第47話動揺

 その日――【女帝エンプレス】と呼ばれ、魔剣士学園の有力な新入生と注目されていたナターシャ・クルニコワは、全くもって予想外の事態を複数経験することになった。


 《知恵捨っとチェスト》――今自分たちが立て篭もる陣地の前に一人立ちふさがったクヨウ・ハチスカのその奇妙な金切り声とともに、目の前に展開したエーテル製のモニターが強く発光したと思った途端――まるで戦艦の砲撃を喰らったかのような轟音が耳を聾し、要塞が揺れた。




「キャーッ!」

「お、おい、なんだこの衝撃!?」

「な、なんだ――!? アイツ何をやりやがった!?」



 自分が【支配】した生徒たちが悲鳴を上げる。


 その間にも要塞の揺れは落ち着かず、分厚いコンクリートの防壁が地震いの如く軋み、頭の上にパラパラと粉塵が降ってくるのを、ナターシャは信じられない思いで感じていた。




「動揺するな! まだ相手の攻撃は始まったばかりだぞ!」




 ナターシャが怒鳴りつけると、はっ、と複数の生徒が息を呑んだ。


 そう、これはほんの始まり。


 これから繰り返される激戦の火蓋が切って落とされただけ――。


 ナターシャはその確信とともに、目の前に佇む黒の詰め襟姿に語りかけた。




「これはこれは……ハッキリ言ってかなり驚いたぞ。それが君の国の魔法――【刃】のエトノスの力か」

『如何にも。知恵によって自然を解き明かし、理解し、支配してきたあなた方西洋人にはない太刀筋であろう?』

「まさかこんな凄まじい魔剣技が存在するとは――東洋に対する認識を改めなければな」




 つっ――と、頬に一雫の冷や汗の感触を感じながら、ナターシャは伝声管に向かって言った。




「まさか周囲のエーテルを掻き集めて、とは――これじゃまるで君自体が砲台そのものだ。これは思った以上に楽しくなってきたぞ――」




 ニヤ、と、自分でも意図が知れない笑みが口元を歪めた。


 同時に、自分の手から展張する鎖をクイ、と引っ張ると――重苦しい音を立てて要塞の魔導砲が方向を変えた。




「ならば、正々堂々、力での殴り合いと行くか。この要塞には各種の砲熕兵器がよりどりみどりだ。一斉射を加えても?」

『矢でも鉄砲でも持ち出してこい、と言ったはずだ。たとえ億万の兵器をもってしても、小生が全て打ち破ってくれるわ』

「フフフ、君ならそう言ってくれると思ったよ――」




 その宣言と同時に、ナターシャは手元の鎖を思い切り引っ張った。


 鎖に繋がれた生徒たちが苦しげなうめき声を上げるのと同時に、ナターシャは一切の容赦なく生徒たちの魔力を絞り上げにかかる。




「う……!」

「ぐえ……!?」

「お、おいテメェ! 急に何を……!」

「黙れ、クズども……! 黙って私に魔力を差し出せ! 私たちの対決に水を差すな!」

「お、おいナターシャ、あんまり魔力を吸い上げたら死んじまうぞ……!」




 自分の推薦人の一人であるリューリカからの男子生徒が、おっかなびっくりという感じで自分を諌めた。




「も、もうそのへんでやめとけよ。たかが野戦演習で人殺しになっちまったらヤバいだろ? な? こいつらだってもうかなりの魔力を奪われてて……!」

「だったら、何だ」




 ナターシャが冷酷に言い放つと、男子生徒が息を呑んだ。


 その腐ったジャガイモのような顔を睨みつけると、男子生徒が激しく怯えた。




「リューリカの人間が、あろうことか自分の支配者に向かって意見するのか? そこまで他人のことを心配したかったら、お前が代わって全ての魔力を差し出すか?」




 その一言に、男子生徒の顔があっという間に冷や汗まみれになる。


 そう、自分にならそれが出来る。この鎖で繋がれたなら、血の一滴残らず絞り尽くし、木乃伊ミイラにすることだって十分可能なのだ。

 

 案の定、恫喝された男子生徒はぶるぶると震えながら視線を俯け、それきり押し黙ってしまう。


 フン、とその情けないさまに向かって鼻を鳴らし、ナターシャは奪った魔力を魔導砲に集中させる。




「さぁ、これで終わりだ、クヨウ・ハチースカ。――全砲門、一斉射!!」




 その宣言とともに、目の前にモニターされた要塞前の風景が白く発光し、数十門の砲熕兵器が一斉に火を吹いた。


 その前に佇む一人の人間――クヨウ・ハチスカはそれでも動揺を見せず、ゆっくりと、顔の横に剣を振り上げ――例の奇声とともに振り下ろした。




「《知恵捨っとチェスト》ォォォ――――――――――――ッツ!!」




 瞬間、クヨウ・ハチスカに殺到していた魔導砲の砲弾が一瞬で掻き消され、代わりに砲弾の雨を押し退けた白い斬撃が要塞に向かって迸った。




「んな――!?」




 ナターシャは、一瞬、真剣な驚愕に瞠目した。


 途端に着弾した斬撃が要塞を引き裂き、目の前のモニターに白い光が弾けた。


 嵐が直撃したかのような激震に、一メートル近いコンクリート防壁が軋み、遂に亀裂が入り始めた。




『無駄だ! 小賢しい理論での武装など、無心で振るわれる《知恵捨っとチェスト》の前には無力よ!!』




 繰り返される激震に気分が悪くなったナターシャの頭を、そんな大声が蹴飛ばした。


 ナターシャは顔を上げ、亀裂の入ったモニター越しにクヨウ・ハチスカを睨みつけた。




「おのれ……魔導砲の砲弾さえ押し退けるというのか! いくらなんでも無茶苦茶じゃないか! 明らかに普通の魔剣士に出来ることではないぞ……!」

『人間に備わりし知恵を捨てる、故に《チェスト》なり。この豪剣の前にはどんな叡智も意味をなさぬ。さぁ、まだ籠城戦を続けるか? いい加減、覚悟を決めてそこから這い出し、潔く一対一で戦え、ナターシャ』

「くそ……! まだだ、まだ私は諦めんぞ! こうなったら魔導砲に今以上の魔力を……!」

『愚かな! この期に及んでまだ他人から奪い取った力で小生と戦うというのか! 見苦しいにも程があるぞ、【女帝エンプレス】!』




 そこでクヨウ・ハチスカが言葉を区切り――先程の大声とは違う、落ち着いた、そして何かを憐れむかのような声を発した。




『あなたはまだ無為な【支配】を続ける気か? あなたは――そこまでして小生と……他者と対等な関係を築くことが怖いのか』




 怖い。その予想外の一言に、ナターシャは顔を上げた。




「何だと……? ハチースカ、今なんと言った……!?」

『あなたは怖いのだ、と申し上げた。あなたの目をみればわかる。あなたは根っから残忍で冷酷な女なのではない――ただ他人が怖いだけの女なのだ』




 血走った目を見開く間にも、クヨウ・ハチースカの朗々とした声が続いた。




『だからこその支配、なのだろう? 対等な関係を築くのは、嫌われるのが怖いからイヤ、だが反対に孤独であるのもイヤ――。あなたはただ恐れている。リューリカの歴史や国民性など、単なる言い訳に過ぎん』




 やだ、なんで急にそんな酷いこと――。




 頭のどこかで、自分の声ではないような声で、そんな声が聞こえた。


 自分でも気がついていない――否、見て見ぬふりをしていたことを指摘されて、ナターシャの喉元に猛烈な怒りと羞恥心が駆け上がってきた。




「これは……驚いた。大八洲の人間は随分とは余裕があるものだな。真剣勝負の最中に敵に向かって説教か? 呑気なことだな」

『あなたはまだ自分だけの帝国に閉じ籠って女王様ごっこを続ける気か、【女帝エンプレス】。そんなことをし続けてもあなたの空虚は決して満たされんぞ』

「私を揺さぶっているつもりか? 生憎だが取り合わないぞ。君如きが私を見透かそうなどとは――」

『おや、内心では図星と見える。声が震えておるな』

「黙れ――!」




 必死になって取り繕うとしていたなにかに、遂に亀裂が入った。


 ナターシャは要塞の制御盤に拳を叩きつけた。




「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! 私が他人に怯えているだと!? ふざけるな! たかが東洋からの小倅こせがれが偉そうに私に説教するなどとは――!」

『《知恵捨っとチェスト》ォォォ―――――――――――――――ッツ!!!』




 途端に、例の奇声が響き渡り――ナターシャの目の前が爆発し、吹き飛んだナターシャの身体が床に叩きつけられる。


 遂に引き裂けた要塞のコンクリートが散弾となって飛び散り、周囲の生徒にも降り注ぎ、自分が【支配】した生徒たちが次々と床に倒れ込んだ。




「ぐぇ……!」

「う、うう……!」

「も、もうやだ……! 帰りたい……!」

「痛ぇ、痛ぇよ……!」

「なんで俺がこんな目に……」




 要塞内に死屍累々の声が多数上がるのを、ナターシャは呆然と振り返った。


 皆一様に、恨めしさの籠もった口調で嘆き声を上げる。




 それを見て、先程自分が恫喝したリューリカの生徒が、負傷した生徒たちと自分を交互に振り返った。


 先程の怯えの視線ではない。意外なほど色濃く憎悪の籠もった視線で睨みつけられて――ナターシャは一瞬、激しく動揺している自分を発見した。




 ああ、この目だ。


 他者が自分を見つめるときの、この目。


 子供の頃の自分は、他者から向けられるこの目が怖かった。


 お前は間違っているぞ――そんな無言の意思が込められた、この目が。

 

 だから誰でも彼でも、痛めつけて支配し、二度とこの目が出来ないようにしてやろうと決めたのに。


 


 自分が恐れられている限りは、人はこの目をしなくなるから。


 自分が怖がられているうちは、みんな私のことをこんな目で睨まなくなる。


 今までそう考え、繰り返し繰り返し周囲を威圧し、恫喝して、【支配】してきたのに。


 私は、私はまた、この目で他人から睨まれてしまった――。

 



『よし――! ニーナ殿、出番だ!』




 その言葉に、はっ、と、ナターシャは物思いを打ち切って顔を上げた。


 ニーナとは……あのサーミアからの小柄な生徒の名前か。


 予想外のタイミングでの予想外の名前に顔を上げると、防壁に口を開けた亀裂から、栗色の髪をした小柄が侵入してきた。




 しまった、あっさりと侵入を許してしまった……!


 己の失策を悟ったナターシャが一瞬、硬直したのに対し、ニーナは何かを決意した表情でナターシャの顔を見上げ――そして、思いがけないことを言った。




「皆さん、落ち着いて! 今から私が皆さんを治療します! 私に戦闘の意思はありません! 皆さんの負傷を治療させてください!」




◆◆◆




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