第46話知恵捨っと
「クヨウ、いよいよ作戦開始ね? 頑張らなきゃ……」
エステラが決意の表情で言うが、その顔色がなんだか優れない。
ん? と小生はエステラとニーナを交互に見つめた。
これはおかしい。先程まではなんともなかったのに、身体を循環する魔力の流れ方がおかしい。
それになんとなく、ふたりとも苦しげにしており、時々呼吸音が大きくなり、眉根に皺が寄る。
「ふたりとも……さては息苦しかったり、身体が重く感じておったりはしないか?」
「えっ? どうしてわかるんですか? 確かに、なんだかさっきから、凄くだるいというか……」
ニーナの返答に、ふむ、と小生は一週間前のアルベルト会長の言葉を思い出した。
この学園が創設されて以来、この生徒会選で非列強国の出身でこの生徒会選抜戦を突破したものはいないと、アルベルト会長は語っていた。
それに、何故か試験官のダリオ教授は魔法生物学担当。
何故そんな教科を担当している人間が試験官であるのか。
なんとなく事情を悟った小生は、意識を集中させてエステラとニーナを見つめた。
全身を流れる魔力の気配を慎重に見つめ――ふむ、と唸った小生は、刀の柄に手をかけた。
「エステラ、ニーナ。ならば少しおまじないをしてやろう」
小生が抜刀し、両手で刀を構えると、エステラがぎょっとした。
「え、え!? く、クヨウ、何をする気なの!?」
「動くな。心配ない、ただのおまじないだと申したであろう。――よいか、決して動くでないぞ」
その忠告に、ふたりとも身を固くした。
小生は刀の柄を握った手に力を込め――エイヤッとばかりに虚空を斬った。
二人の魔力の循環を阻害していたものが――それによって真っ二つに断ち割れるのが、気配でわかった。
小生が血振るいをしてから納刀すると、はっ、と同時に二人が目を見開いた。
「な、なんだか――身体が軽くなった、わよね? ニーナ?」
「え、えぇ……。クヨウ君、今何をしたんですか?」
「説明は後だ。全てが終わってから説明しよう。……全く、小賢しいものだ」
小生は忌々しく吐き捨て、背後の本部席でふんぞり返っているダリオ教官と、そしておそらく、何が行われているのか全て知っているのであろうアデル会長を睨みつけた。
小生の視線を真正面から受けても、ダリオ教官もアデル会長も余裕綽々の表情で小生たちを見つめている。
どうせお前たちにはこの生徒会選抜戦は突破できない――その表情はどんな言葉よりも雄弁にそう物語っていた。
未熟なこととはわかっているが――これには小生も少々、頭に来た。
あまりにも武人らしからぬ、そして武人を武人とも思わぬ非道の行いに、小生は視線を前に戻した。
その憤りが表情に出ていたのか、エステラは小生を見て少し怯えたようだった。
「く、クヨウ……? もしかして、なんか怒ってる?」
「如何にも。よりにもよって小生の友にこんな不埒を為すとは……これは少々派手に斬り散らかして、どいつもこいつも心胆寒からしめてやらねばならぬようだな」
小生は刀の柄から手を離さないままに宣言した。
「これより、『島津七十三万石』作戦を開始する。ふたりとも、己の立ち回り方はわかっているな?」
将としての小生の言葉に、二人の顔が引き締まった。
大きく頷いた二人に安心して、小生は説明した。
「よいか、今次作戦の
そう、それは小生の国では半ば伝説と化した逸話。
天下分け目の戦いの際、敗軍についた島津公は、敗走に際して「後退」ではなく「前進」を選択した。
あろうことか敵中のど真ん中に突撃、蹂躙し、突破するという、戦史史上前代未聞であろう捨て身の突撃によって、島津公は無事に領地に帰り着いた。
捨てがまり――敗走する将を守るために殿が全滅するまで追撃を喰い止め、全滅したらその場ですぐ殿を再編成し、命ある限り敵軍を食い止めるという、常軌を逸しきった戦法。
その死を恐れぬ――否、むしろ自ら名誉ある死を望んで突き進んでくる薩摩隼人たちの奮戦は、天下人たる神君をも恐れさせ、遂に島津公は改易を免れて戦後も大大名として存続した。
そう――人間のどんな感情よりも強い、恐怖。
【女帝】がその恐怖を支配の根本とするなら、上書きするだけだ。
「そして――エステラ。今回の作戦の
小生の言葉に、エステラがもう一度力強く頷いた。
「絶対に大丈夫、心配はいらない」
その声の確かさが、この作戦の成功を何よりも物語っている気がした。
その言葉を聞いた小生は、腹の底から声を振り絞って宣言した。
「いざ、出陣! 敵は【
その一声とともに、小生たちは「進軍」を開始した。
◆
『ハチースカ、待ちくたびれたぞ。まさか本当に一人で現れるとは……』
魔法で拡大されたナターシャの声が、森の
小生は刀の柄に手をかけながら、目の前にある陣地――否、要塞を睨み据えていた。
『君には恐怖心というものはないのか? この陣地を見ろ。城壁は一メートル近い厚さのコンクリート、防壁は二重、各陣地には塹壕を張り巡らせ、各種重火器や魔導砲はよりどりみどりだ。そんな要塞の前に特に防御もなく立ちはだかって――蜂の巣にされる気か?』
これは驚いた、というように、ナターシャの声が笑った。
確かに、目の前の陣地はナターシャが誇るように、たとえ一個師団の突撃でも容易には落ちなさそうな、まさに鉄壁の守りを堅持しているのがわかる。
「随分と堅牢な陣地を選んだな、ナターシャ。小生と一対一で戦う予定ではなかったのか?」
『一対一だとも。この要塞は既に私が鎖で繋ぎ、支配下にある』
その宣言とともに、コンクリートの隙間から顔を覗かせる砲門がまるで生き物のように動いて、小生を睨むようにその砲口をこちらに向けた。
『【支配】とはこういうことだ。この要塞は拡大した私自身――全てを鎖という神経で繋ぎ、私の意のままに動かすことが出来る。つまり君は要塞と一体化し、巨大化した私の前に立っているということだ。――どうだ、納得したかい?』
小生は何も言わずにその声を聞いていた。
『まぁ、この陣地の前にフラリと現れたということは――君の頭の中にも何らかの策はあるのだろう。後の二人はどこにいる? まさかこの鉄壁の陣地に潜り込もうとしているなら、それは無駄だと言っておくぞ』
ナターシャは冷たく言い放った。
『この要塞に侵入してきたが最後、もう二度と私に手向かい出来ないよう、想像を絶する苦痛を魂に刻み込んでやろう。何者でもあっても、私と君との激突を邪魔するなら――』
「小賢しかッ!!」
そこで小生は大八洲語で大声を発した。
小賢しい――その言葉に、ナターシャが口を閉じた。
「殺戮のための装備、恫喝のための武装、他者を威圧するための言葉――この後に及んでまだ脅迫か? 流石に少々飽き
小生は刀を抜き放ち、正眼で構える。
西洋には手槍一本で風車に挑んだ道化の小話があるそうだが――今のこれはそれよりも滑稽な光景だっただろう。
案の定、ナターシャが少し驚いた気配が伝わった。
「さぁ、能書きは要らぬ。小生に味あわせよ、【女帝】。せっかく奪い取った魔力だ、無駄にしたくはあるまい? 小生の【刃】のエトノスで、そちらの【支配】のエトノスをも斬り裂いてみせようぞ――文字通り、矢でも鉄砲でも持ち出してみろ」
小生の声に、ナターシャが少し気圧されるように沈黙した後――「後悔するなよ」という最後通牒が聞こえた。
『百インチパロット魔導砲、起動』
敢えて恐怖を刷り込むかのように、魔法通信を切らないままにナターシャが宣言した。
途端に、コンクリートの隙間からこちらを覗いていた砲門がまるで生物のように動き、小生に照準を合わせる。
『撃ち方用意……始め』
瞬間、魔導砲の砲門にエーテルが集中し――臓腑を揺るがすような轟音とともに、魔法による砲弾が発射された。
長く尾を曳きながら小生に飛翔してくる、魔力の奔流――その奔流に向かって、小生は素早く刀を一閃した。
ピシッ――という音が発し、魔導砲の砲弾が真っ二つに断ち割れ、小生の遥か背後に着弾した。
その光景に、要塞内がどよめいたのが聞こえる。
『な――!?』
『あ、アイツ、魔導砲の砲弾を斬ったってのか!?』
『嘘――! 魔法が切れるなんてどういうこと――!?』
『お、おいナターシャ! どうすんだよ、アイツ、砲弾が効かねぇぞ!』
『――
押し殺した声で、ナターシャが令した。
『まだまだ私は満足しないぞ、ハチースカ。ならばこれはどうだ?』
途端に、ガコン、という音と共に要塞の鉄扉が開き、中から十数体の
この間小生が斬った訓練用とは違う、明らかに実戦用と知れるフル装備の魔導人形は、あっという間に小生を取り囲んだ。
『この間は訓練用だったが、それは野戦演習のために調整されている特別製だ。さぁ、それら全てを倒さなければ私のもとには――』
瞬間、小生は剣を横薙ぎに薙ぎ払った。
ピシッ――と音が発し、ビクン! と痙攣した魔導人形が次々と崩れ落ちた。
今度こそ、ナターシャが驚きで絶句するのが魔法通信から伝わった。
「一体一体相手をするのも面倒だ。魔導人形に繋がる鎖を斬らせてもらったぞ。さぁ、次はどうする?」
小生の問いかけに対する、数秒の沈黙の後――聞こえてきたのは、楽しげな笑い声だった。
『これはこれは――やはり君は全くの規格外だな。まさか魔法どころか砲弾までぶった斬るとは――それがバザロフを屠った《エンガチョ》の力かい?』
「残念ながら、似て非なるもの。今のは――そうだな、少しうんざりとしただけである」
『そう苛立ってくれるな。私は今、最高に楽しいんだがな』
ナターシャの声が笑った。
『ああ、やはり君は強い、私の想定通りだ。……次は何を試そうか? 機銃? 魔法? 砲弾の雨……ああ、ハチースカ、もっとだ! もっと君の強さを私に……!』
ちっ、と、小生は舌打ちをして顔を歪めた。
「ナターシャ。残念ながら、あなたの暴力はまるでなっていない」
『は――?』
小生の言葉に、ナターシャが完全に意表を突かれた声を発した。
その時の小生は、滅多になく苛々としていて、口を開くのも億劫であった。
ナターシャの、小生の何かを繰り返し試すような、この状況――。
この状況を早く脱してしまいたかった。
「黙って見ていれば、恫喝、脅迫、いたぶって楽しむ愉悦――あなたの暴力には常に余計なものが差し挟まる。痛めつけはしても、本当に人と命の取り合いをする気などないのだろう? あなたは冷酷で残忍な女を気取ってはいるが――やはり真の人殺しにはなりきれない人なのだ」
そう、この人は暴力を娯楽として感じ、楽しんでいる。
だから殺気が籠らない――どこまで行っても、それは虚飾の暴力でしかない。
思えば、この状況、この生徒会選抜戦自体が、巨大な虚構である。
かつて名のある剣客と謳われ、正真正銘の人殺しであっただろう前世の己なら、この状況自体に取り合わなかっただろう。
だが――あれから三百年、時代は変わった。
ただ斬り狂っていればとりあえず命はあったあの乱世とは違い、今は平和な時代で、誰も真剣に殺し合いなどしない。
一種、
如何にこの世の全てが
小生はその苛立ちとともに、長々と吐き捨てた。
「いたぶるだけの暴力、威圧し、見せびらかすための刃など、覚悟を決めたる者の目には見え透いてくだらなく映るものぞ。小生が今からあなたにお見せしよう。――本物の暴力……人殺しの力というものを」
そう言いながら、小生は構えた。
刀の鋒を天に向け、両手で頭の横に刀を構え、柄を握る。
両足をつま先立ちにし、全てを前進に、攻撃に変換する構えを取る。
「ナターシャ、そちらがあくまで快楽の手段として暴力を振るい、その小賢しい知恵の塊に閉じ籠もって出て来ぬというつもりなら――追い出すまでだ」
小生は腹の底から恫喝した。
その恫喝に、ナターシャの声が少しだけ、ほんの少しだけ、気圧されたのが伝わる。
『追い出す? どうやってだ? 私は今やこの要塞そのものだ。それを追い出すなどとは――』
「簡単なこと。その鎧を打ち砕いて中身を摘み出し、冷酷な人間面したあなたの化けの皮を剥いでお天道様に晒してくれよう」
小生は堂々と宣言する。
「小生はもとより魔法を好まぬ。【エトノス】とかいう理論も最近まで知らなんだ。だから――この場で今からお見せするこの魔法、
オオオオ……と、小生が練り上げたエーテルが魔力となって伝わり、小生が握る【
色即是空、空即是色――小生が作り上げた《
そう、それは大八洲の南の果てに伝わる秘伝の技。
小賢しい知恵など全て放棄し、捨て身で、そして無心で振るわれる剛の剣。
要塞、兵器、そして魔術――人類が生み出した知恵という虚構に閉じこもる【
「見よや【女帝】、これが大八洲のサムライが誇りし奥義なり。我が【刃】のエトノスが秘めたる力――!」
瞬間、小生は
全身の筋肉が膨張し、刀を握る腕に全ての膂力を総動員して――。
小生は
「【
ドバッ! という音と共に迸った魔力が、斬撃となって空中を飛翔し――。
ナターシャが立てこもる要塞に激突し、コンクリートが引き裂ける猛烈な轟音が発した。
◆◆◆
なかなか更新遅くなってすみません……。
田舎には田植えという一大イベントがありまして……。
まぁ「島津」と出てきた時点で予想通りだったと思いますけど。
やりたかったです。
「面白かった」
「続きが気になる」
「いや面白いと思うよコレ」
そう思っていただけましたら、
何卒下の方の『★』でご供養ください。
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます