第5話 弱い女
ユウトの部屋に到着するとずっと繋がれていた手は解かれ、私の手はストンと落ちた。支えを失った手は目的もなく宙に漂い意識から外れるように空気に溶ける。次第に手に残る感触がどんどんと薄れていくのがなんとも言えない気分にさせられた。
自分の意思で手放した時には感じない喪失感。大切なものを取り上げられたような気持ちになるのが、私は嫌いだ。
「おかえり、サクラ」
「ただいま......?」
私を自分の部屋に連れ込んだ男は「おかえり」という意味不明な言葉を私に言ってきた。おかえりってどんな意味だったけ。そんなことを言いたくなるほど私とは無縁の言葉を彼が投げかけてきて、私はそれを受け取ってしまった。
心がじんわり温かくなってそれから急に悲しくなった。いずれ無くなるものを与えられたら、ひと時の満足と引き換えに後で辛くなることを私は知っている。だから私は何も要らない。おかえりなんて言葉は要らない。
「サクラ、あのさ」
私は物憂げな表情をしていたのか、ユウトが何かを決心したような表情を作った。空気の変化、私は言い知れぬ危機を感じてユウトの言葉を打ち消した。
「私ね、男とか女とかの関係がすごくめんどくさいの、さっきのケンカでもわかるでしょ、人と付き合うのが下手なの。誰かと顔を合わせる度にボロボロになるんだ。せっかく部屋に連れてきてくれたけど私、何も返せない。ユウトを傷つける事になる。きっと私の存在が迷惑になるよ」
ユウトはさっき言おうとした言葉を引っ込めて少し困った顔をした。
「サクラ......誰かと接する度に君の心はボロボロに傷ついてるの?」
「ッ!!」
ちがう! 私が言いたいのは、あなたを傷つけてしまうってところだよ。予想外の返答に私はまた身構える前にユウトの言葉を受け取ってしまった。不用意に出してしまった私を表す言葉。それをユウトに気付かれてしまった。
私は不機嫌で、愛想がなくて、わがままな自己中女、礼儀がなくて、負けん気で男にも屈しない。私はひとりで生きていけるほど強いんだ。
―――そんな建前をすり抜けて、ユウトのその言葉は私の奥深いところに刺さった。我慢する余裕もなく不意に目頭が熱くなって涙が零れ落ちてしまいそうで、咄嗟に両手で顔を隠す。
大っ嫌いな弱い自分が、見つけてくれたと勘違いして縋るようにユウトへ手を伸ばそうとする。
「さくら?」
「見るな!」
泣くな、泣くな、泣くな。
「さくら、ここでは我慢しなくていいから」
我慢てなんだよ。してないよ。
「黙って」
「大丈夫だから」
何が大丈夫だ。適当な事を言うな。
「っ! さくら、腕ケガしてるよ」
腕がケガしてるからって何? 文句あるの?
「こっちきて、座ろ?」
私が首を振って拒否してるのにユウトが私の肩に手を添えて移動させようとする。
「辛かったね」
私は首を振ってユウトの言葉を否定する。
「不安だったよね」
私は首を振ってユウトの言葉を否定する。
「怖かったよね」
私は首を振ってユウトの言葉を否定する。
「ねぇ、サクラ......泣いても良いんだよ」
私は、首を振って、ユウトの言葉を、否定する。
ユウトの手が私の頭を撫でて、首を振るのを邪魔する。優しい手が私の頭を包んで、何度も何度も撫でて邪魔をする。
ユウトが邪魔するせいで、手の内側で涙がぽたぽたと溜まっていく。ユウトのせいで......。
「あぁぁぁぁ、あぁぁぁぁ」
「大丈夫だよ」
今まで我慢していたものが、決壊したように溢れてくる。目が熱い。喉の奥が熱い。文句を言ってやろうと思うのに声がでない。
「ぅぅぅぅ、ひっく、ぅぅぅぅ」
「大丈夫だよ」
何が悲しいのか、なんで涙がでるのかわけがわかんない。何かされたわけでもない。ユウトの言葉に誘導されておかしくなった。ユウトが適当な事を言うから、『おかえり』って言うからどんどんおかしくなったんだ。ばか。
勝手に私の気持ちをわかったように言うな。
勝手に私の頭を撫でるな。
私は『見るな』って言ったのにどうせ見てるんでしょ。
しばらくの間、私は泣いていた。泣いてしまった。弱みを見せてカッコ悪い。私が泣けば相手は楽しそうな顔をする。一生の不覚だ。
顔を覆った手で顔の液体を絞りながら手を外す。
目の前には心配そうに私を見つめる顔があった。
「ティッシュ」
私はそんな心配そうな顔の男を睨んで言う。
「ティッシュとって」
「うん」
ユウトはすっと立ち上がるとティッシュを持って戻ってくる。私は受け取ったティッシュを腹いせに大量にシュパシュパと取り出して無駄遣いする。ユウトの顔を見ると無駄遣いを怒る気はなさそうだった。
私は不機嫌そうにユウトから顔をそらして詰まった鼻をかむ。
「私、見ないでって言ったのに見てたでしょ」
「ごめん」
「勝手に私の頭を触ったでしょ」
「ごめん」
「罰としてユウトの頭を触らして」
ユウトは戸惑いながらも、椅子に座っている私の目線になるように膝をついて頭を向けてきた。私はユウトの髪の毛を恐る恐る触る。私の細い髪とは違うコシのある髪。やさしく触ると少し押し返してくる。ユウトの頭を撫でたり、髪の毛を指に絡ませて手触りを確かめたり、自分がされたようにやり返す。やさしくやり返す。
「髪の毛むしってもいい?」
「そんな恐ろしい事言わないで」
あたしはユウトの頭を見つめながら、撫で続け、その状態でユウトと会話をする。
「ねぇ、私を探してくれたの?」
「うん」
「なんで?」
「言わないとダメ?」
「だめ」
ユウトは俯いていて顔は見えないと言うのに、また困った顔をしたのが想像できた。
「家に帰ったときサクラが居なくて」
「うん」
「寂しかった」
私の手がとまる。それとは対照的に心臓がドキドキした。
「......なんで?」
「なんでだろう?」
ユウトは俯いていた顔を上げて私の目を見た。それ以上はもう言わないよっと言いたげな少し拗ねたような顔をしていた。
「やっぱり髪の毛むしっても良い?」
「それだけはやめて」
「わかった」
でもその代わりと、私はユウトの頭を抱きしめていた。
「迎えに来てくれてありがとう」
胸の当りがソワソワして急に抱きしめたくなった。ユウトの髪から良い匂いがした。最近は私も同じシャンプーを使っていたのに自分のとは違うような、落ち着く匂い。数秒ギュッと抱きしめてからゆっくり離れる。心なしか私は少しスッキリした気持ちになっていた。
「もう頭いいよ。許してあげる」
「あ、うん」
下から見上げてくるユウトの顔がほんのり赤い気がする。もしかして今ので照れてたりするのかな。そんなわけないか。
私は上手くお礼が言えただろうか。私の短い言葉でちゃんと伝わったかがわからない。もっと良い伝え方があったんじゃないかと嫌になる。
もういいって言ったのにユウトはなかなか立ち上がろうとしないので、もう一度ユウトの髪の毛を指に絡ませて遊ぶ。何となくだけど、ユウトが頭を撫でたいという気持ちが少しだけわかるような気がした。
私がまた髪の毛をいじり出した頃合いにユウトが言葉を投げかけてきた。
「あのさ、サクラ」
「なに?」
「今さ、部屋にはちゃんと寝具がふたつあるんだ」
「知ってる」
「サクラはまだ行く宛てがないって事で合ってる?」
「うん」
「嫌じゃなかったら、ここに居てくれないか」
「私、人付き合いが苦手だから、その内嫌になると思うよ」
「ならないよ」
「なるよ。絶対後悔するから」
「......じゃぁ、僕のことは大きい犬とでも思ってくれたらいいよ」
「は?」
突然変な事を言い出したユウトを頭を確かめる。どこか強くぶつけた?
「ユウト頭おかしいんじゃないの?」
「いや、人付き合いが苦手なら、僕を人と思わなければいいのかなって」
「ほら、余計頭おかしいこと言ってる」
ユウトが変な事を言うから、一瞬ゴールデンレトリーバーの姿が見えた。おもろ。
「僕はサクラの事、チワワとでも思うようにするよ」
「あははは、なにそれ私そんな可愛い生き物じゃないよ」
なんか、突拍子もなくて、可笑しくてつい笑ってしまった。私がチワワとかイメージからかけ離れ過ぎてて可笑しすぎる。でも私が本当にチワワだったら愛される存在になれてたのかな。
「サクラ一緒に居てよ」
「......うん」
ユウトは本当に変な人だね。こんな私と一緒に居たいとか、物好きにもほどがあるよ。
その時脳裏に喫茶店で働いていた高校生の顔が思い浮かんだ。
キラキラした瞳が印象に残る可愛らしい女の子、ユウトと並んでる姿を想像するとしっくりと収まる感じ。今は無理でもあの子が好きなままなら、高校を卒業したらきっと付き合ったりするんだろう。ユウトが彼女の告白を断るイメージができない。
だからか、私がユウトに嫌われるまで何日だろうなっと何となく思ってしまった。でもまぁ、私に同情してくれるなら嫌われるまでのその間くらいは利用させてもらおうっと。悪く思うなよ喫茶店の彼女さん。
「よかった」
ユウトは爽やかな笑顔で立ち上がった。なんかもうボールのオモチャを手に入れてはしゃいでる時のゴールデンレトリーバーにしか見えなくなってきた。イメージピッタリだなぁと思っているとユウトが思い出したように私の手を取る。
「すごい痣になってるね、痛い?」
「べつに」
「こういう場合って湿布?」
「知らない。ほっとけば治るからいいよ」
「また、そういう事言う」
ユウトが私の為に何かしようと気遣ってる姿をじっと見上げる。ただそれだけで嬉しくて、腕の傷みが気にならなくなる。もし私に父親がいたならこんな風に心配してくれたのかな。いや、このお人好しを基準にするのは間違いだろう。自分の子供を捨てた男が優しいわけがなかった。
「ねぇ、今日は何買って来たの?」
床に置かれた状態になっている買い物袋を見ながらユウトに問いかけた。
「あ、これ? 喫茶店メニューのポテトサラダでも作ろうと思って」
「なんでポテトサラダ?」
「食欲なくてもサクラが食べれるかもって思って」
私の事なんか気にしないで、自分が食べたいもの作れば良いのに。
「ふーん。じゃ食べたい」
「ホント? じゃぁ今から作るよ」
「うん」
ユウトはレジ袋から食材を取り出しテキパキと作業を始める。鍋に水を貯めて火にかけてから、ジャガイモの表面を丁寧に水で洗う。ジャガイモは皮付きのまま鍋の中に入れた。ニンジンの皮はピーラーで手早く剥き、包丁を使ってイチョウ切りに、玉ねぎは薄くスライスした。
「やっぱり料理できるんじゃん」
「下ごしらえは喫茶店で作るの手伝ってるからね」
ユウトは切ったニンジンと玉ねぎをジャガイモと同じ鍋に入れようとしたので、あれ? っと思いつい口を出してしまった。
「ねぇ、ニンジンと玉ねぎはレンジでチンした方が楽だよ」
「え? そうなの?」
「うん、1分か2分ぐらい加熱したらいいと思う」
「へぇ?」
ユウトは言われた通り、レンジで加熱してくれた。
「お店では同じ鍋で茹でてるの?」
「ううん、別々で茹でてる、でも茹でるなら一緒かなって思って、ダメだった?」
「んー、どうだろ」
ユウトって案外適当なところがあるのかな、料理ができないっていうのはこういう適当なところからきているんじゃないの?
次にユウトは手に塩を盛ってキュウリの表面を揉み込むように洗った。うんそうすると、キュウリの表面が滑らかになって、水分も出て食感もかわるんだよね。
キュウリを薄切りにしていく様子をふんふんと観察していると、次にユウトはリンゴを取り出した。
「ねぇそのリンゴどうするの?」
「ポテトサラダにいれるんだけど」
「え? リンゴ入れるの??」
「喫茶店のメニューなんだ。おいしいよ?」
「それ本当? その喫茶店大丈夫か?」
ユウトの働く喫茶店はカレーパスタやら、ポテトサラダにリンゴをいれるやら、なんだか怪しい気配がぷんぷんとする。なんだか不安になってきた。
どうやらリンゴは全部入れるわけではないみたいだ。
「ねぇ、その余ったリンゴどうするの?」
「どうしよう? サクラ食べる?」
「うん」
ユウトはリンゴのタネの部分に切り込みを入れようとして、失敗した。
「あ」「っあ」
リンゴは中央から真っ二つに割れてしまった。どうやらそういった包丁の使い方は苦手らしい。
「食べたら一緒だよ」
割れた半分をユウトの口に押し込み、残りの半分を自分の口に入れて、もしゃもしゃと食べる。そのまま食べても美味しいリンゴだ。ポテトサラダに入れるのはもったいないと思った。
ユウトはハムも切り、具材は全部切り終えたみたいで、ぐつぐつ茹でているジャガイモの加減をみる為にお箸をジャガイモに差し込んだ。
「まだちょっと硬いかな、もうちょっと茹でるね」
「うん」
ジャガイモもレンジで加熱したら早いのにと思いながら、様子をみる。ユウトはやっぱり料理は出来るじゃんと確信する。
茹で上がったジャガイモの皮を手で向き、ホクホクと湯気があがるジャガイモをボールに入れると、ユウトの動きが止まった。
どうしたんだろう? とユウトを眺めていると、なにか思いついたようにしゃもじを取り出してジャガイモをザクザク潰していった。どうやら木べらとかお店で使っているようなポテトを潰す道具がなかったらしい。
潰してもまだ湯気があがるジャガイモはもうそれだけでも美味しそうに見えた。
ユウトはマヨネーズを取り出し、勢いよく絞り出した。
「え?」
「ん?」
「ううん、なんでもない......」
なんかマヨネーズの量が多い気がする。
ユウトはからしを取り出して、ギュッと絞り出した。
「ッッ?! ちょっと待って!?」
「ん?」
「いや、ん? じゃないし! なにそれ、なんの罰ゲームなの?!」
「多かったかな?」
「多いどころじゃないよ、そのポテトサラダ食べた全人類が泣くよ」
「ごめん、味付けは苦手なんだ」
「それ、早く言おう? なんで今回はいけると思ったし」
ユウトからボールを奪い取り、スプーンを使って余分だと思われる分を取り除いて捨てる。ちょっともったいないけど全部をダメにするよりかはマシだ。
「ねぇ、お店の味付けってどんなか覚えてる?」
「うん、基本はマヨネーズと胡椒で味付けして、からしとコンソメを隠し味にしてと店長からは言われた」
「他は何か言われた」
「僕は味付けが濃いから、マヨネーズと胡椒だけにしときなさいって」
じゃぁさ、じゃぁさ、胡椒の前にからし入れるのやめようよ。
「味付けは私がするから、最後に味見して」
「わかった」
私はユウトが言った味付けを想像して大体これくらいっと適量と思われる味付けをした。からしとコンソメは本当に隠し味と評するぐらい控えめな分量にしておいた。
ジャガイモに玉ねぎとニンジンを加え混ぜ合わせる。粗熱が取れた頃合いには味がなんじんできてる頃合いだ。次にキュウリを入れて、次にリンゴ......。これ入れて本当に大丈夫か? と思いながらもどうにでもなれという気持ちで混ぜ合わせた。
「できた。ユウト味見してみて」
ユウトが私から渡されたポテトサラダを手に取り口へ運ぶ。
「美味しい。ちゃんとお店の味になってるよ。サクラって料理できるんだね」
「適当に混ぜただけだよ」
ユウトが美味しいと言うのを『本当か?』と思いながら私も出来上がったばかりのポテトサラダの味見をする。
「ッ! っうまぁ」
意外な美味しさにびっくりして目が見開いた。少し入れた隠し味のからしとコンソメの風味が味をハッキリとさせるのと同時に奥行きを出していた。
一番の不安だったリンゴもシャリシャリとした食感と酸味が良いアクセントとなっていて味の変化が楽しめる。ポテトサラダにリンゴって合うんだとちょっとした感動すらある。
キュウリやニンジン、玉ねぎの食感もしっかりと馴染んでいて、ユウトの下ごしらえは完璧だったとというのも大きい。
「ユウト、このポテサラめちゃ美味しい」
「良かった」
ユウトは私が美味しいと言ったのが嬉しかったのかニッコリとほほ笑んできた。喫茶店にいたあの高校生ならユウトの笑顔にキャーキャー言いそうなところだけど、私はもうポテトサラダに夢中だった。
「ねぇ他に今日のおかず、なに作るの?」
「え?」
どうやら他は何も考えていなかったらしい。イヤ、私はこれだけでも十分だけど、夕飯がポテトサラダだけっていうのは見た目が貧相過ぎるだろう。
私は台所をキョロキョロと見まわして奇跡的にパスタを発見した。
「このパスタ使ってもいい?」
「いいけど、ソースがないよ?」
私は次に冷蔵庫を開けて中身を確認した。あ、プリンがある。が、そうだった。プリン以外にはなにも入っていない。ニンニクでもあればなぁと思うけどないものはしょうがない。プリンに心を惹かれるも冷蔵庫のドアを閉める。
ユウトが残した材料をみる。ハム、ニンジン、玉ねぎ、きゅうりが残っている。調味料は塩と砂糖と胡椒、醤油、マヨネーズだけ、少なすぎて困る。
とりあえずもう一度鍋にお湯を沸かしコンソメを入れてコンソメスープを作る。ニンジンと玉ねぎを薄く切って一度レンジで加熱してからスープの中に入れてしばらく煮て旨味をだす。
フライパンにも水を入れお湯を沸かすこっちはパスタを茹でる為なので多めの塩を入れる。沸騰したらパスタを割り入れ、7分茹でる。
パスタが茹で上がったら一度取り上げサラダ油を絡ませて置く、フライパンのゆで汁を少しだけ取り分けて残りは捨てて次に、パスタに絡めるオイルソースを作る。
フライパンに油を多めに入れてハムがカリカリになるまで揚げ焼きにする。それからマヨネーズを加えて風味をつけてからパスタの茹で汁を入れて乳化させた後に、パスタを投入して全体にオイルを絡ませる。仕上げに胡椒を振りかけて味を見た。少し物足りなさを感じたのでここにも少しコンソメで味を足して完成とした。
ハムのオイルパスタとコンソメスープにポテトサラダ。全部同じ材料で作ってしまったけど、見た目的には豪華になったと思う。
「ユウトできたよ」
私は部屋に移動したと思っていたのでそれなりの声で呼びかけたんだけど、ユウトは私のすぐ後ろでまだ立っていた。
「まだいたの?」
「ずっと見てたよ。サクラ料理上手なんだね」
「それは味を確かめてから言ってよ、でも材料が少ないから味は多めにみてよね」
「全部美味しそうだよ」
ユウトは私の拙い料理に目を輝かせていた。私たちはちぐはぐなお皿にそれぞれを盛りつけテーブルに並べていただきますをした。
「お皿も2人分用意しないとだね」
たしかに、もしご飯を作るなら2人分のお皿が必要だ、あって困るものでもないと思うのでそこは素直に頷いておく。
私は楽しみにしていたポテトサラダから手を付ける。一口食べるとやっぱり美味しい。私はこれだけで満腹になってもいいと思った。
一方ユウトはパスタとコンソメスープを見比べ、まずはコンソメスープから口をつけた。その様子をじっと眺める。
「おいしい。野菜も柔らかくて優しい味がする」
「うん」
まぁ、コンソメで作るスープなんだから誰が作っても大体同じだけどね。
それからユウトはパスタを箸で口へ運んだ。正直に言うとそのパスタはそこまで美味しくは仕上がっていない。オリーブ油もないからサラダ油をつかったし、ニンニクも鷹の爪もないからペペロンチーノにすることもできなかった。その味にユウトはガッカリしてしまうのではないかと気が気ではない。
「こっちも美味しい」
「......あっそ」
どうしてだろう『美味しい』ただその一言が嬉しい。少し照れくささもあり、まともにユウトの顔を見れないまま黙々と食事を続ける。
ユウトは先に食べ終わって一息ついて、『あっ』と何かを思い出した。
「そういえばプリン買ってあるよ」
私の満腹になりつつあったお腹は密かにプリン分の席を空けた。そう、私は冷蔵庫で見つけた時からプリンが気になっていた。期待を込めてユウトの顔を見る。
「食べる?」
「うん」
プリンは1個しかなかったけど、どうやら私が食べて良いらしい。私は期待を込めてスプーンの上でフルフル揺れるプリンを口の中へ招き入れる。
ヒンヤリと冷たく優しい甘さが口の中に広がり、喉の奥へと消えていった。久しぶりに食べるプリンに心の中で『さすがです』と賛辞を贈る。
口の中の余韻が消え切らない内にもう一度、もう一度と口へ運ぶのを繰り返しているとプリンはなくなってしまった。
ずっと食べていたいと思っていたのにこんなにも早くなくなってしまうとはプリンとは罪な食べ物である。1つじゃ全然足りない。次はいつ食べれるかもわからないプリンを惜しむように容器を眺めていると、ユウトがプッと噴き出した。
「なに?」
プリンとの再会に思いを馳せている時に邪魔をされたから、抗議の意味を込めてユウトを半眼で睨む。
「あははは、ごめんごめん、また買ってくるからそんな顔しないで」
「そんな顔ってなに?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「ふーん、いつ?」
「え?」
「いつ、プリン買ってきてくれるの?」
「あ、あした?」
「うん、じゃぁ良いヨ」
どうやらプリンとの再会は思いの他すぐに訪れるらしい。
「ねぇ、食材も一緒に買ってきてくれたらまたご飯を作ってあげる」
「ほんと? 嬉しいな」
「あ、でも調味料なさ過ぎだから一緒に買いに行く」
「......うん、わかった。明日一緒に買いに行こう」
私の巣立ちは失敗して、少しの間羽を休める場所をもう一度手に入れた。ユウトが私を嫌いになるまでの間、図々しくも厄介になろうと思う。
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