後編

第8話 変化の星

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先輩とお話がしたい。


 スマホの画面を見つめて文字を書いては消してを繰り返していた。


〈せんぱい、今日は何を食べましたか? ......急に聞くのはおかしいかな......。せんぱい、今何していますか? 私は勉強をしています〉



 嘘です。先輩の事ばかり考えて何も手につきません。圧倒的先輩不足です。先輩とお話がしたいです。


「メッセージって一番最初なに送ったらいいんだろー。せんぱいぃぃぃ。せんぱいからメッセージください。はるかはいつでもウェルカムです。秒で返します」


 あーでもない。こーでもないとスマホとにらめっこして更に十数分。もうだめだーっと変な顔をしながら机の上に上半身をうつ伏せる。


 倒れ込んで目を瞑っても頭の中は先輩を連呼してるし、先輩の事を考えるだけで、うん。すごくドキドキしてる。『この切ない胸の締め付けを恋と言うんだよー!』だとか『先輩好き好き、大好き。もう愛してるよー!』とか頭の中はずっと大騒ぎでそんなバカなことを考えてる時間がなんかもう幸せで口元がにやけてしまう。


 ふと思い出して自分の頭を撫でる。ポンポンと撫でる。するとあの時の先輩の顔が思い浮かんで『はるかちゃんすごく可愛いよ。ねぇキスしたくなっちゃった』って......。


「きゃーーーー!!」


 私はガバっと勢いよく起き上がった。顔を両手で隠して羞恥心に身悶えて足をバタバタしながら無意味に椅子をくるくると回転させる。そのままくるくると回転するあいだに、にやけてどうしようもなくなった顔からできるだけ普段の顔にもどす。


 今のはヤバかった。ぜひして欲しいキスを私は。


「はぁ、キスってしたらどうなるんだろ。幸せ過ぎて死んじゃうのかな?」


 先輩とのキスの事を考えてみる。ファーストキスはチュッと軽い感じで先輩から、でもそれじゃ足りなくてすぐにもう一回っておねだりして、今度はギュッと抱き合いながら長く長く......。


「あ、だめ、1日中ずっとしてられるよこれ。逆にもう離れたくないまであるよこれ。せんぱいぃぃぃはるかは先輩のものですぅ」


 そんな事を考えてたら、もっと先輩とお話がしたくなって、今度は急に寂しくなってきた。スマホをちらっと見るけど先輩からメッセージが届いているわけもなく、トボトボとベッドの上に置いてある大きなぬいぐるみを膝にのせてギュッと抱きしめて顔を埋める。


 さっきまでのドキドキが嘘だったように、今度は胸にポッカリと穴が開いたみたいに苦しい。ぬいぐるみを抱きしめてゆらゆらと前後に揺れる。口の中で『せーんぱい』って言葉を転がすとなんか少しだけ涙がでた。


 最近ちょっと情緒が不安定なんだ。今度思い浮かんできたのは派手なピンク色の髪をした女性。


(あの人は先輩のなんだったんだろう。彼女だったりするのかな)


 数日前にバイト先の喫茶店の前で遭遇したピンク色の髪をした女、先輩と知り合いなのが不思議なほどに、先輩のイメージからはかけ離れた人。


 あの人が喫茶店の前からいなくなってしばらくしてから、息を切らした先輩がやってきた。


 慌てた様子で『はるかちゃん、ここにピンク色の髪をした女の人が通らなかった?』って聞くから反射的に答えてしまったけど、先輩はなんであの人を探していたの?


(あの後、どうなったんだろう?)


 あの日は先輩と会える春休み最後のバイトの日だった。先輩は午前のシフトに入る事が多いから学校が始まってからは全然会えていない。


 スマホをもう一度手に取り、文字を入力する。


〈この前先輩が探してた女の人ってもしかして彼女さんですか? (*^-^*)笑〉


 自分で書いたメッセージを眺めて余計に寂しくなって消した。確認したいよ。でも怖い。やだよ先輩は私のだもん。


「私、せんぱいの彼女になりたい」


 今までは先輩の傍に居られるだけで幸せだった。高校生(未成年)と社会人(大人)の差はたった4歳の差としても大きい。だからこそ意識的に考えないようにしていたのに、あと1年で高校を卒業できるのにそうも言ってられなくなってきた。


 スマホの写真フォルダを開いて最近撮ったばかりの写真を眺める。その中でも一番可愛く撮れてる写真を選んで、メッセージ添付して先輩に送る。もっと私を意識してほしい。私を見て欲しい。私をみて可愛いなって思ってドキドキして欲しい。


 送信ボタンを押すとき、期待と不安でドキドキした。


〈学校が始まりました! 仲のいい友達と同じクラスだったので安心(/ω\) 私の制服姿似合ってますか?〉


 先輩からの返事をじっと待つ。制服姿の私を可愛いって思ってくれるかな? 写真を送った後に他の写真の方がよかったかな? と思いもう一度写真のフォルダを見て時間を潰した。


 数分おきに通知が来てないか確認するけど、先輩からの返事は来なかった。


 急にザーッと雨の降る音が聞こえてきて外をみる。いつの間にか大雨が降ってきていて窓に大粒の雨が打ち付けられていた。強風も吹いているようで風の唸る声が聞こえる。まるで嵐みたいと思ったけど、すぐに興味をなくしてベッドの中に潜り込んだ。


 友達が更新したSNSの動画をぼーっと眺めている間にいつのまにか寝てしまっていた。


 ―――朝になるとアラームが鳴って起きた。


 一番最初にメッセージアプリを起動して、先輩からの返事を確認したけど既読すらついていない。『せんぱい、はるかをちゃんと見てください』っと呟いて頬を膨らました。送らなければ良かったなと思って最悪の目覚めで気分が落ち込んでくる。


 

 自室からリビングに下りると、ママが挨拶をくれた。


「はるちゃんおはよう」


「おはようママー」


「はるちゃん、昨日からの記録的な大雨で電車が止まってるみたいよ。さっき学校のホームページ見たら本日臨時休校って書いてあったから今日はお休みね」


「そうなんだ、今日はちょっと体調悪かったから丁度良かったかも」


 スマホの画面を開いて学校のフォローページをみる。確かに“大雨により臨時休校”と書いてあった。


「あら、体調悪いの?」


「うん」


 ママが私のおでこに手を当てて熱を測ってくる。熱はないよ逆に体温は低いくらい。私の先輩不足は深刻でこんな状態では元気がでません。


「ただの低血圧かも」


「そう朝苦手だもんね、せっかくだから今日はゆっくりしなさい」


「はーい」


 ママが持ってきてくれたココアを両手に持って舐めるようにチミチミと飲む、あったかくて美味しい。全然減らないカップの中身を眺めているとスマホが鳴った。心臓がドキッてして期待で画面をのぞき込む。


 メッセージは友達からのもので、≪今日学校休みだぜーいえぇーい!≫ってハイテンションで語りかけてくる。私はなんだ先輩じゃないじゃんとガッカリしながらテンション低く文字を入力する。


〈いぇーい♡休み最高♡〉


 すぐに返ってくるチャットに適当に返事をする。友達とのチャットならこんなにも簡単に返信できるのに、本当にやり取りしたい人とは全然できない。なんでもない会話をやり取りして、お互いが今日は学校が休みという事を再確認してチャットは終了した。結局のところ“今日学校が休みなの間違ってないよね?”って事を確認したかっただけだったりする。


 楽しそうに演じていると不思議と気分も少し上昇してきた。そのおかげか手に持った温かいココアで、初めて先輩と出会ったあの時を思い出す。



 私にとっての運命の日、あの日注文したココアは先輩との記憶と深く結びついている。



 ―――高校2年生が始まってすぐの頃、いろいろと足りないものがわかってママと一緒に買い物をした帰りにふらっと立ち寄ったのがあの喫茶店だった。


 友達と行くのはいつもファーストフードのお店ばかりだったから自分ではいかない場所で、お洒落な喫茶店に入る時は少し緊張した。


 店内のお客さんはまばらで、静かな音楽が流れていて、大きな音を立てる人は誰一人としていなかった。ここは大人の空間なんだと肌で感じた。


 ママと会話がしやすいように小さな丸い2人用のテーブル席に座った。そこは喫茶店の全体が覗ける位置の特別な空間で、それを見渡せる自分がちょっとだけ大人の仲間入りした気分ですこしウキウキしてたのを覚えてる。


 テーブルに備え付けられているメニュー表を手に取り、どれにしようかと悩んでる時に注文を聞きに来たのが先輩だった。


「ご注文はお決まりですか?」


 声が聞こえてメニュー表から視線を外して何気なく見上げた。目の中に突然飛び込んできた男の人にびっくりしてドクンと心臓が跳ねた。びっくりしたせいかその後もドキドキが止まらなかった。


 ママがコーヒーを頼んで、私はというとドキドキしすぎてちょっとしたパニック状態で、一番言いやすかったココアを注文した。


 注文を聞き終えて、離れていく後ろ姿から目が離せなかった。


「カッコイイ男の子だったわね、大学生かな」


「......うん」


 ママが色々と話しかけていたけどその時はうわの空で、気にしていないフリをしながらまだ名前も知らない先輩の姿をチラチラと目で追っていた。


 しばらくすると、先輩がコーヒーとココアをトレイにのせて歩いてくるのが見えて慌てて髪を整えて、スマホの画面を見てるフリをする。近づいてくるのを意識するだけで手がしっとり湿ってきたし、まばたきもいつもより多くなってた。


 今思えばスマホから視線を外してチラチラと見ていたから挙動不審だったと思う。ほんとはずっと見ていたかったけど、意識しすぎてたからそれは無理な話だよね。だって恥ずかしかったもん。


 先輩がママの手前にコーヒーを置く時に、小さいテーブルだから向かいの席に座る私との距離がグッと近くなる。


 ふわっと香る清潔な匂いを嗅いでしまう自分がなんだかいけない事をしている気分にさせた。


 でも、先輩が後ろ向きなの事をチャンスと思い勇気を出して後姿をみる。触れそうな距離にドキドキが止まらなくて、ぼーっとしすぎて視線を外すタイミングを逃して、不本意に目と目が合った。


(ち、ちかい)


 先輩は目が合ってしまった私に微笑んでくれて『熱いから気を付けてね』って言ってくれたけど、私は顔を縦に頷くことしかできなかった。


 私にとってはテレビで見るアイドルなんかよりずっとカッコよく思えてしまって、正直に言うと一目惚れってやつで、出会った瞬間から直感的に好きが止まらなかった。


 先輩が席から離れる前に胸のネームプレートを見る。【YUTO】って書いてあった。


(ユウトさん)


 その日は先輩をずっと見ていたくて、帰りたくなくて、ココアがなくなってしまわないように少し口に含ませてを繰り返して時間を伸ばしたけれど、ずっといられるわけもなく時間はやってくる。


「もうこんな時間、はるちゃんそろそろ帰ろっか」


「......うん」


 帰りたくない、けど帰らないわけにはいかない。せめて会計の時に目に焼き付けておこうと思ったら、会計は別の人で、少し化粧の濃い白髪の年齢不詳の不思議な人だった。


 その人は、私にちらっと視線を向けて、微笑んでこう言ってくれた。


「あなたの好きな時にいらっしゃい。大歓迎なのよ」


 私はキョトンとした顔で頷いたけど、店長さんは不思議な人だからもしかしたらこの時にはもう私がここで働く未来でも視えていたのかな。その時はその人が店長さんということに気付きもしなかった。


「ママ」


「ん?」


「さっきのレジの人って女の人?」


「どうだろう? なんだか不思議な人だったわね」


 帰路の間、またあのお店に行ったら先輩と会えるのかなとか、今度はいつこのお店に行けるのかなとか、私が一人で入ってもおかしくないかなとか、そんな事ばかり考えてたっけ。


「ママ」


「どうしたの?」


「さっきのお店気に入っちゃった」


「そう、また一緒に行きましょう」


「......うん」


 嘘、好きなのはお店よりもユウトさん。でもそんな事ママに言えるはずがない。


「ママ、高校生でもバイトさせてもらえるのかな」


「ふふ、どうしたの急に? あのお店に行くお小遣いが欲しいの?」


「ううん、お金じゃなくて、あぁいうお店で働いてみたいの」


「あらぁそうなの?」


「もし! もしもだよ? あのお店に電話かけてそれでバイトしてもいいってなったら、バイトしてみてもいいかな?」


「んーー~」


 ママは困った顔でどうしようか悩んでいた。


「だめだったら、わがまま言わずにちゃんとあきらめるから......」


 やっぱり高校生からバイトするのは良くないのかなと弱気になる。


「そうねぇ、来年受験もあるけど勉強は大丈夫?」


「大丈夫だよ、部活に入ってないし! 友達より時間あるぐらいだよ。バイトのせいで成績落ちたって言われないように頑張る。逆に勉強も頑張る」


 ママは最後は笑って『じゃぁ、バイトの面接に合格できたらパパには言っといてあげる』と許可してくれた。




 ―――後日、私は勇気を出してお店に電話した。


 でもすんなり行動できたかと言ったらそんなことはなくて、バイトなんてしたことなかったから何を伝えればいいのかわからないし、ちゃんと要件を話す事はできるのか自信もなかった。


 緊張で落ち着かないし、喉が締め付けられたような感じで「あー、あー」っと何回も声の調子を確認した。


 それでも緊張がほぐれることなんてなくて、気合を入れて『よし、電話しよう』と意気込むも、電話番号を入力した画面からなかなか発信ボタンが押せなくて何分も時間を浪費してしまっていた。


 だってしょうがないじゃん。初めての事はやっぱり怖いでしょ?


 でもね、あの時は先輩に会いたい気持ちが臆病な私を前に進めてくれた。画面をできるだけ見ないように限界まで腕を伸ばして目をギュッと瞑って親指をスマホの画面に触れさせる。


 するとスマホから発信が聞こえてきて、もう逃げられないと覚悟を決めた。


 電話は私が思っていたよりも淡々とスムーズに話が進んだ。私が言った事といえば『バイトがしたくて電話しました』という最初の一言だけ、後は相手からの質問に『ハイ、ハイ』と答えてる内に、面接の日が決まった。今週の土曜日の朝の9時、忘れないようにすぐに紙に記入する。


「......失礼します」


 電話を切ったあと、今までの緊張が嘘だったかのようにホッとしてへなへなと座り込んだ。人見知りの激しい性格だからこれだけの事でも私にとっては大仕事だった。


「っあ! ママ―」


 私はガバっと立ちあがり、ママを呼びながら慌てて階段を下りる。


「どうしたの?」


「バイトの電話かけたの、それでね履歴書と証明写真と親の許可が必要なんだって」


「あらそう、頑張ったわね」


「履歴書ってどこに売ってるのかな、写真も撮らないとどうしようー」


「ふふ、じゃぁ今から買いに行こうか?」


 あの頃は、自分に自信がなくて地味だし控えめな性格でママの手助けがなかったらほんとになんにもできないぐらい心が幼かったと思う。


 面接の日喫茶店へ到着すると、先輩がいた。


「いらっしゃいませ、ひとり......かな?」


「おおは、おはようございます。今日はバイトの面接できました」


「あ、君がそうなの? 新しい子が入るかもってことで話は聞いてるよ」


 その時はもう先輩とお話ができただけで、満足した気分になってた。


「店長は奥にいるからついてきて」


「はいっ」


(はぁ、ダメ......やっぱりカッコイイ直視できない。ドキドキがやばいよぉ)


 先輩はドアをノックして部屋の中へ私を誘い入れた。


「店長、面接の子が来てくれましたよ」


「いらっしゃい、お待ちしていたのよ。どうぞこちらへ座って」


 あの時のレジの人が店長さんだってこの時に初めて知った。先輩は『面接頑張ってね』って小さな声で言ってくれてすぐに居なくなってしまったけど、もうね。その一言で私頑張れる。絶対面接に受かりたいって思った。


「じゃぁ履歴書を見せてもらってもいいかしら」


「あ、はい!」


 私は手提げバッグから履歴書を取り出し、店長さんへと手渡した。店長は名前の欄と生年月日を確認して不思議な目で私を見た。


「遥香ちゃんと言うのね。あなたにとってもこの出会いはとても良いモノなのよ」


 私には店長さんが何について話だしたのかわからなかった。


「さっきのあなたを案内してくれた優斗ちゃんのこと、どう思うかしら?」


「え?! あ、え? えっと......素敵な人だと思います」


「そう、あなたたち二人は共に自分の足で歩けるようにそんな良い関係を築けるといいのよ」


「はい......?」


「わたしとしては遥香ちゃんにぜひ働いて欲しいと思うのだけれどどうかしら、あなたはここで働く気持ちに変わりない?」


「あ、はい! 働いてみたいです」


「そう、それはとても良い事なのよ」


「あの、もう面接はよかったんですか?」


「良いのよ、すべては巡り恵まれ育まれるもの、わたしは最初から働いて欲しいと思っていたわ、遥香ちゃんの成長が楽しみなのよ」


 店長さんは抽象的な事ばかり言ってて、よくわからないかったけど、なんとなく良い人そうなのが伝わってきて、ちょっと安心した。


「明日からバイトに入るで大丈夫かしら?」


「頑張ります!」


「今日は1時間ほど、体験で優斗ちゃんと店内で過ごしてみるといいのよ」


 思わぬ提案に期待で胸がドキドキしだした。


「良いんですか?」


「良いのよ」


 店長さんは新品のエプロンを取り出して私に着させてくれた。飲食店ということもあり、手洗いは念入りにする注意を受けて、ホールをに出る。


「優斗ちゃん明日から働くことになった遥香ちゃんよ、今日は1時間程体験してもらうからお願いね」


「わかりました」


 店長さんはそれだけ言うとまた奥へと引っ込んでいった。


「はるかちゃん、僕は優斗これからよろしくね」


「ははははい、よろしくお願いします。ゆ、ゆぅとせんぱい」


 名前で呼ぶのが恥ずかしくて、先輩呼びにしちゃったの失敗だったかな? ううん、今でもゆうとさんって呼ぶのはやっぱり恥ずかしすぎて無理かも。


「先輩か、呼ばれたことなかったから新鮮、はるかちゃんは高校生?」


「はい、高校2年生です」


「すごいね、高校生から働くなんて偉いよ。......ほんとにえらい」


「私この前ここのお店に来て、すごく気に入ってしまったんです」


 せっかく褒められたのに働く動機が先輩に会いたいからなんて言えるわけもなくて、当たり障りのない嘘をついた。


「その時、僕は働いてた?」


「はい、ココアを頼んだんですけど『熱いから気を付けてね』って言ってくれました」


 先輩は少し考えて、あの子かと思い出してくれた。覚えていてくれたことが嬉しい。


「じゃぁ今日もココアを作ってあげる」


「え? 仕事中に良いんですか?」


「お客さんに作って提供するのも仕事だよ、ちゃんと作り方も覚えてね」


「あ、はい! そうですよね」


 先輩とこんなに近づいてお話できて幸せ過ぎて、こんなに幸せで良いのか、ちょっと怖いくらい。1時間がこんなに早く過ぎるなんて、ずっと先輩をみていたかったのに。帰り道は早く明日にならないかなってもうそれしか考えてなかった。


 胸がずっとトクントクンって脈打って幸せがこみ上げてきて気持ちいい。自分が恋してるってのが嬉しかった。好きな人ができるってこんな感情なんだ。


 先輩との時間を思い出すとつい顔がにやけてしまう。いつもならスマホの画面をみて時間を潰すのに、今日は先輩の声とかしぐさとかそういうのを繰り返し、繰り返し思い出してにやける口元を手で隠す。


「ママー! 面接受かったよ! 明日から働いてみる!」


「すごい嬉しそうね、そんなに気に入ってたの?」


「うん、店長さんも、先輩の人もすごく優しかった」


「はるちゃんが自分からやりたいって言うの珍しいもんね、頑張ってね」


「頑張るッ」


 そうして私のバイトが始まった。基本は土日だけの週2回、もちろん仕事なので先輩と話せる時間も全然少ないのだけど、ただ顔と顔を合わせるだけでも私へのご褒美としては十分すぎる。毎週少しでも先輩と過ごせる時間が待ち遠しくて、バイトが楽しくてしょうがなかった。


 でも、先輩を意識するほど悩みも増えた。


「んーー~~っやっぱり子供に見えるのかな、大人っぽくなりたい」


 ベッドの上で膝を抱えて自分の容姿に落ち込む。明らかに子供だとわかる見た目。それでいて大人しそうな、......悪く言ったら少し暗い高校生。それが自分に対する評価だった。無理に明るい笑顔を作ろうとするとぎこちなくて、私って先輩の前でもこんな笑い方してるのかなと思ったらますます気分は落ち込んでいった。












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 私は鏡を見る時間が段々増えていった。いつもお団子にしてまとめていた髪をおろしてみたり、編み込んでみたり、少しずつ女性らしい体つきにはなってきたけどどうにも垢抜けない。


 スマホのアプリを開いて同年代の子たちをみる。同じ歳とは思えないほど大人でキラキラしていた。


 どうせ加工でしょとか、前までは別の空間で生きてる人たちだと思って気にしてなかったんだけど、今はどうやったらそんなに大人になれるのか知りたくてしょうがない。


 写真加工アプリを開いて、自撮りしてみる。


「......なんか違う」


 加工を施した写真は、小顔で目が異常なほど大きくてなんか宇宙人? って感じだった。何が違うんだろう。もっと可愛くなりたい。それで先輩に可愛いって言ってもらいたい。でも思うようにならない現実にイライラして悲しくなってくる。


 容姿に悩んでたその頃は、先輩の近くにいると話がしたくてしょうがないのに、私自身を見られたくないと思うようになって上手く自分を表現できずに苦しかった。先輩はあいかわらず優しくて、酷い事を言われたことはなかったけど、自己評価の低い私は自分で自分を卑下して一人で勝手に涙を流していた。


 1ヶ月が過ぎた頃、バイト代が口座に振り込まれた。34,400円その数字を見てなんでも買えちゃうって思った。......これ全部使っても良いのかな?


「ママ、あのね。バイト代が振り込まれてた」


「あら、すごいじゃない!」


「このお金って使っても良いのかな?」


「無駄使いせずにちゃんと考えて使うなら良いのよ」


 私はひとつのお願いをした。


「お願いがあるの。私、オシャレをしてみたい。ちょっと遠いんだけど行きたい美容室があって、ママについてきて欲しいんだけど」


 ママはニコニコして私の願いを聞いてくれた。


「ありがと、ここなんだけどね」


 私はスマホを取り出してそのお店の配信動画をママに見せる。そこにはカットした後に見違えるように可愛くなって笑顔で帰る人たちが映し出されていた。


「あら、いいわね。ママもせっかくだからカットしてもらおうかな」


「うん! 一緒に予約しよ!」


 先輩と1日会えなくなるのは辛いけど、日曜日に予約を入れてママと美容室へ向かった。期待と不安で落ち着かなかった。


「あの、大人っぽくカットして欲しいです」


「大人っぽくかぁ、可愛い感じの方が似合うと思うけど......」


 美容師さんは髪を折ったり、束ねたりして、私に似合う長さを確かめる。ママとの距離が離れてる事をちらっと確認してそんな美容師さんに小声で話す。


「年上に......好きな人がいます」


「へぇ!」


 美容師さんは色々と話を聞いてくれて私に似合う髪型を提案してくれた。


「はるかさんは猫目型の大きな目がチャームポイントなんですけど、そのままだと少しキツイ印象を与えるかもしれません。目と目の間に前髪を作るとすごく優しい感じになるから前髪は作った方がいいと思います。それでサイドの髪は丁度ひし形を作るように顎のラインに沿って内側に流れるようにして、それから後ろも肩ぐらいの長さで軽くして大人の色気を出す感じでカットしましょう。すると小悪魔的な魅力になると思いますがどうでしょう?」


「私なれますか? 先輩を惑わせる小悪魔に」


「普段メイクはする?」


「しないです」


「じゃぁ今日は少しだけメイクも挑戦してみよっか」


「......お願いします」



 美容師さんを信用してるけど、後ろ髪をバッサリ切られていくのを鏡越しでみていると、短くして本当に似合うのかハラハラする。段々と軽くなっていく頭が落ち着かなくて、まともに鏡を見ることが出来なくなった。


 メイクをいている間はずっと瞳は閉じたまま、本当の本当に私でも可愛くなれるのか期待と不安でどうにかなってしまいそうだった。今はまだ美容師さんへの期待がある。希望がある。でもこれでダメだったら次は何を希望にしたらいいんだろう。希望が無くなる不安。可愛くなりたい。お願い可愛くしてください。


 美容師さんの『はるかさん、終わったよ』っとの一言で恐る恐る瞳を開く、鏡に映る自分に驚いて、嬉しくて涙が溢れてくる。












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「すごいっ......可愛いです......」


「うん、びっくりした想像以上に似合ってる! はるかさんすごく可愛いよ、芸能人みたい」


 信じられなくて右、左と向きを変えて姿を確認する度にまた涙が溢れてくる。


「ごめんなさい。せっかくお化粧もしてもらったのに嬉しくて」


 美容師さんはティッシュを優しく目元に当てて化粧が崩れるのを防いでくれた。


 そのあと綺麗になったお母さんにも『はるちゃん可愛い!』って言ってもらってお互いに褒め合って、家に帰ったらまたパパがびっくりしたのが嬉しくてあの日の感動は今も覚えてる。それからなんだか洋服もなんでも似合うようになっておしゃれするのが楽しくなった。


 次の日学校に行くのがなんだか気恥ずかしかったっけ、みんなの反応が良すぎて思い出すと今でも笑えてくる。


「はるっち?!」

「はるちゃん?!」


 この時から私は自信がついてきて少しずつ変わっていった。気がつけばもう高校3年生、もう子供なんかじゃない、先輩の彼女になりたいそう思えるようになった。


 私の先輩に対する想いは出会った時なんかよりずっとずっと大きくなってる。私は先輩の理想の彼女になるためにそばに居るために可愛くなったんだよ。


 昔の自分に思いを馳せているとスマホが通知の音を鳴らした。画面に表示される名前はゆうと先輩。さっきまでの憂鬱が嘘のように消えて元気が出てくる。


「せんぱいだ♡」

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