第45話島津の七十三万石
鎖に繋がれた生徒の数は約二十人ほど。
あっという間にライバルになるはずだった生徒たちを拘束したナターシャの前で、鎖に繋がれた生徒たちが次々と苦しげな声を上げた。
「私の【支配】のエトノスは『拘束』。鎖で自由を奪い、ありとあらゆる全てを差し出させるエトノス――さぁ、私の前に跪いて全てを差し出せ。私にお前たちの魔力を奪わせろ――」
どう考えても愉悦を覚えているとしか言えない恍惚の表情で、ナターシャは鎖を経由して立候補者たちの魔力を奪ってゆく。
生命力そのものにも等しい魔力を奪われた生徒たちは次々と崩れ落ちてゆき――後には死屍累々の光景が現れた。
二十人分の魔力を吸い取ったナターシャの身体が淡く発光し、後光が吹き出すが如く、凄まじいエーテルの波動が小生の肌をビリつかせる。
うっとり、というような表情で舌なめずりをしたナターシャは、満更でもなさそうな顔で嗤った。
「ああ――ひとりひとりの魔力量はカスでも、掻き集めればこれほどまでに濃厚だ――見ろハチースカ。全てを【支配】した私を――」
途端に、ナターシャの身体から凄まじい量のエーテルが迸った。
背後の景色を歪ませ、周囲の全てのものを鳴動させるような魔力量に、エステラもニーナも怯えた。
その恐怖の表情を喜んだらしいナターシャがニヤと笑い、手首から展張した鎖を少し引っ張った。
「さぁ、お前たち。この鎖に繋がれたお前たちにはもう身体の自由はない――これ以後、お前たちは私の手足となってこの生徒会選を戦うんだ。いいな?」
「ふっ――ふざけんな! 誰がてめぇなんかのために戦うかよ! この鎖を切れ! 俺たちを自由にしろ!」
鎖で繋がれたうちの一人、勝ち気そうな男子生徒が大声で叫んだ。
その罵声に向かってナターシャが酷薄に笑ったと思った、次の瞬間――一発の紫電が鎖を伝い、罵声を浴びせた男子生徒に向かって迸った。
直に電撃を喰らった男子生徒が悲鳴を上げて地面に倒れ込む。
ナターシャはゆっくりと男子生徒に歩み寄った。
「自分の立場も、口の利き方もまだよくわかっていないらしいな。ちょうどいい、貴様を使ってこの【支配】のエトノスの素晴らしさを皆に教えてやろう――」
繰り返し繰り返し、ナターシャは男子生徒を電撃で弄んだ。
通電させる度、男子生徒は苦悶の声を上げて身を捩り、激しく痙攣した。
壮絶な苦痛に喘ぐ男子生徒の顔を軍靴で蹴り潰しながら、ナターシャは実に楽しそうに口を開いた。
「この鎖はお前たちの魔力を奪うだけではない。この鎖に繋がれた人間のあらゆる感覚・思考・言動を【支配】する。お前たちにまだ反抗する意志があるのは、単なる私の気まぐれだ。従わないと言うなら意識そのものを奪い取って人形にすることも出来るが、それではつまらないんだよなぁ――」
ナターシャは男子生徒の顔から足を離し、鎖を引っ張って跪かせる。
苦痛に歪んではいるが、まだ折れてはいない男子生徒の顔に己の顔を近づけたナターシャが、鎖に爪を立てるかのような手つきをした、その途端。
「ガ――!? ぐ、ぐああああああああっ!? うぐ……ぎゃああああああああっ!!」
男子生徒が白目を剥き、地面に転がって身を捩り始めた。血が出るほどに頭を掻き毟り、顔を歪ませ、喉が張り裂けそうな絶叫を上げる様を、ナターシャは冷酷に見下ろした。
「どうだ、神経そのものを爪で掻き毟られる苦痛は。感覚を支配する、ということはこういうことだ――ほら、あまり抵抗するな。早く意識を手放さないと廃人になるぞ?」
「ぎゃあああああ――――っ!! ゲ……オエッ、ゲエエエエッ!! あ――! こ、殺して、もう殺してくれ……!! あああああああああああ!! オエエエエエエッ!!」
人間ではないもののように男子生徒が痙攣し、身体を弓なりにして硬直した。
想像を絶する苦痛に、男子生徒の口から吐瀉物が吹き出し、じょろろろ……という音と共に、制服のズボンの股間に染みが広がってゆく。
まるで人間の尊厳を丸ごと踏み躙るかのような惨劇に、エステラやニーナは直視が辛いというように顔を背けた。
やがて、糸が切れるかのように失神し、沈黙してしまった男子生徒の胸から、エーテルの星がふわりと離れ、ナターシャの胸に移動した。
まずはひとつ。満足そうに胸に増えた光を見つめたナターシャが振り返った。
「さぁ、お前たち。これを見せられてまだ私の【支配】に抵抗する勇気はあるか?」
一切の温かみを持たない、冷酷な暴君の声でナターシャは生徒たちを恫喝した。
今しがたの光景と、その視線とに怯えた生徒たちが震え、唇を噛み締めて俯いた。
これでナターシャの恐怖による【支配】は完了したようだ。
「さぁ――ここに私の帝国が完成したぞ。彼らは魔力、意志、そしてその身体そのものも私に【支配】された。どうだハチースカ、素晴らしい光景じゃないか」
ナターシャはこれ以上の愉悦はないというような表情で小生に語りかけた。
「安心しろ、君たちには手は出さない。君が操るエトノス――『エンガチョ』の力があるならば、私の鎖もたやすく斬れるのだろうからな。だからハチースカ、私には君だけは【支配】できない。つまり君だけがこの生徒会選で私の敵となり得る唯一の人――」
ナターシャは饒舌に語った。
「私たちの真剣勝負は誰にも邪魔させない。ハチースカ、思う存分に戦おう。そしてどちらが支配者であるのかハッキリさせようじゃないか」
「――小生はたとえこの首を差し出したとしても、魂までは差し出さんぞ」
小生は刀の柄に手をかけて、その宣戦布告に返答した。
「繰り返しになるが、サムライとは甘んじて支配を受け入れるような存在ではない。無意味な生よりは意義ある死を望むもの――サムライならば誰でも、あなたに魂を縛られる前に、腹を切って果てるだろうぞ」
「潔い死、価値ある死、か。美しい話だな――だがそんなものは本当にあるのかな?」
小生の国が歩んできた歴史そのものをせせら笑うようにナターシャは嗤った。
「かつてリューリカ民族は数世紀に渡る異民族の支配を受け、その暴虐性や支配力を元に帝国を創った民族――長く冷酷な支配の前ではいかなる誇りや矜持も腐り果て、一層強く生に執着するものだ。私たちの国では高潔な死など何の価値もない。意地汚くしがみつく生こそが私たちの歩む道だよ、ハチースカ」
まぁ、平和ボケした辺境国の君にはわからないだろうがな――。
いつぞやの夜、ナターシャに言われた一言が脳裏にこだました。
小生の国が築いた三百年の平和と、ナターシャの国が歩んできた数百年の支配。
そのどちらが勝つか――ナターシャはそんなことを言いたいのかもしれなかった。
ふん、と鼻を鳴らし、小生はナターシャに宣言した。
「まぁ、ここまで言っておきながら残念なことであるが――ナターシャ、あなたと小生は直接戦わんぞ」
「はぁ――?」
そこでナターシャが笑みを消し――一瞬後には、その顔が真剣な怒りに強張った。
「今のはどういう意味だ、ハチースカ! まさか私以外の人間と戦ってこの生徒会選を乗り切るつもりか!?」
「安心せよ、小生との対決を心待ちにしてくれておるあなたの期待まで裏切るつもりはない。だが、今しがたあなたがあなただけの帝国を完成させたように、小生にも仲間がおる、という意味だ」
小生は丹田に力を込めて宣言した。
「恐怖による支配ではない、恫喝による屈服でもない。苦楽を共にし、共に喜びを分かち合う仲間が、小生にはおる。あなたの支配と小生の絆――それは我ら個人が戦うだけでは勝敗がつかぬもの。そのための算段は、既に小生がつけておる」
どういう意味だ? ナターシャが理解できないというように歯を食いしばった。
その目線は相変わらず小生だけを見つめていて、背後にいるエステラやニーナにはそよりとも注がれない。
そう、それこそがこの【女帝】の持ち得る隙――理由はわからぬものの、小生だけに強く
「さぁ、もう行け、【
小生の宣言に、ナターシャが不審げに顔を歪ませた。
しばらく、小生が今言ったことを反駁するような間の後――ナターシャが恐ろしい声で恫喝した。
「絶対に私と戦え、ハチースカ」
「おう」
「私以外の人間とうつつを抜かしてこの生徒会選を終えたなら――私は何があっても君を殺すぞ」
「安心せよ、そうなった場合は小生が詫びにこの腹を切ろう」
「そうする前に私が君の首を叩き落として肥溜めに放り込んでやる。いいな?」
「なんとも――恐ろしいことを言うものよ。前々から思っておったが、あなたはもう少し年頃の娘らしいことは言えぬものか。黙っておればお人形さんのような美人であるのになぁ――」
小生の皮肉にも、ナターシャは全く喜ばなかった。
小生の飄々とした態度に苛立ったように、ナターシャは鎖を一層強く引っ張った。
「行くぞ、お前たち。布陣だ! 遅れるものには罰を与えるぞ!」
走り出したナターシャの宣言と共に、ナターシャに屈服した生徒たちが追随して走り出した。
その去ってゆく背中を見つめて、小生は嘆息した。
「いよいよ開戦だな、エステラ、ニーナ。覚悟を決めよ」
小生の言葉に、今の恫喝に怯えたらしいニーナが呻いた。
一方、エステラの方は、顔が青褪めてはいるが目は怯えていない。
よしよし、やはり特訓の成果が――『
エステラの方は心配はいらなさそうだ。
小生は腕を組み、それぞれの顔を見つめながら宣言した。
「作戦名、【島津七十三万石】――。小賢しい知恵は要らぬ。正々堂々、あの【女帝】の支配を正面突破しようではないか」
◆◆◆
書き溜め消失のため、少し更新遅くなります。
「面白かった」
「続きが気になる」
「いや面白いと思うよコレ」
そう思っていただけましたら、
何卒下の方の『★』でご供養ください。
よろしくお願いいたします。
【VS】
もしよければこちらの連載作品もよろしく。ラブコメです。
↓
魔族に優しいギャル ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~
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