好きになる資格

 先輩からのメッセージが届いて気分が良くなる。制服姿かわいいって言ってくれた。すぐに返事を返す。


〈今日雨で学校が臨時休校になりました。先輩は今日もお仕事なんですか?〉


 送信したらすぐに既読がついた。スマホの画面を見つめて返信が来るのをじっと待つ。


〈今日はお店も休み。お客さんが無理して来店して事故になるといけないからって店長から連絡がきたよ〉


〈雨すごいですもんね。今日は先輩もお家でゆっくりできる感じですか?〉


 先輩とのやり取りが終わらないように、会話が終わりそうな時は質問して繋ぎとめる。その甲斐あってかいつもより多く会話することが出来た。


 だから思い切って訊いてみる。


〈ずっと気になってたんですけど、あの時の、ピンク色の髪をした人は見つかりましたか?〉


 なんて返事がくるのか、いやな緊張で手が汗ばむ。


〈あの時はありがとう。ちゃんと見つけることができたよ! お礼も言えてなかったね。ごめんね〉


〈そうなんですね! 見つかって良かったです!〉


 そっか、見つけちゃったんだ。その後二人でどうしたのかな......。その後の事を訊くのはウザいって思われちゃうかな。心が不安で揺れている間に先輩から返事がきた。


〈お礼に何かできることあったら教えてね〉


 意外な返事に不安がどこかに飛んで行った。驚きで口元を手で隠す。ピンク色のあの人の事はひとまず置いておくことにした。これはずっと前から言いたかった事をお願いするチャンスだとドキドキしながら文字を打つ。


〈そうですねぇ......。あっ! ひとつお願いがありました!〉


 今思い出したように、なんでもないことの様に。


〈なにかな?〉


〈5月13日、土曜日なんですけど、その日バイト終わってから行きたい場所があるんです。でもひとりで行くのもだから先輩に3時間だけ付き合ってもらいたいなぁって〉


〈3時間?〉


〈はい、大体それくらいです。その日は17時30分にバイトが終わるので、あまり遅くなると親に怒られちゃうし......ダメですか?〉


〈そんなことで良いの?〉


 そんなことじゃないです。それがいいんです。お願い先輩、オッケーしてください。


〈はい、先輩と行けたら嬉しいです〉


〈わかった。じゃぁその時についでになにか奢ってあげるよ〉


〈ほんとですか?! やったー!! ありがとうございます! すごくうれしいです!〉


〈大げさだよ。笑〉


〈ほんとに嬉しいんです。今から楽しみにしてます!〉


 え? 嘘? ホント? やった! やった! デートの約束できちゃった!


 先輩とのやり取りが終わって、すっかり冷めてぬるくなったココアをゴクゴクと飲む。


 きっと3時間って言ったのが良かったんだと思う。ほんとは休みの日に1日丸ごと先輩と一緒に居れたら最高に幸せだけど、そんなの心臓がもたないし、それにバイトの時間も合わせたらずっと先輩と居られる日と同じだ。そうだよ10時半の出勤から夜までずっと一緒だよ。どうしよう今から楽しみすぎるよぉ。


 両手の指を絡ませてニギニギする。ボーっとして頭の中では先輩とのデートを妄想していた。


 バイトから終わって外に出たら、先輩が待っていてくれて『はるかちゃんお疲れさま、迎えにきたよ』って言ってくれて、『せんぱい、お願いを聞いてくれてありがとうございます』ってお礼を言うついでにどさくさに紛れて先輩の腕を掴んで密着しちゃったりして......。


(うん、良い、すごく良いよそれ)


 きっと先輩は困った顔をするけど腕を振りほどくなんてことはしないと思う、問題は私が勇気を出して先輩にくっつくことだけだけど、できるかな?


 いや、やるんだよはるか! ガンバレ私! わざとらしくてもその日は恋人同士の様にとなりを歩くのきっとそうやって近い距離が当たり前になるのが恋人なんだよ。でも私だけドキドキするのは嫌だから、私のドキドキが腕から伝わって先輩の心臓まで伝染するおまじないをかけちゃう。かかってくれるかな。


 あぁ! 待って待って! もうこの時点で幸せ過ぎてどうしたらいいの? 先輩が隣いてくれたら他は何も要らない。幸せになりすぎるのは良くないよね?? よし一旦落ち着こう、私。先輩のこと考えるだけでいっつも幸せだから逆にセーフ? 


 上機嫌で窓から外を眺めると相変わらずのすごい雨で、学校が休みになるのも納得だった。だからこそ今日はこの悪天候に感謝する。


(雨さん、たくさん降ってくれてありがとう。でも13日は晴れてね)



§ § §



 頭が痛い、雨が降ると決まって体調が悪くなる。体の向きを変えると仕事でいないはずのユウトの姿があった。


(あれ、なんでまだいるんだろ)


 朝目覚めてユウトがいるという珍しい光景にぼんやりその後ろ姿を眺める。


 どうやらユウトは誰かと連絡のやり取りをしているみたいで、珍しくスマホを片手に操作していた。


 のそりと起き上がり、無防備のユウトの背中に抱きつく。


 ハッとして一気に目が覚める。私はまだベッドの上にちょこんと座ったままで短い夢を見ていたようだった。一瞬のそれは本当にとても短い夢。だけど夢が夢だけに心臓がバクバクと早鐘を打ち続ける。


 暴れる心臓を落ち着かせようと目を閉じ、胸に手を当て深呼吸を繰り返す。段々と気持ちが落ち着いてくる。


「サクラ? どうしたの?」


 声が聞こえて、びっくりして目を開ける。すぐ近くにユウトの顔があった。落ち着き始めていた心臓がまたドキドキと早鐘を打つ、ちょっと胸が痛い。


「もう、びっくりさせないでよ」


「えぇ、何にびっくりしたの?」


「なんでもない! ちょっと寝ぼけてただけ」


 私はベッドから立ちあがり、ユウトの頭をぐしゃぐしゃにしてスタスタと冷蔵庫の前まで移動する。


「ちょっとぉ、今のはひどくない?」


 ひどくない。だってそうしないと抱き着いてしまいそうだったんだよ。


 私は冷蔵庫からお茶を取り出して、コップに2人分注いで、片方をユウトに手渡す。


「眉間にしわ寄ってますよ」


「いー~だ」


 フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。なんだかどう接していいのかわからない。


「機嫌悪いの?」


「ううん」


 自分でも何がしたいのか、ユウトも面倒くさい私にどうしたらいいのか困っている様子だ。


「嫌いにならないの?」


「今ので? ならないよ」


「ちがう! きのうの......私の話を聞いて嫌いにならないの」


「ならないよ」


「あっそ」


 嫌われていないと分かり少しホッとして手に持ったお茶を一気に飲み干す。それでもまだ、まともに顔が見れない。


「今日仕事は?」


「雨でお店を休みにするんだって店長から連絡があったよ」


「そうなんだ」


 さっきスマホを操作してたのはそれか。


「なに?」


 ユウトは私の頭をよしよしと撫で始めた。


「よしよししたらサクラの機嫌も直るのかなって思って」


「......そんなので機嫌、直るわけないでしょ」


 私は睨むように見上げていた目を閉じ、頭を撫でられるのに身を任す。不思議と頭痛が和らいで眠たくなってくる。子供の時に欲しかったそれを、大人になってから体験するのはもう遅いのかもしれないけど、そんな優しさが......、甘さを感じられるこの時間が、いつの間にか悪くないと思っている。


「せっかく休みになったんだからユウトの時間を大切にしなよ」


「そうだなぁ外には出かけられないし何しよっか」


 ユウトに頭を撫でられながら、思い浮かんだことをそのまま口にする。


「私、邪魔しないよ。私の事はホントに気にしないで良い。ユウトの好きな事に時間を使って」


「サクラは何かしたい事ないの?」


「......ない」


 何かを積み上げても、壊される事を知っている私は何もしたくなくなっていた。きっとその内つまらない女だと思われるんだろうな。最近なんだかずっと眠いし私は寝てたらいいや。


「ゲームでもしてみる?」


「そんなのあった?」


「あるよ」


 ユウトはテレビの下の台の壁をスライドさせてゲーム機を取り出してテレビと接続した。


「そこ収納できたんだ、ただの板だと思ってた」


「ハイどうぞ」


 ユウトがゲームのコントローラーを手渡してくるので受け取る。


「どうやったらいいの?」


「まずはゲームを選ばないと、なにか面白そうなのある?」


 私は良くわからないので一番上になっている剣を持った狩人がモンスターと戦っているやつを選んだ。


「よりにもよって操作が難しいやつを」


「他のが良い?」


 別に私はゲームに興味はないから、やらなくてもいいんだけどね。ユウトが『とりあえずやってみよう』とゲームを起動する。オープニングのムービーにちょっと感動した。


「映像綺麗だね。映画みたい」


 ゲームを初めからスタートするとキャラクターを作るところから始まって、チュートリアルで説明が入る。『これ長い?』って訊くと、『長い、コーヒー淹れてくるからゆっくりやってて』って言うので『わかった』と言葉を返す。


 小さい恐竜を倒すと説明が終わってゲームが開始された。どうやらモンスターを倒して素材を剥ぎとればいいだけらしい。


 キャラクターを操作してマンモスみたいなやつを斬りつけて倒す。モンスターは倒れて動かなくなった。


「ユウトが難しいって言ったから身構えたけど、簡単じゃん」


 私が得意げにしてるとユウトは、鹿みたいなモンスターを指さして倒してみてっと言った。キャラクターを走らせて鹿に剣を振り下ろす。だけど、攻撃を外してしまった。鹿を追いかけようとしたら今度はのろのろとしか動けなくて逃げられてしまう。


「ねぇ、コイツ、馬鹿になっちゃった歩くのおっそいんだけど?」


「ははは、大剣を選ぶからだよ、剣をしまったらもとに戻るから」


「うわ、めんどくさ」


 私は苦戦して、何とか鹿をやっつけた。なるほどね、操作が難しいって意味がわかったよ。でもコツもわかってきた。


「ねぇユウトが難しいって言ったゲームできてるよ。私、ゲームが得意かもしれない」


「そうだね、才能あるよ」


 マンモスを倒しまくってどんどん奥へと進んでいく、すると突然ムービーが流れて見たことないでっかいやつがいた。


「ユウト、何かいるよ」


「いるね」


「デカくない?」


「倒してみて」


 マンモスを余裕で倒せる私に敵はいないと全速力で走り攻撃をヒットさせた。するとモンスターは【!】マークを出して私の存在に気付く。気付くの遅いよ何コイツ。


 さらにボタンを連打して連続で攻撃を続ける。その度に赤いエフェクトが光りダメージを与えてるはずなのにモンスターが死なない。


「何コイツ攻撃が効いてないよ!」


「頑張って」


 ユウトは面白そうにろくに応援してないのがまるわかりの応援してきた。でもそれに文句を言う余裕なんてない。モンスターが攻撃を繰り出してゲームのキャラクターが弾き飛ばされてゴロゴロと転がる。


「ちょっと! 何してるの! 早く起き上がって!」


 私はカタカタと闇雲にボタンを押しまくる。キャラクターはバカじゃないの? アホなの? ってぐらいのっそりと立ち上がる。そうこうしてる間にまたモンスターが迫って来る。


「サクラ逃げて逃げて」


「わかってるってば! 足が遅い!! もう! ぶつかったあ!!」


 結局逃げられなくてまた攻撃を受ける。理不尽な攻撃にイライラしてくる。このイライラを剣にのせて斬りまくると、モンスターが悲鳴をあげて倒れてバタバタと暴れ出した。


「やった! 倒した!」


 そのまま力尽きると思ったモンスターは起き上がり怒りの雄たけびをあげた。操作してるキャラクターがビクッとなった。私もビクッとなった。


「なんで斬られて生きてるのバっカじゃないの」


「サクラHPが減ってきてるから回復しないと」


「そんな余裕ないってば!」


「隣のステージに逃げてそこで回復したらいいよ」


 私はユウトのアドバイスに従って一目散に走って逃げた。隣にステージに移動してバッグを操作して回復アイテムを使おうとするけど、たくさんあるアイテムの中から選んで使うのに少し戸惑う。回復アイテムを使用すると、キャラクターは腰に手を当ててゴクゴクとドリンクを飲みきってガッツポーズをとりHPが半分回復した。


「もう一回飲んどこ」


 そうして私がもう一度回復アイテムを選択して使用すると、後ろからさっきのモンスターが現れた。


「っげ」


 ゲームのキャラクターはモンスターの存在に気付かず腰に手を当ててゴクゴクと悠長にドリンクを飲んでいる。バカなの? 死にたいの?


「もう! 動いて、動いて!」


 ユウトが『あははは』と笑いだす。文句を言ってやりたいがやっぱりそんな余裕もなく、モンスターに一方的にやられて回復した分がみるみる減っていく。なんとか持ち直し激闘を繰り広げて、デデーンという効果音と同時にバタンと倒れたのは私の方だった。


 画面が切り替わり荷台に乗せられたキャラクターが最初の場所まで運ばれて到着と同時にボロ雑巾のように放り出された。まるでゴミ扱いだ。あまりの扱いの酷さに隣にいたユウトの腕をバシンっと叩く。


「痛いよ」


 ユウトは笑いながら自分の腕をさする。


「アイツ絶対許さないから」


 全速力でステージを駆け抜けモンスターを見つけて大剣を叩きつけた。すかさずくるりと一回転して武器をしまって走ってモンスターの背後に回り込む。


「すごい! 上手い!」


 ユウトから珍しく誉め言葉が飛び出してきた。私は調子に乗って背後からまた大剣を振り下ろして、大剣をぶん回しまくってまた死んだ。


 画面が切り替わり荷台に乗せられたキャラクターが最初の場所まで運ばれて到着と同時にまたしてもボロ雑巾のように放り出された。あいかわらずのひどい仕打ちを受けてもキャラクターはまた立ち上がる。イライラして隣にいたユウトの腕をバシンっと叩く。

 

「もう一回死んだらゲームオーバーだよ」


「......嘘でしょ」


 ユウトから無慈悲に出された死の宣告に恐怖する。今までマンモスから剥ぎとった素材が全てなくなってしまうなんて、許せるはずがない。私からモノを奪うなんてアイツ絶対殺す。


 私はキャラクターを操作して、全速力でステージを駆け抜けモンスター目掛けて大剣を叩きつけた。恨みも籠って威力100倍だ。攻撃したらコロンっと転がって武器をしまって逃げる。これを繰り返した。モンスターの体がボロボロになっていく。このままいけば倒せる。そう思っている時にゲームの音楽が急に変わった。


「なに?」


「残り時間あと15分だよ」


「時間なんてあるの?!」


 気持ちが焦り、操作が乱れる。攻撃を繰り返す度に『早く死んで、早く死んで』と念仏のように唱えるがコイツ馬鹿みたいにしぶとい。お前の生命力マンモス何匹分だよ。倒せないまま時間がどんどん差し迫てくる。


「あと5分しかないよ」


「もぉ! うるさい!」


 回復アイテムもなくなり、時間もない。攻撃を受けたらもうヤバいっていう緊張感の中、私は心臓をバクバクさせながら攻撃を続ける。大剣がモンスターの脳天を直撃したあと、モンスターがぐらっと倒れて動かなくなった。


 私は走り込み、チャンス到来と倒れたモンスターに更に大剣を振り下ろしボタンを連打して滅多切りにした。


「死んでる、死んでる」


 攻撃をしてる最中に画面全体にバンと勝利の文字が刻まれたと同時に私は歓喜の声を上げてコントローラーを放り投げユウトに抱きついていた。


「やったー!! ねぇユウトみた? みてた? 倒したよ! ほら!」


「ちょ、 ちょっとサクラ。ちゃんと見てたよ初めてで倒すなんてすごいよ」


「うん!」


 その後も調子に乗った私はコントローラーを握りしめモンスターを何体も倒した。お昼ご飯を作るのを忘れた私たちは久しぶりにカップラーメンを二人で啜る。


 私はもうこのゲームはユウトより上手くなったと妙な確信があったんだけど、ユウトの方が上手でちょっと拗ねたりもした。


 となりでユウトが見守っててくれてゲームをする。一緒に遊ぶっていうことを経験してこなかった私にとってそれは楽しい時間だった。


 ユウトにとってはただのゲームだったかもしれない。でも私にとっては私の楽しいをユウトが共感してくれたことが何よりも嬉しかった。私の過去を知ってそれでもこうやって一緒に過ごしてくれるユウトは今までに出会った誰よりも特別な存在。こんなに近くに居て苦にならない人。


 私には人を好きになる資格も、愛される資格もないのだと思ってた。私も人を好きになってもいいのだろうか? 愛される存在になれるのだろうか?


 もしも、こんな私でもユウトを幸せにすることができるなら、私の居場所はここが良い。


 外は私の大っ嫌いな大雨、でも部屋の中は安全で、雨の日でも笑ってる私がいる。それは今までにないことだった。

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